AWC そばにいるだけで 41−11   寺嶋公香


        
#4956/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/10/31  13:25  (159)
そばにいるだけで 41−11   寺嶋公香
★内容
「忙しくはないわ。それに、その話ってすぐ済むんでしょう?」
「多分」
「いいわ」
 応じる純子だが、戸惑いを覚える。
(喋り方がいつもと違うような……気のせい?)
 疑問が解けない内に相羽からの声が続く。
「よかった。学校が終わったあと、会おう。場所は――」

 相羽が指定したのは、通学路をほんの少し外れたところにある公園。広くて
よく整備されているのだが、ひと気がなく、また周囲を背の高い木で囲まれて
いるためか、寂れた印象がある。
「わあ、ブランコ。懐かしいっ」
 小学校の校庭ではよくこいでいたのだが、以来、見かけることさえ珍しい気
がする。思わず近寄り、触れた。きぃと軋む音がする。
「乗ろうっと。ねえ、相羽君も乗ってよ」
「話があるんだけど」
「いいじゃない。乗りながらでも、できるでしょ?」
「そ、そりゃあ、まあ……」
「だったら。一人だと、恥ずかしい」
 ブランコの鎖に外から手を回し、拝む格好をすると、相羽が折れた。
「しょうがないな」
 つぶやきながら、ブランコの木製の台に立つ。
「えいっ――と」
 純子は両足に前方向の力をかけ、こぎ始めた。身体が「く」の字になって、
前に揺れる。いっぱいに進んだところで、今度は背を伸ばし、後ろに戻る。そ
れを繰り返して、徐々に勢いを着けていった。
「あのとき以来よね。ここでブランコ漕ぐのって」
「……ああ。立島と前田さんの」
 察しのいい相羽に、純子は表情をほころばせた。隣を向いて、大きくかぶり
を振る。
「そうそう。二人の仲を取り持った」
「取り持ったというのは、ちょっと違うような。占いに見せかけた手品で、誤
解を解いただけだ」
「いいじゃない、キューピッドの役を果たしたと思った方が。気にしない、気
にしない」
 片手を離し、顔の前にかかった髪をかき上げる。勢いをつけすぎたようだ。
「それで、話って何?」
 ブランコの揺れるスピードを緩めつつ、気軽な調子で相羽に聞いた。
 純子は、事前に約束を取り付けてきた際の相羽の態度から、これから聞かさ
れる話がいつもと性格が違うんじゃないかとおぼろに予感していた。ブランコ
に乗ったり気安い口調に努めたりしたのは、その緊張感を少しでも和らげよう
としたためである。
「うん……」
 相羽はブランコをこぐことなく、立ったままでいる。鼻の頭をかいた。
「話しにくい」
「どうしてよ」
「せめて、ブランコ、止めてほしいんだ」
「――分かったわ」
 純子は足下の台を見た。少し汚れているから、腰を下ろすのはためらわれる。
そこで今度は地面に目をやり、場所を見定めた。
「えいっ」
 ブランコが前に行くのに合わせ、飛び降りた。ブランコの前にある緑色の柵
を越え、着地。スカートを押さえながらにしては、うまくいった。
「やった」
 会心の笑みを浮かべて振り返り、相羽の前に行く。
 相羽の方は少しばかり口を開けて、ぽかんとした。
「降りろとは言ってないんだけど」
「いいの、別に」
 安全のためブランコと他の敷地とを仕切る丸味のある柵に純子は腰掛けた。
相羽を見上げる形になる。
「これでいいでしょ。さあ、言ってみて」
 半分だけ顔をしかめながら、聞く。斜め右前、木々の間を通して射し込む夕
日の光がまぶしかったから。
 相羽は唇をなめてからも、まだ話そうとしない。
「どうしたのよ」
 純子の言葉には答えず、相羽はブランコから片足ずつ降りると、純子の真ん
前に立った。
 そして、肩を上下させ、深呼吸。
(何をもったい付けてるのかしら)
 純子が小首を傾げるのと同時に、相羽は口を開いた。
「僕が好きな人は、涼原さんなんだ」
「え?」
 全然予想していなかった言葉に、純子はただ、目をしばたたかせる。
「――な、何を言ってるの?」
「……言葉通りの意味」
 短い静寂ができた。
 何かの音――車のクラクションか鳥の鳴き声だったか、とにかく何かの音が
したのをきっかけに、純子は再び口を開いた。
「やだな、からかうんだったら、もっとうまいやり方を考えなさいよね」
 やけに早口になっている。
 相羽の方は対照的に、落ち着きをまとっていた。心の底から落ち着いている
のではなく、努めて平静でいようとしているのか、一語一語をかみしめるよう
な物腰。
「からかってなんかいないよ」
 相羽の表情は真剣だった。いつものぼんやり眼と違って、しっかり、こちら
を見つめてくる。その視線に乗せて、強い調子で言い切る相羽。
「本気だ」
「だって……だって、あなた、好きな人がいるって、前から言ってた……」
「だから、その好きな人が、涼原さん。ずっと前から好きだった。初めて会っ
たときから」
「そ、それ、それじゃあ、あのときのはどうなるの? 間違いでキスしちゃっ
たとき、あとであなた言ってたじゃない。偶然だ、成り行きだって。ほら、小
学校の六年生のとき。遠野さんがぶつかって……」
 急いで立ち上がり、事態を認識しようと、質問を飛ばす。
「涼原さんのこと、好きとか嫌いとかは言わなかった、だろ」
「……」
「あのとき口走った台詞だって、半分以上、本気。涼原さんの初恋の相手に、
僕はなりたい」
「ば、ばか言わないでよっ」
 身体に沿わせた両腕に下へと力を入れて突っ張り、強く言い返した。
「私にだって、選ぶ自由が……」
「僕じゃ、だめかな」
「そ、それは」
 口ごもってしまったのは、断言できないから。いや、むしろ、だめであるは
ずがない。そのことを純子自身がよく分かっている。
 相手から告白されて、初めて明確に意識した。
(私、相羽君のことが好きなんだ)
 その認識が純子の中に一気に行き渡り、気持ちを染め上げる。相羽をまとも
に見ていられなくなった。
 うつむいて、目をきょときょと動かし、地面を見つめる。視線で小石を意味
なく結ぶが、純子は自分の行為を自覚していなかった。
(いつもそばにいて、助けてくれた――)
 アルバムをめくるみたいに、思い出が一度に浮かぶ。キスされたことや、目
の前で泣かれたこと、喧嘩したことに林間学校、修学旅行先での出来事。モデ
ルを始めた自分を支えてくれたことも思い起こされた。
 今、特に強く思い出されたのは、「好きな人いるの?」と問われた相羽が困
っているシーン。
(私……)
 もう冬も近いというのに、暑かった。熱っぽかった。
(私にも好きな人、いたんだ)
 相羽に応えようとした。
 しかし、別の記憶が鮮明に甦る。たくさんいる友達の存在。みんな、早くか
ら――純子が自分の気持ちを知るずっと以前から――相羽を好きだと言っては
ばからなかった。そんな友達に対して、純子は相羽のことを何とも思っていな
いと言い続けてきた。身近にいるけれど、親しい男子の友達だと。
「相羽君」
 かすれそうな声を、精神力でどうにか補修する。
「うん」
 相羽の声がした。遠くに聞こえるのは、気のせい。
「相羽君はいい人だと思う。いっぱい助けられて、感謝もしてるわ」
 口調が堅い。純子はさらに努力した。いつものように喋ろうと、必死に努力
した。
「一番最高の友達。女子も男子も含めて、一番かもしれない」
(つまり、好き。……だけど、今さら私、何もできない。あなたを好きな人な
ら、もっと前から、たくさんいるじゃない。郁江達を裏切れないよ)
「でも、好きとかどうとか、考えられない。友達でいいじゃない。ね?」
 純子は言い切って、笑顔を作った。無理をして、怖々と笑う。プロから演技
指導を受けた成果かどうか分からないけれど、自然な笑みになったようだ。
 そして、相羽の顔を見返す。
「そう……か」
 普段のぼんやり目つきに戻って、小さな声で言うと、相羽は唇を固く閉じた。
枯れかけの花みたいに、元気が急速になくなっている。そんな雰囲気。
「あの、嫌いじゃないのよ。本当に」
「……ありがとう。ごめん、急に変なこと言って」
「ううん」
「友達で、いてくれる?」
「言ったじゃない。友達よ、私達」
 純子が念押しすると、相羽はかすかに笑った。
「よかった。……じゃあ、さよなら。遅くなっちゃったね、ごめんな」
「謝らなくていい。謝らないで」
 純子が言い終わらない内に、きびすを返した相羽は、ゆっくりした足取りで
歩き始める。
「あの、あのね! また教室でね! 会おうね!」
 彼の後ろ姿が寂しげに映る。気になって、純子は思わず声をかけた。
 足を止め、振り返った相羽は、少なくとも表面上はいつもの相羽になって気
軽に応じた。
「うん。また」

――『そばにいるだけで 41』おわり




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