AWC そばにいるだけで 39−7    寺嶋公香


        
#4919/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 8/30  15:54  (200)
そばにいるだけで 39−7    寺嶋公香
★内容

 気乗りしないどころか、会いに行くのをやめたのが一人いた。
「唐沢君はどうしたのよ?」
 選手控えのスペースに向かう道すがら、前田が立島に聞いている。
「ん、わざわざ会いに行くことないだろうってさ」
「……なるほどね。唐沢君て、自分がされたくないことはしない性格なのか」
 前田の言わんとすることは、純子にもおおよそ分かる。
(テニスで負けたとき、唐沢君は一人にしといてもらいたいのかな……)
 そこから類推を働かせようと試みた。相羽と会うまで、もう時間がない。急
がねば。
(男子みんなが、そういうタイプってことじゃないのは当たり前として、相羽
君はどうなんだろ? もし会いに来てほしくないなら、そこへ私が行って負け
たことをあれこれ話すのは……できない)
 前を行く立島の背が止まった。最後尾の純子も慌てて立ち止まる。心の整理
を着けるには、やはり時間が足りなかった。
 参加選手の同級生であることを町田と勝馬が伝えると、全員中に入れてもら
えた。よくよく見れば、チェック係がいるわけでもなく、ほぼ自由に出入りで
きる状況らしい。
「相羽君!」
 向かって右奥隅に座る相羽へ、富井が真っ先に声を掛けた。閉会式などのセ
レモニーが残っているためか、相羽はまだ道着姿であった。傍らに立つ望月も
同様のスタイルだ。
「応援ありがとう。負けてしまって、ごめんな」
「それより、大丈夫だった? 私、心配で」
「全然問題なし」
 井口の感極まったような声に、相羽は力こぶを作るポーズを取った。その表
情の微笑はちょっと淋しげ。
「顎先を打たれて、頭がふわーってなっただけだから。どこも具合悪くない。
気持ちいいぐらいだよ」
「よかったあ。倒れるの見て、すぐに駆け寄りたかった」
 富井が安堵するとともに、目尻をごしごしこする。安心できて、ちょっと泣
けてきたのかも。
「どうやら俺はお邪魔のようだぜ」
 望月がつぶやき、そっと離れる。と、出入口付近でもじもじしていた純子に
気が付き、半ば駆け足でやって来た。
「よ」
「あ、望月君。お久しぶりです……」
「他人行儀な挨拶だなあ。残念だったな、彼氏が負けて。あいつも詰めを誤ら
なきゃ勝って――」
「か、彼氏じゃないわ」
 純子は顔を逸らした。望月は一瞬眉間にしわを寄せ、「違うのか?」とつぶ
やくと、ひょこんと軽快に頭を下げた。
「そりゃすまない。俺の見込み違いだ」
「謝らなくてもいいけれど」
「それで、何でこんなとこにいるんだよ? もっと近寄って、労いの言葉の一
つでも掛けてやればいいのに」
「……あのさ、望月君」
 望月へ振り返り、真っ直ぐ見つめた純子。
 無骨な調子で通していた望月が、虚を突かれたように口を丸くした。
「な、何だ? 改まった感じになって」
「相羽君、負けたことで何か言ってなかった?」
「もちろん、言ってるさ。もっとバランスよく立ち技と寝技を」
「そういう意味じゃないの。その……敗因について」
 話す内に声が小さくなる。純子はいつの間にかうつむいていた。
「敗因か。ああ、よそ見した自分が弱かったとかどうとか言ってた。まあ実際、
よそ見したように見えたよな」
「あ、あのっ、何をよそ見していたのか、言ってない?」
 答は聞かなくても分かっていたようなものだ。純子に気を取られてよそ見し
たと相羽が望月に言っていたとしたら、早々に望月が教えてくれるはず。
 純子がじっと見ている中、望月は不意に上目遣いになり、頭をかいた。
「どうだったかな。うーん……そうだ、思い出した。言ってなかったぜ。何を
見たのかは言ってなかった」
 その答に、純子は軽く握った左手を胸に当て、小さく息を吐いた。だが、視
線は床に落としたまま。
(まだ分からないわ。望月君に言わなかっただけなのかもしれない)
 唇を噛みしめる。手の平に汗が浮かぶのを感じた。すぐ横を選手が数名、ひ
ゅーっと短い口笛を吹きながら通り過ぎて行く。
「ほら。何をぐずってるのか知らんが、さっさと行ってやれって」
 望月のごつごつした手が、純子の肩を弱く押した。
「相羽だって、応援団が全員揃わないと気になるだろうよ」
「う、うん。でも、私が行っても、すでに一人欠けてるの。気を遣ったんだと
思うけれど」
「それ、男? 女?」
「男子よ。唐沢君て――」
「じゃ、関係ないな。さあ、行った行った」
 からから笑って、望月は純子の背を押した。望月の笑うのが珍しいのか、他
の面々から一瞬間だけだが注目を浴びたほど。
 わけが分からないまま、そして心の準備ができないまま、純子は相羽の前に
押し出された。
 うつむく刹那、相羽の視線に捉えられたのが分かった。
「……はは、来なかったのかと思った」
「そ、そんなことないわよ」
 ぎこちなく、無意味な会話が始まったのを見て、町田が口を挟んだ。
「純、何か言うことあったんじゃなかったっけ」
「……うん」
 純子は面を起こすと、相羽の前にしっかり立つ。他のみんなはおおよそ事情
を分かっている。適度に距離を取った。
「相羽君。きょ、今日は惜しかったね」
 話し出したはいいが、目を瞑って首を振る純子。
(違う。こんなことを言いたいんじゃなくて)
 目を開けると、相羽が不思議そうに見上げていた。
「どうかした?」
「あ、あの、最後、打たれる前に、目をそらしたって聞いたんだけど……それ、
本当?」
「うん。肝心なときに気が散って……いやあ、まだまだだめですな、僕も」
 面白おかしい口調になった相羽。純子はしかしくすりともせず、空つばを飲
み込んだ。口の中が急速に乾いた気がする。
 純子は思い切った。
「気が散ったのは……私のせい?」
「……」
「私、私がちょうどあのとき悲鳴を上げたから、だから、相羽君はよそ見して
しまった?」
「……うん、そうだね」
 相羽の静かな声に、純子の肩が震えた。一瞬のことだったが、傍目にはっき
り分かるほど、びくりと上下に。
「……ごめんなさい」
 痛くなる胸を押さえ、絞り出すように言った。頭を、背中が見えるほど深く
垂れる。
「涼原さん、どうして謝るのさ?」
「え」
 はっとして相羽を見ると、笑っていた。
「だ、だって、私の悲鳴のせいで気を取られて、それで相羽君、負けてしまっ
たんだから。あなた自身、言ったじゃない!」
 思わず力が入ってしまった。前田から脇の辺りをつつかれ、周りを見渡す。
見ず知らずの人達から注目されていると分かり、肩を小さくした。
「僕は、君の声に気を取られたと言っただけ」
 弛緩したように息をつくと、相羽は片手で自分の首筋をもんだ。
「同じことでしょう? 私のせいで」
「違うよ。負けたのは、僕が弱いからだ」
「嘘。弱くなんかないわ。あと少しで勝てそうだった」
「つまりね、よそ見したのが敗因でも、そのよそ見をしたのは僕自身なんだ。
誰のせいでもない。僕が甘かった」
「でも……でも」
 再度、両方の拳を握る純子。身体が小刻みに震える。力が入っているのに加
えて、感情が高ぶっていた。
 相羽はすっくと席を立った。純子のすぐ前に来ると、その手で彼女の頭をぽ
んと撫でる。
「そんな顔、しないでくれ」
「う」
 純子の方は言いたいことが声にならない。相羽があんな風に言ってくれるの
は気遣ってるからだと感じて、泣きそうになる。
「あーあ、こっちだって泣きたいよ。みんなに応援頼んでおいて、負けて、格
好悪いところさらしてしまった。――なあ、みんなからも言ってよ。純子ちゃ
んのせいで負けたんじゃないんだって」
 相羽の願いに応じて、前田や町田、富井に井口が口々に慰めの言葉を純子に
掛ける。
 その間、立島と勝馬が順繰りに、相羽に小声で聞いた。
「本気でそう思ってるのかよ?」
「ああ」
「変に気を回さないで、言うべきときははっきり言うもんだぜ?」
「もちろん」
「……じゃ、いいか」
 二人の質問者が納得してうなずいたとき、戸口の方が若干騒がしくなった。
「選手と関係者以外はだめだ。入らず、外で待っててくれないか」
「だから、僕は中にいる人間と同じクラスなんですよ」
 聞き覚えのある声に相羽と勝馬は顔を見合わせた。そして一斉にドアを振り
返る。
「坂祝……来てたのか」
「――あ、相羽君」
 ほっそりした長髪の男が、手を大きく振っていた。押し止めていた係の者も
肩越しに振り返り、仕方がないとばかりに道を開ける。
 坂祝は相羽の前までやって来ると、軽く一礼した。
「いいものを見せてもらったよ。面白かった」
「何でいるんだ?」
 勝馬が尋ねる間を利用して、相羽は立島に坂祝のことを紹介した。
 問われた坂祝は唇の両端を上に向けて、にっと笑んだ。
「相羽君は相当腕が立つと聞いていたからね。一度、見てみたいと思っていた
んだ。なかなか凄かった。惜しかったけど」
「そりゃどうも……。見たかったのなら、学校で言ってくれりゃいいのに」
 うなずきつつも疑問を呈する相羽。
 坂祝は再び笑んだ。今度は嘲笑の意味合いが含まれていたかもしれない。
「そいつは無理。何故って、僕は君と闘うつもりなんですよ。相手の力を探る
ために、その相手に頼むのは卑怯ですからね」
「どういう意味さ?」
 いつになく饒舌な坂祝を前に、相羽は目を鋭く細めた。
 坂祝は抑揚に欠けた調子で言い放った。
「僕も腕に覚えがある。ぜひ君と闘って、倒したいんだよ」
 目が本気だった。

 みんな揃っての体育館からの帰り道、相羽は歩く速度を落とし、首をぐるり
と巡らせた。
「いてて。結構こってるな。知らない内に、全身の筋肉使ってたみたいだ」
「もう、のんきなんだからぁ」
 すぐ後ろを行く井口が唇を尖らせて反応する。
「坂祝君のこと、どうするつもりなの?」
 先ほど記した「みんな」の中に、坂祝は入っていない。
「どうすると言われてもな」
 片手を頭に当てる相羽。少なからず困惑した様子がありありと窺える。
「まーったく、あの長髪クンも何考えてんだか」
 町田が呆れたように笑い飛ばした。
「純を落ち着かせるのに必死になっていて、はっと気付いたら、あんた達の方
の空気がぴりぴりしてるじゃない。あのときは一体何ごとかと思ったわよ」
「まさか決闘の申し込みとはねぇ、驚いちゃったなぁ」
 富井が大げさな身振り手振りを交えて、自らの驚きを表現する。
 相羽が苦笑をこらえて訂正する。
「決闘じゃないよ。対戦」
「待てよ。そうか? どっちかって言うと決闘のニュアンスだったぜ」
 強い調子で異を唱えたのは立島。ごく間近で聞いていただけに、自信がある
のだろう。
「対戦申し込みなら、柔斗のルールでやりたいと言うのが筋だ。坂祝の奴と来
たら……喧嘩がしたいらしい」
「ね、ね。坂祝君はどうして相羽君とやりたがってるのか、理由を言った?」
 純子は回避する道を模索して、そんなことを尋ねてみた。
「いや、はっきりとは。何だか知らないけど、この僕が強いんだと思い込んで
いるみたいだった」
 自分を指差して、また苦笑する相羽。
「そ、それだったら、相羽君に勝った津野島君とやりたいって思うのが普通な
んじゃあ……」

――つづく




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