AWC 飛井田警部の事件簿:消せない音  8   永山


        
#4856/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 6/29  21:15  (200)
飛井田警部の事件簿:消せない音  8   永山
★内容
「バンド」
「何となくですが、くたびれ方が変だったような気がするんです。いつもと違
う感じがして……。その、外してあるのを手に取る機会があったものですから」
 慌てた風に下を向く備前。
 飛井田は気にせずに質問を重ねた。
「バンドは革製でしたな。ふむ。――あなたが感じた違和感は、たとえば、留
める穴が違っていたとかでは?」
「あっ、かもしれません。よく使う穴は、早く傷むでしょう? その位置が違
っていたような気がしたんです。勘違いかもしれないけれど」
「うーん、分かりました」
 今度は本当に立ち上がった飛井田。まだおぼろげだが、手がかりを掴んだ感
触があった。
「あの、西川さんが事件に関係してるんでしょうか」
 見下ろすと、心配げに目を大きく見開く備前の様子を臨めた。余計なことを
喋ってしまったのではないかと、今になって不安になったのだろうか。
 飛井田はゆるゆると首を横に振る。
「結論はまだです。さて、ご協力感謝しますぞ。あなたに教えてもらった人達
に会わなきゃならん。忙しくなるので、これにて失礼」
 そう言って飛井田は足早に立ち去った。心中では、聞き込みを優先するか、
それとも腕時計について詳しく調べるか、迷いながら。

 飛井田と古村、二人して回ったが、空振りが続いていた。
「備前早苗の言ってた病院退職者、これで全部当たったことになりますよ」
 車に乗り込んでから、ハンドルに手を載せ嘆息する古村。
「そうだな」
 飛井田の推測かつ勘に沿い、善城寺病院で何らかの医療過誤があったのでは
ないかという考え方で聞き込みを重ねた。結果は芳しくない。
 あっけらかんと否定する者もいれば、ミスの一つや二つあるにはあるが私の
口からは……と言葉を濁す者もいた。中には、治療費の点数水増しや医療廃棄
物処理のずさんさがかつてあったことを認めた者もいる。しかしそれらでは決
定打にならないと判断した。赤石がほしがったのは、そんな話ではないだろう。
「どうします? 一回、戻りますか」
 運転席の古村が肩越しに後ろを向く。飛井田は首を左右に振った。
「いや、まだだ。こっちの方の聞き込みで新しい名前が出たんだ。内科に室崎
拓也(むろさきたくや)って医者がいるんだそうだ。一ヶ月ほど前から休職し
ている」
「ははあ、辞めた訳じゃないんですね。休職の理由は何なんですか」
「体調を崩したことになっている」
「なっている、とは?」
「さっき公衆電話から電話入れてみたんだ。在宅かどうか見るために。何度か
けても出ない」
「体調を崩したのは嘘だと」
「断定は早いかもしれんが、当たってみる価値はあるだろ。病院の指示で動い
てるのか、それとも室崎個人の意志で動いてるのかは不明だが、怪しい。住所
はここだ」
 メモ書きを渡す飛井田。
「ここからだと、団秀太郎の職場とどっちが近い? 近い方からやってくれ」
 室崎の自宅へ向かうことになった。
 三十分かけての移動だったが、やはり室崎は不在だった。予想されていたこ
となので、早速近所の人をつかまえて話を聞く。
「室崎さんなら旅行に出たみたいですよ」
 向かいに住む幼顔の女性が、ブロック塀越しに言った。門に回って出て来て
もらうと、ひよこの絵柄がプリントされたエプロン姿が見えて、いかにも若妻
然とした雰囲気を醸し出していた。
「どちらに行かれたか、聞いてませんか?」
「詳しくは知りませんが、東南アジアと言ってましたよ」
 お喋りに飢えていたのか、女性は嬉しそうに話す。
「海外か……。何日前から?」
「さあ、二週間経つか経たないかぐらいかしら」
「ほう、もうかなり長いんですなあ。帰国の予定は聞いていますか」
 事件から今日で三日だから、事実としたら殺人そのものには無関係だなと考
えつつ、飛井田は問いを続けた。
「いいえ。あの方、病院を辞められたんですか? こんなに長い間、旅行だな
んて」
「暇をもらっただけで辞めてはないそうですよ」
「ああ、それならよかった。いえね、知り合いにお医者さんがいると何かと便
利でしょう? ほら、ちょっとしたことなら、頼めばただでアドバイスしてく
れるから。うちの人の給料だと」
 際限なく続きそうな予感に、飛井田と古村は揃って手を挙げ、話を遮った。
「旅の目的について、室崎さんは何か言ってましたか」
「はい。観光が大部分だけど、仕事にも関係あると言ってましたよ」
「仕事。医者の仕事に関係ある何か……?」
「そこまでは」
 別に知りたくないと言いたげに、首を傾げる女性。
 刑事二人は礼を言って、車に引き上げた。
「東南アジアねえ。分からんな。突っ込んで調べたくても根拠がない。赤石と
室崎を結ぶ線が見えない限り、だめだな」
「被害者が善城寺病院の裏を探っていたという仮定で進めてるんだすから、せ
めて、病院関係者の誰かと接触していた確かな痕跡でも出て来れば助かるんで
すが……作家ってのはみんな調べた資料を隠すもんなんですかね」
 赤石拳の自宅からは、ノンフィクション執筆のための資料集めや取材メモ等、
一切出て来ていない。書き始めていたという本文さえ、その存在が確認されて
いない。
「茶本と西川、どちらかが関与してると思うんだが。あるいは両者とも」
「資料を隠したからって、殺人を犯したとは限らないんでは」
 疑問を口にしながら車をスタートさせた古村。飛井田はサイドミラーで後ろ
の景色を眺めつつ、捲し立てるように答えた。
「理屈ではそうだが、状況はぴたりと来るだろ。特に西川。赤石が兄の病院を
調べていると知り、執筆をやめさせようとしたができない。兄の頼みもあって、
赤石を殺害したのかもしれない。善城寺病院に関する取材メモと書きかけの作
品は処分したと」
「善城寺病院の秘密を掴まないことには進みませんねえ。その前段階として、
被害者が病院関係者に接触を図った事実を示す必要があります。そういう事実
があれば、ですが」
「分かってるよ、何遍も言うな。取っ掛かりとしては、残りの団秀太郎に期待
かけてるんだ。赤石が善城寺病院の悪い噂を最初に聞くとしたら、入院してた
この人からしかない」
 飛井田の読みは当たっていた。団の聞き込みを最後に回したために時間を要
したが、逆に室崎の存在を知り得たあとだったので、話が通じやすくもあった。
「じゃあ、団さんは夜中のトイレのときに、それを立ち聞きしたと」
「その通り」
 広い額をしきりにさすりながら、団秀太郎は何度もうなずいた。
 職場である事務所を訪ねたとき、刑事にとっては幸いにも、団は暇そうにし
ていた。むしろ、刑事の訪問を待ちかねていたかのように迎えてくれた。友人
が殺されたのだから、それも当然かもしれない。
「看護婦長や医者連中の悪い冗談かもしれんと思って、今まで赤石さんの他に
は誰にも言わないできたが、こうなったら洗いざらい証言しますよ」
 いささか気負い気味ではあったが、団の話は間違いなく重要であった。
 曰く、善城寺病院では秘密裏に乳幼児の臓器移植が行われているらしい。団
がたまたま耳にした会話では、その手術が失敗に終わった、伝達ミスで心臓の
型に手違いが起きたためだとの内容が楽しげに語られていたという。
「しかし……子供の臓器なんて、おいそれと手に入るもんじゃないでしょう? 
心臓となると脳死体からの物でないとだめなはず。まさか日本全国に協力して
くれる病院があるはずもないし」
 古村が現実味を感じられないとばかり、首を振った。意外にも、証言者の団
自身も同調する。
「はい、私もそれを思いましてね。だからこそ冗談だとばかり。まあ、赤石さ
んには小説のネタになるのではと思い、話半分に聞かせてやったんです。刑事
さん、赤石さんが殺されたのはやっぱりこのことが原因で? だとしたら、私
は責任を感じる……」
「まだ調査中ですが、可能性はあります。でも、責任を感じる必要はありませ
んよ。憎むべきは殺人犯です」
 通り一遍のことを言って、先へ進む。
「団さんは、室崎という人をご存知ですか」
「ええ。私は外科にかかったんでまるで関係なかったものの、あの先生とは趣
味が合いまして。いや、骨折の原因となったスキーなんですが」
「ほう。それじゃあ親しく話をされたと」
「もちろん。動けずに暇な私の話し相手になってくれましてね。見た目は根暗
な印象のある人でしたが、話してみれば気安かった。ああ、それで赤石さんに
も、もしも病院のこと調べるんなら、西川編集者だけでなく、あの室崎先生に
も聞いてみるといいんじゃないか、と伝えましたっけ」
 つながったかもしれない。飛井田は色めき立つ気持ちを抑え、重ねて聞いた。
「赤石さんは室崎さんと会ったと言ってませんでしたか?」
「そうそう、それが変なんですよ。私の退院後、赤石さんから電話がありまし
てね。室崎医師と会ったよと言ってたんです。それで、しばらく経って足の具
合を診てもらうために病院に行ったとき、室崎先生とまた会った際にこのこと
を告げたんですが……否定されてしまいました。勘違いされたのかな」
 デスクに肘を突き、難しい目つきになった団。
 飛井田は確信した。それと同時に、次なる展開にも思考を巡らせていた。
(これで動機の目星はついたようだな。まだ詰めは残っているが……それより
も誰が犯行をなしたのか、絞り込まんといかん。善城寺病院の上の方の連中に
西川を加えた面々。こいつらの中に犯人がいるはずだ)

 西川は朝刊にざっと目を通すと、息を長く吐いた。
(大きな進展はなかったようだな)
 音を立てて新聞を畳み、遅い朝食を摂る。
 人気作家の死の事後処理その他でてんてこ舞いの日々が過ぎ、西川はしばら
くぶりに取れた休みを一人自宅アパートで過ごしていた。もっともこの休み、
刑事や取材記者連中に足を運ばれるのをうるさく思った会社が、西川に応対を
任せるという意味で出した、一種の自宅待機だが。
 一応、テレビニュースもチェックしておくかと、リモコンを手に取ったその
ときだった。玄関のブザーが鳴り、それに反応する前に、潰れたような声が聞
こえてきた。
「西川さーん。ちょっとよろしいでしょうか?」
 飛井田刑事の声だった。
(来たか)
 西川の目つきが険しくなる。手に着いたパンのかすを払い、急いで玄関に向
かおうとしたが、思い止まった。ここは可能な限り時間稼ぎをし、あらゆるケ
ースを再検討しておきたい。
「お留守ですか〜!」
 うるさいので、返事だけは先にしてやる。
「います、います。今取り込み中で。どちらさんです?」
「飛井田です。野暮用と言やあ野暮用ですがね、二、三お聞きしたいことがあ
りまして」
「刑事さん? ええっと、もうしばらく待ってください」
 いつまでも引き延ばせるものでなし、西川は腹を据えた。多少乱れた髪を手
櫛で梳かすと、それでもゆっくりとした足取りで声のする方へ向かう。
「待たせてしまって申し訳ない。開けます」
 解錠してドアを押し開けると、飛井田が精一杯の笑顔を見せて立っていた。
人をだませそうにない詐欺師見習いといったところか。
「おはようございます」
「あ、ああ。こんにちはと言った方がふさわしい時間のようだが。それで刑事
さん、事件のことでご用ですか」
「他の用件ならば、私もどんなに気楽なことか」
 苦笑とは呼べない、ただの苦い表情を浮かべると、飛井田は意外と俊敏な動
作で扉の内側に入ってきた。
「会社にお伺いしたら、自宅だということでしたので。かまいませんか」
「否も応もないでしょう。断ると赤石先生から恨まれて、夢枕に立たれるかも
しれない。何で捜査に協力しないんだ、とね」
「そうなんですよ、自分も同じ気持ちでして。恥ずかしながら、犯人に直結す
るような証拠が見つからない」
 頭をかくと同時に腰もさする飛井田。
「……お上がりになりますか」
 警戒のあまり、語調が変に堅苦しくなったかもしれない。
 飛井田刑事は「長くなるので、できればそうしてもらえると助かります」と、
言い訳がましく答えた。
 いや、逆か。上がり込むための伏線として、腰を痛そうな素振りを見せたの
かもしれない。
「おや。食事中とは知らずに失礼を。私にかまわずやってください」
 さして広くない一室故、ダイニングまで楽に見通せる。
 西川はやかんを手に取り、刑事に聞いた。
「刑事さんもコーヒー、いかがです。インスタントですが」
「ありがたいんですがね、いただくとあとでややこしいことになる場合が、た
まぁにありまして。公僕のつらいところです」
「コーヒー一杯で買収される刑事がいれば、犯罪者にとって天国ですな」
 揶揄を含めて言うと、やかんを空のまま戻した。
「じゃ、先に食事を済ませるとします。そこの席、どうぞ。食べながらでも聞
けるようなお話ですかね?」

――続く




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