#4803/5495 長編
★タイトル (AZA ) 99/ 4/29 16:37 (177)
そばにいるだけで 35−10 寺嶋公香
★内容
香村は遊び慣れているのかもしれない。
プレイスポット等に詳しかったし、楽しみ方も実によく心得ていた。時々、
とんちんかんな日本語を使うが、それとてジョークにしてしまえる口達者。
だから純子もそこそこ楽しめた。そこそこというのは、不満が一つだけあっ
たから。
(さっきはああ言ったけれど、やっぱりお話ししたいな)
無論、会話がないわけではなく、歩いているときやゲームをしているときも
盛んにお喋りした。ただ、その場限りの話題ばかりなのが物足りない。
(私がしたいのは、思い出話よ。それに、香村君の小さい頃の写真だって見せ
てもらう約束)
落ち着いた雰囲気の場であれば、話題を思い出の方向に持って行けるだろう
が、そういった静かな場所に巡り会わないため、切り出せないでいた。
純子はもらったぬいぐるみの人形の頭を撫でてから、斜め前を行く香村のう
なじをちらっと見やった。彼の足取りは軽く、たまにハミングを漏らしながら、
どんどん進む。久々の休暇を満喫できているに違いない。
(それはいいんだけど、ちょっと早い)
純子は歩調のペースをいつもより二段階ほど上げて、ようやく香村の隣に追
い付いた。人形も大きな頭や手足をしばらくぶらぶらさせた。
「ねえ、香村君」
「どこへ行くか知りたいんなら、秘密だよ。着いてからのお楽しみってやつ」
時計を見て時間を気にする素振りを見せた香村に、純子は首を振った。前置
きなしに始めるのがいいと判断する。
「恐竜展でのこと、覚えてる?」
「――あ? 何か言った?」
香村は自身のハミングで聞き取り損なったらしい。歩く速度を落として純子
に聞き返す。
純子が全く同じ台詞で伝えると、大きな動作で首を傾げる香村。
「うーん、それがねえ。もう十年近く前のことだろ」
「七年か八年よ」
「十年一昔と言うから、同じようなもんじゃん。ははは」
使い方が間違っているような気がしたが、指摘はやめておく純子。話の流れ
を止めたくない。香村の言葉に耳を傾ける。
「前も言ったけれどさあ、しかとは覚えてないんだ。もちろん僕だって、昔は
恐竜や化石のこと大好きだった。でも、ちょうど同じ頃、親の勧めもあって芸
能界の仕事するようになってさ。幸か不幸か――幸運には違いないんだが、か
なり早い内に人気が出て、忙しくなって」
「それは分かります。でも」
歩きながら、純子は両手を合わせていた。人形は肘の辺りで挟んでいる。
「私と会ったことまで、すっかり忘れてしまってたの?」
「いやいや、そんなことない。覚えてましたとも」
頭を激しく振って、胸を叩く香村。口の形が微笑している。そこへ目の表情
が加わって、苦笑に転じた。
「まあ、記憶の片隅に引っかかってるという程度だったから、自慢になんない
ね。そんなあやふやな感じだったのが、先月の撮影のときに君の話を聞いて、
不意に蘇ったんだよねえ」
「私の話を聞いてすぐ、記憶が蘇った?」
「ううーん、何か変だなとは思った」
「じゃあ、話したとき、すぐに教えてくれてほしかったなぁ」
矢継ぎ早に尋ねる純子。両手は今や握り拳を作っている。注意してないと人
形を落としてしまいそうだ。
「それは仕方ないだろ。僕も自信なかったからな。あの食事のあと、しばらく
経って家に帰って、あちこち探し回ってパンフレットを見つけて、ようやく確
信が持てたんだ」
「……しょうがないか。それじゃ、写真見せて」
「写真?」
「香村君の小さい頃の写真。電話で頼んだわ。見れば私、思い出せるかもって」
「……悪い。忘れてた」
しれっとして答える香村。台詞は謝っているが、顔は笑っている。
「そんな」
純子は若干うなだれた。脳裏ではもっと落胆している。
香村は短い息をつくと、明るい調子で付け加えた。
「それにしてもびっくりしたよ」
「偶然、再会できたことが? それなら私も」
「違うんだ。あのときの女の子が、こんなにきれいになってるんだもんな」
「――」
目元に朱が差すのを自覚して、上げかけた顔を逸らす純子。
「べそかいて、くしゃくしゃにしてたよねえ? とてもじゃないけど、今現在
を想像できないぐらいに」
「そ、そんなにひどくはなかったと思うわ。だいたい、泣きそうになっただけ
で、泣いてないもん」
「じゃ、普段の顔がくしゃくしゃだったってか? はははは!」
言うだけ言うと、香村はいち早く駆け出した。西洋のコメディ映画に出て来
そうな面白おかしい足取りで逃げる。
取り残された格好の純子は、はっと気付いて人形を抱き直すや、追いかけ始
めた。思わず片腕を振り上げそうになったが、人目があるのに思い当たり、そ
れはよしておく。
「待ってよ! 待たないと――名前、叫ぶからねっ」
噴水がダンスを始めた。
**駅に戻ったのは、午後五時ちょうどだった。香村の満足そうな表情から
して、全て予定通りらしい。
「名残惜しいけど、今宵はこれでお別れ」
板に付いてない言葉遣いの香村。恐らく、ドラマの台詞として覚えた単語を
使ってみたのだろう。
「付き合ってくれてサンクス。楽しかったよ」
「ううん、こっちの台詞。私、会ってもらえただけでよかった。香村君、忙し
くて疲れてるのに」
「慣れてるからね。それに、涼原さんと会っている間に、だいぶエネルギー回
復した。これからも、疲れたら会ってもらおうかな。速攻で立ち直れるよ」
右腕に力こぶを作る香村。
純子は微笑と苦笑を織り交ぜた。冗談と分かっていても、嬉しくなる。だか
ら冗談で切り返した。
「喜んで。でも、私も一応、仕事のないときじゃないと困るかも」
「はは、そりゃそうだ。今度は僕から電話する。楽しみにね」
「ええ。そのときは、もっと化石の話を――」
純子の声をかき消すように、水音が一際大きくなる。
二人が振り向くと、噴水のダンスがクライマックスを迎えていた。五時から
五分間のアトラクション。季節が冬ならばこの時間帯、カクテルライトが色鮮
やかなことであろう。
「きれいだな。今日の涼原さんには到底及ばないけど」
香村の臆面もない台詞に、純子は照れを通り越して、かすかに肩をすくめた。
(普通にしてる方が格好いいのに、たまに話し方が芝居がかるのよね。癖なの
かな? 役者さんらしいと言えばそうなんだけど)
純子がゲームで取ってもらった人形の両腕を、体操させるみたいに上下させ
ていると、香村もそちらに気付いた。
「気に入ってくれたみたいだ」
「――うん。ありがとう」
「次はもっといい物をプレゼントするよ。お楽しみの一つにしといて」
そんなことよりもたくさん話がしたい。そう思うだけで、口に出しはしない。
しつこく言って、疎ましがられたくないから。
香村は再度、時刻を確かめた。今度は表情が曇る。
「あーあ、やだな。もう時間が来ちゃったよ。実はこのあと、打ち合わせがあ
るんだよね」
「ええ? そんなの聞いてなかった……ごめんなさい、こんなぎりぎりまで」
「気にしないの。僕もできるだけ長く一緒にいたかったのさ」
それだけ言うと香村は唇をひと嘗めして、何か言い足そうとしたらしく見え
た。だが、声はのどの奥には飲み込まれた。
「それじゃあ、また。次に会えるのはスタジオになるといいね」
「あ、はい」
純子が充分な返事をするよりも先に、香村は身体の向きを百八十度換えると、
徐々に黄昏色に染まる街中へと走る。
そして彼がタクシーをつかまえるのを見て、純子はかなりびっくりした。
(打ち合わせする場所までタクシーなのかな……。マネージャーの人を呼ばな
いのは、私と会ってたことを隠したいから? まさかね)
ともかく、希望全てが叶ったとは言い難いが、それでも夢見心地の時間を過
ごした純子は、胸をなで下ろした。手元に残る人形が、今日の出来事が本当で
あったという証しだ。
「友達になれた……かな」
小声でつぶやき、回想に浸る。
どれぐらいそうしていたか分からないが、周囲の喧騒で我に返った。
(よし。帰ろうっと。明日からまた普通の中学生)
駅構内に向かって歩き出す。日曜の夕方とあって、今の時間は出て来る人の
方が多いみたい。
照明の灯る屋内に足を踏み入れると、顔が火照ってるような気がしてきた。
興奮が残っていて、赤くなっているのかもしれない。心持ちうつむき加減にな
って自動券売機を目指す。
「――あっ。純子ちゃん!」
「え?」
突然呼ばれて顔を起こす。聞き覚えのある声がどこから聞こえてきたのか、
その源を目で忙しく求めた。
必要なかった。
相羽が間近に迫ってきて、今、立ち止まった。
「相羽君……」
「よかった」
不思議さを隠しきれない純子の視線の先で、相羽は大事な落とし物を見つけ
たかのように安堵している。
「相羽君もこっちに出て来てたんだ? わぁ、偶然」
当然の推測を伝えると、相羽は目を何度かしばたたかせ、困った風に鼻の頭
をかいた。
「香村綸と会ってたんだって?」
「どうして知ってる……あ、そっか。おばさまから」
「ううん。君のお母さんから聞いたんだ。電話してさ。――とにかく、切符買
った方がいいんじゃない?」
「あ」
相羽に言われ、純子は財布を取り出した。こんなところで立ち話してる場合
じゃない。早く帰らないと。
「相羽君は?」
「先に買った」
二人で同じ自動改札を抜け、プラットフォームに出る。声高に会話している
高校生や大学生らしき若い男女のグループが目に付くが、出張帰りなのかスー
ツ姿の人もちらほら見受けられる。着飾った中年女性の集団は結婚式帰り、い
や、同窓会かもしれない。
そんな雑踏をすり抜け、陸橋を渡って目的のプラットフォームにたどり着い
た純子達。早速、話の続きを。
「さっき、電話くれたって言ったわよね。何の用事だったの?」
「あ――えっと、純子ちゃんが家にいるかどうか、気になって」
「ふうん? どうして」
覗き込むようにして相羽の顔を見つめる。と、相羽が視線を逸らした。
(あれ? 怪しい)
そう感じた純子の前で、相羽は急ぎ口調で答える。
「たいした意味はないよ。とにかく、いるかどうか、気になっただけ」
「本当に?」
「う……」
純子が立つ位置を変えて再び表情を覗き込むと、相羽は弱った風に唸った。
――つづく