#4676/5495 長編
★タイトル (RAD ) 98/12/24 0: 7 (134)
Silent Angel 〜声なき天使の歌う歌〜【00】 悠歩
★内容
「熊にまたがり〜お馬のけいこぉ〜はいさどうどう、はいどうどう」
上機嫌な男の、些か調子外れな歌が六畳一間の部屋に響く。
「ちがうのぉ。おうまさんじゃなくて、トナカイさん」
背中に跨った幼い少女からのクレーム。馬、いやトナカイ役の男はその動きを
止めた。
「んなん、どっちでもいいじゃねぇか。なあ、もういいだろう。俺ももう休みた
いんだけどなあ」
「やだ、もっとのるの。ねえ、りょうたおにいちゃんも、いっしょにのろうよ」
男の申し出を<少女は受け入れようとはしない。それどころか、そばでその様
子を楽しそうに見ていた少年にも、一緒に乗るように声を掛けてしまう。
「ぼくはいいよ。おじさんも疲れてるみたいだし」
「ほら、さすがに良太はいい子だ。ただし、おじさんじゃなくて、お兄さんなん
だがな」
口調は冗談を装いながら、男はそれが本気であることを示した目で良太と呼ば
れた少年を睨む。
「さあさあ、美璃佳もそのくらいにして。そろそろご飯が出来たから」
「はあい」
男にとって助け船が出される。青年の言葉に従って、美璃佳は素直に背中から
降りてくれた。
「やれやれ、助かった。ガキってやつは、加減なしに遊んでくれるからな。つき
合わされるのはどうもしんどい」
「どうもご苦労さま。悠歩さん、いっぱい食べてね」
台所からご馳走を持った女性が現れ、人懐っこい笑顔で言った。
「ああ、駄賃代わりに腹一杯食わせてもらうよ」
座卓式テーブルの中央で、小ぶりのクリスマスツリーが何やら賑やかな光を放
っている。その周りに並べられたご馳走を見て、男、悠歩は殊更満足げである。
「ふうん、ケーキはいいとして。ぶり大根にほうれん草のおひたし、鰯の丸干し
に………これはジネンジョか! 鯵のたたきにみそ汁はシジミか。嬉しいね。う
ん、旨い。ちょいクリスマスらしくはないが。おっと、フライトチキンがあった
か」
「ケーキとチキン以外は、マリアが作ったんだよ」
料理を褒められて悪い気はしないのだろう。マリアは嬉しそうに笑う。そして
破顔するマリアの表情が、また料理を美味しくする。
テーブル上の料理が綺麗に片づくまで、ほとんど時間は掛からない。あっとい
う間にそれは五人の人間のお腹に収められてしまった。
「ふう、満足満足。駿、煙草吸ってもいいか?」
訊ねながらも、悠歩の指にはもう煙草が挟まれている。が、一応は返事がある
まで口にくわえるのは待った。
「え、ええ………ぼくは構いませんけど………」
そこまで駿が言ったときには、煙草は口にくわえられており、その先に使い捨
てのライターが寄せられていた。
「ああ、そういやあ駿は止めたんだけ? 煙草」
「ええ、子どもたちやマリアの健康を考えて」
ガスの切れかかったライターは、なかなか火を灯さない。結局煙草に火をつけ
るまで、着火ボタンを五回押すことになった。
「ふうん、所帯じみたねぇ、お前も」
言葉とため息と、煙とを悠歩が同時に吹き出すと、隣りに座っていた美璃佳が
立ち上がり、離れて行った。駿の言うように、煙草の煙を嫌ったのだろう。尤も
逃げたとしても部屋は六畳一間。行く先はマリアが洗い物をしている台所しかな
いのだが。
さすがに兄の良太は、客に対する気遣いというものを妹よりは心得ている。美
璃佳のように露骨な態度は執らず、自分の場所に座っている。ただ妙に落ち着き
がなく、そわそわしているのが気にはなるのだが。一応悠歩も、そちらに煙が行
かないよう注意はする。
「はい、これ」
悠歩が二回ほど煙を吐いたころ、美璃佳が戻ってきた。大きなガラスの灰皿を、
両手で抱えるようにしながら。
「おっ、なんだ。灰皿を持って来てくれたのか」
「うん」
かちゃかちゃと、台所から聞こえてくる洗い物をする音。
駿は何やらプリントアウトされた紙を読んでいる。仕事関係の書類だろうか。
子どもたちは何が面白いのか、悠歩の吐き出す煙の行方を目で追っている。
取りたてて特別でもない時間、特別でもないクリスマス・イヴ。そんな単調な
一時が、悠歩にはやけに平和に感じられた。
「ねえ、おじさん、これみて!」
煙草の煙を見ているだけでは飽きたのか、美璃佳はテレビの上に置いてあった
円錐形の物体を手に取った。ボール紙で作られたそれは、十種類は下らない色紙
に飾られ目に痛い。
「おじさんじゃなくて、お兄さん。なんだい? それは」
「クリスマスのぼうし。ようちえんで、つくったんだよ」
円錐形の物体を頭に載せ、美璃佳は満面の笑みを見せる。少々サイズの大きな
それは、美璃佳の額を完全に隠してしまう。
それにしても笑顔を作ることに関して、子どもは天才である。もし大人の女が
美璃佳のような笑顔を見せれば、その裏にある企みについてこちらも警戒をする
ところだろう。
と、悠歩がそんなことを思っていると、美璃佳の笑顔は突然に消えた。代わり
に不満げな瞳が悠歩を見つめている。
「ん? どうかしたか」
悠歩にはその理由が分からない。別に美璃佳を怒らせるようなことは、した覚
えがない。いや、そえ言えば帽子を褒めていなかったが、それが悪かったのか。
悠歩が答えを出すより先に、小さく吹き出した者がいる。目を向ければ、笑い
を押し殺そうと懸命な努力をする最中の駿がいた。
「おい、駿。何がおかしいんだ?」
「待ってるんですよ、美璃佳も………良太も」
「待ってるって?」
「ほら、今日は何の日です?」
ようやく意味を解し、悠歩は子どもたちを見た。にいっ、と笑う美璃佳。こく
ん、と頷く良太。
「クリスマスのおはなし、して」
ぱん。
悠歩が自らの顔面を掌で打つ音が響く。
「かあっ、やっぱりそれか………いい加減、俺もネタが尽きたんだけどなあ」
そう言って、顔を覆う指の間から覗いてみるが、子どもたち期待に満ちた目は
向けられたまま。どうにもごまかしは利きそうにない。
「しょうがねぇなあ」
悠歩が観念の言葉を口にした途端、台所の音が止まった。そしてバタバタと賑
やかな音が取って代わり、マリアがテーブルの端についた。
「クリスマスのお話、マリアも聞きたい!」
もう逃げようはない。ため息をつくと、悠歩は話すべき物語を考え始めた。
「さて、なんかあったかなあ………」
腕を組み、頭を下げた状態で三分ほど考えていただろうか。ようやく上げられ
た悠歩の顔は、普段の彼に似つかわしくない、悲しげなものだった。
「一つあったよ………そうだな、もう話してもいいだろう。あいつらの話を」
悠歩の口は、二本目の煙草をくわえた。
「少しだけ、待ってくれ」
それは気持ちを整理するための煙草。
この煙草を吸い終わった時、物語は語られる。
何も言わない、語らない。
ただ生きる、懸命に生きる。
そんな小さな命がある。
だから語ろう、私が代わって。
そんな命の物語を。
彼女が歌ったその歌を。
彼が聴いたその歌を。
決して楽しい話では、ないかも知れない。
心温まるような話では、ないかも知れない。
でも聞いて欲しい。
彼らが生きたその証を。
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■ Silent Angel 〜声なき天使の歌う歌〜 ■
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このあと。