AWC ヴェーゼ 第6章 前哨戦 7 リーベルG


        
#4674/5495 長編
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ヴェーゼ 第6章 前哨戦 7 リーベルG
★内容

                 7

 マシャ暦ドゥード23日。
 この数日で、クーベス大陸の各地から参集しつつある傭兵集団が、ネイガーベ
ンのいずれかの門を通過するのは、住民にとって日常茶飯事と化しつつあった。
それでも、この夜到着した一団は、ちょっとした話題を呼んだ。理由のひとつは
傭兵の数が1000人近かったこと。もう一つは、先頭をゆうゆうと進んでくる
傭兵頭がクマとの混血であったことだ。
 もちろん千人が一気にネイガーベンに入れば、騒乱状態を惹起するだろうから、
大部分は外壁の外で野営に入り、ウマに乗った8人の傭兵だけが門をくぐった。
すでに夜もかなり更けた刻である。
「あれはバーシュじゃないか?」
「<ベレンドの爪>のバーシュか?あのクマ面は確かにそうだ」
「おい、胴元に知らせろ。ザッコ亭で例の賭けがあるぞ」
「あの女、連勝するかな?」
「ただもんじゃねえからな」
「でも、相手はバーシュよ?」
 別の世界からの軍隊、という事実には、市民はそれほど驚かなかった。統合政
府直属の研究所は、アンストゥル・セヴァルティの文明レベルを、地球の中世か
らやや特異な方向に進歩した程度、と見ていたが、中世の知識階層でさえ、レヴ
ューなどという概念を説明されても、地獄と同程度の認識しかできないだろう。
アンシアンの柔軟な思考が持つ潜在力は、予想されうる戦いにおいて大きな力と
なるだろう。リエは複雑な思いでそう考えていた。
 とはいえ、当面リエやパウレン、それに都市評議会委員たちは、2000人近
い訓練された軍隊を相手にしなければならない。それには、潜在力などという曖
昧な要素ではなく、より現実的な戦術的要素が必要となる。
 もちろん、戦いが避けられれば、それに越したことはない。実際、評議会委員
としては、あくまでも平和的共存を最優先として対策を検討していた。リエにし
ても、好きこのんでかつての同胞と戦いたくなかったから、地球とアンストゥル・
セヴァルティが共存してくれることを願う気持ちは誰にも負けなかった。が、そ
の可能性が低いことを一番知っているのもリエだった。
 問題は統合軍の長期的戦略、または短期的戦術に関する情報が皆無であること
だった。数日前の偵察で、統合軍の装備は確認できたが、それ以外のことを知る
術はない。リエ本人がガーディアックに潜入すれば、かなりの情報がつかめるだ
ろうが、パウレンやカダロル、魔法監視官ティクラム、そして都市評議会の委員
全員が、声をそろえて難色を示した。万が一捕らえられでもしたら、ただでさえ
乏しいネイガーベンの勝算は、一気に底をついてしまうだろうから。再度の偵察
もあっさり拒否された。
 従って、リエは自分にできる最大限の努力をしていた。今夜、ティクラム、ト
ートと一緒に8人の傭兵を迎えたのも、その一環だった。



「あんた、魔法使いかね?」
 比較的静かな酒場、ザッコ亭の奥まった一角で、リエにそう訪ねたのは、2メ
ートルを超える傭兵頭の男だった。クマ族との混血らしく、全身が黒い剛毛に覆
われている。顔は人間に近いが、前方に突き出した口には鋭い牙が並んでいる。
「そうじゃないわ」リエはビールを一口含んだ。少し酸味が強いが、こくがあっ
てうまい。「確かに多少の魔法の力は持っているけど、本職はあなたと同じ。兵
士よ」
「ふーむ」
 その口調には隠しきれない疑いが含まれていたが、リエは少しも意外に思わな
かった。
「バーシュ」トートが横から言った。「何か文句でもあるのか?条件については
互いに了承しただろうが」
 ティクラムは少し離れたテーブルから、リエたちを眺めていたが、何も言おう
とせず、熱いサリューをすすっていた。まるで見せつけるように、魔法監視官の
マントを身に着けている。
「したとも。だが、それはあんたとおれとの仮契約であって、この女とのじゃな
い。あんたも知ってのとおり、バーシュ隊は魔法使いとは契約を結ばないんだ」
「魔法使いじゃないって言ってるだろう」
「おれだって剣ばかりふるってるわけじゃない」バーシュは声を荒げようともし
なかった。「ネイガーベンで黒髪の魔女が一騒ぎ起こしたってことは耳にしてる
んだ。傭兵同士の情報網ってのは、命にかかわるだけに結構確かなんだぜ」
「わかったわ、バーシュ」リエはため息をついた。「確かにあたしには、ちょっ
と普通じゃない魔法の力があるわ。ここの一角に火災を起こしたってのも本当。
だけど魔法使い協会とは何のつながりもないわ。それどころか、どちらかといえ
ば敵対関係にあるぐらい」
「ふむ。少なくともあんたは正直だ」バーシュは皿の上の骨付き肉を掴むと、バ
リバリと噛み砕いた。「だけど、それと、おれたちがあんたの指揮下に入るかど
うかはまた別の問題だ。おれたちが一番嫌いなのは、椅子にふんぞりかえった奴
から、あれこれ指図されることなんだよ」
 やれやれ、とリエとトートは顔を見合わせた。
 リエはグラスに残っていたビールをぐっと飲み干すと、ゆっくりと立ち上がっ
た。
「ここでいい?」
「はあ?」
「つまりね、あたしとあなたがここでやり合う。あたしがあなたをぶちのめす。
あなたは納得してあたしと契約を結ぶ。簡単でしょ?」
「おれと……あんたがやり合う……だと?」バーシュはリエの正気を疑うように
問い返した。「本気で言ってるのか?」
「もちろん」
 バーシュも立ち上がると、リエを見おろした。並ぶとリエの頭は、バーシュの
肩にも届かない。
「で、方法は?勝敗はどうやって決めるんだ?」
「どっちかが降参するか、のびるかするまでよ。重傷を負わせたり、殺したりす
るのはやめましょう。もちろん、どっちも得物はなし。素手だけよ」
「おれが勝ったら何がもらえるんだ?あんたの身体か?」
「ちょっと待って」リエはトートを振り返った。「始めて」
「よーし!」トートは大声を張り上げた。「今夜の賭け率は1対5ってとこだろ
う。相手は北部で有名なバーシュ傭兵隊のバーシュだ。60から引き受けるぞ。
さあ、張るやつはいないのか?」
 酒場の客たちの数人が、ひそひそ囁き交わしながら、向かい合う二人をじろじ
ろと見つめていた。その視線のほとんどはバーシュに向けられている。
「よし」一人が銀貨を投げた。「バーシュに100だ」
「ほい、バーシュに100!」トートは叫ぶと、テーブルに銀貨を置き、客に札
がわりの赤く塗った串を渡した。「他にはいないのか?」
「おれはバーシュに80賭ける」
「バーシュに120だ」
 最初はとぎれとぎれに、やがて殺到するような勢いで、賭け金が積まれた。ト
ートは銅貨一枚たりとももらさず、きちんとテーブルに載せた。
「なんなんだ、これは?」バーシュが呆れたように訊いた。
「あたしたちの試合に賭けてるのよ。あなたにも賭ける権利があるわ。いくらで
もいいわよ。あなたが勝てば、それを手間賃として受け取って自由にすればいい。
でも、あたしが勝ったら、あなたの賭け金は最初の給金の前払いとして返してあ
げるわ。いい条件でしょ?」
「あんたが約束を守るって、どうしてわかるんだ?いや、そもそも……」バーシ
ュはトートの方を見た。「おい、トート!」
「なんだ?」
「それだけの賭け金に対する支払いは保証されてるのか?」
 トートはにやりと笑うと、足元から一抱えもある革袋を持ち上げて紐をほどい
た。中には金貨や銀貨がぎっしりつまっている。
「こういうわけだ。あんたは自分の賭け金だけ心配してりゃいいんだよ」
 バーシュは頷いたが、まだ納得したようではなかった。
「あんたが勝ったとして、あんたは何を得るんだ」
「腕利きの傭兵部隊。ああ、いえ」リエはちょっと笑って訂正した。「腕利きか
どうかはこれからわかるわね。どっちみち、あなたが勝つって確信してるなら、
細かい条件なんかはどうでもいいでしょう。賭けるの?賭けなくても、こっちは
一向に構わないわよ」
「あんたは気が狂ってるにちがいないが、傭兵は金を稼げる機会を逃したりしな
い」バーシュはニヤリと笑うと、数枚の銀貨をトートの方に放った。「400ノ
ーンだ」
「よし受けた」トートは宣言した。「これで締め切るぞ。いいな?」
 客の期待に満ちたざわめきがそれに答えた。
 手早くテーブルが壁に押しやられ、即席の闘技場が作られた。バーシュは持っ
ていた大剣の他、数本のナイフを素直に差し出した。リエはもともと何も持って
いなかった。
「あんたが魔法を使わないという保証は?」
 リエは黙ってティクラムを指した。
「なるほど。わかった」
「トート。合図をお願い」
「よし、始めるぞ」トートはネコ族特有の身軽さで、一番高いテーブルに飛び乗
ると大声を張り上げた。「どちらも汚い手はなし。合図はこの銅貨が床に落ちた
ときだ。それ!」
 トートの手から銅貨が跳ね上がり、ランプの煤で汚れた天井ぎりぎりまで近づ
いた。小さな放物線を描きながら落下した銅貨は、リエとバーシュの中間で音を
立てた。
 バーシュもリエもすぐには動かなかった。いや、バーシュは飛びかかろうとし
たが、相手に隙が見いだせなかったため、動きを止めたのだ。
 少なくとも、口だけではないようね、とリエは少し安心した。
 二人はしばらく対峙を続けた。総合的な体力では、明らかにバーシュが勝って
いるが、敏捷性ではリエに軍配が上がるだろう。
 息をつめて見守っていた客達は次第に焦れ始めた。
「何をやってやがる」一人の男がつぶやいた。
 リエはちらりとそちらを見た。
 誘いだ、とバーシュが気付いたときには遅かった。身体の方が反射的に反応し
て、リエに飛びかかっていたのだ。バーシュは瞬時に心を決めて、攻撃に移った。
このうえは力で押し切るしかない。
 ぞっとするような爪の生えた10本の指がリエの喉に襲いかかる。
 リエはわずかに頭をそらして、その猛攻を避けると、するりと身体を入れ替え
て相手の腕をつかむと、突進の勢いを利用して巨体を脚で跳ね上げた。おもしろ
いほど簡単に、バーシュの身体が一回転し激しく床に叩きつけられる。
 客達から歓声が上がった。
「グゥオオオ!」
 バーシュは唸り声とともに跳ね起きた。巨体に似合わず敏捷な動きである。腕
を振り回すようにリエを探す。その膝ががくりと崩れ落ちた。背後に回り込んで
いたリエが、裏側を突いたのだ。
 たまらずバランスを崩して倒れかかったバーシュの頭を、リエが片手で受け止
めた。二本の指が突き出され、肉食蜂が獲物に襲いかかるようにバーシュの両眼
に向かった。
「動くと突き刺さるわよ」眼球から数ミリで指を固定させたまま、リエは息も乱
さず告げた。「降参する?」
「降参だ」バーシュは乾いた声で言った。「下ろしてくれ」
 頭を下ろす代わりに、リエは下から一気に持ち上げてバーシュを立たせた。
「勝負はついた」トートが高らかに叫んだ。「リエの勝ちだ!」
 どっと歓声が沸いた。客達はがやがや言いながら、自分の席に戻った。掛け金
をふいにして怒っている者は少なかった。
 バーシュは元の席に座ると、ぬるくなったビールをぐっと飲み干した。
「あんたが兵士だってのは嘘じゃなさそうだ」すっかり感心したバーシュは、口
を拭いながら言った。「どこで訓練したんだ?」
 リエは微笑んだだけで答えなかった。
 トートが戻ってきた。銀貨や金貨が入ったかごを両手で抱えている。
「契約するかね?」
「いいだろう。バーシュ傭兵隊はあんたに命を預けよう」
 リエとバーシュは握手を交わした。
「どれぐらいの人数を集めることができるの?」
「ネイガーベンの外に待機させてあるのは1000人ほどだ。あと、300人ほ
どが、ぼちぼち向かっている」
「1300人ね」リエは紙に数字を書きつけた。「これまでのところ、2万30
00ちょっとか」
「2万人だと?」バーシュは歯をむき出しにして驚いた。「傭兵を2万人も集め
たのか?それぐらいなら、なぜ魔法使いを雇わないんだ?」
「自由魔法使いには手紙を飛ばしてあるよ。でも数が少ない。マシャには力のあ
る魔法使いが大勢いるが、それは雇えないんだ」トートが言った。
「なぜだ?」
「ネイガーベン都市評議会はマシャと手を切ったのよ」ティクラムが口をはさん
だ。
「ほう。噂は本当だったのか。思い切ったことをしたもんだ」
「せめて3万、いえ4万ぐらいは欲しいわね」リエはつぶやいた。
「あんた一体、何と戦おうとしているんだ?悪魔の軍団か?」
「似たようなものね。あなたが今まで戦ったことがないような敵よ。退屈だけは
しないと思う。それだけは保証するわ」





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