#4602/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 9/21 12:54 (199)
そばにいるだけで 27−10 寺嶋公香
★内容
「私なんか、一週間前の出来事でも、しょっちゅう忘れるけどなぁ」
「純子、小さな子供なんか押し退けて、勝ちに行けばいいのに……」
井口が探るような調子で言ってくる。純子は「だって」と言いながらも、頭
を下げた。
すると今度、井口は肩を大げさにすくめた。
「……なんて、純子にできるわけないわよね。小さい子に優しいんだから」
「別に優しいってほどじゃあ……。みんなだってそうでしょ?」
「いやいや。まあ、さっきの水泳はともかくとしてもよ。体育祭の仮装のとき
なんか、大変だったそうじゃない。終わってから、小さい子がたくさんまとわ
りついてきて」
「ああ。そうだった、そうだった」
町田が同意を示す。
「純たらよく辛抱するなあって、感心してたわ。私なんか、あれだけべたべた
触られたり引っ張られたりしたら、『いい加減にしろっ』て叫んでるわね。虫
の居所が悪いと、殴ってたかも」
「まさか」
苦笑を浮かべた純子に、町田と井口は真顔で首を横に振る。
「ないとは言い切れない。うるさいガキって嫌いだもん」
「子供はうるさいものよ。私達だって同じ年頃のときは、うるさく騒いでた」
純子の反論はあっさり打ち切られた。
メニューを選び終わった男子が、偉そうな調子で呼び付けてきたから。
「遠慮って物を知らないわねえ」
女子の分も含めてではあるが、どっさり買い込んだ清水達。
ぶうぶう言いながら、四人でお金を出し合う。純子は敗北の責任を感じて、
せめてものお詫びにと、割り切れない端数分を余計に払った。
そのまま男女別々になるのも変なので、七人で四角いテーブルに着き、食べ
始める。女子と男子とで向かい合う形だ。
「今日、相羽君が来れなかった理由って、何か聞いてる?」
井口がそんな質問を発すると、男子達、特に清水と大谷がげんなりした表情
になって、互いに顔を見合わせた。
「おまえらって、ほんと、相羽ばっかりだな。いくら部活動が同じだからって、
あからさますぎるぜ」
言うだけ言って、ジュースをすする清水。ストローの中をコーラが昇ってい
き、黒く染める。
「別にいいでしょぉ」
富井が口の中の物を飲み込んでから、反発を露にした。
「勝馬君だって一緒に来ることあるし。ねえ?」
いきなり話を振られて慌てたか、勝馬はせき込んだ。間の悪いことに、口中
にあった焼きそばが、切れ端となって飛んでしまうほどの勢いだ。
「きたないっ!」
勝馬の前に座る純子や町田だけでなく、富井と井口までもが避けるように身
をよじった。
「悪ぃ。で、でも。急に変なこと言うなよー」
わずかではあるが確かに飛び散った食べかすを、指先でかき集める勝馬。純
子は見かねて、ポシェットからちり紙を取り出した。
「ほら。きちんとしないと」
「あ、どうも」
中立にならざるを得ないためか、勝馬はぺこぺこして受け取った。
そんな二人を横目に、町田が清水らに改めて尋ねる。
「相羽君の来られなかった理由は聞いてるの? 聞いてないの?」
「練習……稽古だってさ」
答えたのは清水でも大谷でもなく、テーブル上の掃除を終えた勝馬。
「土日と夏合宿とか言ってた。昼過ぎには帰ってくるらしいからプールに来れ
なくはなかったんだけど、体力消耗してるだろうってことで」
「ねえねえ、それって何の稽古? 何かスポーツをやり出したのは前に聞いた
んけど、はっきり言ってくれなくて」
富井が興味を隠そうともせず、腕を使って身を乗り出す。
「それがなあ、自分らも武道としか聞いてないんだよな。一言で説明するのが
面倒だからって」
「一言で説明できないってことは、空手や柔道じゃないんだよな」
大谷が一人納得したようにうなずく。
「道場――で合っているかどうか知らないけれど、道場の名前も聞いてない?」
「ああ。あんまり知られたくないみたいだった。ま、知り合いに押しかけられ
たら気が散るだろうし、他の連中に迷惑だろうし、それは分かるんだけど」
何を習ってるかぐらいは教えてくれてもいいじゃないか――そんな風な気持
ちを言外に漂わせる勝馬。
「一回きりだけどよ、朝っぱら、あいつが走ってるのを見たことある」
これは清水。気のない素振りで、仕方なさそうに打ち明ける。
「部活の朝練で、早くに家を出たことあって。そんときに見たんだ。一人で走
ってたぜ、相羽の奴」
「一人ってことは、自主トレだね」
「多分な。あのまま真っ直ぐ行ってたら中央公園に着く方角だったから、公園
でも色々やってんじゃねえの?」
話を聞きながら、純子は林間学校の際の出来事を思い起こしていた。
(あのときも結局分からなかったのよね。腕立て伏せや腹筋なんて、どんなス
ポーツでもやるだろうから手がかりにならない。身を守るとか言ってたから、
多分、護身術……合気道か何かだと思うんだけど)
純子は自分の想像を、声にはしなかった。林間学校での夜、並んでトレーニ
ングをしていたなんて、とても言えないから。
「目の前に俺達がいるんだから、そろそろ相羽の話題はやめてだな」
清水が気取った調子で、コーラを飲む。
「そうね」
町田が応じた。
「次は立島君の話でもしようかしら」
炎天下、三時頃まで遊んでいたが、紫外線カットのクリームの効力か、肌に
焼けた様子はさほど見られない。
「女って遅いなあ」
更衣室を出て廊下の角を折れると、待っていた清水、大谷、勝馬がうなずき
合うのが見えた。どうやら純子達が着替え終わったことに、まだ気付いていな
いらしい。
「それだけデリケートにできてるのよ」
笑いながら話しかけると、男子三人は飛び退きそうな勢いで振り返った。
「お、驚かすなっ。待っててやってんだから、早く済ませる努力を」
「待ってなくていいのに」
そう言い置いて、女子四人で連なって横を通り過ぎる。
先ほど、プール内で純子達がそろそろ帰ろうかと相談を始めると、清水ら三
人も呼応したのだ。
「冷たいなあ」
この場の男子の中では、純子達との付き合いに慣れていると言える勝馬は、
割に気易い調子で叫び、追いかける。
その後ろ、清水と大谷がぶうぶう文句を垂れながら続く。
市民プールの施設から外へ出ると、気温は変わらないはずなのに、暑さが余
計に感じられた。水気が近いかどうかで、これほどまでに違うのだろうかと疑
いたくなる。
ゲートのすぐ前にあるバス停でバスを待つ。まだ帰る人は少なく、列んでい
るのは純子達七人の他は、家族らしき四人連れが一組だけだ。
「喉乾いてんなら、おごってやる」
清水が唐突に言った。
バス停の背後には、ジュースの自動販売機がでんと据えてあった。
「じゃあ俺、カフェオレ」
「だーれが、おまえに言った」
大谷の素早い反応に、清水は蹴りを入れる真似をした。それから純子の方を
ちらっと見やる。すぐに目を逸らして、
「あんな勝ち方したって、自慢にならねえもんな」
と、吐き捨てるようにつぶやく。空を見上げて、頭をがりがりかいた。
「清水? どうしたの」
「でも、勝ちは勝ちだから、飯、おごってもらった。もらいすぎた気がしない
でもないから、その釣りだよ、釣り」
回りくどい言い方に、最初、呆気に取られていた純子達女子だったが、じき
に笑い出した。
「それはどうもご丁寧に。ありがたく、受け取っておくわ」
町田がさっさと自販機に近付いていった。
「ほら、純も久仁も郁も来なさいよ。清水の気が変わらない内に」
手招きされるまでもなく、残り女子三人は駆けていく。その後ろを、ぶらぶ
らと大股で着いて行く清水。どうやら一人でおごるつもりらしい。
「どれだ?」
と言いつつ、自販機に硬貨を投入し、選ぶに任せる。
三人が買い終わったあと、純子が選ぶ番になって、清水は前を向いたまま小
声で話しかけてきた。
「涼原」
「ん? 何?」
「ありがとな」
「はい? お礼を言うのはこっち……」
ボタンに触れる寸前で手を止め、純子は清水の横顔を見た。
「いや、その、何だ。友達でいてくれたからさ。あんときからずっと心配だっ
たけれど、やっと安心できたぜ」
硬い表情だった清水の唇が、不意に、にんまりと笑みを形作る。ややぎこち
なかったが、嬉しそうに。
「や、やだ。当たり前よっ」
急いで言って、ボタンを押し込もうとしたら、清水の日焼けした腕が伸びて
きて、先に押した。
「ぐずぐずすんな。バスが来ちまう」
「わ、悪かったわね。……ありがと」
冷え切った缶を取り出しながら、純子はバス停へ引き返す清水の背に、小さ
く礼を言った。
皆と別れて、一人家路を行く。
暑さから逃れようと急いでみたが、気温の高さにすぐに疲れてしまった。帽
子があるとは言え、反射してくる陽光がきつい。日陰を選びながら、ゆっくり
歩いて帰ることに方針変更する。
(……こんな暑さで、稽古なんてできたのかしら?)
不意に思い起こされた相羽のこと。
だけど、すぐに疑問を打ち消した。
(運動部ならどこもやっていることよね。野球部だってテニス部だって)
それからまた歩く行為に専念しようとした矢先、真正面にある十字路を、右
から左へと横断する相羽を見つけた。クレリックシャツにクロップドパンツ、
白と青を基調にしているのは彼の好みらしい。
(あっ。いいタイミング)
思わぬ偶然に、苦笑を浮かべた純子。水泳用具一式の入ったビニールバッグ
を持ち直し、駆け寄ろうとした。
(ああいう格好して歩いてるってことは、もう合宿も終わったはず。ついでに、
何の稽古なのか聞き出してやろうっと)
が、次の瞬間、足が止まる。
(誰?)
相羽のすぐ後ろを、フルーツ柄――遠目で判然としないが多分パイナップル
がいくつもプリントされたワンピースの少女が歩いていたのだ。年齢は相羽と
同じぐらい。お下げ髪が二本、垂れている。その跳ねる様を見るまでもなく、
女の子ははしゃいだ感じで相羽に話しかける。
(あの子……見覚えない。学校にいなかったわよね)
無意識の内に道端に身を寄せつつ、観察を続ける純子。二人の姿はやがて左
に延びる家並みに隠れてしまったので、角まで小走りで出た。
後ろ姿が捉えられた。相羽と女の子は特に急ぐ様子もなく、心持ちスローペ
ースで歩いている。まるで散策でもしている雰囲気。
声を掛けそびれたまま、つけていく格好になった純子は、途中ではっとした。
(もしかして、相羽君が好きな子って、あの人じゃ)
胸が少し、ずきんとする。理由は分からないけれど。
ともかくもそう思って改めて様子を探ると、仲のいいカップルらしくも見え
てきた。相羽の表情はよく見てなかったが、女子の方は楽しげにお喋りを続け
ている。
ただ、やっぱり散歩という風情しかない。デートらしい雰囲気は全く感じら
れなかった。どこがどうと、具体的には説明できないが……そう、相羽が心な
しか疲れているように見える。
(稽古の合宿が終わってすぐデートというのも、どこか奇妙だわ)
さらに想像を重ねる純子。
(あいつがこっちに引っ越してくる前からの知り合いで、夏休みになったので
会いに来た……ありそうな話。今日はその初日で、街をぶらぶら歩いている。
これが当たっているとしたら、よ。これまでも大きな休みがある度に、会っ
ていたはずよね。女の子が来るばっかりじゃなくて、相羽君の方から出向くこ
ともあって当然。――いつ、そんな時間を作ってたのかな?)
どことなく変だなと感じつつも、純子はゆっくり首肯した。
はっきりさせたい気持ちも残っていたが、いつまでも追跡を続けるのは申し
訳ないし、端から見られるとみっともない。
純子自身も、いい加減、家に戻って休みたかった。
(いつか聞けばいいわ)
決めるや、純子は向きを換え、その場をそっと離れた。
――『そばにいるだけで 27』おわり
註.ファッション用語には誤りがある可能性大です。あしからず。^^;