AWC お題>場所指定「夢」の中(上)       青木無常


        
#4590/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  98/ 8/30  16:20  (199)
お題>場所指定「夢」の中(上)       青木無常
★内容
 ここはどこだ?
 無数の樹々の向こうに、立ちならぶいくつもの尖塔。見たこともない光景だ。
 いや……いや……見覚えがあるような気もする。だがちがう。いや……いや……。
 混乱が脳内を渦まく。ここはどこだ?
 おれは剣の柄に手をかける。無意識の動作。
 ここはどこだ? 荒れ狂う疑問。その底で、知っている。ここを訪れたことがあ
る。たしかに。だが、それなら、ここはどこなんだ?
 早鐘をうつ鼓動。たえまなく明滅する、狂おしい不安と非現実感。
 音? 臭い? それとも気配? 何かを感じて、おれはふりむく。腰を落としな
がら、雷光のように。
 足もとで、じゅくじゅくとぬれてやわらかな地面がねじられる。一面をおおう下
生え。湿った空気。前方に沼。そして視界をふさぐ樹々の群れ。
 ここはどこだ? おれは知っている。おれは以前、ここにいたことがある。覚え
ている。そうじゃないのか?
 ざざ、
 きこえた。
 たしかにきこえた。下生えをぬって走るものの音。接近してくる。向きなおり、
身がまえる。
 ざざ、ざざ、ざざざざざざざざざ。
 近づく。近づく。どんどん近づいてくる。おれはさらに腰を低く落とし、足を前
後にひらき、剣の柄をにぎりしめ――
 出現。
 影。三つ、いや四つ。
 意識よりさきに、肉体が動く。半孤を描いて抜きだされる白刃。
 とびかかってくる影を、閃光はつぎつぎと寸断し――
 どさり、とさり、とさりと影のうち三つがあいついで地上に落下。残りのひとつ
は――見失った。
 刃はとどいた。両断できたはずだ。なぜか手ごたえがなく、最後の影は棍棒には
じかれたように、一瞬にして背後に消えた。
 おれは奥歯をかみしめ、ふたたび身がまえる。刃はすでに鞘におさまっている。
これも無意識の動作。
 四囲に間断なく注意をとばしながら、雑草になかばうもれて横たわる落下物にち
らりと視線をやる。
 醜悪。
 なぜこのようなものが襲撃してきたのか、まるでわからない。
 妖物だ。大きさは子犬くらいだが、血色のよだれをからませた無数の牙が、針山
みたいに屹立している。見たところ、肢がぜんぶで五本。まるで子どもが遊びでつ
くった不細工な泥人形のように、でたらめな位置にならんでいる。どこをどうみて
も、まともな生物じゃない。
 こみあげてくる嫌悪とともに唾液をのみくだし――
 つぎの音は二種類。
 ざんっ、下生えを強く蹴りつける音。そして、さっきとおなじ、どこからか複数
の物体が、下生えを蹴たおしながら接近してくる音。
 危急なのは、むろん前者。
 間髪入れずに向きなおる。同時に、抜刀。
 がぎり、汚物にまみれた巨大な顎が剣をくわえこみ、憎悪にあふれた血走った眼
がおれをにらみつける。
 同時におれは――捨てた。剣を。
 そのまま、妖物にとびかかる――ふりだけ。
 化物は剣を吐き捨て、後方にすさる。反射的な動作だろう。予期したとおり。
 おれはすばやく前方に身をおどらせ、草中の剣をつかみしめざま、打ちあげる。
 ぎ、と鉄を釘でひっかいたような耳ざわりな叫声。断末魔か。どすぐろい血をま
き散らしながら、化物の肉体は左右に泣き別れた。
 ひざをつきたい衝動をむりやりおさえつける。接近してくる音はすでに間近だ。
 おれは歯を食いしばり、うめきをのどの奥からおしあげる。ざん、ざん、ざん、
ざん、たてつづけにいくつもの影がおどりあがる。うめきをそのまま咆哮にかえ、
おれは死を内包した鋭利な切っ先をふるいつづける。
 ここはどこだ?

 風。
 微風。
 肌をくすぐる。心地いい。
 せせらぎ。うっすらとかすんだ視界に、青空。
 おれは身を起こす。
 ここはどこだ?
 ぞくりと背筋がふるえた。
 ここはどこだ? うかんだ疑問には、異様な感覚が付随していた。
 知っている。おれは知っている。前にここにいたことがある。いつ? なぜ? 
こたえはない。どすぐろい不安が胸中にふくれあがる。ここはどこだ!
 森。木漏れ陽。かたわらに小川。なだらかな丘陵が眼下にひろがり、無数の花が
そよ風にその首をゆらめかせている。
 ちがう。ちがうちがうちがう。
 ここは正しい場所じゃない。ここはどこだ。おれはここで何をしている? 疑問
にこたえはひとつもない。おぼろな既視感がどぶ泥のように粘り、まとわりつくだ
け。
 立ちあがり、身がまえ、剣の柄に手をかける。すべて無意識の動作。警鐘が鳴り
ひびく。とまらない。なぜだ? 四囲は平和そのものの光景でみたされている。ど
こにも危険はない。だがこの不安。どこからくるのかまるでわからぬ不安。あふれ
でる。あとからあとからあふれでる。
 午後の陽光。風にそよぐ枝々。かすかなさわめき。きらきらと光を反射する川面。
どこにも危険の兆候はない。だが不安は去らない。増幅するだけ。
 ぎり、と奥歯がなった。
 なぜおれはここにいる?
 疑問とともに、光景がうかぶ。沼。樹木。異様な建造物と陰鬱な色彩の空。
 そしておれは無意識に両の眼を見ひらく。
 あの化物ども。つぎからつぎへと襲いかかってきた、異様な風体のあの化物ども
は?
 記憶をたどる。よみがえる。おそろしいほどよそよそしい記憶が。いや、これは
記憶か? 頼りない。つかみどころがない。ぬるぬるとぬめって、いくらでも手の
なかからすり抜けていくこれが。
 そうだ、たしかにおれはあの化物どもを打ち殺した。無数に。何度でも。何度で
も。そしてふいに妖物どもの、果て知れぬとしか思えぬ執拗な強襲がとぎれていき
なりの静寂が充満し――
 警鐘!
 なにが? わからぬままに、おれは立ちあがる。
 なにが? あふれでる疑問の嵐にさいなまれながら周囲を見やる。なにもない。
ふりそそぐ光。せせらぎ。風。花々。何もない? どこに危険がある?
 ――花だ!
 走りぬける直感。考えるよりはやく、飛びだしていた。剣をふるう。花に。そよ
風に首をふりながら平和にたたずむ無害な花に。狂気じみている。どこに危険があ
る? この美しいだけの花々の、どこに?
 ちがう! 顔だ。顔がある。認識は視覚よりもさきにおとずれていた。――なぜ?
 そう。顔だ。たしかにある。可憐な薄水色の、四枚の花弁の中心に。顔だ。人間
の顔がある!
 男とも女ともつかぬその顔々が、にやにや笑いをうかべておれを見つめる。おれ
は悲鳴をあげる。わめきながら剣をふるう。刃の切っ先が茎を、花弁を、葉々を切
り裂く。切り裂くたびに、嘲弄を浮かべていた顔が苦悶のかたちにひきゆがむ。悲
鳴をあげるごとく口をひらき、そのたびに幻の叫声が耳朶の奥底深くひびきわたる。
 なぜだ? 顔があってもただの花だ。害はない。なぜ切り刻まねばならない? 
魂のどこかで、おれの内部のやわらかい部分が必死になって抗議の声をあげる。
 ちがう! 無害ではない。何かがするどく叫びかえす。
 そう。無害ではない。これらの花はとてつもなく有害だ。それも、即効性で。
 なんの根拠もうかばぬまま、確信にみちてその声はおれを殺戮へと駆り立てる。
とまらない。
 気がついたとき、おれは丘陵の中腹にへたりこんでいた。
 まわりには、無惨に切り刻まれた無数の花の残骸。
 原型をとどめたものは、ひとつとしてない。
 なぜこんなことをしなきゃならない?
 疲労に重く背負った疑問が、けだるく心奥でうずまく。こたえのでぬまま、腰を
おろしてながいあいだ、荒れた息がおさまるのを待った。
 立ちあがろうとして――果たせない。からだが重い。しびれている。目まいにひ
きずられて地面に上体を伏せ、こめかみをさする。もういちど。やはりだ。立ちあ
がれない。からだのあちこちが麻痺して、思うように動かない。
 そうだ、と天啓のように思念がひらめく。花だ。あの花のせいだ。無害をよそお
ってたたずみ、そよ風にその身をふるわせながらあの奇怪な花々は、花粉をとばし
ていたのだ。
 ――人間にとっては致死性の、この上なく危険な花粉を。
 なぜ? しかしなぜだ? なぜおれは、そんなことを知っているのだ?
 不安が恐怖へとふくれあがろうとした、まさにその瞬間――
 周囲の光景が一変する。
 ここはどこだ?

 洞窟。人工のものか? どこまでもまっすぐに、果て知れずつづいている。背後
にも前方にも。頭上は、かろうじて背をかがめずに歩ける程度。足もとには汚水が
くるぶしのあたりまで。ほとんどよどんでいるが、わずかに流れている部分もある。
そのなかに、無数の物体。得体の知れぬ大小の物体。
 立ちこめる異臭。腐臭だ。おれは知っている。人間の肉体が腐って、くずれ落ち
る寸前、こういう臭いを発する。
 ここはどこだ?
 うかんだ疑問は、恐怖を集団でひきつれている。いったいなぜ。つぎつぎと。お
れはここで何をしているんだ。思い出せない。ここは、どこだ!
 わめきながら走りだしたい衝動を、かろうじて抑えつける。暴発寸前。記憶をた
どる。毒の花。森林内部の異様な生物。それに……
 ……そうだ。まだある。それだけじゃない。記憶が渦まく。悪夢のごとく。
 覚えている。海岸。飛来する無数の、翼もつ妖物ども。生えならぶうす汚い牙を
がちがちと鳴らしながら飛びきたる化物どもは、切っても切っても途切れることな
くつぎつぎと押し寄せてきた。
 それに……そう。渓谷。頭上は渦まく異様な赤の曇天。急坂の曲がり角から、耳
をおおいたくなるすさまじい咆哮をとどろかせながら出現する、二足歩行の巨大な
龍。
 あるいは、そうだ、水中! 陽光すら届かぬ深い水のなかで、窒息せずにいられ
る疑問をかみしめるまもなく、突如殺到する無数の怪魚。まとわりつく水の重さに
さいなまれながらおれは無我夢中で剣をふりたくり……
 ……そして……そして、どうなった?
 斬り伏せたような気がする。あらゆる化物を、最後の一匹まで。
 だが……だが……ちがう。いや。そうじゃない。おれはここにこうして立ってい
る。そんなことがあったはずがない!
 飛来する妖魔の鉤爪がおれの顔面をずたずたにしたのなら、いまここにこうして
いるおれは何者だ? 巨龍に四肢を引き裂かれ地面に叩きつけられたのがほんとう
におれだったのなら。あるいは、無数の怪魚どもにむさぼり喰われ、暗黒の水底深
く沈んでいったあの白骨がおれだったとしたら!
 ぐびり、と喉が音を立てる。
 だが、記憶はたしかにある。切り伏せた記憶。危難をからくもくぐりぬけて。だ
が、その対極の記憶もまた、ぬぐいようもなくわき出てくる。
 あとからあとから。際限もなく!
 草原をおそるべき速度で疾走する四足獣。毒針をあやしくきらめかす凶虫の群れ。
塔の上から降下してくる小鬼ども。そして。そして。そして。
 混沌とともに渦まく、無数の危難の記憶。そのたびに、そのたびにおれは、それ
を切りぬけ、そしてむごたらしく殺されて……
 ぴちゃり。
 音。
 われにかえる。
 陰鬱な、どぶ泥の流れる洞窟内部の現実に、おれは引き戻される。いや……これ
は現実なのか? それとも……それとも、記憶のなかに狂おしく渦まく、これら悪
夢のなかのひとつに過ぎないのではないか?
 破裂寸前のように血管がこめかみで脈うつ。ここはどこだ? ここはどこだ!
 そのとき――
 きこえた。
 きこえたような気がした。それとも、これもまた幻聴なのか。
 人声だった。ひとの声音。呼びかけ。まちがいない。おれはたしかにきいた。
 だがあれは――
 思考は断ち切られる。
 ばしゃ。
 前方で、ねめる水面がはねた。
 おどる影。子犬ほどの大きさだった。
 それきり、静寂。
 おれは喉をならし、目をこらす。
 何も起こらない。
 ただ、無数に輪を描く波紋ばかりがいくつもいくつも、広がっていくだけ。
「う……」
 うめきが喉をふるわせる。悲鳴の切っ先。
 ふたたびきこえなかったら、そのまま叫びだしていただろう。
(ダ――)
 耳朶の奥底で――あるいは、頭蓋のなかの異界へとつづくどこかで――そう呼び
かけてきた声音が、かろうじておれを現実に引きとどめた。
 呼びかけをききとろうと意識をこらし――
 果たせぬまま、悪夢が襲来する。
 びしゃ。びしゃばしゃびしゃ。
 ぶざまに音を立てて水しぶきをあげながら、それは突進してくる。




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