AWC 妖精城のワルキューレI つきかげ


        
#4519/5495 長編
★タイトル (CWM     )  98/ 6/19  14:41  (184)
妖精城のワルキューレI                              つきかげ
★内容
  黒衣の男は歩みよると、シルバーシャドウに問いかける。
「この者たちは?」
「最も古き人間の王国の王子、エリウス殿とバクヤ殿ですわ」
  黒衣の男は跪き、礼をとった。
「始めまして王子。我が名はロキ。王国の守護者とも呼ばれます」
  エリウスは茫洋とした眼差しでロキをみる。
「君は人間じゃないね」
  ロキは表情を変えぬまま立ち上がり、改めてエリウスを見直す。
「あなたのいう通りだ。王子」
「僕はエリウスだよ」
  ロキが人間であれば苦笑を浮かべたのだろうが、ロキは表情を変えずにただ頷く。
ロキの背後で巨人が笑い声をたてる。
「楽しい小僧だな、おまえは」
「あなたは、誰なの」
「私はフレヤ。黄金の林檎の探究者といっておこうか」
「ふーん」
  エリウスは小首をかしげる。
「でも、それはあなたの中にあるんじゃないかな」
  フレヤは驚いたように、エリウスを見る。エリウスは夢見る少女のようにあどけ
ない笑みで、その真冬の空のごとく青い巨人の眼差しに答えた。
「何を相変わらずぼけ倒してるんや、エリウス」
 苛立った声でバクヤが言った。
「ぼけ倒すって」
「いや、いい。とりあえず今はそれを、おいとこう。女王さん、この腕はどうやっ
て取りだすんや」
  一見、ガラスケースに見える腕を覆ったその透明の物体は、いくら動かしても取
り外すことができない。しかも、まるで金剛石でてきているような硬さであり、到
底割ることはできなさそうだ。
「その腕はこの次元界には存在しません。私たちですらその腕の発する妖気に無意
識のうちに影響されてしまうので、位相をずらせています」
「あー、よく判らないけど、とりあえずここから出して欲しいのやけど」
  その透明な覆いは、それこそ魔法のように消失した。漆黒の左腕は、鮮やかなリ
アリティを発し始める。それと同時に、真冬の凍てついた空気を思わせる強力な妖
気が蠢いた。バクヤは、狂暴な笑みを浮かべる。
「へへ、ようやく会えたな、おれの左手」
  闇色の腕は、バクヤの呼びかけに答えるように、音にならない声で低く歌い出す。
それはあたかも狂った獣があげる、欲望の呻きのようだ。
  バクヤはその腕を右手で掴む。金属の刃で脳髄の中を掻き混ぜられるような強い
魔力が、バクヤを襲った。バクヤはたまりかねたように、哄笑する。
「これこそおれの望むものや」
  バクヤは、左手を傷跡に合わせる。バクヤは脳裏に呪術文様を想起した。その封
じ込めの力をよびさます文様は、いつも黒砂蟲に対して力を発揮してきたように今
回も力を発揮する。
  それは、荒れ狂う馬を乗りこなすのに、似ていた。黒砂蟲を自在に操れる力を身
につけたバクヤにとって、慣れた作業といってもいい。
  バクヤはむしろ不気味さを感じた。黒砂蟲にあるのは、飢えの感情のみである。
しかし、このメタルギミックスライムは精神を感じさせた。その精神は、バクヤに
似た形へ自分を変えていっている。バクヤは、自分の中にもうひとりの自分が出現
したように思う。
  メタルギミックスライムの腕はついにバクヤの支配下へ入った。しかし、どちら
かといえば、バクヤの精神の影に忍び込んで様子を伺っている感じである。
  バクヤは、その左手を動かしてみた。闇色の腕はもう何年も前から彼女のもので
あったかのように、滑らかに動く。バクヤは満足げに笑った。
「どうや、おれにかかればこんなもんや」
  シルバーシャドウは醒めた瞳で、バクヤを見つめている。
「これが始まりに過ぎないことは、あなた自信が一番よく判っているはず」
  エルフの女王が言った言葉に、バクヤは苦笑する。
「まあな。ま、どうってことあらへん」

 霧が晴れてゆく。夜はすでに終わり、銀色に輝く空が天上に広がっていた。次第
に姿を現す銀色の草原を、漆黒の巨大な金属の蜘蛛たちが進む。オーラの機動甲冑
であるその蜘蛛たちは、音もなく銀色の草原を渡る影のように妖精城を目指した。
その蜘蛛たちを先導するのは女魔導師フェイファ、そしてその後ろにブラックソウ
ル、ティエンロウ、それと黒衣の男女リードとリリスが続く。
  結晶体のような銀色の木々によって構成された森を越え、鋼鉄の装甲で身を覆っ
た蜘蛛たちは妖精城を囲む丘陵の手前まできた。その丘陵を見上げたリードがブラ
ックソウルに囁きかける。
「どうやら、ちゃんと出迎えがきているようだ」
  リードの言うように、銀色の丘陵の上には白銀の鎧に身を包んだエルフの戦士た
ちがいた。天上から降りた戦闘機械である凶天使のように、エルフの戦士たちは輝
かしく無慈悲な笑みを醒めた美貌に浮かべ、白く輝く一角獣にまたがり漆黒の蜘蛛
たちを見下ろしている。
  ブラックソウルは楽しげな笑みを見せた。
「後はまかせたぞ、リード」
  リードは嘲るような笑みを浮かべて、無言で頷く。ブラックソウルの指示を受け、
フェイファは杖を掲げて呪文を唱え出した。ブラックソウルとティエンロウはフェ
イファに近付き、そのそばに立っている。
  フェイファの呪文に応じて、フェイファの回りの空間が歪み始めた。それは、き
らきらと輝く光の粒子を無数に撒き散らした様を思わせる。
  空間の歪みが光の進路を歪め、ガラスの破片のように光を反射させているのだ。
やがて魔法は光を偏向させながら空間を歪ませてゆき、歪みによって作られた壁の
内側にいるブラックソウルたちの姿が薄れ、霞んでゆく。それは水に映った虚像が、
水面に起こった波紋によって歪みかき消されてゆく様にも似ていた。
  降りそそぐ雨のように撒き散らされていた光の破片も次第に消えてゆき、ブラッ
クソウルたちの姿は完全に見えなくなる。リードは彼の傍らで立ち上がった影のよ
うに佇んでいるリリスに向かって、声をかけた。
「始めるぞ」
  その呼びかけと同時に、黒い鋼で身を覆った巨大な蜘蛛たちも動き始めた。その
頭部から、角のように見える砲身を突き出す。火砲である。
  鉄の蜘蛛たちは頭部から突き出した砲身より、火砲を撃ちだした。轟音と爆煙が
漆黒の人工生命体を包む。発射された陶器の筒は光の矢となって、エルフたちを襲
う。
  銀色に輝く丘陵の頂で、誇り高く勇敢な獣である一角獣に跨ったエルフたちは、
自分たちにむかって発射された火砲を見ても顔色を変えなかった。美しい古代の彫
像のように、身じろぎもせずその光の矢を見つめている。
  陶器の筒は、エルフの戦士たちが佇む丘陵で次々に炸裂した。火炎が乱舞し、触
れたものに死をもたらす金属の破片が爆煙とともに撒き散らされる。炎の精が死の
舞踏を踊ったように、破壊の力が丘陵の頂を支配した。
  深紅に荒れ狂う炎の獣を思わせる爆煙が収まったあと、銀の丘陵は再び静けさを
とりもどす。そこには傷ひとつ受けていないエルフの戦士たちがいた。
  一角獣たちは、何事もなかったように思慮深い老人のそれと似た穏やかな瞳で、
鉄の蜘蛛たちを見下ろしている。エルフの戦士たちの美しい瞳には、憐れむような
光があった。
「やはりな、あいつらはあそこに存在しない」
  リードは誰に向かってということもなく、呟く。
「位相をずらせて、この空間とは別の次元界に身を置いている。幻獣と同じことだ。
しかし、」
  リードは、猛々しい笑みをエルフたちに投げかける。
「その程度の魔法であれば、おれたちと同レベルということだな」
  リードはリリスに目を向ける。リリスの体は少しずつ闇に覆われていく。まるで
彼女のまわりだけ、闇夜が訪れたようだ。
  リリスは体内に空間の歪みを保持した人造人間である。知の大国として知られる
クワーヌが持つ太古の技術によって生み出された人間型兵器であった。リリスは今、
空間の歪みを体外に放出しつつある。それは蚕が糸で自分の身を覆ってゆく様にも
似ていた。
  次元断層ともいうべき空間の断裂。それは細かい粒子としてリリスの回りを覆っ
てゆく。そしてその空間の断裂は、リリスの側に立つリードも覆っていった。
  その様をエルフたちは、黙って見ていた訳では無い。エルフの戦士は背負ってい
た弓を降ろし、矢をつがえ構える。矢の先には拳大の木の実がついていた。
  弓を引き絞ると同時に、エルフたちの前方に空間の歪みが生ずる。それは空中に
出現した漣のたつ水面のようだ。その空間の歪みめがけてエルフの戦士たちは矢を
放つ。
  放たれた矢は空間の歪みを超えて、リードたちのいる世界に出現したようだ。矢
の先端につけられた木の身は煙を放っている。矢は、鋼鉄の蜘蛛たちめがけて落下
していった。
  木の実は、火砲と同レベルかあるいはそれ以上の威力がありそうな爆煙を撒き散
らす。直撃を受けた数体の蜘蛛たちが、紅蓮の炎に包まれた。炎に包まれた蜘蛛た
ちは断末魔の苦しみを思わせる痙攣的な動きを見せ、停止する。
  次元界を超えて放たれるエルフの矢は、銀色の草原を深紅の炎で埋め尽くした。
獰猛なサラマンダのような火炎は、さらに数体の鉄蜘蛛を餌食にする。
  三分の一を失った漆黒の蜘蛛たちは、銀の草原を後退していく。矢のとどかない
所まで退った蜘蛛たちは、動きをとめる。エルフたちも矢を放つのをやめた。
  銀の草原を蹂躙した炎は次第に力を失い、消えてゆく。後に残ったのは残骸と化
した鋼鉄の蜘蛛と、漆黒の球体であった。
  リリスとリードを包んだ次元断層は、闇色の巨大な卵となって焼け野原と化した
草原に残っている。エルフの戦士たちはその巨大な黒い球体を見下ろしていた。
  エルフたちの乗る一角獣たちが威嚇の唸り声をあげはじめる。黒い巨大な卵が動
いた。それは手足を抱え込んでいた人間が、ゆっくりと手足を伸ばす様に似ている。
  闇色の球体が開き、巨大な影のような手足が出現した。そこに現れたのは、切り
取られた星なき闇夜のような漆黒の巨人である。巨人は冥界から甦った死人を思わ
せるゆっくりとした動作で焼け焦げた大地に立つ。
  エルフたちは再び弓に矢をつがえ始める。黒い巨人はエルフたちの動きを全く意
識していないように、ゆっくりと歩きはじめた。魔の支配下に置かれた邪悪な夜が
世界を支配していくように、その巨人は焼け焦げた平原を歩んでいく。
  エルフたちが再び放った矢は、銀の空を走る流星のように黒い巨人へ向かって疾
った。無数の矢が巨人の体に触れると同時に、一斉に発火する。漆黒の巨人は燃え
盛る炎の柱と化した。
  立ち上がった炎のような巨人は、全く歩調を変えぬまま進む。やがて夜の闇が燃
え盛った真昼の残照を駆逐して空の支配を取り戻すがごとく、矢の発した炎が消え
去り巨人の漆黒の姿が現れてゆく。
  黒い巨人は何事もなかったように銀の平原を進む。その身体を覆った炎は、巨人
にはなんの影響も及ぼさなかったらしい。一角獣に跨ったエルフたちも、矢を射る
のはやめて、ただ巨人を見つめている。
  エルフたちはただ見つめている訳では無かった。その瞳は蒼白い輝きを放ってい
る。呪力により結界を張ろうとしているようだ。黒い巨人の歩みは次第に遅くなる。
  黒い巨人は、銀色の丘陵を登り始めたところで、完全にその歩みを止めた。その
星無く昏き夜空のような身体は、微かな燐光に覆われているようだ。巨人はエルフ
たちの作り出した呪術結界に囚われていた。
  それは別の次元界とのネットワークが張られたと言い換えてもいい。黒い巨人は
今、別の次元界への入り口に立っている。これ以上歩いたとしてもただ、別の宇宙
へと入り込んで行ってしまうだけだ。それが判った為、巨人は歩みを止めている。
  エルフたちの発する呪力は次第に力を増しつつある。巨人は歩みを止めたとはい
え、別の次元界へ送り込まれようとしていることには変わらなかった。
  巨人は突然、咆哮するように空を仰ぐ。ただその口から発せられたのは、叫び声
ではなく黒い煙であった。嵐を呼ぶ昏い暗雲を思わせる煙が、銀色の空の下に広が
る。
  それはしかし、煙ではなかった。拡散するにつれ、次第にその真の姿が明らかに
なってゆく。それは黒い糸の固まりである。黒い金属の糸が、風に漂うように広が
っていった。
  その闇色の糸は、まるで黒い雨が降り注ぐようにエルフたちの上へ覆いかぶさっ
てゆく。糸はエルフたちの体には届くことなく、その回りを球状に覆った。
  突然、エルフたちの回りを包んでいたガラスの球体が砕けたかのように、黒い糸
がエルフたち自身へと降り注ぎ出す。黒い糸を避け、エルフたちは後退し始める。
一角獣たちが、怒りの咆哮をあげた。
  エルフたちを覆っていた次元障壁が、砕けたらしい。それはエルフたちが、身を
退避させていた次元界から通常の次元界へと戻ってきたことを示す。
  戦線から遠ざかっていた黒い蜘蛛たちが、再び近付きつつある。蜘蛛たちはエル
フたちの混乱の隙をついて、黒い巨人の足元へ集った。その頭部から火砲の銃身を
突き出す。
  黒い鋼に身を包んだ蜘蛛たちは、一斉に火砲を放った。それは火の矢となり、エ
ルフたちを襲う。今度は、エルフたちも黙って受ける訳にはいかなかった。爆煙と
炎の中に、数体の一角獣が沈む。誇り高い獣たちは、最後の咆哮をあげながら死ん
でゆく。
  漆黒の巨人が佇む元で、破壊と狂乱の宴がいよいよ始まった。




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