#4487/5495 長編
★タイトル (NKG ) 98/ 5/24 21:54 (198)
【しすてむAI】恋と友情とミエナイキモチ (1/6) らいと・ひる
★内容
「人間は簡単に幻を見ることができるんだよ」
幼い頃、幽霊を怖がっていた私をそう言って慰めてくれたのは他ならぬ父だった。
そして、それが分子生物学者F・クリックの「肉体に魂は存在しない説」の証明
の一つの例であることを知ったのは、中学1年の頃に図書館で見つけた氏による著
書であった。
人間の視覚システムを例にあげ、幻を作り出す脳の構造、そして意識が何処でど
のように生まれるかを推測した内容であり、自分自身というものが無数の神経細胞
の集まりと、それに関連する分子の働き以上のなにものでもないという大胆な仮説
を導くものであった。つまり『魂』など存在しないと。
もちろん、それが本当であると立証されたわけではなく、あくまでも仮説にすぎ
ない。しかし、私の中に目覚めた感覚は、何か幼い頃の疑問を導いてくれるような
気がしていた。
【しすてむ AI】
EPISODE 0
『恋と友情とミエナイキモチ』
SIDE A(石崎 藍)
「藍! 日本史の教科書貸してくれない」
昼休み、廊下に出たところで、幼なじみの伊井倉茜が早足でやってきた。
「だから言ったでしょ。忘れるくらいならロッカー入れときなって」
私は呆れたように彼女の顔を見る。
「だって、佳枝たちと宿題するんで持ちかえっちゃったからさ」
茜はくったくのない笑顔で言い訳をする。
「はいはい。まったく、これじゃ三年間同じクラスにならなかったのが、良かった
のか悪かったのか……」
「うーん、わたしは藍がいた方が楽しかったけどな」
「はいはい……」
ふっと溜息をこぼす。茜は幼稚園の頃からの幼なじみ。だから、家庭の事情も私
の性格もだいたい知っている。でも、私はこの子のことを親友とも思ったことない
し、彼女もそれを押し売りしてくるようなことはない。彼女の性格から友達もたく
さんいるようだし、後輩からも慕われている。ある意味で私とは正反対なだけに、
時々、なぜこうも毎日顔を合わせ、喋っているのだろうと不思議に思うこともある。
幼なじみ=親友という図式は私たちには通用しない。というか、私はそんなのは
くだらないことだと思っている。第一、茜と一緒に遊びに行くようなことはほとん
どなかったといっていい。でも、彼女は私のことをなぜか気に入っていると言い、
一緒に行動はしないものの、とにかくよく話しかけてくるのだ。
「藍のところは小テストとかなかったの?」
教科書を彼女に渡すと、まじめな顔で訊いてくる。
「それなら先週とっくに終わってるって、茜んとこ遅れてるんでしょ」
別にうざったいとかそういう気持ちはなかった。私には彼女を拒む理由なんてな
い。ちょうどいい暇つぶしになることもあるのだから。
「なるほどね。でも、テストの傾向を教えてくれって言っても、あんた教えてくれ
ないしね」
「たかが小テストでしょ。そうきばらんでも」
「けっこうマジメなもんでね」
「ま、適当にがんばって」
「サンキュ!」
そう言って茜が自分の教室に戻ろうとする。と、その目の前に、いつの間にか一
人の女子生徒が立っていた。
「先輩……」
彼女は目に涙を浮かべ、茜の顔を見るとその胸へと飛び込んだ。
「どうしたの? 渡辺さん」
茜は心配そうにその肩を抱くと、彼女にそう話しかけた。たぶん、部活の後輩だ
ろう。
だが、彼女は泣いたままで口を開こうとしない。よほどショックなことがあった
のだろうか。
「話せないことなら、しょうがないけど……でも、いつまでもこうしてるわけには」
茜がそう言いかけたとき、後輩の子が泣き顔をあげる。
「先輩……あたし、フラれちゃった」
その言葉に私はあきれてしまった。何かよほどのことがあったに違いないと思っ
ていた自分が馬鹿らしく思えた。
「あんた佐々木とつきあってたんだってね。亜佐美から聞いてはいたけど」
茜は事情を少しだけ知っているらしい。
「佐々木君、もうあたしとはつき合えないって、他に好きな子ができちゃったって
……そんなのないですよね」
「う……ん。そうね」
少し困った顔をして苦笑いをする茜。何かもう一つ裏の事情を知っていそう。
「あんなに佐々木君のことが好きだったのに……もう許せない!」
憎しみがこもったその子の言葉。聞いてるだけで、気分が悪くなってくる。
「くだらない」
私はぽろりと言った。
「ちょ、ちょっと藍!」
驚いたように茜の瞳がこちらを向く。
「茜も言ってやったら? くだらないことでいちいち相談してくるなって。だいた
い、自己完結してるのなら話す必要なんてないと思うんだけどな……ま、これは私
の個人的感想だけど」
「あなた誰ですか?」
怪訝そうな顔をしたその子が私の方を睨んでくる。
「そこにいる伊井倉茜のちょっとした知り合い。聞かれたくなかったらこんなとこ
で話さない方がいいよ」
私はさらりとその子の視線をかわした。
「どうして、くだらないんですか? あたしが間違ってたとでも言うんですか?」
「そうは言わない。でも、あんたはほんとにその佐々木とかいう奴の事が好きだっ
たの?」
私はわざと意地悪な質問をぶつける。こういう子は、恋に恋している場合がほと
んど。相手なんて結局誰だっていいに決まっている。
「あたりまえでしょ」
彼女は自信たっぷりにそう言い切った。
「じゃあ、今は?」
「今も好きよ」
「本当に? じゃあ、許してあげればいいじゃない」
「そんなわけにはいかないじゃないですか!」
「でも、あんたの言葉からは憎悪しか感じられないよ。結局、自分がかわいいから
相手の心変わりが許せないんでしょ」
「違います! 彼のことがとっても好きだから、許せないんです」
結局、それしか自分の中で考えられる言葉が見つからないのだろう。
あまりにも予想通りの答えに、いささか拍子抜けしてしまった。議論をふっかけ
てやろうと思ったことが馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「やっぱりくだらない。人の心の移り変わりなんて、他人には簡単に制御できない
んだから」
とりあえず言いたいことだけ言ってやった。
「はぁ?」
目を丸くして、あっけにとられたかのように彼女の表情が固まる。
「ちょっと待った」
茜が私とその子の間に入り込んでくる。
「藍の理論は一般人には通用しないからそこでストップ」
彼女は私にそう言ってこちらに両手を向けた。そして、今度は背中を向けて後輩
の方を見る。
「渡辺さん」
あくまでも茜の口調は優しい。
「はい」
その子も彼女の口調に影響されて、素直に返事をする。
「あなたは佐々木君に好きな子ができて許せないって言ったわね。じゃあ、彼が他
の子を好きなままあなたと付き合った状態でかまわないの?」
「そ、それも困ります」
「あきらめなさいっていうのは酷かもしれないけどね。どうしようもないものはし
ょうがないの」
「でも、好きになった相手をあきらめさせることができるかも」
本当にそれが可能だとあの子は思っているのだろうか。ただひたむきに一人の男
の子の気を惹き続けようとする。でも、あの子はどうなんだ。いざ自分がその立場
になったら、他の人を好きになってしまったら、それでも付き合っている人があき
らめろと命令すれば、あきらめられるのか。
「うーん、それは無理かもしれない」
茜は相変わらずの口調。のほほんと言葉を綴っていく。
「なんでですか? 先輩は佐々木君のことをよく知っているんですか?」
あの子の瞳が不信感を抱く。
「そ……それはね」
言葉につまる茜。あんたも自業自得だね、と言ってもよかった。
「彼の事よく知りもしないで、いい加減なことを言わないでください!」
頭に血が上ったのか、目の前にいるのが先輩であることも忘れたかのように彼女
はそう言い切る。
「あ……あのね。実は佐々木君って、他にも付き合っている子がたくさんいるのよ」
とても言いづらそうな顔。できれば秘密にしておきたかったような茜の口調。
「嘘!」
予想通りの後輩の子の反応だ。
「やっぱり言わない方がよかったかなぁ」
茜も反省しているらしい。
「ひどい! もしかしてフラれた原因って、あたしまで気が回らなくなったから?」
「まあ、そういう見方もあるかな」
頭を抱え込む茜を見て、私は笑い出しそうになる。
「もう絶対許さない!」
急に駆け出そうとする後輩を、茜はしっかりと捕まえた。
「落ち着きなさい。まあ、佐々木君モテるからしょうがないのよ」
その理論は通用しないだろうな。
「でも、彼を許せないことには変わりありません。放してください!」
このままの状況もつまらない。と、私は一歩踏み出す。
「茜、ちょっとだけ言わせて」
「だからあんたの理論はこの子には……」
再び止めに入る彼女をさらりとかわす。
「渡辺さんとかいったよね。あなたはなんで、その佐々木とかいうコのことを好き
になったの?」
私も茜にならって口調を優しく作り上げる。あくまでも口調だけ、この子をいた
わるつもりはない。
「そりゃあ、頭いいし、かっこいいし……」
あの子はとってつけたかのような言葉を並べていく。
「だったら、渡辺さんに彼を責める資格なんてないよ」
「な、なんでですか?!」
「まだわかんないの? あんたも彼も所詮外見でしか相手を見ていないの」
「でも、佐々木君は優しかったもん、そういうとこも好きだったもん」
「その優しかった佐々木君にひどいフラれ方をしたのは誰?」
「そ……それは」
「もし内面も見ていたというのなら、あんたに人を見る目がなかったってこと。外
見にしか目がいってなかったのなら、論外だね」
「でも……でも……佐々木君すごく優しくしてくれたこともあったもん。佐々木君
のおかげで元気が出たことだって、すごく優しい気分になれたときだって……」
彼女は鼻をぐすんぐすんいいながら再び泣き出す。それをおせっかいの茜が抱き
寄せる。
「そうね。楽しいこととか嬉しいことって貴重よね。そういうのが、今まで生きて
きた自分を支えてるんだから」
「先輩……?」
「今は悔しいかもしれない。けど、いつかそういうものが自分の糧になりえるって
考えられない? 悔しさを彼にぶつけるんじゃなくてさ、自分がもっといい女にな
って相手を見返してやるとかさ、そういう風に考えた方がすごく前向きな気がしな
い?」
私にしてみればそれは詭弁でしかない。そうやって、自分の気持ちをごまかして
いく。その方が楽なのかもしれない。でも……。
「……」
泣き顔が素に戻る。じっと茜の瞳を見つめるあの子。
「今は無理かもしれないけど……落ち着いたらそうやって考えてみよう? ね」
「はい、先輩。なんか元気出てきました」
茜の魔法にかかったかのように、あの子の顔がぱっと明るくなる。それとも彼女
が単純なだけか?
「よかった」
茜から吐息がこぼれる。それにしても、一つ間違えばペテン師じゃないか?
「どうもすみませんでした、先輩。それじゃ、失礼します」
私を全く無視して、あの子は去っていく。うん、気持ちいいぐらい無視してった
な。