AWC そばにいるだけで 22−5   寺嶋公香


        
#4457/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 4/ 1  11: 9  (199)
そばにいるだけで 22−5   寺嶋公香
★内容
 対照的に町田は絶好調。純子が内心訝しがるほどだ。
(こんなにスケート好きだったかな、芙美って?)
「さあ、やるの、やらないの? もったいないったらありゃしない」
「とりあえず僕は、人とぶつからない内に切り上げたいよ」
 相羽の冗談とも本気ともつかない言い種に、町田は含み笑いをした。
「そうでしょうねえ。だからこそ、ぶつからないようにしなきゃ」
 それから相羽の手を取り、引っ張る。相羽は姿勢を悪くしながらも、どうに
か立て直した。
 町田が存外強く、そして早く引っ張るものだから、停まったままの純子達と
は距離がどんどん開いていく。
「あー、ずるーい!」
 富井、井口の順で追い、さらには唐沢も面白がってか、動き出した。
 町田は相羽を引いている割にはスピードに乗っている。富井達ではとても追
いつけそうにない。唐沢は本気で追いかけていない様子だ。
「何やってんだか」
 純子はフェンスに右腕を乗せ、左手を頭にやった。
「さあてね。結局滑るみたいだから、あいつらは放っておいて、こっちはこっ
ちで」
 長瀬が誘うのに続いて、勝馬も短く氷を蹴って、純子の真正面に立った。
「そうそう。で、長瀬はとっくに飽きたんだろ、スケートなんて? てことで、
涼原さんのお相手は僕がするよぉ」
 そうは言ったものの、こちらの方は強引に手を取るような真似はできないら
しく、場を取り繕うように笑ってみせている。
「お相手ってねえ、勝馬君……」
 純子が息をつき、腰に手を当てると、長瀬がその間隙を突いて言葉を差し挟
む。相手は勝馬。
「さっきのは口が滑っただけ。やっぱり足で滑ることに決めた」
「つ、つまんねー洒落」
「へへん、受けなくてもいいんだよ。滑ったことになるから」
「ああ、もう分かったから」
 純子が眼前で展開されるとりとめない会話を打ち切り、二人の間を割って滑
り始める。
「涼原さん?」
「鬼ごっこしましょ。どちらか鬼、頼むわねー!」
 言い終わって振り返った純子は、長瀬と勝馬が一瞬の戸惑いの後、ジャンケ
ンするのを見ることができた。
(ふふ。−−それにしても、芙美ったら何考えてんのよ? どう見ても、あき
らめてないじゃない)
 横目で見やると、町田が相羽に何やら話しかけるのが分かった。

           *           *

 相羽は足元に気を取られていたので、町田の声を聞き損ねた。氷上からの音
も拍車をかける。
「何? もう一回」
「悪いわね、無理矢理滑らせちゃって」
 すでに前方を見つめていた町田は、その姿勢のまま再度言った。
「別にいい、これぐらい」
「それに、みんなとも離れちゃったし」
「……」
 訝しむ相羽の視線に勘づいたか、顔だけ振り返る町田。速度が落ち出した。
「純と話せなくて面白くないんじゃないかな?と思ったんだけど」
「え?」
「相羽君がこうして手をつないで一緒に滑りたいのは、純子−−でしょ?」
「……何言ってるのか分からない」
 首を傾げてみせる相羽。
 町田の握る手が力を込めてきた。白の手袋越しだが、それでも感触が確かに
伝わってくる。スケーティングの方は、もはや惰性で進むのみとなった。
「では、はっきり言うわ。あなたは純子が好きなのよねってこと」
「……分かるのが普通……だよな……やっぱり」
 途切れがちに答えた相羽。唇をきゅっと噛みしめ、難しい顔つきになってい
る。足元はとうとう停まった。
「あら。素直に認める?」
 やはり停止した町田が、さも意外そうに尋ねる。彼女の手も、相羽の腕を放
していた。
「−−うん」
 相羽はこくんとうなずいた。知られたくなかったし、いちいち認める必要も
ない。でも嘘はつきたくない。
(純子ちゃんのことで嘘はつけない)
 面を上げてから、相羽はふっと気付いた。自分の顔が赤くなったような感覚
がない。実際は少しぐらい赤くなっているのかもしれないが、段々度胸が据わ
ってきたのかなと、自己分析する。
「ははは。相羽君て」
 町田が目を細め、軽やかな調子で告げる。
「ん?」
「かわいいのねえ」
 言い切ってから、自分でおかしくなったのか、爆笑する町田。
「な、何のこっちゃ……」
 相羽は説明を求めようとしたけれど、富井や井口達にとうとう追い付かれて
しまった。
「芙美ちゃん、何の話してたのよぉ!」
「べっつにー」
「いきなり引っ張っておいて、内緒話してたんじゃないの?」
 井口も聞いてきたが、町田は簡単にかわす。
「隠すようなことじゃない。何なら、相羽君に聞けば?」
「え」
 絶句してしまった相羽は、聞かれない内に逃げ出す。
「あ!」
「怪しい。絶対怪しい!」
 また追いかけっこが始まった。
 傍観者然として腕を組む町田の声が飛んで来た。
「みんな頑張りなさいよー」

           *           *

 ふた組に分かれたはずが、いつの間にやら全員で氷上鬼ごっこをやっていた。
「暑いーっ」
 へとへとになって汗が浮かぶほど目一杯楽しんで、スケートもとうとうお開
き。スケート靴を脱ぐと、歩く感覚がうまく掴めず、妙にふわふわしてしまう
のはよくあることだろう。
 純子もその例に漏れず、床のちょっとした出っ張りにつまずいた。
「あっ」
 短く叫んだのは純子一人ではなかった。
 一番近くにしゃがんで、左右の靴の紐を結び合わせていた相羽は当然うつむ
いていたのに、状況を察知してからが素早かった。スケート靴を放り出して立
ち上がり……。
「−−っと。危なかった」
 上半身、両肩の辺りを受け止められた純子は、相羽の言葉を彼の腕の中で聞
いた。次の瞬間、飛び退くようにして身体を起こそうとする。
 純子本人は焦っていたから気付かなかったけれど、相羽の手は可能な限り優
しく、繊細なガラス細工を運ぶときのように彼女を扱った。
「ご、ごめんなさい。あ、ありがと」
「うん、どういたしまして。ほら、しっかり」
 支えて、立たせてあげた相羽。
「大丈夫だね? それにしても−−ははは、まさかそっちからぶつかってくる
とは思わなかった」
「ぶつ−−つまずいただけよ。助けてもらって言うのは気が引けるけど、去年
のあんたとは違うわ」
 語気が乱暴になったのは、怒っているのではなく、むしろ戸惑いから。
(みんなのいる前で優しくされるのは困る……色んな意味で)
 事実、友達全員が注目している。
 相羽の手から放れて、純子は自分が持っていたスケート靴を拾い上げた。
「……あ、れ」
 その靴の刃先を見て、気付く。青い毛糸が絡まり、伸びていることに。
「きゃー! ほつれてるっ」
 今度は何の騒ぎとばかり、再び皆の視線が集まった。
 純子は目で糸を辿って、それが相羽のセーターからの物だと知った。
「相羽君、ストップ!」
「言われなくても、さっきから動いてない」
 両手を水平方向に広げ、自らの上半身を見下ろす相羽。しかし、きょろきょ
ろするばかりで、どこから糸が出ているのか発見できないでいる様子。
「待っててよ、今」
 純子は刃先から糸を外し、自ら近付くことで手繰っていく。手の平の上で毛
玉が段々育っていった。
「被害は大きくないみたいだ」
 相羽のそばでしげしげとセーター表面を観察した長瀬が、早々と結論づけた。
「よく分からんけどさ、これぐらいなら簡単に直るんじゃないか」
「どれどれ」
 長瀬の指差す箇所−−セーターの左胸付近、やや脇寄り−−に、みんなが額
を集める。着付けでもないのに大勢に取り囲まれ、相羽は居心地悪そうに息を
ついた。
 一メートルばかり糸を辿った純子も、ほつれの大元に行き着いた。
「本当に直りそう?」
「直るんじゃない? いざとなったら、ワッペンでも付ければ隠せる」
 町田が楽観的かつ断定的に言って、邪魔になるだろうからとさっさと場を離
れる。純子はその台詞につられる形で、思わず口走っていた。
「わ、私でよかったら直すっ。脱いで」
 しーんとすること約一秒。長い一秒だった。
 静寂を破ったのは、言われた当人だ。
「脱いでも」
 しかし全てを喋る間をもらえず、唐沢が言葉を被せてきた。口笛を鳴らして、
「おー、意外と大胆ですな、涼原さん?」
 などとからかい半分に純子へ尋ねてくる。
 息をつく暇もなく、次は富井が騒ぎ出した。
「わあ、純ちゃんがやるんだったら、私も!」
「裁縫なら、みんな似たかよったかの腕だもんねえ」
 井口も当たり前のように参入。このままでは、二人して相羽のセーターを引
っ張り始めかねないかも。
 事態収拾に乗り出したのは町田。ぱんと手を打ち、命令口調で告げる。
「えーい、鬱陶しい。こんなことで大騒ぎしないっ。とにかく、だ」
 と、純子を指差した町田。
「その糸、相羽君に渡せばいいのよ、純」
「あ。ああ、そうね」
 抗弁の機会を失っていた純子は、やっとのことで普段の状態を取り戻し、相
羽へほつれた糸を手渡す。
「あの、セーターをどうするかは任せるから。もしよかったら、私がやる」
「−−うーん。涼原さんの腕前を知らないんで、何とも言えないな」
 相羽は冗談ぽさをにじませつつ言って、セーターを一気に脱いだ。腕を抜く
際は、糸をこれ以上ほどいてしまわぬよう、慎重になったが。
「あ、あの、それ、大事な物じゃないの?」
 適当に折り畳んだセーターを小脇に抱え、スケート靴を返しに行こうとする
相羽は、純子の問い掛けに足を止めた。
「大事って、どういう意味で?」
「その……おばさんの手編みとか」
「そういうんじゃないよ。大事には使ってるけどさ」
 また歩き出した相羽に、純子は小走りに近寄って追い付く。他のクラスメー
トも動き出した。まるで二人の会話を聞きたがってるみたいに。
「ご、ごめんね。私が転びそうになったせいで、刃が引っかかって」
「気にしない気にしない」
 カウンターで靴を返してから、相羽は後ろ向きのまま純子へ片手を軽く振る。
 純子も靴を返却し、そのあとも相羽への申し訳なさから続けた。
「助けてくれなくてよかったのに」
「そんなことあるもんか」
 今度ばかりは振り返って答える相羽。口ぶりも若干早くなった。
「スケートの靴を持ったまま転ぶ方が、よっぽど危ない。セーターが少し破け
ただけで済んでよかった」
「だけど……相羽君が怪我をしてたかもしれな−−」
「いいんだよ、男は」
 言い切ると、この話題を早く吹っ切りたいかのように相羽は、勝馬達男子に
話しかけた。
「なあ、清水達が今度の試合に出るみたいだから、観に行かないか?」
「野球部か? いつだ?」
 話し込む男子の背中を見つめる。
 純子は心残りで片手を伸ばしかけたが、あきらめて降ろした。
 そこへ女子三人が合流。出口へゆっくりとした足取りで向かいながら、先ほ
どのことをまだ引きずってお喋りする。
「純子は心配性過ぎるよ」

−−つづく




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