AWC そばにいるだけで 21−6   寺嶋公香


        
#4449/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 3/31  11:43  (200)
そばにいるだけで 21−6   寺嶋公香
★内容
 また定期試験の季節が巡ってきた。中学一年生最後の試験だ。
 それだけでも憂鬱なのが、加えて−−特に女子にとっては−−もう一つ、残
念なことがあった。
「試験終わってすぐにホワイトデーが来ると、男子のみんなもお返しに何がい
いか考える余裕なくて、手抜きになる。これってひどいと思わない?」
「思わない」
 試験まで一週間足らず。最後の部活を終えた富井が聞いてきたのを、純子は
あっさり返す。
「ど……どうしてぇ? 信じられないっ。純ちゃん、人間じゃないわ!」
「あのねえ」
 ひどい言われように、ため息をついた。
「私には関係ないもんね。身を入れろと言われても、無理無理」
「前から言ってるのに。誰かにあげればいいのにって」
 耳にたこができるほど言われた話なので、笑って聞き流した。
「それよりも相羽君、ホワイトデーのお返し、大丈夫?」
 きっとみんなが聞きたがっているだろうと考え、話題を換えた。
 肩越しに振り返ると、一番後ろを行く相羽はぼんやりした視線を返してくる。
「大丈夫って、どういう意味?」
 彼に代わって町田が口を挟む。純子は再度視線を移した。
「たくさんもらってたみたいだから、お返しするのも大変なんじゃないかなっ
て。去年より増えたんでしょ?」
「まあ……そうだけど」
 相羽は気乗りしない風だ。困ったみたいに片手を後頭部に当てる。もう片方
の手の指は、小脇に抱えた学生鞄の裏側を気忙しげに叩いていた。
「試験直後だし、卒業式や終業式で慌ただしいから、お返しはいいかなって思
ってたんだ」
「そんなあ!」
 富井と井口が抗議の声を上げた。電源が途切れたロデオマシンのごとく、ぴ
たっと立ち止まった二人は、勢いよく相羽へ向き直った。もちろん他の面々も
足を止めざるを得なくなる。
「去年はくれたのにぃ。ひどい」
「私なんか風邪引いて休んじゃったから、人に頼んでまであげたのに」
 猛烈な抗議口調の二人に、相羽は一言、
「ごめん」
 とだけ言った。
「まあ、テスト勉強やら式の準備やらで忙しいのは事実なんだから、しょうが
ないわね」
 町田が言った。取りなすつもりなのか、あるいは自分自身を慰めるつもりな
のか、その口振りや表情からは分からない。
 さておき、相羽は町田の言葉を渡りに船と受け取ったらしい。すかさず調子
を合わせる。
「何がいいかって考えるだけで時間取られてしまうしさ。そりゃあ、明らかに
遊びの義理チョコだと分かる物には、マシュマロやキャンディを返せば済むか
もしれないけれど」
 この相羽の台詞を聞いて、自分のチョコは義理と思われているわけではない
と感じ取った井口達。勇気づけられたらしく、途端に色めき立つ。
「ホワイトデー当日じゃなくていいから」
 富井はなかなか図々しい。相羽と知り合って長くなるせいか、大胆になって
きているよう。
「弱ったな」
 手を再度、頭の後ろ、うなじ辺りに持って行く相羽。
「そうだ。物じゃなくてもいいのよ」
 町田が何か思い付いたらしく、これまた図々しく、開けっぴろげに要求する。
 相羽は唖然とした顔つきになったが、そのまま何も言わずに待った。
「春休みに入ったら、どこかへ遊びに行くってのはどう?」
「遊びにって……ここにいるみんなで?」
 四人の女子を見渡してから、相羽は町田に聞き返す。
 町田が「もちろん」と答えるのと、純子が慌てて手を振るのとが重なった。
「私は関係ないわよ。バレンタイン、何もあげてない」
「あんたも含むのよ」
 町田の強引な物言いに目を丸くしたのは純子だけでない。富井と井口も不思
議そうにしている。
「忘れたの、純? 去年の二月頃の出来事」
「二月……」
 何があったかなと記憶を手繰る。
 が、思い出が多すぎて整理がつかない。
 この前も似たような話が出て、そのときはバレンタインについての話だった。
だが、今は関係なさそうだ。
 となると……何だろう?
(初めてモデルの代役やったけれど、これも関係ないと思うし)
 考え込んでいると、町田が付け足しをしてくれた。
「私が考えている行き先は、スケート場なんだけどな」
「あっ。分かった!」
 ひと気の少ない学校の廊下に、純子の声がこだまする。
 純子は相羽に流し目を送りつつ、弾んだ調子で告げた。意地の悪い響きも多
少は含んでいたかもしれない。
「スケート、うまくなった?」
 対する相羽は、息が詰まったみたいに肩をびくんと動かす。そしておもむろ
に答えた。純子だけでなく、その場の全員に向けて。
「分かったよ。スケート、行こう」
「やった!」
 富井と井口は手をハイタッチさせて、町田はうんうんとうなずいてそれぞれ
喜びを表す。
 純子はと言うと、やはり喜んでいた。
(どれだけうまくなったのか、見てあげようじゃない! うふふふ、楽しみっ)
 それから相羽の様子を窺うと、たった今成立したばかりの約束をどう考えて
いるのか、そそくさと歩き始めていた。
 かと思ったら、不意に振り向いて口を開く。
「僕も友達を連れて行っていいだろ?」
「それはまあ、ね」
 純子達は顔を見合わせた。そのあとに言い足す。
「男子でしょ? 清水とか大谷とかは遠慮するからね」
「しょうがないなあ」
 笑いをこらえたような返事をする相羽だった。

 駅の待合室は、利用客がぽつぽつと増える頃合いのようだ。先ほども、下校
途中らしき学生が通っていった。
 ベンチの隅に腰掛け、純子は英単語のカードをめくりながら、たまに天井を
仰いだり、床を見つめたりした。髪はひとまとめにして垂らし、服装はセータ
ーにジーパン。学校から一度家に帰り、改めて身仕度してきたもの。
(ひょっとしたら恵ちゃん、気付くかもしれない)
 椎名と顔を合わせるのがこんなに緊張するなんて、久しぶり。多分、初めて
顔を合わせたとき以来ではないだろうか。
 昨日、待合せの確認のため、電話でやり取りをしたときのことだ。
 『ハート』のコマーシャルの話題を持ち出したのは、椎名の方だった。
「ねえねえ、涼原さん。思ったんですけど、あのCMの男の人、いい感じじゃ
ないでしょうか?」
 この台詞を純子自身はどきどきしながら受け止める。
「あ、そう……かな……」
「格好いいですよ、絶対」
「……恵ちゃんが男の人をそういう風に見るのって、珍しいね」
「最近はそれほどでもありませんよー。ただし、同級生の男子は子供っぽく見
えて仕方ないけれど」
「じゃあ、今は大変だ。最高学年だもんね。年上と言ったら、先生になっちゃ
うでしょ」
「ですから、早く中学に入って、涼原さんの後輩になりたーい」
「あは、楽しみに待ってるから」
 ……と、こんな風にして電話は終わったのだが。
(まともに聞かれたら、ごまかしきれるかしら?)
 不安で、ともすれば憂鬱になる。
「−−ばからしい」
 まだどうなると決まったわけではない。それを今からくよくよ考えても仕方
ないと思い直した。少しでもテスト勉強に集中するのが利口だ。
 それからしばらくして、約束した時刻ぴったりに、椎名が現れた。少し前か
ら伸ばしているらしい髪には大きめのリボン、ジャンパーの下は水玉模様のワ
ンピース……昔のアメリカ映画に出て来そうな、いかにも「女の子」をアピー
ルする姿である。
「行こっか」
 挨拶を交わしてから、促す。電車が来るし、てきぱきと。
 これからの予定は、電車で街に出て買い物をしたあと、バーガーショップに
行く。そこで三人目と合流するのだ。
「解けました?」
「全然だめ。難しいわ」
 相羽の推理小説の話である。
 今日のメインはこれ。そう、バーガーショップで合流するのは相羽その人だ。
途中まで別行動なのは、彼の都合による。
「恵ちゃんはどうなの」
「さっぱり分かんない。相羽さんにヒント、もらいませんでしたか」
「そんなことないわよ」
 ヒントをもらっても分からなかったら、それこそ格好悪い。そんな思いが頭
の中をよぎった。
 入ってきた電車に乗り込む。乗客が増えつつある時間帯と言っても、空席は
好きな場所を選ぶほどある。純子達は二人掛けのシートに収まった。
「学校、楽しくやってる?」
 純子の質問に、しかし椎名は何故か上の空。目線は斜め上を向いている。
「恵ちゃん?」
 呼び掛けると、椎名が今度は純子の顔をまじまじと見つめてきた。
「ど、どうしたの」
 気恥ずかしくなって落ち着かず、純子から目をそらす。
「似てるような気がするんだけどなあ」
 椎名はまた正面を向き、見上げた。目をやけに細めている。
 純子もそちらを見て、初めて状況が飲み込めた。
 勝手に出そうになった「あっ」というつぶやきを、何とかして飲み込む。
(ポスターがある!)
 車輌内の中吊り広告が、ずらっとぶら下がっている。よくしたもので、純子
達が座った席の前、少し右寄りにあるのは、美生堂『ハート』のポスターだっ
た。二枚並んで下がっているのだが、奥が少女版、手前が少年版である。
「私って視力に自信ないんですよ」
 そんな前置きをして、椎名は話し始めた。
「でも、似てると思う……『ハート』の男の子と−−」
 ごくっとのどを鳴らす純子。
(いよいよ来たわ! 不自然にならないようにしなくちゃ)
 両手に力を入れて、膝の上で拳を作った。
 純子を再度見つめてきた椎名は、にこっとした。
「−−古羽相一郎って」
「……」
 とりあえず、何も反応しない。事実、椎名の微妙な言い方に、どう対処して
いいのやら戸惑っている純子。
(……なるほどね。あの写真の子も古羽探偵も、私が男の格好をしたものだか
ら、似ているのは当然)
「じゃあ、恵ちゃん」
 純子は考え考え、口を開いた。
「古羽からあのタレントの子に乗り換える?」
「そんなことしません」
 隙間のない即答。
「よく分からないのに、ファンになってもしょうがないし。もしもファンにな
ったとしたって、古羽相一郎ファンも続けまっす」
 そしていきなり、純子の腕を抱えるようにしがみついてきた。
 座っていたからよかったようなものの、立っていたときにやられたとしたら、
きっと転んでしまったに違いない。
 純子は、もたせかけてきた椎名の頭を撫で、戸惑い口調で言った。
「うるさくしたら、他の人に迷惑だから、ね?」
「はぁい」
 不満と幸福感が一緒になったような響きでもって答える椎名。
 とにもかくにもごまかすことに成功し、純子は心の中で安堵の息をついた。
 目的の駅のプラットフォームに電車が滑り込むのと、ほとんど同時だった。

 奥まったスペースにある四人用の席。相羽の横顔が見えた。
「ああ! いたいた!」
 広い店舗とは言え、バーガーショップの中は、学校帰りの中高生やその他若
い人達でかなりのにぎわいを見せていた。
 故に、相羽の姿を探し出すのに苦労し、もしかすると遅れているのではと考
え始めた矢先、やっと見つけたのである。純子と椎名が声を揃えて騒ぎ立てて
も仕方あるまい、うん。
 ところが相羽の方は面を上げようとしない。鉢植えやら柱やら、あるいは行
き交う人影やらでしかとは見通せないが、どうやら本か何かに熱中しているら
しく、目を伏せがちにしている。たまに口元に手をやり、笑いをこらえるよう
な素振りを見せているところから、勉強の本ではないらしい。

−−つづく




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