AWC 銀の砂漠の盗賊(20)       赤木 錠


        
#4391/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  98/ 1/28  21:34  (200)
銀の砂漠の盗賊(20)       赤木 錠
★内容
 そしてそのときには、おれは、そなたを――と。
 それにつづく言葉はなんだったのだろうか。
 姫はいくどとなくくりかえし、それを心のなかで問うていた。
 いつかそれを、王自身の口からきくことができるのだろうか、と。
 それとも、そう――このままサディレシヤをあとにしてひそかにふるさとへと帰
還をはたし――そして、もう二度とそのあとにつづく言葉をたずねる機会がおとず
れることはないのだろうか。
 もういちど、姫はそっとため息をつく。
 市街の全景のなかに、ちいさく緑にかこまれた場所があるのを、姫は見つけた。
 サディレシヤ王宮であった。
 広大な敷地も、こうして空から見おろすと、なんとちっぽけに見えるのだろう。
 あそこで姫君は、半年近くもすごしてきたのだった。
 砂漠を見つめながら。
 言葉もなく姫は目をとじる。
 この盗賊たちが、ここからつれだしてくれる。
 そう考えていた。
 帰ることができる。ふるさとへ。兄のもとへ。
 もう二度と、ここに戻ることはないのだ、と。
 目尻から――なにかがこぼれた。
 それが涙であることに気づき、姫は自分でおどろいていた。
 なぜ泣く必要があるのだろう。
 涙が頬をつたうのを感じながら、サフィーヤ姫はそう自問していた。
 そのこたえもまた、姫自身がよく知っていた。

    シャハラザード

 ふるい、ふるい時代の、さらに伝説のなかの姫君の名だ。
 シャハラザード。
 千の星をこえ、千の闇をこえ、千の時間をも超越し、虚無のはてへと盗賊を運ぶ。
 その腕は灼熱の炎。その足は光を超える。その瞳は虚空を見透し、その口から吐
く息は闇をも引き裂く。
 シャハラザード。星を引き裂き太陽をつらぬく、悪夢のなかから浮上してきた褐
色の姫君。

 濃紺から星空をちりばめた黒へとかわる天をぬけ、淡い宝石のように青い大気層
をまとった惑星サディレシヤを眼下にして“アマーバーシャ”は軌道上にたどりつ
いた。
 大地と海とをゆっくりと後方におきざりにしていきながら、しばらくのあいだ周
回軌道をすすむ。
 やがて、パイロット・シートのマヤが口にした。
「ついたよ」
 ものおもいにふけっていた姫君が、はっとして顔をあげる。
 フロントヴュウをうつしだしたメインスクリーンにそのとき、星のかがやく漆黒
の闇のなかから波紋をおしわけるようにして、何かがうかびあがりはじめた。
 褐色の、巨大な船だった。
 優雅な曲線を主体にした細ながいボディの、巨艦である。
 四方に機関部をはりだした後部は、少女のウエストのようにくびれた部分をはさ
んで左右にわずかに突出した構造物を付属させた胴部へとつづき、そしてその部分
から頭部へとむけて船体は先細りにゆるやかなラインを構成している。そして船首
部分にわずかなふくらみがあり、そのさきは寺院にある鐘のような形に、ゆるやか
に収束していた。
 全体の印象は、海棲大型哺乳類か、あるいは水棲の巨大な恐竜を思わせるもので
あった。
「“シャハラザード”」姫の肩ごしに、ラエラが話しかけてきた。「わたしたちの
母艦です」
「シャハラザード」
 サフィーヤ姫はくりかえした。
 そのとき、まるでそれにこたえるようにして、マヤの前のコンソールで通信機が
声を発した。
『おかえりなさい。ジルジス。それにみなさん。いま収納ハッチをひらきます』
 やわらかな、おちついた調子の女性の声であった。
 まあ、と姫はちいさく言葉をもらす。
 まだ仲間がいるとは考えていなかったからだ。
 そのまま“アマーバーシャ”は艦体やや後方よりの部分にある突出部をめざして
接近した。
 姿勢制御噴射が艇体前部で白い霧のように虚空にふきだされる。
 その前面で“シャハラザード”の胴体突出部の後端が、ゆっくりと口をひらきは
じめた。
 内部からのびたガイドラインの光列が、帰還するわが子にむかって腕をのばす母
親のように、平行に点滅する。
 それにそってマヤは、静かに“アマーバーシャ”を開口部にむけてすべらせた。
 内部は、探査艇の鋳型ででもあるように“アマーバーシャの艇首部分とぴったり
とあわさる形になっていた。
 ここん、と、姫が予想していたよりはエレガントな音とともに、軽い衝撃が艇内
にはしりぬけた。同時に艇体後部の開口部が、音もなくとじていく。
『乗艦準備が完了しました。ようこそ、サフィーヤ姫。歓迎いたします』
 女性の声がそういうとともに、艇体側面のハッチが上下にひらく。
 ジルジス、シヴァがまず乗艦した。
 気どったしぐさで近づいてこようとするレイをおしのけてラエラが、騎士のよう
に優雅なしぐさでサフィーヤ姫に手をさしのべる。
「さ、こちらへ」
 レイがまたもや芝居じみたようすで、嘆きの言葉を口にしはじめるのは完全に無
視して、ラエラは微笑みながらいう。
 姫もつられて笑いながらラエラの手をとり、“アマーバーシャ”をあとにした。
 ラエラに手をひかれたまま角をふたつほど曲がり、さらに短い通廊をすすんだ。
 左右にはいくつかのドアがあったが、それには手をふれることもせずラエラはま
っすぐにコクピットをめざした。
 ふたりが近づくと、前面で自動扉が音もなく左右に口をあけた。
「どうぞ、サフィーヤ。ここが“シャハラザード”のコクピットです」
 艦体のおおきさにくらべて、内部のひろさは思ったほどではなかった。
 天井もあまり高くはない。いちばん背の高いレイが、頭をぶつけずに移動ができ
る、という程度だろう。
“アマーバーシャ”の艇内よりはややひろいスペースに、全体を見わたす位置にシ
ートがひとつ。それより一段低い場所に、まんなかのシートをかこむようにして六
つのシートがならんでいる。そして艦首方向に、さらに一段低くなった位置にふた
つのシート。
 すべてのシートは、前方にむけてにコンソールをそなえている。
 位置的に、最前列のふたつのシートが操縦席だろう。コンソールも、いかにもコ
クピットといった雰囲気である。部屋の中心に位置するシートが、艦長席といった
ところか。現実にジルジスはそこに腰をおろしている。
 パイロットシートにマヤがつき、シヴァはそのうしろの六つのシートのうちのひ
とつに腰をおろした。レイはシートにはつかず、マヤのうしろに立ってコンソール
をのぞきこむ。
「さ、サフィーヤ、こちらにおすわりください」
 ラエラがいって姫を、六つのシートのうちもっとも入口に近い場所にすわらせた。
 ラエラ自身はその前の席に腰をおろす。
 マヤとレイは、なにやら言葉をかわしながら発信準備らしき操作をおこなってい
た。シヴァも黙々とコンソール上でなにかの作業を開始している。ジルジスは――
まんなかのシートにふんぞりかえって、目をとじていた。
 また眠っているのかしら、と、なかばあきれながら姫は思った。
 きき耳をたてると、たしかに寝息をたてている。だらしなくひらいた口もとから
は、よだれがたれていた。
 しばしぼうぜんと姫は、そんな盗賊の寝顔を見つめた。
 が、やがてふいに、笑いの衝動がこみあげてきた。
 眠りこける盗賊の顔を見ているうちに、あたたかい好意のようなものがあふれか
えってくるのに気づいたのである。
 笑い声にラエラがふりかえり、サフィーヤ姫の顔を見て微笑みかえした。
「あ、ラエラ」ふいに思いだして、サフィーヤ姫はいった。「もうひとりのかたは、
どちらにいらっしゃるのですか?」
 え? と瞬時ラエラは目をまるくした。
 その顔が、ああ、と納得いったようにうなずくよりさきに――
『わたくしはここにいます、サフィーヤ姫』
 目の前のコンソールから声がした。
 は、と首をかしげて姫は、きょろきょろと周囲を見まわす。
「顔でも見せてやんなよ、シャハラ」笑いながらラエラがいった。「人間てのは、
相手の顔が見えないとおちつかないもんなのさ」
『それは何度もきいています、ラエラ。納得はなかなかいきませんが』“声”がい
った。『たとえば、コミュニケータなどでは、映像機能のないものでも問題なしに
交流しているはずですから。でも、そうですね。わかりました。姫、コンソールの
モニターをごらんください』
 いわれてサフィーヤ姫は視線をモニターにおとした。
 額に銀鎖と宝石をつらねた飾りものをつけた、褐色の肌の女性がそこに映しださ
れていた。
 姫君と目をあわせると、ちいさくうなずいてみせる。
 髪と瞳の色は黒。年齢は二十代といったところだろうか。健康的な褐色の肌だが
――どことなく無機質な印象があった。
『どうぞよろしく、サフィーヤ姫』モニターのなかでその女性がいった。『わたく
しがシャハラザードです。シャハラとお呼びになってください』
「シャハラザード……え、それではまさか」
「そうです、サフィーヤ」とラエラがこたえた。「彼女はわたしたちの六人めの仲
間――偽装戦艦シャハラザードの、中枢コンピュータです」
 モニターのなかで、娘がことりと首をかしげてみせた。
「まあ」と姫は両の手で口もとをおさえた。「そうだったんですか。そうとも知ら
ずにわたくし、失礼してしまいましたわ」
『お気になさらず』と、シャハラ――機械のなかの女性は、フラットな口調でそう
いった。『映像のあるなしは、わたくしには意味はありませんが、顔が見えないと
話しにくい、とおっしゃるかたは大勢いらっしゃいます。理解はできませんが、こ
うしてあわせることはできます』
「まあ、そうだったんですの」姫はいった。「それはたいへんですわね」
 ラエラがふきだした。
 映像の女性も、ふしぎそうにことんと首をかたむける。
 そして何かをいいかけたが、ふいに『失礼』といいのこして画面そのものから消
失した。
 と思ったら、マヤのついているシートの前面にある、全員から見える位置のメイ
ンスクリーンに“シャハラ”の映像があらわれた。
『サディレシヤ宇宙軍所属と思われる機体が、軌道ステーションから発進しました。
どうやらさきほど“ファンタム”機能を解いたときに、偵察艇に発見されたものと
思われます。迎撃しますか。それとも逃走?』
 全員の目が、ジルジスのほうにそそがれた。
 対して一味の首領は――眠りこけたままである。
「ジル〜」
 とあきれたようにマヤが頭を抱えこむ。
『ジルジス。ジルジス。緊急事態です。起きてください。起きろってば』
 ふいに、スクリーンのなかで“シャハラ”が、そういってこぶしをふりあげる動
作をしてみせた。
 同時に、ジルジスが頭をもたせかけたヘッドレストが、ばいんと音を立ててはね
あがった。
「んぐ」
 びっくりしたようにジルジスが目をさまし、ぼんやりと四囲を見まわす。
「ん、めしか?」
『あなたは本能的欲求しか頭にないのですか』
 あいかわらずフラットな口調で、シャハラがいった。
 フラットな口調なのだが、なぜだかいらだっているのがわかった。
 このコンピュータは人格をもっているのかしら、と姫君は思った。
『軌道ステーションの軍港と思われる箇所から、三つの機体が発進するのを確認し
ました。形状、質量、各種データから推測して、高速戦艦であると思われます。ど
うしますか、ジルジス。ジルジス。ジルジス。きいているのですか。寝るなっての
に』
 ふたたび、きわめて人間くさい口調でシャハラが口にする。
 ふいに姫君は、それがどことなくマヤの口調に似ているのに気づいた。
 ふたたびばいん、とやられて、寝ぼけ顔でぶつぶつとジルジスがぼやく。
『迎撃か逃走か。はやく選んでください、ジルジス』
「うーむ」と伝説の盗賊はうなった。「迎撃か逃走か、それが問題じゃ」
 わけのわからないことをいう。まだ寝ぼけているらしい。
「とりあえず逃げようよ、シャハラ。らちがあかないよ」
 苦笑いをうかべながらマヤが助け船をだした。
『了解しました。航路は?』
「予定どおりでいいだろう」
 といったのはレイである。
『はい、おとうさま』
 いってシャハラは、にっこりと笑いながら小首をかしげてみせる。
「おとうさま?」
 とサフィーヤ姫も小首をかしげた。
「ってのは、やめろと何度もいっているはずだぞ、シャハラ」
 困惑をあらわにしてレイがいった。心なしか、頬が紅潮しているように姫には見
えた。
『でも論理的にあなたはわたくしの生みの親です。おかあさまとお呼びするのは不
適当であるのは納得していただけるでしょう』
「もう、いいから出発したまえ」
 あきらめたような口調でレイがいった。かたなしである。




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 青木無常の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE