#4376/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 98/ 1/28 20:38 (200)
銀の砂漠の盗賊(5) 赤木 錠
★内容
サフィーヤ姫は、その言葉に、かなしげに眉をひそめた。
が、なにもいわずに視線を女盗賊からそらし、森のなかの深い暗闇をぼんやりと
ながめやる。
ラエラはため息をおしころしてだまりこんだ。
しばらくの間をおいて、
「さ、そろそろいきましょうか」
いってラエラが立ちあがりかけ――
その姿勢のまま、ぴたりと動作をとめた。
双の目をすがめ、きき耳をたてる。
どうしたのですか、とききかけて姫君は、ラエラのようすにただならぬものを感
じ、ごくりとのどをならして黙りこむ。
なおもしばらくのあいだラエラは、用心深く耳をそばだてたまま立ちすくんでい
たが、やがていった。
「眠らせておいた監視兵が見つかったようですね」
淡々とした口調だった。
サフィーヤ姫は小首をかしげる。
ラエラが硬直したようにうごかなくなってから、なにごとかと姫君自身も耳をす
ませてあたりのようすをさぐっていたつもりだった。すくなくとも、姫君はいかな
る異変の兆候をも感じとることはできなかったのだ。
かちり、とラエラは銃になにかの操作を加え、そして真正面からサフィーヤ姫を
見つめていった。
「こうなると、ことはむつかしくなります」
「では、ここまでですか?」
かなしげに眉根をよせてサフィーヤ姫がいうのへ、女盗賊は真顔のまま首を左右
にふった。
「手はあります」
「それは?」
「あなたを、盾にとります」
返答に、姫は言葉をのみこむ。
ラエラはうなずいてみせた。
「あなたを殺すわけにはいかないから、追手のうごきはどうしても鈍ることになる
と思います。相手も麻痺レベルで応戦してくるでしょうが、まあ、なんとかなるで
しょう。ただ――」
と、いいよどむ。
「ただ?」
サフィーヤ姫は静かに先をうながした。
「――ただ、麻痺レベルといっても、あたりどころによっては重大な機能障害をの
ちのち喚起する可能性がないとはいえません。それに、敵がそんな悠長な手段で対
応してくるかどうかも確信があるわけではありません。いずれにせよ、あなたに危
険がおよぶ可能性が格段に高くなります」
「かまいません」即座にサフィーヤ姫はいった。「わたくしはどうなってもかまい
ません。このまま、王宮に小鳥のようにとじこめられているよりは……。その方法
でお願いします、ラエラ」
ひたむきな視線で、女盗賊を見つめる。
瞬時ラエラはそれを見かえし――静かにうなずきかえした。
「わかりました。それではとりあえず移動を開始します。もし追手が迫ってきたら、
遠慮なくあなたを盾にとります。そのときは、せいぜいはでに叫び声でもあげてく
ださい。そうしてくれれば、敵のうごきが一瞬でもとまります」
「わかりました」
意気ごんだようすで姫君はうなずいた。
ふたたび前進を開始する。
ほどもなく、殺気だっているのが傍目にもわかるほどのあわただしい複数の靴音
が、背後からきこえてきた。
曲がりくねった小道の角から先頭の兵士が姿をあらわすと同時に、ラエラは荒々
しい動作で姫君の首を背後から抱えこんだ。
ここぞとばかりにサフィーヤ姫もまた、かんだかい悲鳴をあげる。
ぎくりと、出現した兵士が立ちどまった。かまえた銃口が一瞬、硬直する。
すばやくラエラは、姫のわきの下からさしだした銃のトリガーをしぼった。
つづいてあらわれた次の兵士にも、一撃を見舞う。
一瞬で、ふたりの兵士がへなへなと地にふした。
さらにいきおいであらわれかけた三人めが、あわてて地をけり、かたわらのしげ
みへと身をかくす。
それを追ってラエラの銃口がすばやく、的確に移動する。
閃光が闇に吸いこまれた。
命中したかどうかはサフィーヤ姫にはわからなかったが、そのときにはすでにラ
エラは、もとの方向へと銃口をポイントし直していた。
死角からちらりと顔をのぞかせた兵士へと一撃をあびせる。
その姿があわてて樹陰に隠れた。
数瞬の膠着状態ののち――
黒い影が、樹陰からとびだした。
ぱ、ぱ、と閃光がひらめき、ふたりの左右でほこりが立つ。
ラエラは荒々しく姫君をつきとばしながら前方へと身を投げだし、ころがる黒影
にむけてたてつづけにひきがねをしぼった。
間をおかず、もうひとりが樹陰がすべりでてきた。
正確な射撃で、ころがるラエラを追う。
が、ラエラの腕のほうがわずかに上だった。
先にとびだしたほう、つづいて援護を受けもつ兵士を討ちとり、ほぼ同時にラエ
ラはしげみに身を隠し終えた。
地にふした姫をおきざりに、しばしのあいだ、ピンとはりつめた緊張の糸だけが
四囲に立ちこめた。
が――ふいにラエラが立ちあがる。
「だいじょうぶですか?」
サフィーヤ姫に安否を問いかけて別状ないと確認するや、女盗賊はせきたてるよ
うにしてさらに下降を開始した。
小道は王侯貴族の散策のための遊歩道として設置されたものだ。いきおい、歩き
やすさには気をつかわれてはいる。だが深夜の逃避行、足もとさえおぼつかぬ曲が
りくねった道を、しかも早足でくだりながらの移動である。ふだんであればゆっく
り歩いて二十分もかければふもとの街へとたどりつけるはずだが、なかなかスムー
ズにはいかなかった。
さらに二回の応戦を経て、ふたりはようやくふもとまでたどりついた。
おりきる直前に遊歩道からはずれて強引にしげみのなかにわけ入り、てきとうな
ところで姫君に身をかくさせてから、ラエラは偵察にでた。
ほどもなく戻ってきた。
きびしい顔をしている。
「下の道路に封鎖線がしかれています」ラエラはいう。「通行止めにしているよう
ですね。兵士たちがならんでいるだけで、浮遊車(フライア)は一台も通りませんでした」
姫君の顔が不安そうにゆがんだ。
ラエラはかすかに笑って姫君の背中を軽くたたく。
「打つ手はあります。浮遊装甲車があちこちとまっていたから、それを利用します。
サフィーヤ、あなたはわたしが背負っていきますから、ただ必死にしがみついてい
ることに専念してください。かなり手荒い突破行になりますが、なんとかなると思
います」
「わかりました」
不安をのみこんで姫はけなげにうなずいてみせた。
もういちどラエラも微笑をかえし、姫に背中をむけてしゃがみこむ。
サフィーヤ姫が背にすがりつくや、ぽんとせりあげて一度だけ位置をただし、ラ
エラはためらいなく前進を開始した。
ほとんど音を立てずに、すべるように移動する。
そのまま、しげみのとぎれたところまで下降した。
眼下に片側一車線の道路。投光器をかかげた兵士たちが間隔をおいて立ちならび、
王宮側を中心にしてライトを周囲にめぐらせている。
移動する光をさけてしゃがみこみながら、ラエラはすばやく状況を検討した。
手前に二台、さらにあいだをおいて一台の浮遊装甲車が、道路の外側にとまって
いる。パワーライトがその天井からぎらぎらとした光を丘側に投げかけ、各車輌の
近くでは指揮官らしき人物が無線でやりとりをしていた。むろん、全員が武装して
いる。
「よし」状況を見てとってラエラは口にし、背中の姫君をふりかえった。「目をと
じて」
わけがわからぬまま、姫君はぎゅっと両のまぶたをとじる。
同時にラエラは、ライトの光が移動した一瞬の間隙をとらえて立ちあがりざま、
すばやくなにかを投擲し、ふたたび身を沈めた。
けぶる月光の下に黒いものがゆっくりと落下し――
それが地上におちる寸前、まばゆい閃光を八方にはなちはじめた。
閃光弾である。
突如路上に出現した眩光に、兵士たちの視線が集中した。その一瞬の間隙をつい
て、ラエラはサフィーヤ姫を背負ったまま路上にとびおりた。
目をおおって立ちすくむ兵士たちのあいだをすばやく走りぬけ、孤立した一台の
装甲車のタラップを一気にかけのぼる。
天井開口部から顔をのぞかせた兵士を蹴りの一撃で昏倒させ、手ばやくほうりだ
す。
そのあいだに、ふうっと閃光弾の光がやわらいだ。
タイミングをねらうようにして、もう一発をさらに見当ちがいの方向に投擲する。
最初の閃光弾のまばゆい光輝が、闇に吸われるようにして消失していくのと入れ
かわりに――さらに新たな閃光が太陽のようにそのおもてをひらいた。
無意味な銃撃音が二、三、飛び交い、叱責する声がたからかにあがる。
そのころにはもうラエラは、装甲車の内部に身をすべりこませていた。
運転席にひとり。攻撃コンソールらしきボードの前に腰をおろした男がひとり。
どちらも、窓外の閃光と混乱をうつしだしたモニターに見入っていたため、ラエ
ラの侵入に一瞬気づかずにいた。
姫君を背負ったままラエラは銃をひらめかせ、ふたりを瞬時に昏倒させる。
すばやくサフィーヤ姫を手近のストゥールにおろし、操縦席にへたりこんだ兵士
を無造作に床にころがり落とすと、すばやくそこにすべりこみながらコンソールに
指をはしらせた。
かかりっぱなしだったエンジンはすぐに咆哮をはなち、ふわりと浮きあがるやフ
ライアは、すさまじい横Gとともに回頭した。
ごう、という重低音にかぶさるようにして、筒を吹き鳴らすようなかんだかい異
音がコクピット内に充満する。バール・システム――斥力を発揮する粒子を利用し
て、地上から浮遊するためのシステムが、急激に作動を開始するときに発する音で
ある。サフィーヤ姫は思わず耳をおさえた。
その瞬間、はじかれるようなGが正面からのしかかる。
すさまじいいきおいでフライアは疾走を開始した。
ドゥルガの奇襲
「突破されただと?」リダー大臣が憎々しげに顔をゆがめて叫んだ。「いったいき
さまの部下はなにをやっとるんだ」
「ただいま、出動中の全装甲車をあげて追跡にかかったところです」
腕からはずしたコミュニケータを耳にあてて情報を受けながら、ティギーン将軍
は抑揚を欠いた口調でいった。
なおも口ぎたなくののしるリダー大臣を無視して、将軍はコミュニケータを介し
て二、三、手短に指示をとばすと、バルコニーから眼下を見おろすザグラール王に
むかって、黙したまま深々と頭をさげた。
「失態を演じております」
うむ、と王は短くうなずき、そのままちらりと、叱責をあびせるリダー大臣を視
線でだまらせてから、報告をうながした。
「侵入者は姫君を盾にして監視兵の追撃を逃れたのち、丘陵下に敷いた網を、閃光
弾による奇襲で突破。装甲車を強奪して逃走中です」
「街にでたのか?」
「いえ。しかし、あと五分ほどで」
「わかった」王はうなずく。「手際はいいようだな。どうやって王宮に侵入したか
は?」
いえ、と将軍は簡潔に否定する。
大臣がふたたびわめきはじめる機先を制し、王は口をひらく。
「そのことはあとまわしでいい。ティギーン、おまえは、いまは姫を奪還すること
に全力をかたむけろ。どうあれ今さっきぽんと侵入してきたとは思えん。リダー。
ここ一ヶ月で王宮に出入りした人間を洗っておけ。業者から、それらが搬入したも
の、倉庫までくわしくな。それと宮廷内で人員の補充があったかどうかもだ。それ
から――」
と、そこで王はぴたりと口をとざした。
眉根にかすかにしわをよせ、眼下にひろがるラグシャガートの街なみにきつい視
線をすえる。
「ティギーン。姫の寝室に、あらそったあとはあったか?」
そうきいた。
一拍の間をおいて将軍は、いいえ、とこたえた。
王は微動だにせぬまま、そうか、と短くこたえ、あとは無言のまま姫の消え入り
つつある市街にむけて、じっと凝視をそそぐばかりだった。
ティギーンは一礼して王の間を辞しかけ――
そのときふいに、手にしたままのコミュニケータが、新たにアラームをひびかせ
た。
「どうした」
ふたたび将軍はコミュニケータを耳におしあて、しばらく相手の話をきく。短く
指示をいいわたして回線を切り、踵をかえして王のもとへ歩みよった。
「もうひとつ、悪いしらせです」
リダー大臣が目をむく。
王は無言で、姿勢もくずさぬまま将軍のつぎの言葉を待った。
「西門付近で、ドゥルガ教徒と思われるゲリラ部隊の強襲が確認されました」
「なに?」リダー大臣が、おどろきのあまり耳ざわりなだみ声をはりあげる。「ド
ゥルガ教徒だと? この混乱している時期に、あの狂信者どもめ――」
「計算づくかもしれんな」ぽつりと、王が口にする。「あまりにもタイミングがそ
ろいすぎている。共闘している、とまでは考えられないが、この時間に王宮で騒擾