#4374/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 98/ 1/28 20:30 (200)
銀の砂漠の盗賊(3) 赤木 錠
★内容
ラスターと無数のエネルギーマガジン。その銃口は、獲物を護る者たちの額にいつ
でもぴたりとすえられて、たとえこの世界の終わりの時がおとずれようともゆらぐ
ことは決してない。
“千の目”のラエラ。地獄をその銃身にこめて優雅に歩く、夜の女王。
「だれですか」
と、サフィーヤ姫はふりかえりながら問いただした。
不安が、その胸の奥にかま首をもたげていた。盗賊が自分をねらっている、とつ
いさっき王に告げられたことが影響しているのかもしれない。
その不安が形をとってあらわれたかのような人影が、そこに立っていた。
後宮にはまるで場ちがいな風体だった。
からだにぴたりとフィットした黒いスーツで全身をおおった、女だった。
黒髪をうしろでたばねた女は、夜のように深い黒の瞳をまっすぐに姫君にむける。
「だれですか」
不安と恐怖を必死におさえながら、姫君はもういちどくりかえした。
そしてふいに、侵入者であるその女の顔に見覚えがあることに気がついた。
三日ほど前から、あらたに姫につけられた七人の女官のうちの、ひとりであった。
湖のようにすんで静かな、それでいてなにか激しいものを奥深くひそめているよう
な、印象的なその黒瞳を、サフィーヤ姫はよくおぼえていたのだった。
「あなたは――このあいだ後宮に入ってきたかたですね。こんな時間にどうしたの
? それに、そのかっこうは……」
知った顔だと気づいて不安はいくぶんかはおさまったものの、かわりに不審がぬ
ぐいがたくうかびあがる。
女官として紹介はされたものの、新任の人間がいきなり姫君の身のまわりの世話
をするわけではない。まずは見習いとして監督者の指示のもとに、備品の管理や後
宮内の清掃などからはじめている時期のはずだった。まちがっても姫君の寝室に、
それも声すらかけずに侵入してくる、などという無礼はありえない。
そんな姫君の、不審にみちた凝視を前にして、女はいささかもたじろいだようす
を見せなかった。無言でかたひざをつき、騎士がしてみせるような優雅なかたちで
臣下の礼の姿勢をとって、ふかぶかと頭をたれた。
「無礼な侵入方法をとってしまって、申しひらきのしようもありません、サフィー
ヤ姫」
そしてその姿勢のまま、つい、と顔をあげ、真正面から姫君の顔を見つめかえす。
吸いこまれてしまいそうなほど深い瞳だ、と姫君は思った。
めまいのような感覚が、瞬時、はしりぬける。
頬が上気してくるのを感じて姫は、まるで魅力的な殿方を前にして胸ときめかせ
る娘のようだ、と他人事のように考えていた。
「あなたはたしか……ハガル、という名前でしたね。なんのご用?」
動揺をさとられぬよう、しいておちついた口調をよそおい、姫君は問いかける。
対して女は、あるかなしかの微笑で口もとをかすかにゆがませた。
「ハガルという名は偽名です、サフィーヤ姫。わたしのほんとうの名前は、ラエラ」
「ラエラ……」
と姫は、舌の上の感触をたしかめるようにしてくりかえした。夜、という意味の
イレム語の名だ。目の前で優雅に片ひざをついた黒髪黒瞳の美女には、ぴったりの
名前だとぼんやり考える。
「そう、ラエラです。またの名を“千の目”のラエラ。――盗賊ジルジス・シャフ
ルードの仲間です」
まあ、と姫君は両の手で頬をおおいながら目をまるくした。
意外感はあったが、なぜか恐怖は微塵も感じなかった。眼前の女性のもつ雰囲気
が、噂にきく盗賊から想起されるような暴力的なイメージとは、およそかけはなれ
ていたからかもしれない。
わたくしをどうするつもりなのだろう、とかすかに疑問がうかんだ。
それを言葉にするよりさきに、女――ラエラはいった。
「お迎えにあがりました」
と。
さらなる疑問に、姫君はますますその両の目をまるくする。それは自分をさらっ
ていくのだ、という意味なのか。
そんな姫君のあけっぴろげなようすを見て、ラエラは好意的な微笑をうかべた。
「盗賊ジルジス・シャフルードなる者が姫君をねらって暗躍している、という噂は、
おききになっていることと存じあげますが?」
いたずらっぽい笑みをうかべたまま、そうきいてくる。
「はい、それはたしかにきいていますけど……」
すなおに姫君はこたえる。
「それはわたしたちがわざと流した噂です。まあ、わたしたちがあなたを拉致する
つもりなのはまちがいありませんけど。ただ、べつに高貴なおかたをかどわかして
身代金をふんだくろうとか、そういう目的ではありません」
「まあ。それではなぜ?」ことんと、小鳥のように小首をかしげて姫はきく。「そ
のシャフルードというかたが、わたくしをめとろうとおっしゃるのでしょうか」
ぷっ、と、思わずといったふうにラエラはふきだした。
わけがわからず見かえす姫の手前か、とりつくろうように真顔になり、それでも
口もとをひくひくとさせたままいいつのる。
「わたしの見たところでは、ジルジスがあなたに懸想しているようすはありません
ね」
「では、なぜ?」
問いに、黒ずくめの女はにっこりと笑った。
「つまりこういうことです。あなたの兄上さまが、戦争勃発の危険をおかしてまで
妹をむりやり奪いかえした、という噂でもたってはまずい。だから盗賊が姫君をね
らっているという話を、わざと流したのです。つまり姫さま、わたしたちは――あ
なたの兄上、トラッダド王アリシャールさまの願いをききいれて、はるばるこの地
までやってきたのです」
「まあ」姫君の顔がぱっとかがやいた。「おにいさまの?」
「はい。ザグラール王のなさりようは、傍若無人この上ありません。姫、あなたと
アリシャール王のおふたりは、わかれをおしむひまさえないうちに引き裂かれたの
だときいています」
「そのとおりです」
と姫はかなしみのかたちに顔をゆがませてうなずいた。
ザグラール王の統治するサディレシヤと、サフィーヤ姫の故郷であるトラッダド
王国とは古くからいがみあってきた。接近と離反をくりかえしながらも両国のあい
だにはつねに反目が存在し、特に先王の時代にはいつ戦争が起こってもおかしくな
い、というほどに険悪な雰囲気がただよっていた。
さいわいにして、そんな危惧が現実化することなくサディレシヤの先王が崩御し、
ザグラールがあとをついだのだが――
その数年後、トラッダドの、サフィーヤ姫の父にあたる先王が崩御し、アリシャ
ールが王位を継いだ直後に、政治的空白状態をつくようにしてザグラール王がサフ
ィーヤ姫をめとることを一方的に宣言、拉致同様の強引さで姫君をトラッダドから
サディレシヤへとつれだしてしまったのである。
まさに戦争をも辞さない傍若無人な行為であった。
が、ザグラール王は、サフィーヤ姫の兄である現王アリシャールをよく知ってい
た。ザグラール、アリシャールともに銀河連合中枢の国家フェイシス、通称連合セ
ントラルにあるハイン大学に、ほぼ同時期に留学していたのである。
連合気質の自由な雰囲気のもと、ふたりの王位継承権者はおなじエル・エマド出
身の盟友として多くの時間を共有し、深く交流しあっていた。
それだけに、ザグラール王はアリシャールがこういう事態にどう対応するかまで
見ぬいていたらしい。
アリシャールは、穏和で忍耐強く、平和を愛していた。争いごとはとくに好まぬ
ところであった。
そしてザグラール王の読みどおり、激怒する臣下や国民をアリシャール王みずか
らが説得し、戦争の危機は回避されたのである。
が、二国の関係がこの一事でいっそう悪化したことはいうまでもない。
ふたりの青年が王位につく以前から、主として両国それぞれの臣下団からサフィ
ーヤ姫とザグラール王子との婚姻については、幾度となく提案がでていたことは事
実だった。先王たちはかたくなだったが、両国の臣下や国民のなかには、たがいの
関係を改善したいとつよく願っている者もすくなくはなかったのだ。
だが、ザグラール王の暴挙にトラッダド国民の心情は一挙に硬化した。
もともとサフィーヤ姫は、臣下にも国民にも強く愛されていた。宝石のようにた
いせつな、国家の象徴のような存在とまで考えられていた。その宝石を、強引にう
ばわれてしまったのである。
そのことが逆に、姫君を人質にとられたも同然、というジレンマを生みだしても
いたのだが、だからこそなおいっそうトラッダド国民の怒りの念は強かった。開戦
を求める声こそおさえられはしたが、ザグラール許すまじ、といった気運は国民の
スローガンにさえなった。
力関係としては、トラッダドにはサディレシヤにはないエネルギー資源が豊富に
産出するために総合的な政治力といった点では均衡が保たれていた。が、話を軍事
力にかぎればサディレシヤのほうが強い。戦争になれば敗北する可能性が大きいの
はあきらかにトラッダドのほうである。
サフィーヤの兄アリシャール王の判断は、そういう点でも正しいとはいえた。
が、その一方で弱腰と評されてもしかたのない面もあった。アリシャール王は姫
とザグラール王の婚姻については話を白紙にもどしてはじめからもう一度よく話し
あいたい旨、いくどとなくサディレシヤに通達していた。みずからおもむいてザグ
ラール王との会見を要請したことも一度や二度ではない。
だがザグラール王は強硬にそれを拒みつづけ、アリシャール王のサディレシヤ入
国にさえがんとして応じようとはしないのであった。
そのために、アリシャール王の意向はどうあれ、さすがにトラッダドの重臣、国
民たちも報復措置として、ザグラール王のトラッダド訪問だけは許すべきでない、
と態度を硬化させてしまっている。
サフィーヤ姫はいわば、そういった二国間の反目の犠牲となっているのだった。
両国の関係が改善されないかぎり、サフィーヤ姫はザグラール王によって故郷への
帰還を阻まれつづけることだろう。まさにザグラール王の言葉どおり、サフィーヤ
姫は故郷をうしなったに等しい身なのである。
かつての、ふたりの青年のハインへの留学時代、サフィーヤ姫もまた兄をたずね
て幾度となくザグラール王と顔をあわせていた。
楽しい思い出もたくさんあった。そのころには、ザグラール王にほのかな想いを
抱いてさえいたものである。
それだけにいっそう、いまの境遇にはかなしみに耐えぬものがあった。
逃走のはじまり
そんな姫の心中をおもんぱかったかのように、ラエラは姫にむかって、はげます
ようにうなずいてみせた。
「詳細を申しあげるのは残念ながらはばかられますが、わたしたちはアリシャール
さまとはひとかたならぬ縁があります。その義によりて、立った次第」
「まあ。すると」と、姫君はかたちのいい眉を悲痛によせる。「あなたたちはその
ために、かぶらずともよい汚名をわざわざ着てまで」
ははは、と、ラエラは声をたてて快活に笑った。
「まさか。かんちがいされてはこまります、姫さま。わたしたちはもともと悪逆非
道で名のとおった盗賊の一味。わざわざこうむらずとも、汚名悪名山ほどつもりつ
もっておりますから」
そんな、それでも、とにわかにおろおろしだした姫を、さらに好意的な微笑で女
盗賊ラエラはながめやった。が、ふいにその美貌をきびしくひきしめ、立ちあがっ
た。
「さ、姫さま。ご決断ください。わたしたちは、あなたがこのままここにとどまり
たい、とおっしゃるのであれば、人知れずひきあげるつもりです。どうなさいます
? ザグラール王の正式な妃となって、この後宮におとどまりになりますか? そ
れとも、兄王さまのもとへ?」
瞬時、姫君はとほうにくれたようにはたと立ちすくみ、たすけを求めるがごとく
ラエラを見かえした。
雷鳴のように、脳裏にふたつの顔がうかんでいた。
兄王アリシャールと――そしてもうひとり。
おれは、そなたの国とわが国とが、手をとりあう日がくることを約束する――そ
の、もうひとりの顔が遠い昔日、目をかがやかせながらそう口にしたことを思い出
していた。
そのときには、おれはそなたを――その顔はそういったきり、あとは無言のまま
その視線を姫君からそらして、ハインの青空をながめあげたのだ。
今では、はるかに遠い、まさに夢のなかの記憶でしかなかった。
そんな記憶をふりはらうようにして、姫は激しいいきおいで首を左右にふるった。
そして、ふかぶかとうなずいてみせる。
「いきます。つれていってください、シファ・ラエラ」
女性に冠する敬称である“シファ”をつけ、女盗賊にひたむきな視線を投げかけ
る。
「シファはいりません、姫さま」女盗賊は笑いながらいった。「ラエラ、と呼びす
てにしてください」
「わかりました、ラエラ」と姫はすなおにいった。「ではあなたも、わたくしのこ
とはサフィーヤ、と呼びすてにしてください」
瞬時ラエラは、とまどったようにまともに姫を見かえした。が、苦笑とともにう
なずく。
「了解しました、サフィーヤ。ではすぐに準備をはじめましょう。申しわけありま
せんが、時間がありませんから身のまわりの品をもちだすことはできません。身ひ
とつでわたしについてきてください。では、まずは着がえていただきます」
と、ラエラは背に負ったザックをすばやく床におろして口をひらき、そのなかか
ら女盗賊自身が身につけているのと同様の、黒い衣服をとりだした。
「ラプルズフォームという名の、特別な繊維でできている衣服です。耐熱、耐衝撃
性にすぐれていて、ナイフで切りつけたくらいなら傷ひとつつきません」
ところが――姫君はさしだされた衣服をうけとると、こまったように立ちすくむ
だけだった。
とまどいながら指示を求めるように、なにごとかと見かえすラエラと衣服とを、
交互に見くらべはじめる。
はた、と手をうち、ラエラはうなずいた。
「ああ、そういうことですか。もしかして、姫君はお着替えをひとりでなさったこ
とがない?」
「はい……」と、申しわけなさそうに姫はうなずく。「わたくし、その、ボタンの