AWC そばにいるだけで 19−7   寺嶋公香


        
#4364/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 1/19  13:14  (191)
そばにいるだけで 19−7   寺嶋公香
★内容
「そうよ。純、今年こそ誰かにあげなさい」
「な、何で命令口調になるのよー」
 たじろぐ純子に対して、町田はわざわざ立ち上がった。思わず、椅子の上で
身体を後退させる純子。
「相手がいないのに、あげようがないじゃない」
「誰かにあげようってぐらいの気構えがないと、感覚がずれてると言われても
仕方ないわね」
 断定されて、さすがにむっと来た。純子は唇を尖らせ、
「じゃ、いいわよ。あげるから。相羽君に」
 と口走ってやった。
 町田はさして驚かなかったようだが、富井と井口は見た目も露に慌てふため
いている。手を取り合って、泣き顔、弱り顔といった風に表情をしかめる。
「相羽君はだめー!」
「これ以上ライバルが増えたらたまらない!」
 口々に騒ぎ立てる二人に、純子は芝居気たっぷりに肩をそびやかし、流し目
を作った。
「普段のお礼をしたかったのになあ。じゃあ、誰にすればいいのかなあ」
「決まってるじゃん」
「え? 誰かいた?」
 自信満々にうなずいた町田を見て、純子は焦った。何せ、自分には思い当た
る節が全くないのだから。
「純がこれまで唯一好きになった男の子−−琥珀の王子様」
「……誰が王子様よー!」
 叩く格好をすると、町田は頭を抱えてその場を飛び退いてしまった。
「ひぇ、お許しを。でも事実でしょうが」
「好きとかじゃなくて、頼りになったってだけなんだから」
「それが恋に変わり、愛に変わるのよ。なんちゃって」
「あのねえ」
 そうは言っても、あの頃を思い出すと、やっぱり好感を持っていたのは間違
いない……かもしれない、と思う純子。自分自身、判断できないでいるのだ。
「どっちにしろ、渡しようがないわ。どこにいるんだか分からないんだもん」
「どうして名前も住所も聞かなかったのぉ」
 不満そうに富井が頬を膨らませるが、そう言われても純子だって困る。
「新聞に広告を出したらどうかしら。人捜しの」
 井口が言った。その表情から見ると、どうやら真剣な意見らしい。
「どうやって言い表すのよ? 六年前か七年前に恐竜展で琥珀の化石を見てい
た小学一年生ぐらいの男の子って?」
「あはは、無理よね」
 純子が真面目に反論すると、井口はあっさり放棄した。
「いっそ先生なんてどう?」
 明らかに冷やかし気味に言った町田。
 純子はやや面食らったものの、即座に逆襲へと転じる。
「そう言う芙美は、どなたに差し上げるんでしょうね?」
「相羽君」
「え? それって」
 言いかけて絶句する純子。
(だって、少し身を引くって言ってたのに)
 町田はそんな純子の心理を読み切ったかのごとく、にやっと笑ってさらに続
けた。
「と、藤井君と近藤君と。唐沢君や長瀬君もいいかもね」
「節操がないよー、芙美ちゃん」
 富井からの苦情にも似た突っ込みにも、町田は全然平気な様子。
「義理チョコに見せかけてばらまく。脈があれば向こうから反応してくる。こ
れよ」
「ほ、本気で言ってるの?」
「まあ、冗談半分。チョコの代金にも限界があるし」
「そう言えば、今年もやっぱりチョコだけでいいのかな」
 井口が夢を語るような口調で始めた。
「チョコだけでいいのか、とは……他にもプレゼントするってこと?」
「そうよ。漫画や小説なんかだと、よく手編みのセーターとかを上げて成功す
るじゃない」
「私らの腕では、今からじゃ間に合わないと思いますぞ」
 町田が呆れ口調ながら冷静に忠告した。
「それは分かってるの。編み物はたとえばの話よ。何かいいアイディアがない
かと思って」
「さあねえ。手作りでなかったら、結局出来合いの品物を買ってくるわけだけ
ど。果たして相羽君が何をほしがっているのやら」
「腕時計じゃないことだけは確かね」
 純子は思い出し笑いをしつつ、そう言った。
(あのときの白沼さんの顔ったら!)
 半年以上前の出来事なのに、今でも鮮明に思い出せる。いや、相羽が関係し
ている思い出なら、たいていははっきり脳裏に刻まれているのだけれども。
「ほしがりそうな物……推理小説の本や昆虫図鑑? それともストレートに化
石なんて」
「実現性、低そう。専門の本なんかはきっと相羽君の方が詳しいから、すでに
持っている物を贈りかねないんじゃないかな」
 純子の意見に、もっともだと首肯する井口と富井、それに町田まで。
「あ、純子。ひょっとしたら、相羽君のお母さんから何か聞いてるんじゃない、
相羽君の好きな物?」
 井口の希望に満ちた目に、純子は申し訳なく首を振った。
「いくらよくしてもらってるからって、そこまでは……」
「隠してない?」
「何で私が隠すのよ。理由がない」
「そうかぁ……残念。何かないかしら」
 腕組みをし、小首を傾げた井口。
(結局、話が逸れてしまったような気がするんだけど……)
 純子はそんな疑問を感じつつも、流れに逆らわずに調子を合わせる。
「今年はチョコレートにしておいたら? チョコだって、手作りにはできるで
しょ」
「それでもいいと思ってるけど」
「あとはカードでも添えて、ちょっとぐらい仲が進展するようにと」
 他人事のように言って−−純子の気持ちとしてはまさしく他人事そのものな
のだが−−、純子はにっこり微笑んだ。

 牟田先生は席替えが嫌いなのかもしれない。あるいは、面倒なのか忘れっぽ
いだけなのか。三学期に入っても、席替えは一学期の終わり頃にしたあのまま。
「あれ、壊れてるぞ」
 相羽が掃除道具入れに顔を突っ込みながら、ぼやき気味につぶやいた。
「何が?」
 雑巾で机を乾拭きしていた唐沢が顔を起こす。
 掃除は六人ずつ六つの班に分かれて順番に受け持つ。各班は席の位置で決ま
るので、唐沢と相羽の第六班には純子も含まれる。
「ちりとりの取っ手が壊れて、取れかかってる。割れ目がぎざぎざになってて、
持ちにくい」
「あっ、それ、前からそうだったのよ」
 有村咲恵が言うと、相羽は、
「そうだっけ。ほうきは長い間やってなかったから、気付かなかった」
 とつぶやきつつ、壊れかけのちりとり片手に何かを探す素振り。よくよく耳
をすませば、小さく「針金、針金、と」なんてつぶやいている。
 聞こえてしまった純子としては、やり過ごすわけにもいかず、反応した。
「針金でちりとりを直すつもり?」
「応急処置ぐらいはできるんじゃないか」
 そう言って相羽がくず入れから見つけてきたのは、単なるビニールテープの
切れ端。何に使ったのか記憶にないが、ピンク色の物。
「これでいいや」
 言うが早いか、ちりとりの取っ手部分に紐をくくりつけていく。手際がいい。
「錐があれば完璧なんだけどな」と不満げではありながら、修理を終えた。今
やちりとりは、ピンクのリボンで着飾った格好だ。
 班員の一人、峰岸がほうきでごみを集めながら、ショートカットの髪を揺ら
して肩を一度上げた。それから口笛を吹いて、冷やかし口調で。
「素早ーい。相羽君、将来はいいお父さんになるねー」
「関係なくないか? これぐらい誰にでもできるでしょ」
 ごみをちりとりの内側に送りながら相羽。
「ううん、手先が器用じゃなきゃ、こんな早くはできないわねえ。咲ちゃんも
すずちゃんもそう思わない?」
「え、まあ、うん」
 不意に意見を求められ、純子は急いで首を縦に振った。
 横では有村が唐沢に聞く。
「唐沢君はできる?」
「それぐらいできるさ。柚木には残念ながら無理だろうけど」
 唐沢から話を振られた柚木は、弱ったように片手を後頭部に持って行く。
「ううーん、返す言葉がないだけに」
 もう片方の手は一生懸命に窓を拭いている。気にしていない様子だ。
 相羽と柚木がいるだけで、掃除に関しては相当な戦力になる。そのせいかど
うか、今日も比較的早くきれいにできた。
「だいたい終わった? ごみ捨ててきていいか?」
「うん」
 くずかごの縁を掴み、戸口に向かう相羽。それに続いて、柚木がバケツの雑
巾水を捨てに出た。
 残りの面々は、教室の片側に寄せてあった机や椅子を元通りに配置する役目。
「今度の休み、どこへ連れてってくれるのー?」
 有村が掃除の終了を待ちきれないように、唐沢へ喋りかける。
「他の子の都合もあるからねえ」
 唐沢の返事から察するに、例によって一対多数のデートらしい。
「相変わらずのようね。よくやるわ」
 呆れたように半眼で笑う峰岸。
「まだまだ余裕はあるから、峰岸さんも涼原さんも、よかったらどーぞ」
 唐沢はいつものように軽い調子で誘ってくる。有村にしても気にしている風
ではない。こういう形のデートでもいいということかもしれない。
「おあいにく様。私はそんな暇じゃないもんで。涼原さんもそうでしょ。ね?」
「はあ」
 返事が曖昧になったのは、運動するんだったら着いていってもいいかななん
て考えがよぎったから。
(テニスじゃなくても、スケートとか……。食べた分だけ身体を動かせればい
いかも)
 実際のところ、純子は全然太っていなかった。体重は少し増えているが、こ
れは身長が伸びた分。
(夏のテニスのときみたいに、唐沢君一人じゃなくて他にも男子がいたら、問
題ないんだけどね……。あ、そうするくらいなら、唐沢君に連れて行ってもら
わなくても、郁江達と行けばいいのよね)
 異性を意識するのとダイエットとを同時にしようとするから、思考がおかし
な方へ行ってしまうようである。
 机を全て整列し終える頃に、相羽も柚木もちょうど戻って来た。日番の子か
ら頼まれていた施錠をすませ、三々五々、教室を出ていく。
「待ってよ、涼原さん。一緒に帰ろう」
 足早に進んでいた純子は速度を落とさず、相羽に聞き返した。
「……私に用事があるの?」
「え。別にない」
「それならどうして」
「そう言われたら困る……」
 追いついた相羽は、本当に弱った風に髪をかき上げた。
「今日は部活も委員会もないし、途中まで道が一緒だから」
「そんなのだったら、来ないで」
「……あの……」
 言葉をなくす相羽に、純子は重ねて言った。
「特に理由がないのに、馴れ馴れしくしないで。お願いよ」
「そ、そんなつもりは、な、ないよ」
「そっちになくてもね、周りが変に思うでしょう? 私達は普通の友達同士な
んですからね」
「……うん」
 仕方なそうにうなずくと、相羽の歩みは遅くなった。
「どうしたの?」
「先、行って」
 小さな声の相羽に、純子は胸の中がちくりと痛んだけれども、ここでまた余
計な反応をすると長くなる。
(普通にしなくちゃいけないのよ)
 自らに言い聞かせると純子は一瞬振り返り、「さよなら」とだけ告げた。そ
してまた真っ直ぐに歩く。
 相羽がどんな表情、どんな態度なのかはもちろん分からなかった。

−−つづく




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