AWC そばにいるだけで 〜 たとえば夢をひとつ 〜 2   寺嶋公香


        
#4357/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/12/24  11:59  (182)
そばにいるだけで 〜 たとえば夢をひとつ 〜 2   寺嶋公香
★内容
 小さいが誠実で職人的な仕事をやっている−−その洋菓子店はそんな雰囲気
を醸し出していた。そこでチョコレートケーキとチーズケーキといちごのケー
キ、さらにはお詫びのシュークリームなどを買ってから、純子達三人は店を出
た。
「一人で帰れる? またぶつかったら大変よ」
 純子の心配を受けて、三井を家まで送り届けることに。
 人とぶつかっても転ぶことはまずないであろう地天馬がケーキを持ち、その
後ろを三井、純子が続く。
 三井の指示で道を辿っていくと、彼女の家は意外に近かった。この距離なら、
彼女の親が小さな娘を一人でお使いにやらせたのも理解できる。
 門の前まで来ると、地天馬と純子は足を止めた。
「ありがとう、おねえちゃん、おにいちゃん」
 ケーキの箱を両手でしっかり受け取ると、三井は深く頭を下げた。
「よかったね。膝はどう?」
「もう何ともないよっ。あ、待ってて。お母さんに言ってくるから」
「そんな必要、ないよ」
 偶然、純子と地天馬の声が揃う。
 少し見合ってから地天馬が目配せをしたので、純子は続けた。
「ご挨拶はいいわ」
「でも、お礼が……。代金も払わないと」
「いいの。何にもなかったって顔をして、お母さんに『ただいま!』って言え
ばいいからね。絆創膏は最初から持っていたことにしておけばいいわ」
「僕らはサンタクロースなんだ」
 唐突な地天馬の台詞に、純子はしばし戸惑ったが、それに乗ることにした。
「そうそう。だから他の人には内緒よ、園子ちゃん」
「ええー、でも、サンタさんの格好じゃないよ」
 疑問を呈す三井に、今度は地天馬が説明。
「サンタの姿だと目立って、大騒ぎになるからね。変装しているのさ」
「ふうん。それでみんな、サンタはいないと思ってるんだね」
 納得か感心か、三井は何度もうなずいた。
「じゃあ、そろそろ次の家に行かなければならない。ここでお別れしよう」
 地天馬は潜めた声で言うと、くるりと背を向けた。
「バイバイ、サンタさん。ありがとうねー!」
「静かにね、園子ちゃん。バイバイ」
 純子も三井に手を振り、遠ざかる。

 元のにぎやかな通りに戻っても、地天馬と純子は並んで歩いていた。先ほど
と比べると人の数は少なくなったが、にぎやかさには変わりない。
「さっきのことだが」
 地天馬が、ふと思い付いたというように口を開く。
「はい?」
「シュークリームを買うだけのお金を、あの子が持っていたのだろうかと気に
なってね」
「はあ。えっと、当然、持ってなかったと思いますけど、それが何か」
 意味するところが飲み込めず、純子は相手をしげしげと見返した。
 地天馬はやたらと難しい顔をしている。もっとも、サングラスのせいで顔に
出ている感情がどんなものなのか、しかと伺い知れる状況にはないが。
「そうなると、誰にシュークリームを買ってもらったんだと不審を招くことに
なるかもしれないね」
「あ、言われてみれば」
 開けた口に手を当てる純子。そこまでは考えが及ばなかった。
「でも、これぐらいなら多分、園子ちゃんも言い訳を考え付くわ。そうですね
え……お店のサービスだとか自分のお小遣いで買ったのだとか」
「かもしれないな。しかし、先ほどの時点で気が付かなかったのは、何とも口
惜しい」
 地天馬の口振りは、本当に悔しそうである。
 年上の男性のそんな仕種を、どことなくかわいらしいとまで感じた純子。く
すくす笑って質問する。
「あの、地天馬さんて、小さな女の子にはいつも親切にしてるんですか」
「困っている人がいて、自分にできることがあれば、取る行動は決まっている」
 純子の冗談を、地天馬はまともに受け答えした。だが、その表情はかすかに
笑っているような。
「目は大丈夫ですか?」
「特に変化はないね」
「……そのせいで、園子ちゃんが飛び出してきたのに気付くのが遅れたんでし
ょう?」
「−−素晴らしい! 実はその通り。名推理だ、涼原さん」
 叫んでから、愉快そうに笑い声を立てる地天馬。
「誰にでも分かると思いますけど」
「そうかな。では、僕もやってみよう。誰にでも分かるという推理を」
「何ですか?」
 小首を傾げた純子を、地天馬は足を止め、ざっと見つめた。
 純子も立ち止まる。
「何だか、恐いな。地天馬さん、以前にお会いしたときは素晴らしい推理で、
事件を解決してくれましたもんね。全て見抜かれそう」
「……だめだなあ。当たり前のことしか分からない」
「いいですから、教えてください」
 純子が手を組み合わせ、お願いすると、地天馬は肩をすくめて歩き始める。
純子もあとに続いた。
「君らしき人が走って行くのを、実は見かけていたんだ。そのときは僕も薬局
に急いでいたから気に留めなかったが……それだけお洒落をして今日という日
に走っていたとなると、結論は一つと言ってもいいかもね」
 地天馬が反応を窺うかのように右の手のひらを返してみせた。それと同時に
純子は思い出した。
「あ−−」
 そして頭を抱え込み、腰砕けになる。
(すっかり忘れていたわ……時計を見るのが恐い)
 純子の目の前に、手が差し出された。息を大きくついて、その手にすがる。
 地天馬に引っ張ってもらって、起き上がった。
「その様子だと、約束の時刻には間に合わないか」
「ええ……。あーあ、今から行ってもいないだろうなあ。どうして忘れちゃっ
たんだろ」
「困っている人がいて、自分の最善を尽くしたからじゃないかな」
 地天馬は肩を揺すって小さく笑っていた。
「それは、ちょっと……。あの子に悪いことをしたと思ったから」
「悪いことをしたと分かっていても、立ち止まらない人間はいくらでもいる」
 地天馬は表情を引き締めると、真っ直ぐ前を向いたまま言った。
「知っていながら知らん振りをするのは楽だからね。あのケーキの箱だって、
どれだけ多くの人が踏み付けたことか」
「−−あの、すみません。私、やっぱり急ぎます」
 純子は地天馬にお辞儀をすると、駆け出そうとする。
 地天馬は呼び止めるでも理由を聞くでもなく、片手をひょいと上げた。
「そう。いらぬお世話かもしれないが−−頑張って」
「はいっ。今日はさよなら。また会えますよね?」
 距離が開いていく。
「ああ。いつか会おう」
 地天馬の答がしっかりと聞こえた。

 途中、例の潰れたケーキの箱が歩道の隅っこに追いやられているのを見て、
少し悲しくなった。せめてできることはないか考えた末、拾った。
(くずかご……あった)
 純子はそこへ紙箱とケーキの残骸を放り込み、手を盛大にはたいた。
(こんなに近くにあるのなら、誰か捨ててくれてもいいのに)
 そんな文句は仕舞い込み、再び急ぐ。
 アミューズメントビルのP**が間近に迫った。一度目に目にしたのと同じ
デジタル時計によれば、待ち合わせの時刻をすでに二時間近く経過している。
(まさかとは思うけど、ひょっとしたら)
 約束の時間に遅れるなんて滅多にない純子は、この大遅刻に落ち込んでいた。
彼女の意識では、二時間という経過は許容限度を遥かに超えていた。
「−−嘘」
 そして純子は見た。ビルの出入り口のところ、大きなクリスマスツリーから
やや離れた位置に泰然と立つ彼の姿を。
 純子は最後の全速力で走り、中に飛び込む。外に向かう買い物客が一人もい
なかったのは、運が向いてきた証拠かもしれない。
 純子が天井の高いその空間に一歩を踏み入れるなり、相手は気付いてくれた。
「涼原さん」
 そしてコートの裾をはためかせ、駆け寄ってくる。
「よかった。無事だったんだね」
「相羽君」
 手を取り合う。
 純子は息を整える間も惜しく、頭を下げた。
「ごめんなさいっ。こんなに遅れて、何の連絡もしなくて」
「−−あれ? 今、何時?」
 急に芝居がかった相羽は、きょろきょろと建物内に首を巡らせた。
「わ、分かんないけど、二時間ぐらい過ぎてるのよ」
「へえ? 時計を持ってないから、分からなかった」
 とぼける相羽。そのすました表情を見上げ、純子は疲れた微笑をこぼした。
「もう……ありがと」
 距離をなくし、強く抱きしめた。一番好きな人を。
 わずかに遅れて、相羽も全く同じ行為をする。
 そして元の状態に。
「でも、本当に心配した。探しに行きたかったけど、ここを離れた途端、君が
来そうな気がしてさ」
「本当にごめんっ」
「いいよ。少し予定が変わるだけですみそうだ」
 きびすを返し、ビルの中へ入ろうとする相羽。純子はぴったりと追いかけな
がら、彼の横顔を見つめる。
「遅くなったわけ、聞かないの?」
「ん? すずちゃんが話したいのなら、一生懸命に聞きましょう」
 愛称を口にされて、純子は頬を染めた。突然に湧き出た熱を振り払い、口調
を改める。
「私、話したい。聞いてくれる?」
「さっき言いました。聞くよ」
 歩速を落とすと、相羽は純子を見やってきた。
「聞いて驚くな。私はサンタクロースになったのよ」
「ほ? 面白そうな話だ」
「でしょう? どういうことかって言うとね」
 笑いをこらえる様子の相羽に、純子は全てを話して聞かせた。懐かしさを交
えて。
 話が終わって、相羽もまた懐かしそうにつぶやく。
「地天馬さんか。また会いたいな。あの事件のときは、何もかも助けられたし
ね。いくら感謝してもしきれない」
「うん」
「園子っていう子も、今日あったことを絶対に忘れないと思う」
「ええ、間違いないわ。何しろ地天馬さんてインパクトあるから」
 純子が苦笑混じりに言うのへ、相羽は首を横に振る。
「僕のことは忘れた涼原さんも覚えてるぐらいだから、かなわないよ」
 慌てる純子。
「忘れたんじゃなくて。そ、それはまあ、約束は一時的に忘れていたけれど、
だけど、相羽君のことはずっとずっと」
「あははは。そんなに焦って説明しなくていいのに」
 頭を撫でられ、純子は頬を膨らませた。
(このぉ……。知り合ってから何年も経つのに、全然変わらないんだから)
 純子は相羽をじとーっと見やったが、それもやがて柔らかなものに転じる。
「ねえ、相羽君」
「改まっちゃって、何?」
「……ううん、何でもない」
 純子は言いかける寸前で、言葉を胸の奥に引き留めた。
 軽いため息をついた相羽の隣で、その言わなかった台詞を胸中で唱える。
(大人になっても、二人で変わらずにいられたらいいね)

−−『そばにいるだけで 〜 たとえば夢をひとつ 〜』おわり




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