AWC そばにいるだけで 18−10   寺嶋公香


        
#4350/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/12/24  11:49  (167)
そばにいるだけで 18−10   寺嶋公香
★内容

 またも騒ぎすぎてしまったかなと、純子は少し反省して、部屋の隅で大人し
くしていた。
 今、みんなはかわりばんこにゲームをしている。一位の特典は、あとで出て
来る大きなクリスマスケーキの、好きなところを選べるというもの。白沼の話
によると、色々とデコレーションされていると言うから、どこを食べるかは割
に重要かもしれない。
「涼原さん、ちょっと来て」
 白沼にこそっと呼ばれた純子は、その空気を感じ取り、自らもこっそりと立
ち上がった。幸い、みんなゲームに夢中で気付く様子はない。二人はそっと部
屋を出た。
 比較的ひんやりした廊下に出ると、白沼は慎重な動作で部屋のドアを音もな
く閉める。
「白沼さん、何?」
 何を言われるのだろうといくらか緊張して、純子は胸の前で手を握りしめる。
 白沼はさらに辺りを伺うような仕種を見せてから、ようやく喋り始めた。
「相羽君の好きな相手、分かった?」
「あっ。ああ、その話……」
 ほっとすると同時に、焦りもする純子。
(もしかすると西崎さんかなと思ったんだけれど、今日の様子だと違うみたい
だし……結局、前いた小学校の子なのよ、きっと)
「それとなく聞いてみてるんだけどね。まだ分からないのよ」
「そう」
 一目瞭然、白沼は納得していない。瞳が純子を探るように見つめ返してくる。
(そんな目で見ないでーっ)
「私ね、こんなこと聞いたんだけれど」
 白沼は横を向き、ほうっとため息を一つ吐く。
「涼原さん−−」
「は、はい?」
「あなた、六年生のとき、相羽君とキスをしたんですって?」
「え! だ、誰がそんなことを……」
 大声を出しそうになるのを、必死で押さえる。
 白沼は髪をなで上げ、また息をついた。
「誰でもいいでしょ。まあ、知りたければ教えるけれど。大谷君よ。六年のと
き、同じクラスだったわよね?」
「そう、だけど……」
 口止めしているはずもなかった。
(まずいなぁ……。本当のいきさつを知らないんだから、どんな風に言ったこ
とか……)
 純子が伏し目がちに相手を見る。白沼はまだ横を向いていた。
「本当かしら?」
「え、えっと。そのぉ……く、唇と唇が触れたのは本当だけど」
 顔が赤くなるのを感じる純子。舌もうまく回ってくれない。
「それじゃあ、キスしたのね?」
「とんでもないっ」
 こちらを向き直った白沼に、純子は慌てて手を振った。
「しようと思ってしたんじゃなくて、偶然よ、偶然」
 それから、厳しく追及してくるいとまを白沼に与えないように、自分から説
明をした純子。
(遠野さん、ごめん。一年以上経ったし、名前は出さないから許してね)
 心の中で拝みながら、体験したままを伝えた。
「ね、ほんとのキスじゃないでしょ?」
「……そのようね」
 いつの間にか腕組みをした白沼が、大きくうなずいた。
「でも。その、かばった相手が、相羽君の好きな子ってことはないのかしら」
「それもないみたい」
「ますます分からないわね」
 考え疲れた風に腕組みを解くと、白沼は柔らかな顔つきに戻る。
「ごめんなさい、変なことを聞いて。噂を聞いて、気になってたまらなかった
のよ。分かってくれるでしょう?」
「ええ。気にしてないから」
 笑顔で応じる純子。白沼にも笑みが戻った。
「さあてと。ちょうどいい時間だから、ケーキの準備、手伝ってくれる?」
「お安いご用」
 二人は揃ってキッチンへと向かった。

 白沼の言葉に嘘はなかった。
 いや、むしろ、いかにも普通サイズのデコレーションケーキを想像させたの
は、嘘になると言えなくもない。
 実際は、一抱えもありそうな、特別注文のケーキだった。
 一足先に驚いた純子に続いて、部屋にいた八人も声を上げる。
「でけえ!」
「こうと分かってたら、もっとゲーム、頑張ったのにな」
「この家やサンタ、食えるのかな?」
「早く味見したい!」
 等々。そんなざわめきの中、ケーキを自らテーブルに置く白沼。
「折角クリスマスなんだから、それなりに雰囲気を出さないとね、つまんない」
 そう言って、細く色とりどりのキャンドルをケーキに立てていく。全体を覆
うチョコレートのコーティングの所々に、小さなひびが入るのは致し方ない。
 二十本ほどだろうか。ありったけの蝋燭を立てたにも関わらず、ケーキの上
に狭苦しい印象はない。その一つ一つに、白沼はマッチで手際よく、しかも上
品に火を灯していく。
 白沼に純子が知らせる。
「お皿、並べ終わったわ」
「あ−−長瀬君。電気、消していいわよ」
 電灯のスイッチの最も近くにいた長瀬は、言われるがまま消灯した。
 それまでの蛍光灯の白い光がなくなり、蝋燭の薄明かりがぼんやりと室内を
照らす。先ほどより暗くなったのに、今の方がより暖かい感じがする。
「そこから離れちゃだめよ、長瀬君。あとで点けてもらうんだから」
「分かってるって」
「それじゃ、そうねえ。みんな、『きよしこの夜』、唄える?」
 白沼の問いかけに、返答は様々。唄える、忘れたという声はもちろん、日本
語なら唄える、なんていうのもあった。
 結局、忘れている者はハミングでということになった。
「相羽、ピアノ弾けば?」
 唐突に勝馬が言った。
「難しい曲じゃないだろ、『きよしこの夜』って?」
「『きよしこの夜』は、ピアノよりオルガンの方がいい。それも、教会にある
ようなパイプオルガンが」
 相羽が遠慮したそうな回答をするも、今度は白沼が乗り気になった。
「あら、相羽君、ピアノを弾けるの? だったら、ぜひ弾いてよ」
「でもなあ。それなら、白沼さんが弾けばいい」
「私はあなたの演奏で唄いたいの。防音も完璧だから、思いっ切りどうぞ」
「うーん……」
「お願いよ」
 暗がりの中の問答は、白沼の甘えた声で決着した。
「長瀬、悪いけど、明かりを」
「オッケー。やれやれだな」
 呆れ口調の長瀬によって、室内に白い光が再び戻る。
 てきぱきした動作で、白沼はピアノで演奏できる準備を整えた。最後に丸椅
子を引き出して、「さあ」と手で示す。
「調律は今月に入ってしたから、大丈夫と思うわ」
「−−そうだね」
 軽く鍵盤に触れてからうなずく相羽。
「それじゃあ、まあ、つたない演奏ですが、伴奏のために」
 相羽が言って、長瀬がもう一度電気を消す。
 みんな、ケーキよりも、ピアノの周りに集まっていた。
 しばしの静寂を取ってから、音が流れ始めた。

 * * *

 曲が終わると、相羽を除く全員が、一様に拍手した。
「拍手されるようなもんじゃないよ」
 言って、さっさとピアノを離れる相羽。明かりは落としたままだから、少々
危なっかしい。
「ううん、よかったわ。いつか、他の曲も聴かせて」
 白沼もピアノのそばから離れ、ケーキのあるテーブルへと歩み寄る。
「いい加減、消さないとね。誰が消すのがいいかしら」
「そりゃ、当然、白沼さん……」
 柚木の反応に、白沼は「あらぁ、いいのかしら」と、高い声音で答える。
「どうでもいいから、早くしてくれよ。お預け長すぎるぞー」
 清水のブーイングに、眉を寄せたらしかった白沼だったが、気を取り直した
ように軽く頭を振った。
「そうね。じゃ、私が」
 ほんのちょっぴり、息を吸い込むと、白沼はおちょぼ口のまま吐き出す。
 そんな弱い風では、蝋燭の炎は一つも減らない。
「あらあ、だめだわ」
 ひどく残念そうに言うと、白沼は近くに立つ相羽の手を引いた。
「私には無理みたい。代わりにお願い」
「僕が?」
 参った風に片手を頭にやった相羽だが、もう充分すぎるほど時間を費やして
いる。覚悟を決めたように、大きく息を吸った。
 一気に吹き消すのかと思いきや、ふ、ふ、と小出しに空気を漏らして、確実
に消していく。
「何だそりゃ?」
 長瀬が力が抜けたような声で言う。
「いや−−この方が−−早いと−−思って」
 消しながら、途切れ途切れに答えた相羽。程なくして、全て消し終え、ほぼ
真っ暗になる。間髪入れず、長瀬が明かりを点灯。
「ありがとうね」
 どちらに言ったのか分からないが、とにかく礼を述べた白沼は、皆に席に着
くよう指示した。
「ゲームで一番だったの、誰?」
 蝋燭を抜き取り、ナイフ片手に見渡す白沼。長瀬が「僕だ」と応じる。
 そんな風にしてケーキの切り分けが行われる中、場の流れで純子の隣に座る
形になった相羽が、誰に言うともなくつぶやいた。
「大きなケーキって、いいな」
「ん?」
 ただ一人聞きとがめた純子は、思わず振り返った。そしてにんまり笑って、
冷やかし気味に言う。
「大きい方がいいの?」
「え? あ、聞こえた?」
「案外、食いしん坊なのねえ」
「……うん。たくさん食べられる」
 驚いたのかとぼけたのか判断しにくい丸い目をして、相羽は答えた。

−−つづく




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