#4345/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/12/24 11:42 (199)
そばにいるだけで 18−5 寺嶋公香
★内容
「白沼さんてさ、多分」
相羽が口を開いた。夕陽を浴びて、まぶしげに目を細めている。
「手品の種を教えてほしいって言ってくる気がする」
「そりゃそうでしょうよ。私達だって、知りたいもの。ねえ?」
町田に同意を求められて、純子らは笑顔でうなずいて見せた。真実、手品の
種を知りたい。
「でも、教えてもらわなくてたって、自分で考えるのも楽しいわ」
純子が言うと、相羽はとても嬉しそうに笑みを浮かべる。それから冗談めか
して、声を大きくした。
「ああ、分かってくださってる!」
「全く大げさね。分からなくたって、不思議がらせてくれたら何でもいいのよ」
「ますます、手品のお客さんにふさわしい」
相羽がくじけないのを見て、純子は小さくため息をついた。
一行はタイミングよく、下駄箱前に到着していた。
クリスマスに浮かれる前に、一つ、やっておくべきことがある。
二学期の期末試験は、純子にとって苦戦が予想された。
「……ここも分からない」
自宅で、机に向かってから約一時間。蛍光ペンでチェックを入れた数が、両
手の指では足りなくなった。
純子は一度ペンを置き、教科書を立てた。
(いっぱい、質問に行かなきゃならないわ。宿題だけであっぷあっぷしてたも
の、しょうがないか)
時間が取れなくなったのは、コマーシャル撮影のせい。下校してからの数時
間を使えないのは、経験してみてかなりきついと分かった。それに、帰宅した
あとも疲れが出て、勉強に能率的には取り組めなかった。
「−−いけない」
頭を振る。お下げも揺れた。
(自分でやるって決めたんだから、そのことを言い訳にしちゃいけない。強く
なる−−そう、相羽君みたいに)
手に、ぐっと力を込める。教科書の開いたページが、小さな音を立てた。
しばらくすると、集中力が途切れたのかもしれない。視線が、カーテンの隙
間から覗く夜空に行った。
「−−流れ星!」
全くの幸運としか言い様がない。細く開いたカーテンの合間から、流れ星が
天空を横切るのが、しっかりと捉えられた。
しばらく感動して、はっと我に返ると、目の前には教科書に問題集。
「……しまった」
座り直す純子。
(願い事を唱えて、かなえてもらえばよかったな)
嘆息した純子は、気合いを入れ直して、ペンを手に取った。
試験開始の日がいよいよ近付いてきて、純子は学校の給食後の休憩時間にも
問題集と取り組むようになっていた。無論、そうしているのは純子だけでなく、
他にも大勢いる。
「あ、そこ? 分からないのよね、私も」
「じゃ、こっちは」
「これなら分かる。こことここ、同じ角度だから」
町田や遠野に教えてもらい、必死にノートを取る。
「大変だね」
隣の席の相羽が、時間を持て余したかのように声をかけてくる。と言っても、
純子には相手をする暇もない。
「相羽君こそ、大変そうじゃない」
町田がノート片手に、相羽を見やる。正確に言うと、相羽の席の騒がしさぶ
りに目をやったのだ。
ただ今、相羽の席ではノートの写しが始まっている。もちろん、提供者は相
羽で、周りには勝馬や清水達が集まって、一冊のノートを取り囲んでいた。
「別に。僕が大変なわけじゃないもんな。きちんと教える方が、よほど大変じ
ゃないかな?」
「それもそうか」
「あの、相羽君」
町田と入れ替わるように、遠野が言う。
「何?」
「この問題、分かる? 教えてほしいんだけど……」
問題集の一点を指差し、相羽の方に向ける遠野。
相羽が町田と話している間に、純子がつまずいた問題である。遠野も分から
なかったので、相羽に聞いたのだろう。
「どれどれ」
町田が先に顔を覗き込ませるが、間もなく首を傾げる。
「あー、だめだわ。分かんない」
「これは……補助線だったかな」
問題集に載る図に指を当て、架空の補助線を何本か引く手つきをする相羽。
そして、「よし」とつぶやくと、書く物を求めた。
純子がノートの余白を示すと、相羽はペンも借り、丁寧な文字で書き始める。
次から次へと生まれる解答文に目を走らせる内に、純子は次第に問題の解き
方が見えてきた。
「−−分かったわ!」
「……そんな、大声出さなくたって」
町田に注意され、首をすくめる。
相羽は手を動かすのをやめ、「じゃ、続きは書かなくてもいい?」と純子に
尋ねた。
純子はしばし考慮し、頭を横向きに振る。
「合ってるかどうか確かめたいから、全部書いて」
「へいへい」
再びノートに没頭する相羽に、今度は町田が。
「さっすが、よくやってるわね。私も教えてもらおうかな。出るわけないと思
って、飛ばしたのがあって」
「それなら、私も……」
遠野が小さい声でつぶやく。
「いいよ」
気安く請け合って、相羽は顔を起こすと、ノートを純子に渡す。
「これでいいと思う」
「ありがと。−−ね、国語、大丈夫?」
教えられっ放しも気が引けるので、探りを入れてみた。
「僕のことより、自分の心配をしなよ」
「む。だって」
「授業でやった分なら、どうにか暗記で乗り切る。町田さん、遠野さん、どの
問題?」
視線を純子から外し、町田ら二人に向ける相羽。
純子はすっきりしない気持ちだったが、遠野の示した問題を見て、それもこ
ろっと忘れる。
「あ、それ、私も教えてほしい……」
「遠慮なくどーぞ」
少しふざけ口調で言って、相羽は含み笑いをした。
定期試験の最後は、数学だった。
(頭いたーい)
終了のチャイムが鳴って、テスト用紙が回収される間、純子は頭を抱えて両
肘を突いていた。
「よっ、相羽。教えてくれたところ、出たな。助かったぜ」
用紙を集めて前に提出し、戻って来た唐沢が、その途中で隣の列の相羽に声
をかける。
「教えたんじゃなくて、そっちがノートを写したんだろ」
苦笑いで返す相羽。
それから彼ら男子二人は、純子の様子に目を留めた。
「どうしたん、涼原さん?」
先に唐沢が言って、純子の机に片手を置く。
ぼんやりした眼差しをして、顔を上げる純子。
「頭、痛いの。あんまり寝てないから」
「大丈夫?」
相羽が心配そうに言ったのに被さって、立島の号令がかかる。まだ区切りの
挨拶が済んでいない。
純子はゆらゆらと立ち上がり、礼をしてから、またすとんと座った。
「涼原さん、大丈夫か? 保健室、行くんだったら、長瀬を呼ぶけど」
「平気よ。眠ったら治るから……あー、早く帰りたい」
腕枕を作って、そこへ顎先を乗せる純子。後ろから唐沢が聞いてきた。
「さっきのテスト、どうだった? その調子じゃ」
「……どうにかこうにか……」
「相羽からあれだけ教えてもらったんだから、楽勝じゃないかと思ってたんだ
がな」
「教えてもらったのはいいけれど、多すぎて、覚えるのが大変……」
相羽の責任では決してないのだが、そちらを見やってしまう。
真に受けて、相羽は後頭部に手をやった。
「ごめん。それじゃ、次はなるべくポイントを絞って教える」
「そ、そういうつもりじゃ」
慌てて身体を起こしたが、その時点で相羽には白沼が話しかけていた。
「やっと終わったわね、試験。これで心おきなく、クリスマス。ね?」
「まだ通信簿が」
そう言う相羽に続いて、唐沢も口を挟む。
「だよなあ。あれと宿題さえなければ、クリスマスに正月、最高なんだが。そ
れより、白沼さん。何でもっと早く言ってくれなかったかなあ。クリスマスパ
ーティ、予定を空けて、出席したのに」
「あら、どうせいつも女の子に囲まれてるから、早く言っても変わらなかった
んじゃなあい?」
唐沢を見る白沼の眼差しは、どこか軽蔑を含んでいる。軽い乗りの男には興
味ないといったところか。
「ひでぇ」
天を仰ぐ唐沢に、相羽がぼそっと「当たってるだけに」と付け足した。
「おまえまでそう言うか、相羽」
「お、聞こえたか。悪い」
「だいたいなあ、おまえだってやってること、変わらないと思うんだがな、俺
としては」
「何が変わらないって?」
訝しげに目を細める相羽。
唐沢は、さも重大発言をするかのように、人差し指を相羽へ突き付ける。
「大勢の女子を周りに置いてるっていう状況。調理部でただ一人の男子部員な
ら、さぞかしもてる−−」
「冗談じゃねえぞ。一緒にするなって。この間の文化祭も、力仕事ばっかりや
らされてだな」
「ばーか。それを見て、またいいと思うんじゃねえか。『まあ、相羽君て頼り
になるのね。細いのに、力もあって』てな風に」
唐沢の女声に、相羽は元より、純子も白沼も頭を押さえた。
「か、唐沢君。別の意味で、頭が痛くなってきたわ」
すぐに帰りたい純子だったが、定期試験終了後には、委員会が招集されるの
が恒例。図書委員会に出て、冬休みの開館(正確には図書室開放日)スケジュ
ール及びその担当順を確認してから、やっと解放された。
(今日は真っ直ぐ帰ろう)
調理部の部活が頭をよぎらないでもなかったが、自宅のベッドの方がより強
力に誘惑してくる。
足早に、校舎の前を横切っていると、どこからか優しい調べが聞こえてきた。
普段なら気付かないぐらいの小さな音だったのに、足を止める純子。何故かし
ら、引き付けられる。
音の源を探し、視線をさまよわせ、耳を澄ますと、程なくして別館校舎の上
の方から聞こえてくるのだと分かった。
「ピアノ−−音楽室」
つぶやいて、音楽室の位置を見当付け、その真下に向かう。これで、少しは
はっきりと聴けるようになる。
ピアノの旋律が途切れた。いや、曲がちょうど終わったらしい。
短い間をおいて、新たな曲が始まる。
両手に息を吹きかけ、暖めながら、しばし聴き入る。
「−−これ」
お気に入りの曲だと知り、びっくりする純子。音楽室の窓を、改めて見上げ
た。
(相羽君だ。相羽君の音)
突然、確信が沸き上がる。
(懐かしいと思ったら、聴いたことあったんだわ。また『気晴らし』かしら、
相羽君達。部活のあとだから、郁江達も一緒に聴いてるよね、きっと)
想像をして、その場に自分もいたら楽しいかもと思うものの、すぐに首を振
る。やはり、睡魔には勝てそうにない。
演奏が終わったのを機に、窓の下から離れる純子。校門へ向かう道すがら、
ちょっとした疑問が浮かんだ。
(でも……どうして気になったのかしら、私ったら。最初の曲は、初めて聴い
たのに)
考えようとすると、また頭が痛くなりそう。
だから、そのまま忘れて、純子は家を目指した。
−−つづく