#4314/5495 長編
★タイトル (RAD ) 97/12/24 1:55 (200)
『遠い宙のマリア』--Tooi Sorano MARIA--(44) 悠歩
★内容
それだけに一人っ子と兄妹の違いはあるが、同じく父親のいない家庭での、そ
の母親の無責任ぶりに腹が立つのだろう。
「推理、なんて言うようなものではないけど」
そう前置きして、相羽は話し出した。
「二つ、美璃佳ちゃんたちの行き先について、想像出来る」
「ほんと?」
純子は期待を込めて相羽を見るが、その難しい顔つきに決していい話でないと
感じた。
「一つは母親のところ。勤め先か、その他の場所かは分からないけれど。これは
調べれば分かることだ。どんな仕打ちを受けていたとしても、子どもにとって母
親はこの世に一人きりだからね。何かの理由で、母親と離れて暮らしていた子ど
もが、どうしても恋しくなって会いに行く、って話はよくある」
これは純子にも納得できた。もし美璃佳たちが、母親を恋しがって訪ねて行っ
たとしたら、それほど心配しなくてもいいように思える。アパートの部屋には、
子どもたちの母親の名前が、確かに貼ってあった。あそこに住所を置いているな
ら、勤め先もそう遠くではないはず。ただその他の場所、それが遠くの旅行先な
どであれば話は別だが。
「二つ目はその逆」
相羽の話は続く。
「藤井さんとあの女の人、マリアさん。夫婦か恋人同士だと思うけど………どん
な事情で美璃佳ちゃんたちの面倒を見ていたかは知らない。きっと、小さな兄妹
が母親に放ったらかしになっているのを、見かねたんじゃないかな。いなくなっ
た子どもたちを、心配して探しているんだから、美璃佳ちゃんたちともそれなり
に上手くいってたんだろう」
純子はアパートまで連れて行った美璃佳が、部屋の前で泣きじゃくっていたこ
とを思い出した。あの時、美璃佳は本来の自分たちの部屋に入ることを嫌がって
いた。初めから誰もいないことの分かっている部屋に、入るのを嫌がったとも考
えられる。けれど、そうではないのだとしたら………
よほど駿とマリアに懐いているのか、実の母親と上手くいっていないのか。
「これはぼくの、全く勝手な推測に過ぎない。どんなに上手くいっていたとして
も、藤井さんと美璃佳ちゃんたちは、所詮他人だろう?」
「ええ、たぶん………」
純子は曖昧に答えてはみたが、駿と美璃佳たちはたまたま同じアパートで、部
屋が隣り合っていただけ。確認した訳ではないが、それ以上の関係があるとも思
えない。
「よその家の子どもを、いつまでも世話を見続けられるものだろうか。藤井さん
もマリアさんも、まだ若いんだろう? こう言っては失礼かも知れないけれど、
あのアパートに住んでいることから考えても、それほどの収入はないはずだ。そ
こによその家の子どもが二人飛び込んで来たら………出費は相当のものだろう」
「ねえ、ちょっと何が言いたいの?」
まだ相羽の話は途中であったが、純子は思わず口を挟んでしまう。純子自身、
駿やマリアについては先ほど初めて会ったばかりで、何も知らない。ただ先日、
そして今朝も美璃佳が大切に抱いていた人形。迷子になっていた美璃佳と会った
とき、人形にはビニール袋が掛けられていた。その日、買ってもらったばかりだ
ったのだろう。
今朝も美璃佳はその人形と一緒だった。よほど気に入っていたらしい。
そしてその人形を美璃佳に買い与えたのは、状況からして駿、あるいはマリア
のどちらかだろう。
何もものを与えることが愛情ではない。だが、まるで自分の妹のように人形と
接する美璃佳の姿を見ている純子には、それを与えた駿やマリアが家出の原因に
なっているとは思いたくなかった。
「そうじゃないんだ」
純子が考えを伝えると、相羽はそう言って否定した。
「最初に言ったように、これはぼくの推測でしかない。それに、藤井さんたちに
責任があると言っているんでもない。ただ若い夫婦がいつまでも、他人の子ども
を預かっているのは大変なことだと思うんだ。だから二人で、もしかすると他の
人を交えて子どもたちのこれからのことを相談したのかも知れない。それを直接
話したとは思えないけど、美璃佳ちゃんか良太くんのどちらかが、盗み聞きした
んじゃないのかな」
「つまり、美璃佳ちゃんたちは、自分たちが藤井さんの負担になっていると知っ
て、家を出ていったって言うわけ?」
「あり得ない話じゃないだろう?」
考えられない話でもない。けれどそれは相羽も言っていたように、推理と呼ぶ
よりは創作に近い。与えられた材料を元にして、物語を空想しているようにも思
える。
「あっ、でも」
ここまで相羽の話を聞いて、純子は違和感に気づいた。
「相羽くん、美璃佳ちゃんたちの行き先について、二つ想像が出来るって、最初
に言ったよね。でもいま聞いた二つ目って、原因であって場所じゃないわよ」
「だから、一つ目とは逆だって言ったのさ」
「一つ目と逆………」
どうも勿体ぶった言い方をするのは相羽の悪い癖だ、と思いながら純子は話を
思い出してみる。
「最初は、お母さんのところじゃないかって、言ったよね。その逆ってことは…
……」
純子にはそれが具体的にどこを表すのか、分からなかった。そのまま言葉の意
味を反対にすれば、母親のいないところとなる。
「その通りだよ」
相羽が純子の考えを肯定した。
「母親のいないところさ。もし美璃佳ちゃんたちが母親のところには戻れない、
もしくは戻りたくないと考えていたら。そして藤井さんたちのところにも、いつ
までもいられないと知ったら。どこか遠くへ逃げようとするんじゃないかと思う
んだ」
「具体的には?」
「分からないよ。普通、人がどこかへ逃げようとするときには、自分の知ってい
る土地、思い出の場所を選んだりする。でもそう言った過去、一切から逃げよう
とするならまるで知らないところに行くだろう。そうなると個人の力で探すのは
難しい………」
「そんなの………どこへ行ったか分からないんじゃ、推理になってないじゃない」
今度は純子が興奮して立ち上がっていた。
驚いたように、そして困ったような顔をした相羽を見て我に返る。
「ごめん………推理じゃないって、言ったものね」
「役に立てなくて、悪いと思ってる」
本当に申し訳なさそうにしている相羽に、かえって純子は自分の責任を感じて
しまう。そもそも、この件には何の関係も持たない相羽に期待する方がおかしい
のだ。もっと前、朝美璃佳と会った時に、純子が気づいていれば良かったのだ。
そう思うと、純子の胸は苦しくなる。
「そろそろ行こうか」
そう言って相羽が歩き出す。
「えっ、行くって……どこに?」
「西崎さんのところさ。そろそろあの藤井さんから、連絡があるかも知れない。
西崎さんの家には電話がないそうだし、藤井さんの番号も聞いてないだろう。確
認するためには、直接行くしかない。それに西崎さんの家でも、人手が必要かも
知れないしね」
すっかり忘れていたが、今夜愛美の家では通夜があるはずだった。
一度は何か手伝えることはないかと愛美の家を訪ねた純子だったが、それは断
られている。もっともあの時は、愛美も美璃佳を探しに行こうとして急いでいた
のだから、改めて行ってみれば何かあるかも知れない。
「そうね、行ってみましょう」
純子も相羽の言葉に従い歩き出した。
そしてしばらく歩いて、ふと思う。なぜ相羽が、愛美の父親のことを知ってい
るのだろう。通夜を手伝いに行くほど、親しい仲だったのかと。
「困ったわね」
宇宙船のコンピュータであるG−36001に、ため息のつけるはずもない。
だがもし彼女が人であったとしたら、深いため息をつきながらの言葉となってい
ただろう。
『ごめんなさい。まさか、そんな事態だったとは予測も出来なかったのよ』
通信機の向こうで詫びているのは、H−74773。指定された座標に一番遅
れて到達しようとしている、宇宙船であった。
彼女にはある座標に集合せよということだけしか、伝わってはいなかった。そ
のため、リアルタイムでの通信が可能な距離まで達したとき、G−36001は
すぐに必要事項を伝達しようとした。だが、一歩遅かった。
その通信が届くより先に、G−36001の生体ユニット・マリアの声が、H
−74773の生体ユニットへとコンタクトをしてしまったのだ。
G−36001、ママの管理下を離れてしまったマリアは、自らの意志のまま
に勝手な行動を執っている。それに対しママは、現在発生している問題について
の対応が決定するまで、処分を保留していた。マリアからの呼びかけも、一切無
視を続けた。
ところがその呼びかけが、無視するママを越え、H−74773のマリアに届
いてしまったのだ。
生体ユニット・マリア同士のコンタクト自体、これまでなかったことだ。しか
しそれ以上にママたちを驚かせたのは、その接触によってマリアが持つ能力が著
しい上昇を見せたことだった。
これまでの惑星探査で、必要に応じてママがマリアの能力を上げることは幾度
かあった。しかしマリア同士の接触による能力の上昇は、それを大きく凌いでい
る。
この予測しなかった事態に、H−74773は自分のマリアを強制的に眠らせ、
惑星上のマリアとのコンタクトを断たせた。が、これによって、ハプニングが解
決した訳ではない。
惑星の臨める空域に集合していた宇宙船。G−36001を除いた全てのマリ
アが、その中で眠っていた。それが二人のマリアの接触の影響を受け、脳波に乱
れを生じさせていたのだ。
『このままでは、全てのマリアたちが、じきに目覚めてしまうわ。決断を急ぎま
しょう』 皆がその声に同意した。
「そうね、では決をとりましょう」
本来、全ての宇宙船のコンピュータは同型のものである。同じ事態での対処方
法は、同じものになるはずである。
だが長い旅の間、各々が違う経験をしてきた。別の学習を積み重ね、ものの判
断について微妙な違いが生じているのは、いままので話し合いで明らかだった。
「まずは、マリアについてです。全てのマリアを処分すべきだと思う者は?」
マリアの知らぬところで、その運命を決める投票が始まった。
「くちゅん」
くしゃみと共に、美璃佳の口からご飯つぶが飛び散った。
「あーあ、きたないなあ。美璃佳は」
そう言いながらも、良太は駅前でもらったポケットティッシュで、美璃佳の口
の周りを拭く。ご飯つぶは取れたものの、くしゃみと一緒に飛び出した鼻水がま
だ残っている。良太はさらに新しいテッシュを出して、鼻をかませる。
「だって、さむいんだもん」
使ったテッシュを近くのくずかごに捨てようとした良太の背中に、そんな妹の
声が掛けられた。
「みりか、ちゃんとごはんやさんで、ごはんたべたかったのに」
小さな公園のベンチ。人形と並んで腰掛けている美璃佳は、手にした弁当を睨
むようにしながら言った。電子レンジで温めてもらってはいたが、コンビニの弁
当では不満らしい。
良太とて、出来れば妹の望みを叶えてやりたかった。けれど、子ども二人だけ
では食堂にも入れない。親がいないということで追い返されるか、入れたとして
も不審に思われてしまう。
「もんくをいうんじゃない。そんなにもんくばかりいうなら、おまえだけ駿お兄
ちゃんのところへかえれ」
ぐずってばかりの美璃佳に、良太は少しきつい口調で言った。そのまま背中を
向けて、公園を出ていく真似をする。
「おにいちゃん、どこいくの」
不安そうな美璃佳の声がした。
「とおいところだ。だから、美璃佳とはここでおわかれする」
良太も少し意固地になっていた。振り向きもせずに言い捨てると、そのまま美
璃佳からは死角になって見えない、木の陰へ隠れた。
「やあだぁ、おにいちゃん、ごめんなさい」
陰からそっと覗いて見ると、美璃佳はこちらに向かってそう言っていた。それ
でも何も応えず、隠れたまま黙って妹を見続ける。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんさぁいっ!」
美璃佳は、『ごめんなさい』を連呼し続け、ついには大声で泣き出してしまっ
た。
朝晴れていた空も、いまではどんよりと曇っている。空気も冷たい。公園には
他に人の姿もなかったが、美璃佳の声を聞きつけて誰かが来てしまうかも知れな
い。けれどそれ以上に、泣いている美璃佳の姿に良太の胸が痛んでしまった。
「ごめん、美璃佳。ぼくはここにいるよ」
たまらなくなって、良太は木の陰から飛び出して、その姿を妹へ見せる。
安心したのか、美璃佳は泣くのを止めたが、それでもすんすんと鼻をすすり続
けている。
「ほら、はなをかんで。はやく、おべんとうをたべな」
良太はもう一度テッシュを取り出して、美璃佳の顔を拭いてやった。
「……んっ」
こくりと頷くと、美璃佳はぎこちない握りの箸を動かして弁当を食べ始めた。
黙って良太はそれを見つめる。