AWC 終天と始天  6   永山


        
#4232/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/11/30  22:22  (200)
終天と始天  6   永山
★内容

 久米を加えてもよかったんだが、四人で動き回ると目立ちすぎるだろうと思
い、彼には部屋で待機するよう言い付けた。観測の記録を取るためにワープロ
を持ち込んだのだが、それを使うのは久米であるから、事件に関して分かった
ことを彼に記録してもらうのもいいかもしれない。
 私と海聞、尾藤が最初に行ったのは、ホース使用に関する決着だった。
 まず、昨夜から今朝にかけて、私と交替で起きていた二人に話を聞いた。ホ
ースで水を撒くような音を聞いたかどうかの確認である。
 返答は、堂島も渡辺も同じ「聞いていません」だった。
「他に物音は聞かなかったろうね」
 念のため、尋ねておく。これぐらいならいいだろう。
「はい。上空で風がごおごお言ってて、雲が流されていくのは見ましたけど…
…それ以外は特に何も」
 堂島の証言はこう。別途聞いた渡辺からも、似たような話しか出なかった。
 私は彼らを労い、元気づけてから外に出た。念を入れて、ホースそのものも
見ておこう。それから足跡だ。
 ホースの状態は、昨日ちらっと見たときと、変わっていないように思えた。
「……多分、使ってないわ」
 断定したのは尾藤。すぐに、海聞が聞き返す。
「どうして言えるんだ?」
「だって、ほら、ここを見て」
 彼女の指差す先を、私と海聞は覗き込む。ぐるぐるに撒かれたホースの内側
の方は、乾いているらしい。
「使ったら、もっと湿っているんじゃないかしら。先生はどう思われます?」
「うん……そうだね、使われていないようだ」
「だめか」
 頭を抱えるポーズをする海聞。自分の推理に、かなり自信があったらしい。
「やっぱ、北館−−」
「それは言わないでおこう」
 口元に人差し指を縦に当て、海聞を見やった。彼は肩を軽くすくめ、舌打ち
をした。
「分かったよ、先生。その仕種、似合わないよ」
「そうか。尾藤にやってもらった方が、よかったか」
「じょっ、冗談!」
 海聞の慌てぶりと、尾藤のきょとんとした表情がおかしかった。少しだが、
落ち込んだ気分が救われる。
「他の足跡がないか、調べよう!」
 ごまかすようにわめく海聞に、私は後ろから声をかける。
「それはもう調べたんだ。善田……さんと一緒にな」
「見落としがあるかもしれない」
「いや、徹底的に見た。今から調べても、そのときの私達の足跡とごっちゃに
なって、区別できないさ」
「じゃあ、どうしろと、先生?」
 ようやく立ち止まった海聞。今日はまずまずの晴天で、早くも地面は乾き始
めており、あちこち白くなった部分が見受けられた。
「門馬先生の足跡を見るんだ。最初に着けられたのが、門馬先生の足跡だから
な。気付かずに、それまであった足跡を踏んづけてしまったんじゃないかと考
えたんだ」
「あぁ……」
「それに、もしも縄でも張り巡らせて、館の間を行き来するとしたら、二つの
出入り口を結ぶだろうから、その痕が残っているとしたら、見つかるかもしれ
ない。……まあ、可能性はほとんどないだろうが」
 縄を張り渡すには、相当の物音を立てざるを得ないだろう。それに気付かな
かったとは思えない。
 ともかくも、問題の足跡の手前に立つ。善田の適切な指示のおかげで、完全
に乱されることなく、残っている。
「この隣の足跡、阪谷先生のですか」
 尾藤の質問に、黙ってうなずいた。
「深さ、変わらないんですね。体重は関係ないのかしら」
「ああ。この土地は砂利の上に薄く土を敷き入れただけだそうだ。目方の差は
出ないだろう」
「じゃあ、背負ったとしても、分からない訳か……」
 独り言のように海聞。聞きとがめた私は、彼の前に立ち、尋ねる。
「何を背負う、だって?」
「……先生には悪いけど、俺、門馬さんも疑ってるから」
「海聞?」
「仮の話をするよ、先生。雨が降ってる内に苫井先輩が南館に行き、門馬さん
に殺されたとする」
「動機がないじゃないか」
 馬鹿馬鹿しくて話にならない。私は首を左右に大きく振った。
「動機は別にして、足跡に問題を絞ってるんですよ。雨が上がってから、門馬
さんが苫井先輩の遺体を担いで北館に行ったとしたら、足跡は門馬さんの分し
か残らなくて当然」
「何を言うんだ。海聞、よく考えてから喋れよ。苫井は雨が降ってる内に、寝
床に入ったんだぞ。足跡を付けずに、南館に行ける訳がない」
 そう言って、次に、昨日の夜、私と堂島、渡辺の三人が北館を出る間際、平
野が苫井に挨拶をしていたことも伝えた。
 海聞は押し黙り、尾藤が口を開く。
「あ、私も見ました。〇時三十分ぐらいだったかな、弓山先輩が、苫井さんの
部屋の前で、やっぱりお休みの挨拶をされてて」
「尾藤さん、それ本当?」
「ええ。弓山先輩に聞けば、分かるはずよ」
 尾藤の澄んだ声に、海聞はまたがっくりとした。それから私へ向き直り、
「すみません」
 と、素直に謝ってきた。
「先生の先生を悪く言っちゃって……今の俺の推理、門馬さんには内緒にしと
いてください」
 平身低頭、拝む格好までする。私とて、そんなに腹を立てた訳ではない。た
だ、海聞に好きなように犯人探しをさせると、ろくなことにならないだろうと
いう確信を強めた。
「−−元あった足跡を、新しく踏み潰そうとしても、完全には消えませんね」
 さっきから試していたらしく、尾藤が自信ありげに言った。
「土の硬さ、だいぶ違うと思いますから、完璧を期すため、水を撒いてやって
みましょうか?」
「いや、そこまでしなくていいだろう。ここまできれいに足跡が残っているん
だ。その下に別の足跡があったとは考えられない」
 門馬先生の足跡を観察し、私も同じ結論に達した。
 この事実は、門馬先生を始め、南館にいた者の無罪を確定するが、逆に北館
にいた者への容疑を強めもする。しかし、これを口外するのははばかられる。
「とりあえず、引き上げようか」
 急いで促した。
 彼らもとっくに気付いているかもしれない。だが、気付いていないとしたら、
そのままにしておきたいし、気付いているなら質問されたくない。

 昼食も自然と、めいめいが勝手に取る流れになっていた。
 事件に関連して出て来た事実や証言等を門馬先生に報告したあと、礼子さん
のことを尋ねた。礼子さんの体調不良がまた少しぶり返してしまったという。
殺人が起こったと知って、精神状態がよかろうはずもない。私はますますもっ
て、申し訳なく感じた。
「弓山先輩がいないんだけど」
 私が食堂に入ると、健康に悪そうなインスタントラーメン−−夜食用に持っ
て来た物だ−−をすすりながら、久米が海聞に伝えているのが聞こえた。
「どこに行ったんだ?」
「散歩とか言ってたようだけど」
「ちぇ。他におかしな動きをした人はいた?」
「いない」
 そのやり取りから、海聞は久米に、北館にいる人間の動きをそれとなく観察
するよう頼んでいたらしい。困った奴だ。
「こら、海聞」
「あ−−先生」
 水を飲みかけの姿勢で、ストップモーション状態になった海聞。
「何が言いたいか、分かるな?」
「……分かります。けど、弓山先輩が今いないのは事実ですよ。探した方が」
「ごまかすな。よし、私が探して来よう。おまえ達はここにいろ」
 二人にきつく言い付けて、私はその場にいる他の連中を見回す。弓山と死ん
だ苫井を除く生徒全員が揃っていた。
「弓山がどこにいるか、知っている者はいないか?」
 皆、顔を見合わせるぐらいで、有益な返事はなかった。
 私は急いで玄関に向かった。
 でたらめに探しても能率が悪いだろう。一度、南館へ走って、門馬先生に尋
ねた。
「弓山という生徒の姿が見えないんです。こちらに来ていませんか」
「いや……先ほど、渡辺君と堂島君だったかな。あの二人が出て行くのを見て
以来、生徒さんは見ておらんよ」
 門馬先生は、いつの間に用意されたのか、赤系統の派手なカーディガンを羽
織り直しながら、徐々に厳しくなる声で答えられた。
「何かったのかね?」
「まだ何とも……。先生、この島で、歩くとすればどちらに」
「ああっと、それならば、北館の裏手に行けば、森が広がっておるだろう。そ
の中に、一本道がある。僕もたまに散策するルートだ。迷うはずないと思うん
だがね」
「どうも。そちらへ行ってみます」
 礼を言って、慌ただしく駆け出した。
 門馬先生の言われた道は簡単に見つかった。獣道のような、自然にできた通
路といった風情で、いくらか茶色がかった草の葉が左右にたくさん生えている。
「弓山ーっ! いるかぁ? 聞こえたら、返事しろーっ」
 声を張り上げ叫びながら、どんどん進んでいく。一応、弓山の落とした物が
ないか、下を見つつ、前方への注意も怠らない。
 時間の感覚はなかったが、十分ほども探し歩いた頃だろうか。今の季節の森
には似合わない、原色の青と赤が視界の端で感じられた。
 ふっとそちらに視線をやり、それが弓山のスカートだと分かる。
 前のめりになりそうな勢いで駆け寄り、彼女の名を呼んでみた。だが、ぐっ
たりした身体の重さが手に伝わってきただけだった。
「……血だ」
 弓山の左側頭部は、大量の血で染まっていた。すでに黒っぽくなっている。
私は専門家でないが、相当時間が経っているだろう。
「信じられない」
 思わず、そんな言葉が口をついて出た。二人も生徒が死ぬなんて、まさしく、
信じられない事態……。
 このときの私は冷静でなかった。近くに犯人が潜んでいて、今にも襲ってく
るのではないかという恐怖心もあったが、それ以上に二人目の死に、神経が急
激に参ったような気がする。
 もっとも、これはあとになって振り返った自己分析であり、実際の私は、意
味不明の言葉をわめきながら、森を飛び出した。

 弓山の遺体は善田と門馬先生に任せて、一時間ほど、自分の部屋で横になら
せてもらった。
 眠りに落ちるかと思っていたのだが、目は冴えるばかり。それでも頭の中は、
空っぽにできた。この短い精神的休憩で、どうにか立ち直れたと判断し、私は
起き上がった。
 生徒達の様子も気になったが、今はともかく、弓山の遺体があった場所に向
かう。走ったから、ものの五分もかからなかったろう。
 善田はもう検分を終えたらしかった。カメラを片手に、真剣な表情をしてい
る。普段の彼からは想像できない。
「お、起きたか、阪谷。ちょうどよかった」
「何が?」
 弓山の遺体から、心持ち目を逸らしつつ、応じる私。
「まさか外に放置なんてできないから、この子を屋根のある場所まで運ぶ。だ
が、その前に現場の模様を写真に収めておこうと思ってな。せめて、おまえの
許可があったら、俺も気が楽になる」
「ああ……仕方ないことなんだろう? 撮ってくれていいと思う」
 黙ってうなずくと、善田はシャッターを切り始めた。鑑識の仕事を目の当た
りにした経験もあるのかもしれない。彼の手際のよさに感心すると同時に、死
の臭いをかぎ取ったような気がした。
「終わった。門馬先生に手伝ってもらうつもりでいたが、おまえが来たのなら、
俺とおまえとで運ぶか」
「よし」
 遺体が見えないよう毛布を被せてから、私が脇の下、善田が足を持って、弓
山を森の外へ運び出す。
「門馬先生、どこに寝かせてやったらいいですか?」
「そうだな。北館に空き部屋が一つあったから、そこがいいだろう。……優し
く運んであげなさい」
「はい……」
 苫井の部屋の空き部屋に運び込んでから、私は門馬先生に気になっていた点
を尋ねた。
「あの……靖之さんの姿が見えませんが、礼子さんにつきっきりでしょうか?」
「そうなんだ」
 ため息混じりの先生の返答。

−−続く




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