AWC 終天と始天  4   永山


        
#4230/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/11/30  22:19  (199)
終天と始天  4   永山
★内容
「阪谷先生もああ仰ってるんだし、あんまり困らせるなって。俺達には関係の
ないこと。機会があればお見舞いをすればいいさ。さ、飯を片付けようぜ」
 今のような状況では、苫井の軽い調子がむしろありがたかった。実際、他の
者達も呪縛が解けたかのように、すとんと席に着いた。
 我々を支配する空気は完全に元に戻った訳ではないが、どうやら回復に向か
いつつあるようだった。

 ほんのわずかだが小降りになってきた雨を、窓越しに睨みながら、私はラジ
オから流れる声に耳を傾けていた。屋敷には電話がないので、ラジオの天気予
報が頼りだ。
 夜半過ぎには上がるだろうと言うが、雲は相変わらず居座るとも言っている。
まだ喜ぶには早い。
 天体観測の見通しが悪いなりに一区切りできたので、今度は礼子さんのこと
に思いを馳せる。
 さっき南館に戻って来た際に、真っ先に礼子さんを見舞ったところ、食堂で
の騒動が夢に思えるほど、彼女は回復していた。私を気遣って、虚勢を張って
いるのではないかと訝しんだが、彼女は笑顔で否定してくれた。
「ご迷惑とご心配をおかけして、すみません。生徒の皆さんにも、よろしくお
伝えくださいね」
 穏やかにそう言うと、礼子さんは白い歯を覗かせて笑った。
 現状がどうであろうと、あまり居続けるのも目障りだろうと判断し、私はそ
のまま辞去したのだ。あの様子ならもう大丈夫だと信じてはいるが、何となく、
変化の落差と急激さに違和感を覚えなくもない。
 部屋で首を捻っていると、善田がやって来た。
「お、やっと子供から解放されたか」
 無遠慮に入ってきて、ベッドの端にどっかと腰を下ろす。
 私は身体の向きを換えた。
「まだ分からんよ。天気が回復すれば、観測をする」
「無駄だって。今日はあきらめて、だべろうじゃないか。こうして旧交を温め
に来てやったんだ。ありがたく思え」
「部員達を放り出す訳には行かない」
「そのかわいい教え子さん達は、今、何をしている?」
「教え子とは限らないぞ。顧問と部員というだけだ」
 注意してから質問に答える。
「北館の誰かの部屋に集まって、トランプでもしてるはずだが」
「そんなところだろうな。つまり、おまえも遊べってことだ」
「何でそうなるんだ。仮に暇ができたとしても、礼子さんのことが気になるし
な。のんびり遊んで何か、いられないよ」
「礼子さんなら、少しだけ診せてもらったが、もう大丈夫だろう。ストレスが
要因の心労さ」
「精神関係は専門外だろう? そこまで断言するか」
 呆れて物も言えなくなりそうだ。
「いいから、気に病むなっての。休暇旅行のつもりで過ごせ。その方が、おま
えのためだぞ。学校の教師も心労がたまりやすい職業らしいからな」
「分かった分かった。ほんのしばらくなら、話相手になってやるよ」
 根負けして、私はラジオの電源を落とした。

 深夜十一時半を過ぎても、雨は以前として降り続き、晴天は拝めそうにない。
心なしか、激しくなったような気さえする。
 私は北館に出向き、生徒達、特に部長と副部長を相手に予定を決めにかかる
ことにした。どうせ誰も大人しく就寝なんかしていないに違いない。
 部屋の前の廊下を行くと、一団と大きな声の漏れ聞こえる部屋があった。尾
藤の部屋だ。ここだと見当をつけ、ノックを強めにする。
 ドアを開けてもらうと、全員が仲よく揃っていた。健全にゲームでもしてい
たらしい。
「みんな、そろそろ寝た方がいいぞ」
 皆がカードゲームを片付け出したのを見て、私は部長と副部長を呼んだ。
「どうだろう? 今夜はこのまま眠ってもいいとも思うんだが」
「晴れる可能性があるのなら、起きといてみましょうよ、先生」
 渡辺が言って、堂島がうなずく。
「それはまあ、ラジオの天気予報では、夜半過ぎから晴れ間が覗くところもあ
るとは言っていたがな」
「じゃあ、起きていることで決定」
 堂島が無邪気に断を下した。私としても、異存はない。ちょっと疲れるだろ
うが……。
「なら、時間を決めないとな。えっと、午前〇時から一時間三十分交代で行こ
うか? 観測時間と星の動きの関係から、四時半以降はもういいだろう」
 一時半までを渡辺、三時までを私、四時半までを堂島が起きて見ておくこと
になった。その間、星がよく見えるようであれば皆を叩き起こす。天文部顧問
に着任来、晴れ間を待つのは初めての経験だが、結構ハードかもしれない。
「とにかく、南館へ戻ろう」
 ということで、連れだって廊下を行くと、苫井の部屋のドアが開き、平野が
首を突っ込んでいた。
「それじゃ、苫井先輩、お休みなさーい」
 いつになく女の子らしい声で平野は言って、戸を閉める。それから初めて私
達に気付いたらしくて、取り繕うような笑みを見せる。
「えへへへ。先生、お休みなさい」
「−−ああ。お休み」
 敢えて注意するまでもないと判断し、穏やかに応じた。
 私達の脇をすり抜けるようにして、自室に戻って行く平野。
「こちらも見張った方がいいかな」
 堂島が軽口を言って、笑った。

 北館から南館へ引き上げて、五分も経たない内に小ぶりとなり、〇時十分を
待たずに雨は上がった。だが、結局晴れ間は覗かず、部員達を起こすこともな
かった。私や堂島、渡辺の三人が寝不足に見回れたという結果だけが残った。
 そのはずだった。
「あ、おはようございます」
 腫れぼったい目をこすりつつ、南館の玄関を出ると、北館へと続く一組の足
跡が目に入った。その先に焦点を合わせ、足跡の主が門馬先生だと知った。
「おお、おはよう。やっと起きたな」
 「やっと」とは心外だ。まだ午前七時になるかならないかの時刻である。そ
れに先生だって、北館に入る寸前ということは、起きたばかりのはずだ。
 ……などと文句の台詞が浮かんだものの、つまらぬことで文句を言っても始
まらない。私はぬかるんだ地面に注意しながら、先生に追い付くと、並んで北
館に入った。
「ところで先生、こんな時間から、北館に何の御用ですか?」
「なに、大したことじゃないんだが」
 靴を脱ぎながら、唇を湿す先生。身だしなみに気を配る先生にしては、意外
にごわついた感のあるスーツズボンに視線を沿わせていくと、靴底からぱらぱ
らと土が散るのが見えた。
「本を探しているんだよ。昨日、こちらで読んでいて、そのまま置きっ放しに
してしまったらしい。こんな時間じゃなくてもよかったんだろうが、気になり
出すと落ち着かなくてね」
「そのお気持ち、分かります。一緒に探しましょうか」
「いや、いい。君は生徒達の世話があるだろう」
 片手を振る先生とは、角で左右に分かれた。先生は食堂の方へ。私は部員達
の部屋が並ぶ廊下へ。
 堂島と渡辺は昨晩……と言うよりも今朝方までのご苦労があるから寝させて
やるが、その他の連中はさっさと起こそう。朝食の準備にもかからなくてはい
けない。
「おーい、起きろー。朝だぞー」
 のんびりとした調子だが、我ながら大きな声で言いつつ、各部屋の戸を軽く
ノックしていく。最初の一回で、三部屋から反応があった。今度は復路で同じ
ようにすると、さらに二部屋から反応。いずれも眠そうな声で、「まだ早いよ」
だの「寝かせて」だの、あるいは意味不明の言葉が漏れ聞こえてくる。
 さて、あと一部屋、残っている。苫井だ。さっさと寝床に入ったはずなのに、
今朝は一番の寝坊か。
「こら、苫井。起きないか」
 多少、声を張り上げた。だが、まだ無反応の状態が続く。一気に覚醒すると
は期待していないが、ここまでやってうめき声一つ返って来ないのは、熟睡に
もほどがある。
「男は容赦せんぞ」
 私は鍵がかかっているだろうなと想像しながらも、ノブに手をかけ、回して
みた。−−開いた。
 少なからず意外だったが、これ幸いとドアを開け、できた隙間から中を覗く。
 苫井は俯せになって、布団を被っていた。「起きろ起きろ」と何度も声をか
け、近寄っていく。
「……苫井?」
 あまりの反応のなさに、違和感を覚えた私は、彼の肩に手を触れた。体調を
崩したのかもしれない。このときはそう考えていた。
「どうした? 腹の具合でも……」
 揺すると同時に、体温がほとんど伝わって来ないのに気付く。慌てて両手を
伸ばし、苫井の顔を見ようと試みた。が、やけに重たい。それでも上体ごと無
理にこちらを向かせると……いやに白っぽい表情が見て取れた。見開きっ放し
の目が、血走っているようだ。
「……」
 私は息を飲み、叫び出すのをこらえながら、苫井から手を離した。奇妙な形
に捻れたまま、戻ろうとしない彼の身体。
 掛け布団を剥がしてみた。
 苫井は、上は学校指定の長袖のジャージ、下は派手なトランクス一枚という
格好で、ぐったりとして動かない。ジャージの下がどこに行ったのか、室内に
首を巡らせたが見当たらない。が、こんなことを気にしている状況でなかった。
 脈を取った。二分近く、脈動を探したが見つからなかった。念のため、苫井
の鼻の下に指先を横向きに当て、呼吸していないことを確認した。
 死んでいる。
 私は、冷静な自分に驚きつつも、さらに冷静に振る舞った。
 右手を自らの額に当て、これからどうすべきかを考える。とりあえず、誰か
に知らせなければならない。
 部屋を出るなり、すぐさま後ろ手で扉を閉めた。相前後して、生徒達がぞろ
ぞろと廊下に出て来る。
 彼らの「先生、おはよう」「おはようございます」「まだ眠いよ」という声
が、ごちゃごちゃと頭の中に響いた。
「ん? 先生、どうしたん?」
 誰かが言っている。
「顔色、よくないな。二日酔い?」
「あー、お酒飲んだの、先生?」
 心配してくれてるのか、非難してきているのか、はっきりしてくれ。今、先
生はちょっと忙しい……。
「おまえ達」
 私の声は、びっくりするぐらいに低かった。
「ひとまず……食堂に集まっていてくれ。私は門馬先生達と話があるから。そ
れから、苫井の部屋に入ったらだめだぞ」
「何で?」
 弓山が聞いてきた。
「どうしてもだ。ちょっとな」
 短いが厳しい口調で命令すると、私は先に食堂へ向かった。門馬先生に、そ
れに生徒達に、何と言えばいいのだろう。

 善田の仕事ぶりは、堂に入っていた。苫井の遺体を調べると、手を入念に洗
ってから説明をしてくれた。
「ざっと見て、死後五時間から七時間てところだ。午前一時から三時の間に、
彼は亡くなったことになる」
 聞き手である私と門馬先生は、ゆっくりうなずいた。
 子供達は全員、南館へ移動させた。西牟田夫妻は、礼子さんの体調を慮って、
やはり南館にいる。
「問題なのは、死亡原因だ。首に手で絞められた痕が、くっきりと残っている。
扼殺。明らかに他殺って訳だが」
「島には、我々しかいない」
 門馬先生が、厳然たる物腰で言った。
「我々の内の何者かが、殺人犯人であるということだな」
「そう、なりますね……」
 認めたくない私の気持ちが、声の小ささに表れる。被害者が生徒であること、
見知った人達の中に殺人者がいること。いずれも信じられない。
「ついでに言うと、右の後頭部にでかいこぶがある。これも犯人に付けられた
物である可能性が高い」
「善田君。首に残った痕跡から、犯人は分からないのかね?」
「あいにく……死んだ彼は、背は高いが華奢な方で、首も細いんです。誰でも
楽に指が回るでしょう」
「そうか……」
 考え込む先生。しばらくして、また質問をされた。
「指紋なんか、採取できないのかね?」
「それは鑑識の仕事ですよ。私は法医学の方ですから」
 そこまで言って、善田は私にも視線を向けた。
「指紋で思い出した。面に残っている足跡。きちんと記録しておくのがいい。
もしも南館の人間が犯人なら、足跡を残したはずだからな」
「え?」

−−続く




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