AWC 防壁密室の殺人 2   永山


        
#4212/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/11/30   4:34  (200)
防壁密室の殺人 2   永山
★内容
 参加者は私、法川、風見の他、先ほど出会った円城寺舞とマネージャーの三
谷。それに社長に質問をした扇田努。彼は何と創立来のISS社員らしく、遊
佐氏は大学で二年先輩だったとか。
 ISS社員の参加者は他に二名。広崎遥子というぽっちゃり美人といった印
象の若い女性と、眼鏡をかけた、どこか茫洋とした津込泰典なる男。
 さらにもう一人、二十歳の大学生、若山克洋がいる。何故学生がと訝しんだ
が、彼の通う大学は遊佐氏の卒業したところで、しかも、若山は同大学の推理
小説研究会の部長だという。成功を収めたOBの要請に、ありがたいとばかり
に飛び付いた口ではないだろうか。アイドルタレントとして通用しそうな二枚
目が、目尻を下げてにやついているのは、このゲームでいいところを見せれば
就職によい影響を及ぼす……との計算があいるのかもしれない。
 私が他人について、あれこれと勝手な詮索をしている内に、十三時を迎えた。
 全く同時に、システムを作動させたと告げる遊佐氏。
 かすかな振動が身体に伝わってくる気がする。そう思っていると、室内に影
が差した。窓の外に黒っぽいシャッターが降りて行く。ふと室内を見回すと、
参加者以外の社員達−−遊佐氏のアシスタントをしていた数名がいなくなって
いる。早々に六階を離れたのであろう。
 引き続いて遊佐氏から発言があるものと思い、身構えていたが、彼は大した
喋りはせず、数十ページはありそうなA4版の冊子を我々参加者に配り始めた。
「お手元に行き渡りましたか? まあ、わざわざ説明の必要もない。その冊子
を読んでいただければ分かることですが、そこには三つの問題が載っている」
 法川達と言葉を交わそうとしているところへ、遊佐氏がいきなり流暢に喋り
始めたので、私は慌てて冊子のページを繰った。
 彼の言う通り、三つの推理問題が載っている。どれも、短い犯人当て小説の
ような具合らしい。
「キーワードは、三つの問題の解答によって形成されます。一問目の犯人の名
前のイニシャル、二問目のダイイングメッセージが表す意味、そして三問目の
暗号の解読結果。これらを並べることで、キーワードになる訳ですよ」
 得意そうな遊佐氏。今の彼は一企業のトップではなく、クラスメートに新手
のクイズを出す小学生のようだ。
「皆さんの中には、互いに顔見知りの方もおられますが、相談は自由です。た
だし、賞金を受け取ることができるのは一人。そこをお忘れなきよう。では、
健闘を祈っています」
 悠揚迫らざる態度の遊佐氏はマイクを自ら仕舞い、質問は受け付けませんよ
という意思を全身に滲ませ、会議室の後方へ歩いて行く。壁にあったドアを開
けると、中に入りかけた。と、足を止め、顔だけ覗かせて、私達に言った。
「これからの三十時間、私はたいていこちらの部屋、六一二号室にいますから、
緊急事態が起これば知らせてください」
 そしてドアは閉ざされた。

 参加者の誰も、自室に帰ろうとはしなかった。これから長く続く密室状態を
意識したに違いない、今から個室にこもるような真似はしたくないと見える。
言うまでもなく、私もそうだ。
 さて、私達三人がまずしたことだが。
 私は問一から読み始めたのだが、法川は何故か第三問からのようだ。そして
風見ひそかは……。
「あ、このジュースもおいしい。でも、チョコレートには合わないな」
 テーブルの間を飛び回っていた。残っている食事というかお菓子を片付けた
ら、次は備えの食糧に早々と手を着けかねない勢いだ。それでも騒がしいとま
では行かず、人に迷惑をかけてはいないようだから、放っておいて大丈夫だろ
う。
「どんな感じだい?」
 私と法川は壁際の席に並んで腰掛けていた。
 問われた法川は、随分遅れて反応した。区切りのいいところまで読み切りた
かったのかもしれない。
「永峰こそ」
「いや、まだ読んでない。それ以上に、君が三問目から始めたのが気になる」
「常識じゃないか。時間制限があるんだよ?」
 よほど驚いたらしく、目を丸くして口角泡を飛ばす法川。
「一問目はイニシャルだろ。何人容疑者がいるか知らないが、いざとなったら
勘で臨める。それに比べて二問目と三問目は、きちんと解かなければならない。
特に三問目の答は長くなりそうだからね。時間に余裕のある内から、取り組ん
でおくのさ」
「なるほど、そうか」
 感心させられてしまった。馬鹿正直に、順番通り解こうとした私は甘い。他
の参加者はどうなのだろう? 気になる。
 横目でちらちら探ると、最初に目に着いたのは、やはり円城寺舞だった。彼
女の華やかさに、視線が吸い寄せられる。
 その隣には、当然のごとく、マネージャー氏がいた。三谷は自身が参加する
気は更々ないらしく、円城寺舞の手元を覗き込むばかりだ。
 聞き耳を立てていると、三谷があれやこれやと助言するのを、円城寺は疎ま
しがっている様子が伝わってきた。
 元々賞金に執着していない私は、いい暇つぶしだと思い、立ち上がった。
「先ほどはどうも」
 接近し、立ったまま挨拶をする。
 円城寺は顔を上げず、三谷だけが反応を示した。
「どうも。永峰さん……でしたか? 何か?」
「三谷さんは虫除けですか」
「な……」
「失礼。でも、あなた自身が虫になっちゃあ、円城寺さんも迷惑でしょうね」
「自分はただ、舞の手伝いをしているだけですよ」
「邪魔なんだけどなあ、三谷さん」
 唐突に、かわいらしい声が言った。
 私と三谷は、ずっと視線を冊子に落とした姿勢でいる円城寺を見る。
「私は一人で考えたいの」
「しかし舞ちゃん……君の学校の成績は」
「うるさいなあ、関係ないでしょ。こういうクイズは得意なんだから」
 私は見取れそうになるのを吹っ切り、彼女の手元を覗く。
 −−少し、安心した。彼女もまた、問一からと解こうとしている。これは法
川がひねくれているのかもしれないぞ。そんな風に考えることにした。
「三谷さん、我々は離れていましょう」
「……しょうがない」
 肩をすくめると、三谷は席を一つだけ空け、座り直した。
「お聞きしていいですか?」
「どうせ暇だしね。うちの事務所が、こんな仕事を受けるはめになるなんて」
 煙草をくわえ、ライターを取り出す三谷。私は一本足の灰皿を見つけ、近く
に置いてやった。
「あ、どうも。で、何を?」
「言ってしまえば、ネタ探しですね。三谷さんはどんな役目を負わされてるん
です? 興味あるな」
「舞をトップ正解者にしろって言われてますよ。だから協力しようとしたのに、
人の気も知らないで」
 煙を吐き出し、三谷はタレントを一瞥した。
 私は苦笑をこらえ、重ねて聞く。
「それは宣伝のためですか、やっぱり?」
「まあ、そういうこと。もし一番になったら、名前が売れるし、ドラマの視聴
率アップも間違いない」
「三谷さん自身は、推理小説はお好きで?」
「うーん、普通じゃないですか。特に好きって訳じゃあ……今日、来たのは、
舞のマネージャーだからというだけで」
 三谷は吸い終わった煙草を灰皿に押し付けた。
 それを待っていたかのように、若山がやって来た。
「あの、よろしいでしょうか?」
「……君はサインがほしいのかな」
 三谷が目を細め、ずばりと言うと、学生は明らかに狼狽した。目をきょとき
ょとさせ、やがて取り繕うように言う。
「さ、さすが。この推理ゲームに参加するだけのことはありますね」
「ただの当てずっぽうだよ。君の様子はあからさますぎた。ファンを寄せ付け
るなと言われてるんだ、悪く思わないでくれ」
「そんな。僕一人だけですよ。騒ぎになる訳じゃないんだから、お願いします」
 手を拝み合わせ、頭を低くする若山。一見、二枚目かつ秀才タイプの彼は、
なかなか軟派な部分も持ち合わせているらしい。
「そんなことより、問題を解いていたらどうだい? 推理研の部長として、名
誉がかかっているんだろう?」
「まだ先は長いです。第一、円城寺舞……さんのサインをもらわない内は、気
になって集中なんかできやしない」
「ペンはこの部屋にあるからいいとして、色紙はあるのかね」
「ないですけど、このシャツにでも、さらさらっと」
 と、着ている服を指差し、右手でペンを走らせるジェスチャーをする若山。
私がイメージする推理小説マニアからは、かなりかけ離れている。これが今風
なのかもしれない。
「いいじゃない、一人ぐらい」
 またしても唐突に、円城寺が言った。今度は顔を起こし、最上級の笑みをフ
ァンに向けている。営業スマイルという奴か。幻影が徐々に消えていくようだ。
 三谷はやれやれと口に出しながら、オーケーのサインを指で作った。
 若山はダッシュでマジックペンを部屋の片隅の事務机上から取ってきて、戻
って来る。円城寺は快く、その白い右手にペンを持った。
 サインをもらうついでに、色々と話しかける若山を見ている内に、私は何だ
か知らないが腹が立ってきた。推理マニアなら、アイドルよりも推理作家を有
り難がれ!てなもんだ。まあ、私も最初は緊張したんだが……。
 まあ、そんな大人げない気持ちは飲み込んで、私は三谷に黙礼をした。他の
人物に接しておこうと思う。相手を物色しようとしたら、ちょうどいいタイミ
ングで、風見ひそかが広崎に懐いているのが見えた。
「ひそかちゃん。ご迷惑をかけてはいけないよ」
「そんなことないよね、おねえさん?」
 私の予想通り、風見は広崎に笑顔を向けた。すかさず、頭を下げる。
「どうもすみません、邪魔をしちゃって」
「いいえ、いいんですよ」
 本心かどうかは分からないが、微笑を返してきた広崎。
「私ならかまいませんわ。嫌なら、さっさと自分の部屋に行けば済みますから」
「そう言ってもらえると、救われた気分です」
 自分でも多少馴れ馴れしいかなと意識しつつ、微笑を投げかける。すると、
思わぬ邪魔が入った。
「推理作家の永峰さんは、どのような推理を組み立てているんですか」
 いきなり名前を呼ばれたと自覚する暇もなく、質問された。こちらが振り返
らずとも、その相手−−津込は私の正面に立った。
「さぞかし、立派な推理をされたんでしょうね」
「いえいえ、そんな」
「それで、とっくの昔に解いてしまったので、こうして雑談で時間を費やして
いるのですが」
 聞いている内に、津込の口ぶりに棘を感じ取った。
 この男、私をよいしょしているのではなく、私と広崎が会話するのを邪魔し
たかっただけらしいと判断した。よくよく見ると、歳の差こそややあるようだ
が、お似合いの雰囲気だ。
「今のところ、気分が乗ってこないので、皆さんと会話させてもらおうと思っ
たんですよ」
 私は軽い調子で弁明した。それが無難だろう。
「そうしていると、脳細胞が段々と刺激され、推理力も出て来るんですよ、僕
なんかはね。法川みたいにいきなり集中できやしません」
「そうですか」
 信じてくれたのか、安心した顔つきになる津込。
「自分もそうなんです。よかったら、しばらく一緒に考えませんか。もしも解
けたら、賞金は山分けということで」
「僕は刺激を受けるだけでいいんだけどな」
 調子を合わせ、苦笑してみせた。それから少し思慮して、私は耳打ちした。
「安心していいよ。僕は別に広崎さんにモーションをかけてるんじゃない」
「え……それは」
 いい歳をして、津込の顔が赤くなった。私は吹き出しそうになるのをこらえ、
彼の肩を軽く叩いた。
「津込さんの邪魔をする気はないよ」
 風見を連れ、二人の前から離れると、私は法川の隣に戻った。
「どうだい? 三十時間かかりそうか?」
「分からないけど、面倒くさい暗号なのは確かだ」
 右手に持った鉛筆をしきりに振りながら、左手のメモ用紙をにらみつける法
川。アルファベットや平仮名、数字や記号等がランダムに並んでいる。
「作中作と言うか、入れ子構造と言うか、とにかくややこしい。小説の形を取
った暗号パズルだよ、これ。ストーリー自体はつまらないから、読むだけで疲
れてしまう」
「そういうのは苦手だな。僕はやはり、一問目からのんびりやらせてもらうよ」
 冗談半分のつもりなのに、法川はくすりともせず、「それがいい」と言った。

 私は一人で六〇五号室にいた。
 法川にああまで言われては、意地にもなろうというもの。独力で、せめて一
つ、やっつけてやろうじゃないか。
 部屋は大学の教授・助教授クラスが与えられる個室程度のスペースで、書架
等の家具がない分、広く使える。煌々とした蛍光灯の下、あるのは机と椅子、
ベッドだけ。ノブの中央にあるボタンを押し込んで閉めれば、施錠される。考
えたり寝たりするには、これで充分であろう。

−−続く




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