#4192/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 97/11/16 22:12 (200)
お題>幽霊(2) 青木無常
★内容
ぎくと村長は目をむいた。
「それであの娘は、あんたに、なんと?」
「ほこらのことさね」
「あれは路傍の神だよ。旅人の安全を祈願してつくられたもんだ。ただそれだけだ」
あわてた口調で村長はいった。
ほほう、とトエダはおもしろそうにつぶやく。
「旅人の安全を祈願して、かい。そりゃけっこうな神さまじゃの。わしとアリユス
が最初にこの村にたずねてきたときは、村人たちどのひとりもずいぶんと冷たいん
で、わしゃてっきりこの村はよそものにはつらくあたる排他的なところだとばかり
思いこんでいたんだよ。わしが幻術使とわかるまでは、村長さんよ、おまえさんも
まるでけがらわしいものでも見るみたいに、わしらのことを見ておったわな。覚え
ておるじゃろ?」
「な、なにをそんな。それは誤解じゃ」
「ほう、そうかい」トエダはおかしそうに笑った。「ま、そうなんじゃろうな。旅
人の安全を祈願してほこらをたてるような村だからの。ところで、あのほこら、あ
まりふるびてはおらんようだが、たてられたのはいったいいつごろのことかいの」
う、と村長の腰がひける。
ん、と視線で問いかけるように、トエダが軽く半歩をふみだす。
「は、半年前だ」
「ほう、そうかい」いって老幻術使は首をかしげてみせた。「これは不思議。例の
妖物が村を徘徊するようになったのも、半年前だったの、たしか」
「だからどうした」なかばやけくそ気味に、村長は声を荒げた。「あんたはよけい
なことは詮索せず、ただ化物を調伏してくれればいいんだ」
ふむ、といって、幻術使はさらにまじまじと村長の顔を見つめた。
長は視線をそらし、荒々しい口調でつづけた。
「とにかく、あの娘にはもうすこしおとなしくするよういっておいてくれ。村人の
仕事のじゃまをせんようにな。あんた、さっき会ったといったな。いまはどこにい
るんだ」
「ああ、アリユスかい?」と、トエダは何かをおもしろがるような口調でいった。
「なんだか、だれにきいても得心のいくような返事が得られぬようでな。あっちへ
いったよ」
老幻術使の指さすさきを見て、村長はぎょっと目をむいた。
それには気づかぬげに、トエダはつづける。
「なんでも、森番のタマリとかいうおひとが、ひとりで住んどる小屋があるそうじ
ゃの。ちいさな村なのに、やけに離れた場所に小屋を建てたものじゃのう。おや、
どうしたね? あんた、やけに顔色が悪いよ」
「そ、そんなことがあるもんか」あからさまにうろたえきって村長はいった。「い、
いいか、タマリはありゃ、あまり性質のいい者じゃない。あんたの娘だか孫だかに
悪い影響を与えるぞ。とっとと呼び戻してきたほうがよかろう。なんなら、わしが
いってつれ戻してきてやるぞ」
「それには及ばんさ」のんびりとトエダはいった。「危険と見れば、アリユスは自
分でそれを避けて戻ってくるじゃろ。それだけの眼力を、あの娘はもっておるよ。
真実は見逃さんのさ、アリユスはね。話をききたい、とあの娘が思ってそのタマリ
とやらのところへいったのだとすれば、なにか重要なことを教えてもらえるとふん
でのことだろうさ。あれは幼いが、かしこい娘だからの」
そして老幻術使はかさかさとのどをならして笑った。
そんなトエダのさまを村長はぼうぜんとながめやっていたが、やがて狼狽を隠し
きれぬまままくしたてるようにしていった。
「ふん。いいか、タマリはな、頭がいかれとるんじゃ。娘がおかしなたわごとをふ
きこまれていかれてしもうても、わしゃ知らんからな」
いい捨てて、そそくさとその場をあとにする。
ひとりごとのような口調で、トエダがわざとらしく大きな声でこたえる。
「楽しみじゃて。アリユスがどんな話をきかせてくれるのかの」
小屋の入口にたたずむ少女に気づいて、老人は最初はひどくとまどった。
忌み人として村を追いたてられてから、ずいぶんながい時がたつ。つい半年ほど
前までは、ひとと話をする機会さえまるでなくなっていた。小屋裏のちいさな、や
せ枯れた畑でとれる作物と、裏山のめぐみとで、かろうじて生きのびてきただけの
うつろな人生だった。
それでも、半年前のあのできごとが起こるまでは、どうにか村のかたはしでその
存在をまっとうするくらいのことは大目に見られていたはずだ。それがこの半年は、
陰に陽にその生存をさえ否定する行為をされるようにすらなっていた。
それに負けて村をあとにする気も、まして村人どもの望むように、おのれの命を
みずから断とうなどとも思ったことはなかった。
が、まさかそんな自分のもとを、わざわざおとずれてくる者がいるなどとは考え
ていなかったこともたしかだ。
ましてその訪問者が、口調さえたどたどしい、ものごころついたばかりと見える
幼い娘子ときては。
追いかえすにも、長年の八分暮らしのかなしさゆえかうまい言葉ひとつうかばぬ
うちに、少女はちょこちょことした歩調で、それでも遠慮がちに小屋へとふみこん
できた。
「タマリ?」
老人がなにも口にできずにいるうちに、少女はまっすぐに、邪気のない視線を投
げかけながらそうきいた。
「……ああ」
とこたえたおのれの口調が意外におだやかなのに気づき、軽いおどろきを老人は
おぼえる。
「入っていい?」
こくりと首をかしげながら、幼女はさらにそう問うた。
めいわくそうな口調で出ていけ、と口にするかわりに老人は、こういった。
「茶を飲むか?」
きょとんと見つめかえしてくるあどけない顔をながめながら、老人は自分自身の
言葉におどろいていた。
ことりとうなずき、少女がよちよちと小屋の板の間によじのぼってくる。
それに手をかしながら、老タマリは半年前のできごとをまざまざと思い出してい
た。
夜がふりそそぐ。
陰気な宵闇はくろぐろとちいさな寒村をおおいつくし、わずかに残されていた恵
みの季節の名残りの南風もなりをひそめ、ひょうひょうと木枯らしが森の樹々を鳴
かせはじめた。
村の中心からは遠くはずれた、ちいさな広場にいくつものかがり火がかかげられ
る。
いつもなら陽が暮れてからはそまつなあばら家にとじこもり、ぴたりとその戸口
をとざして身をよせあい、ひそひそ声でながい夜への不安を口にしあう村人たちの
多くも、灯された炎のゆらめきにさそわれるようにして、三々五々、広場に集うて
耳うちをくれあっている。
旅の老幻術使は、ためらいがちにあらわれては不安な視線をかわしあう村人たち
には、まるで興味も示さぬようすで、かがり火の光をたよりに黙々と、広場の中央
で奇妙な作業を続行した。
一見するとそこらでひろってきたとしか見えぬ木ぎれを、老トエダはなれた手つ
きでつぎつぎに積みあげているのである。
かたわらでちいさな娘も、たどたどしい手つきでいっしょけんめいに老人の作業
の手伝いをしている。
「いったいどういうことだ」
と、もうおなじみとなった怒り顔で満面を朱に染めながら村長が広場にかけこん
できたとき、ふたりの作業は九分どおり完成していた。
「こんなところで何をしている。昨夜までは、調伏の場所は村の中央の広場だった
はずだろうが」
「はて。それがどうかしたかの」
と、おもしろがるようなにやにや笑いをうかべながらトエダがいう。
村長は爆発した。
「どうしたもこうしたもあるか! あんたはいったい、どういうつもりでこうもつ
ぎからつぎへとわけのわからんことをしでかしてくれるんだ!」
「ほほう、それは奇妙だのう」トエダの言葉には笑いがふくまれていた。「わけの
わからんこと? そのようなまね、わしはした覚えがないんだがの。わしのしてい
ることはどれもこれも、この村を徘徊している怪異をしずめるためのものなんだが
の。あんたに、たってのたのみといわれて引きうけたとおりの、の」
「だったら、なぜこんな場所に――」
語気荒くいいつのる村長の言葉を、やせ枯れた手をさしあげてトエダはさえぎっ
た。
そしてふいに真顔をぐいとつきだし、問いかける。
「ちょいと待ってくれんかの。逆にききたいんだが、なぜこの場所ではいけないん
だね?」
うぐ、と村長は言葉をのみこんだ。
視線がちらりと、側方におよぐ。無意識の動作だろう。
およいだ視線のさきには――あのほこらがあった。
「そう、それよ」とトエダはいう。「あのほこらさね。アリユスがだれにきいても、
旅人を守る神をまつるほこらだと、そういうようなこたえが返ってくるだけだった
そうだの。長よ、わしがあんたに問うたときも、おなじこたえだった」
「そ、それがどうした」
と村長は胸をそらしていった。あからさまな虚勢だ。
「べつにどうも」しれっとトエダはいう。「だが、ならばなぜ、長よ、あんたをふ
くめたこの村のもののどのひとりも、あのほこらのことに話題をむけると、そうも
おちつかなげになってしまうのかの? ただの道ばたの神なのだろう? たたりで
もあるのかい?」
「ば、ばかなことをいうな。あれは――」
「それとも」とトエダは村長の抗弁を無視して、さらに言葉をつづけた。「たたり
をおそれて、あのほこらがたてられた、というわけかの」
ぐ、と、長は言葉をつまらせた。
ひくひくと全身をふるわせながら何かいおうとするのだが、その口が意味もなく
開閉するばかりでいっかな声がでてくるようすがない。
そんな村長のようすを見ながら、トエダはにたと笑ってみせた。
「安心せい。わるいようにはせんわい」
そして、周囲を遠まきにとりかこんだ村人たちにぐるりと視線をめぐらせる。
「おまえさんがたにもな。この村には、たしかにわるいもんが憑いとるよ。だが、
それは妖怪なんかじゃないさ」
「だ……だったらなんだ」ようやく、長が口をひらいた。「ほこらの、神だとでも
いうのか。え?」
いって、むりやり笑いながら村人たちを見まわした。ためらいがちな追従笑いが、
あちこちからあがる。
「神かどうかはしらんがの」平然としたようすで、トエダはこたえた。「あのほこ
らにかかわる者であることは、まちがいないさね」
のうアリユス、とかたわらで村人たちのようすを不思議そうに見つめる少女の頭
に手をおいた。
真剣な顔つきでうなずく少女は無視して、村長はぼうぜんとした顔で幻術使を見
つめた。
が、気をとりなおして、広場の中央に設けられたしかけに視線をやる。
「あれは祭壇じゃないのか」
ふたたび、不審もあらわに問いかけた。
かさかさとのどをふるわせてトエダは笑う。
「そう見えるかの? なら、あんたの目は悪くない。そうさ、これは祭壇さね」
「あんた、幻術使のくせに神官か巫師のようなまねまでするのか」
「まあの。旅まわりでこういう暮らしをしていると、神おろしやら神鎮めやら、い
ろいろと門外のことどもまで頼まれるようなはめになることも、すくなくはないん
での。自然とまあ、いろいろ覚えてしもうたのよ」
いって幻術使はかさかさと笑った。
苦い顔で、老トエダの笑いをながめやりながら長は「そんなことはどうでもいい」
と吐きすてるようにいう。そして、
「きのうまでの調伏の準備とは、まるでちがうぞ」なかばはとがめだてる口調で、
それでもその底に色濃く不安をにじませて、問いただした。「だいいち、夜な夜な
この村を徘徊しているのは、獣じみた吠え声の妖物にほかならんのだぞ。これでは
まるで、ほんとうに神の霊をおろそうとでもしているみたいじゃないか」
ほうほうと老幻術使は、からかうような声を発した。
「おまえさん、ほんとうによく作法をごぞんじだの。おっしゃるとおりさね。この
祭壇は神――それもひとにわざわいをもたらす荒ぶる神か、あるいは――」
と、そこでいったん言葉をとぎり、トエダは意味ありげな視線で村長を見つめた。
焦点のさだまらぬ、斜視の凝視に得体の知れぬ圧力を感じて、村長は思わず視線
をそらす。
それから、下くちびるをかみしめてきっと目をあげ、挑むように幻術使をにらみ
つけながら問いかえした。
「あるいは、なんなんだ?」
にっと、トエダはしわがれた口もとをゆがめてみせた。
「あるいは、怨霊の鎮魂のためにしつらえる祭壇さ」
「ばかな」と目をむきながら村長はいった。「なにをあんたはかんちがいしとるん
だ。ばかばかしいにもほどがある。怨霊だと? あんたも見ただろうが、あの化物
を。あれはどう見ても人の霊とは似ても似つかぬ、山怪妖魔のたぐいだろうが」
長の背後で無言でなりゆきをながめやっていた村の衆のあいだにも、狼狽があか
らさまにかけぬけていた。眉根をよせながらおろおろと耳うちをしあっている。
対してトエダは、ぬけぬけと肩をすくめてみせた。
「おやおや、なんと薄情な。山怪妖魔のたぐいとは、これまたずいぶんとひどいお
っしゃりようじゃないのかのう。たとえ姿かたちはどうあろうと、もとは無念を抱
いていのちを落とした人の魂魄に対してそのいいぐさ。これではたしかにうかばれ
ぬわい」
「ばかをぬかせ!」
叫びは、狂おしく村内にひびきわたった。
たすけを求めるように、村長は背後に集った村人たちに、せわしない視線を投げ
かける。
うろたえたように、あるいはうしろめたげに、村人たちは視線をそらすだけだっ
た。