#4114/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 8/27 9:33 (188)
疾走する夏の死 8 永山
★内容
面白半分に冷やかすと、六津井は額に片方の手の平を当て、「失言だった」
と認めた。足を組んで、言葉を探しているのか、上目遣いになる。
「ふん、恐怖じゃなくて、威嚇かな。威嚇をするには、真正面から刃物をちら
つかせるのがいいだろう?」
「まあ、それならうなずけなくもない。それにしても、間が抜けているね。釣
りに来た枝川さんを襲っても、金は手に入りそうもないと予想すべきだ」
「それだけ切羽詰まっているのかもしれない」
「うーん。今一つ納得行かない。だいたい、殺しの動機は何だ? 君の話を聞
く限り、脅迫者としての力石は実に狡猾に動き回っていたようじゃないか。そ
れが、昨夜は不用意にも人を殺してしまうなんて」
「……酒でも入っていたんじゃないかな。つい、たがが緩んで」
「冷静さを失うほど酔っていたのが、殺しをしでかした途端、逃げおおせるた
めの適切な行動を取れた訳か。できすぎてるよ。正直言って、僕は力石が神野
麻伊を殺害した犯人とするのには、半信半疑だ」
「よし、そう仮定しようじゃない」
微笑んで、手の平を上に向ける六津井。その指には、煙草が一本、挟んであ
ったが、火は着いていない。
「名探偵は、誰を犯人だと考えるんだろう。楽しみだ」
「まだ結論は決まってないさ。死因が死因だから、動機がありそうなのは、全
員と言ってもいいだろう? 壁に頭を強打して死んだかもしれないなんて、ち
ょっとしたいさかいで、誰の間にでも起こりそうじゃないか」
「それは認めるよ。中でも私なんか、しつこいファンが鬱陶しくて、つい突き
飛ばして死なせてしまったのかもしれないよな。犯行推定時刻の辺り、私はト
イレに一度立ったし」
「そう、可能性を論じれば、君も容疑者の一人だ。だが、僕だって、可能性な
らある。君がトイレに立った隙に、僕もこの部屋を抜け出した。神野麻伊と会
う約束があったかもしれない。そして殺した−−こう考えることもできる。だ
から、こんな推測には意味が乏しい」
「意味のある推測をしようじゃないか」
お互いに苦笑を浮かべて、真面目な顔つきに戻る。
「そうだなあ。アリバイぐらいしかないように思うんだが、見通しは明るくな
い。まず、僕の推論は力石譲二は犯人でないという観点に立っているから、彼
のアリバイは無視して……。根木奈美恵には、犯行そのものが不可能だと思う
から、少なくとも彼女は実行犯ではない。計画犯ではあり得るがね。根木卓実
にはアリバイがあるかもしれないが、それは恐らく娘の証言に支えられている
だろうから、ないのと同じ。五藤由里にもアリバイはないはず。あるんだった
ら、あそこまで警察が追及するとは思えない。菅原オーナー、枝川シェフ、そ
れに若部りつ子の三人も、個人で動いていたようだからアリバイは不成立」
「ちっとも絞り込めていない」
六津井の揶揄する口調に、菊池は唇を噛んだが、認めざるを得ない。
「そうなのだよ。情けいないことに、自分自身は犯人でないと分かっているだ
けさ。あとは、奈美恵さんを除外できそうだというぐらいで、残りの人達は力
石も含めて容疑者には違いない」
「私の意見を聞いてくれるかい?」
「ああ、大歓迎する」
すると六津井は、唇をひとなめして、組んでいた足の上下を入れ替えた。
「煙草、いいかな?」
「いいだろう。脳細胞を動かすのに必要であるんなら」
菊池が許可を出すと、六津井は長い間持っていたためにしわの寄った煙草を
口にくわえ、ライターで火を点した。
うまそうに煙をふわり、吐き出すと、軽く目を閉じ、六津井は始めた。
「最初に断っておくが、これから喋るのは、純粋な推理なんかじゃない。作家
的思考がかなり混じった、想像のようなものだ」
「承知しているよ」
目を開ける六津井。言葉とは裏腹に、なかなか自信があるよう見受けられた。
「−−消去法になるのかな。最初に、菅原さんを除外できる。モニター客とし
て招いた神野さんを、菅原さんが殺すはずがない。たとえ何かのもめ事が起き
たにしても、菅原さんがお客を突き飛ばすなんて、あり得ない」
「……意外と説得力があるね。続けて」
感心しながら、先を促す菊池。
「同様の理由で、若部さんも枝川さんもないだろう。まあ、若部さんは若い分、
かっとなるときがあるかもしれない。枝川さんは料理人としてのプライドに傷
を付けられれば、腹を立てるかもしれない。だが、基本的に彼らはペンション
側の人間だ。お客に手を出す状況は考えにくいとしていいんじゃないかな」
「長年、緑浴荘を利用してきた君の言葉だ、信じたいね」
「ありがとう。外部からの侵入者もなかったと見なされているのだから、犯人
は宿泊客の中にいる。当然、私自身は無条件で除外させてもらいたい。奈美恵
さんも、先ほど君が言った理屈で、少なくとも実行犯ではない。ならば、その
父親はどうか。仮に、あくまで仮に、神野さんが奈美恵さんを侮辱する言葉を
吐いたとしたら、根木さんが謝らせようと行動に出たとしても、心理的には不
思議じゃない。だけど、謝らせるために詰め寄るにしたって、一対一で会う必
要はない。また、神野さんについて語る奈美恵さんの様子を見ても、悪く言う
様子は欠片もなかった。あれが演技だとは考えられないんだが……甘いかな」
「……判断しにくいね。君は女心にも精通していると思えるだけに。いや、真
面目に言ってるんだよ」
相手が顔をしかめたのを見て取り、菊池は言い添えた。
六津井は煙を景気よく吐き、煙草を灰皿に押し付けた。
「じゃあ、根木さんも圏外に置く。いいね」
「とりあえずはオーケーだ」
「残るは、君と五藤由里、そして力石譲二の三人。素直に考えれば、菊池、君
は犯人じゃないな」
「そりゃ、嬉しいね。だが、どんな理由があるのか、聞きたい」
「力石犯人説で収まりかけている事件を、わざわざ蒸し返そうとしている。真
犯人が君だとしたら、そんな馬鹿な真似はしないのが普通だ。無論、裏の裏を
かいたと言えなくもないが……ここでは圏外に去ったと見なそう」
「なるほど、道理にかなっている」
肩をすくめた菊池は、両手の指を組んで、相手の言葉を待つ。
だが、一向に口を開こうとしない六津井。二本目の煙草を取り出し、弄んで
いさえる。
根負けして、菊池は尋ねてみた。
「最後の詰めは……?」
「考えたみたんだが、私にはこれが限界だね、どうやら。菊池、点数を付ける
としたら、百点満点で何点かな?」
「悪くはない。真実、力石か五藤のいずれかが犯人ならば、八十点はやれるだ
ろうけど……果たして実際はどうなのか分からないからね。そもそも、これは
ゲームやテストなんかじゃない。犯人を突き止められれば満点、できなければ
ゼロ。真相を言い当てた上で、犯人の魂を救えればプラスアルファ。そんなも
んじゃないかと思うんだ」
「私だって、ゲーム気分で考えた訳じゃない」
「それは分かっているよ。本当は、点数なんて付けられないということさ。さ
あて、ユウの推論に従って、最後の二人から一人へと絞り込めないものか……」
顎に手を当て、わずかにうつむく菊池。しかし、閃きは簡単にはやって来て
くれない。いつの間にか、唸ってしまっていた。
「私はよく知らないんだが、推理小説だと都合よく、手がかりがあるよな」
からかい口調で、ホラー作家が言葉を差し挟む。
「血液型だとか利き腕とか……色盲なんてのもあるが、あれって、問題になら
ないのかい?」
「……利き腕」
「どうした、菊池?」
顔を上げ、口を半開きにした菊池の目は、焦点があっていない。
「確か……うん、そうだった。そうか、じゃあ、あれはおかしい。だが、僕ら
は間違いなく……」
「おい、分かるように言ってくれよ」
六津井の懇願を無視し、思考を続けた。
「そうか! 恐らく、彼はすでに……となると、あの中にはひょっとして?
でも、そうまでする理由は何だろう……」
「菊池、聞こえていないのか?」
「いや、聞こえているよ。待ってくれ、まとまりそうだ。ピースを余すところ
なく、はめ込められるだろう。問題は証拠だ。すぐに行動を起こせば、うまく
行くはずだが……気が進まない」
頭をかきむしる菊池。だが、やがて彼は決断した。
「行こう」
宿泊客からの注文に、その人物は内心、どきりとした。
「昼の食事、リクエストしたいんですが」
「リクエスト、ですか」
「夕食だけでなく、昼食も。だめですか?」
「……一体、何をご所望されますか。それを伺ってからでないと、こちらにも
材料の都合がありますので」
その人物−−枝川は威厳を保ちつつ、静かに語った。
「ああ、材料なら問題ありませんよ。絶対にね」
注文を出してきた宿泊客−−菊池の表情は、邪気のない笑みに満ちている。
「魚のマリネをお願いしたんですが、どうでしょうか」
「マリネ……ムニエルではお口に合いませんか?」
「ええ、ムニエルはいけない。マリネか……刺身でもいいなあ。どんな魚が揚
がったか知らないんですが、枝川さんが怪我をしてまで手に入れたでしょう?
新鮮な魚をなるべく生に近い形で食べてみたいんです。それが一番だと思いま
すから」
「ああ、なるほど」
戸をぴたりと閉じた調理室の前で、考えるふりをして視線を逸らす。いや、
考えているのは間違いない。メニューではなく、どうすればよいかを。
「吉田刑事からも聞きました。あのクーラーボックス、ずっしりしていたんだ
とか。さぞかし、大物が釣れたんでしょうね? 期待しています」
「……努力してみましょう」
息が荒くなりそうなのをこらえ、やっとのことで返事する枝川。
「大丈夫ですか、枝川さん? まさか怪我が」
「え、いえ。ご心配なく」
「そうですか。では、新鮮な魚料理、楽しみにしています。冷凍物じゃない、
釣りたての魚を味わわせてください」
菊池が立ち去ってから、枝川は急いで着替えにかかった。早くしないと、不
審がられる……。
シャツの上からジャケットを羽織った枝川は、人目を忍ぶように辺りを窺い
つつ、今も居残る刑事の一人に声をかけた。
「車で出かけたいのですが、よろしいか?」
「どちらまで?」
値踏みするかのごとく、じろじろ見てくる刑事を疎ましく感じる。
「下の町まで……材料が切れたのです。お客様のためにも、ぜひ揃えたいので
すが」
「ある物で済ませられないんですか?」
「だめなんです。重要な食材ですから、代用が利きません。お願いします。刑
事さんが同乗してもかまいませんから」
「うーん。とりあえず、吉田警部に聞いてみないと」
刑事が頭を巡らせたとき、ちょうど吉田が現れた。
「呼んだか?」
「あっ、警部。こちらの枝川さんが、車で町まで食事の材料を買いに行きたい
と言ってきまして。同乗者を付けるということで、かまわないかどうかを伺お
うと思っていたところであります」
「それに対する返事は、決まっていますよ」
若い声がした。
吉田の背中から、現れたのは菊池内之介だった。
「返事はノーだ」
「あ、あんたは……何の権限があって」
枝川が目を剥くのへ、菊池は口元を引き締めてから言葉を続けた。
「枝川シェフ。私は新鮮な魚が食べたい。それも町で買ってきた魚なんかじゃ
なく、あなたがこの湖で釣り上げた魚を」
「……魚を買いに行くとは、言っておらん」
「確かにそうですよね。じゃあ、見せていただきましょうか。あなたが今日、
釣った魚を」
「……」
唇を噛みしめる枝川に、追い打ちをかける菊池。
「まさか、わざわざ冷凍するなんて馬鹿なこと、していませんよね。新鮮な素
材を少しでも早く客に味わってもらう。それが当たり前ですから」
「……私が一人で食べてしまったと言ったら、信じてもらえるだろうか」
面を上げ、菊池を見返した枝川。相手は目を伏せがちにし、首を横に緩く振
った。
「骨が残るはず。頭の骨までは食べられないでしょう」
−−続く