AWC 疾走する夏の死 1   永山


        
#4107/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 8/27   9:22  (167)
疾走する夏の死 1   永山
★内容
 この物語は一九九七年、夏の出来事−−としておこう。
 男同士で抱き合う姿は、ときとして気味悪く見えるものだろう。
 一人が長髪、黒サングラスにサマースーツ姿、もう一人が羽織袴に麦藁帽と
来れば、なおのことに違いない。
 乗降客の少ない地方の駅前に、そんな格好をした二人が現れたのは、午後一
時過ぎだった。
「久しぶりだな」
 和装の男を迎えた黒サングラスが、白い歯を見せて笑う。
「そうだね。いやあ、見違えたなあ」
 麦藁帽を取った男は、小さな手荷物一つを、汗をかきかき運ぶ。車輌内の冷
房がきつすぎたのかもしれない。
「送ってくれた本、ありがたく読ませてもらったよ」
「ふむ、感想は?」
 白いスポーツカーのドアロックを解きながら、黒サングラスが尋ねる。
 和装の方は、肩をすくめ、助手席に乗り込みながら答えた。
「恐かった」
「あはははは! そりゃそうだ。ホラーなんだから!」
 キーを差したまま、エンジンを掛けずにしばし笑う。
「ホラー作家として繁盛してるようで、何より。六津井さん」
「堅苦しい呼び方をしてくれるなあ。昔のように、ユウと呼んでほしいね」
「君がいいのなら、そう呼ぶよ。だが、ほんと、変わったねえ。あの恐がりユ
ウちゃんが、売れっ子ホラー作家、六津井雄とは」
「こら、誰が『ちゃん』付けしろって言ったかなあ?」
 やっと笑いが収まったか、スムーズに車をスタートさせた六津井。
「いいじゃないか。僕のことをダイちゃんと呼んでくれて、かまわないよ」
「いや、遠慮する。折角、内之介という立派な名前があるんだから、そちらで
呼ぶよ。名探偵、菊池内之介殿」
 六津井のからかい口調に、菊池は再び肩をすくめた。
「どうせ、ただのぷーたろーさ」

 山中にある緑浴荘という小さなペンションに着くと、六津井はサングラスを
外し、胸ポケットに仕舞った。
 それから頭を巡らせていたかと思うと、慣れた様子で従業員を呼びつけた。
「あー、いたいた。若部さん、彼の案内、頼むね」
「はい、分かりました。こちらが六津井様のお連れの方ですね」
 若部と呼ばれた二十代に見受けられる女性も、気さくな調子で応じる。ペン
ションの人間と客との間に、壁はないらしい。
「菊池内之介と申します」
 言って、頭を下げる菊池の、その時代がかった仕種がおかしかったのか、若
部は小さく吹き出した。
「お名前は、チェックインで詳しく伺います」
 手続きを済ませてから、二階の客室に案内された。無論、六津井もあとから
着いてくる。
 流れるような筆記体で2と記されたプレートのかかるドアを、若部が押し開
ける。
「二人部屋で、六津井様とご一緒となっていますが、ご希望でしたら、間仕切
を設けることもできます。どうしましょうか?」
「僕はどちらでもかまわないが……ユウ、君は?」
 振り返って尋ねると、六津井が首を横に振るのが見えた。
「友情の前に、いびきぐらい、我慢するよ」
「言ってくれるね」
 苦笑しつつ、部屋の奥へ進む。
 大きな窓が開け放たれており、景色がよく見通せた。木々の鮮やかな緑に空
の青、少し先には黒っぽい小さな湖も望める。
「うん、いいところだ」
「おいおい。着いたばかり、景色を眺めただけで、そんな判断を下すのかい?」
 隣に来た六津井が、呆れたように顔をしかめた。前に流れてきた髪を、鬱陶
しげにかき上げる。
「菊池様、お夕食は和洋、どちらにしましょう?」
 若部の声に、窓から離れる菊池。
「ここの料理は絶品だと、ユウ−−六津井から聞いたんですが、シェフはどち
らがお得意なんでしょうね?」
 枝川秀一郎という人物を菊池は知らなかったが、テレビ出演も数度ある、腕
の確かな料理人だと六津井から聞かされている。何でも、二年前の春を迎える
に当たって、住む場所を失い、家族を亡くす等、激変に見舞われる内に心境の
変化があったとかで、テレビ出演を一切断ち、このペンションのシェフに専心
となったらしい。
「枝川は、どちらもこなします。ほとんど同じ材料から、全く違う料理を作る
んですよ。女の私がうらやましくなるぐらいの腕前なんですよ」
「ふうん。ぜひ、両方を味わいたいなあ。今晩は洋食、明日は和食というリク
エストでもかまわない?」
 菊池はここに二泊する予定だ。
「もちろんです。じゃあ、今晩は洋食ということで、よろしいんですね?」
「はい、お願いしますよ」
 若部は他にも細々とした注意や案内をしてから、部屋を出て行った。
 彼女を見送った菊池が、六津井へ向き直る。
「本当に、いい環境みたいじゃないか。執筆もさぞかし、はかどるんだろうね」
「まあね。編集者から遠く離れ、誘惑が少なくて、助かる」
 六津井が使うテーブルの上には、ポータブルワープロが載っている。
「よく知ってたもんだね、こんな場所を。いわゆる穴場ってやつだな」
「幸運というか顔の広さだな。話したろ、ここのオーナーのこと」
「ああ。歌手をやっていた菅原登喜さんだって? あまり詳しくないが、結構、
ヒットを飛ばしていた人じゃなかったか。引退する歳でもないだろうに」
 枝川に料理人として働いてくれるよう口説いたのも、この元歌手だ。抜け目
ないと言うか、経営の才覚もなかなかありそうだ。
「引退理由は知らない。突然ではあったらしいが……。そもそも、菅原さんと
知り合ったのは、私が作家デビューしてからだしね。大ファンになったって、
手紙をもらったときは、差出人が元歌手だなんて、分からなかった。まあ、失
礼な話だけど」
「ここ、何年前から利用してるんだい?」
「今年で四年目かな。毎年夏の一週間ほどを、ここで過ごしている。枝川さん
が料理するようになってから、すっかり気に入ってね。顔馴染みもできてさ。
今泊まっている人達の中にもいる。会ったときに、紹介しよう」
「楽しみにしとく。−−さて、そろそろ本題に入ってくれてもいいんじゃない
かな?」
 首を傾げ、両手を大きく広げる菊池。
「本題とは?」
「とぼけなくていい。それとも、この部屋の壁には耳があるのかな」
「そんな物はない……はずだ」
「じゃあ、ずばり聞こう。売れっ子作家の君が、執筆環境として最高のこの土
地に、長年ご無沙汰の僕をわざわざ招待してくれるなんて、どういう風の吹き
回しだろうね。探偵が趣味の人間でなくても、気になるのが普通だ」
「旧交を温めたかったから……というのではだめかな?」
「多分に無理があるね」
 菊池の指摘に、ホラー作家は唇の端をにやりと曲げた。
 そのまま、芝居がかった台詞を口にする。
「さすが。私が見込んだ探偵だ」
 そして菊池に座るよう促すと、自らも適当な場所へ落ち着いた。

 奈美恵は車椅子を操って窓際まで寄ると、明るい調子で言った。
「お父さん、私のことはいいから、行っといでよ」
「どこへ行けと言うんだね」
 娘をトイレに連れて行ってやったばかりの根木卓実は、唐突な話の展開に、
まるで着いていけない有り様だ。眼鏡を拭いていた手も、ぴたっと止まってし
まった。
「私は気が利くから、ちゃーんと分かってるんですよ。登喜さんとお話しした
いんでしょ?」
「それは……」
 根木の顔が赤くなる。まだ学生の娘に簡単にやり込まれてしまった恥ずかし
さと、図星を言い当てられた気まずさとが一緒くたになったのかもしれない。
「私ね、登喜さんのこと、嫌いじゃないよ。好きと言っていいくらい」
「な、何なんだね、奈美恵。おかしいぞ」
「だからぁ、お父さんがあの人と再婚するだったら、私、諸手を上げて賛成し
ちゃうな」
「おいおい。勝手を言っちゃいかん」
 咳払いをしてから、諭すような口ぶりになった根木。もう一つ咳払いをし、
眼鏡を慎重な手つき出かけると、続ける。
「正直なところ、菅原さんのことは自分も好ましく思っているよ。だけどね、
それは再婚がどうとかじゃなく、仲のよい友達のような」
「我慢しちゃって」
 くすくす笑いながら、奈美恵は窓から目線を外した。
「お母さんのことを忘れるんだったら、私も許さないけどね。旅行先にも写真
持って来て、拝んでるくらいだし、お父さんの気持ち、立派だわ。だからもう
そろそろ、いいんじゃないかなって。登喜さんだって待ってるかもしれない」
「子供がそんなこというもんじゃない。仮に−−あくまで、仮に、だぞ。お父
さんが菅原さんと再婚を希望したとしても、菅原さんの気持ちがどうだか、分
からないじゃないか。奈美恵が今言った根拠、何かあるのかね? ないだろう」
「具体的にはないけれど」
 焦れったさに身をよじる奈美恵。車軸がかすかに、軋んだ。
「でも、見てれば分かるの。お父さんと登喜さんの話している様子、どっちも
幸せいっぱい、だもんねー。電話がかかってきただけで、うきうきしちゃって
たしさ」
「細かいところ、見てるんじゃない」
 わずかに白髪の混じる髪へ手をやり、根木は呆れた風にため息を付いた。
「気持ち、隠すことないよ。私が邪魔だったら、出て行くから」
「奈美恵、馬鹿なこと言うな!」
「大声、出さないでよっ。そりゃあ、私一人で何でもできるとまでは言えない
けれど、たいていのことはこなせるわ。仕事だって、いくらでも見つけられる
と思うし……ま、車椅子での独り暮らしを認めてくれる手頃な下宿があるかど
うか、よね」
「おまえ……そんなこと、せんでいい」
 娘に寄り添った根木は、片手をそっと、彼女の肩に置いた。そうして、頭を
何度か、横に振った。
 奈美恵が見上げる中、根木は喋り始める。
「白状しよう。お父さんはな、もうすでに、菅原さんに話をしてみたんだよ。
おまえのことを含めて、一緒になってくれないかとな。彼女は優しい人だ。奈
美恵ちゃんがよければ三人揃って、と言った」
「−−ほんと?」
 高い声を上げ、両手を口に当てる奈美恵。続けて、「やるじゃない、お父さ
んも」と叫ぼうとしたが、それより早く、父の声が聞こえてきた。
「奈美恵の働く場所についても、やる気があるのなら、この緑浴荘の仕事を手
伝ってほしいと」
「私にできることがあるんなら、何だってやるよ!」
 娘の即答に、父は表情を綻ばせた。


−−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE