#4075/5495 長編
★タイトル (RJN ) 97/ 8/15 10: 5 (118)
「彼岸花」(2) ルー
★内容
「まあ、全然知りませんでしたわ。市内のことなのに。」
佐伯さんは、信じられないという風に目を丸くして言った。
「汚職で、逮捕者がたくさん出たでしょう、あの時ですよ、子供が3人焼け死んだの
は。それで新聞では大きく扱われなかったんです。ほかの2件の火事は、たいして、
家が焼けたという程度ですからね。」
「でも、この4枚目の写真は、どうしてなんですの?」
「ああ、これは去年写した物なんです。あの場所がどうなっているのかと思い出しま
してね。行ってみたら、さすがにもう家を建てる人間はいないとみえて、彼岸花が沢
山咲いているだけだった。だから、わざわざ行った記念に、彼岸花もきれいだったし
、
”火事ーその後”の意味合いも含めて撮ったわけなんです。」
佐伯さんは、その彼岸花を写した4枚目の写真をじっと見つめた。
「・・・私、この彼岸花で、母にひどく叱られたことがありますの。」
「ほう。・・・」
男は、興味深そうな眼差しを投げた。
「私が子供の頃、彼岸花の赤い色がとてもきれいだったので、道ばたに生えていた花
をむしって持って帰って、家に飾ったんです。そうしたら、母が申しますには、彼岸
花を飾るとその家が火事になると言うのです。私は、すぐに彼岸花を花瓶から抜いて
捨ててしまいました。」
「なるほど、この3軒の家も、誰かが知らずに彼岸花を飾ったせいで、火事になった
のかもしれませんね。」
男は、佐伯さんの迷信じみた話をからかいもせずに、真顔であいずちをうった。
佐伯さんはこの辺が潮時と軽く会釈して別れようとした。男は終始慇懃な態度だっ
たが、続けて写真の技術的な話を長々としたので佐伯さんを閉口させた。
帰り道に夕飯の材料をそろえるついでに、亡夫の仏壇に供える菊の花を一束買った
。
その夜には、息子夫婦と孫達がキャンプを終えて帰ってきた。
夏休みも終わり、息子夫婦は忙しく仕事に出かけていき、まどかと樹は宿題の絵日
記と工作を持って学校に行った。
佐伯さんは、みんなが出かけた後、朝食の後かたづけをしたり、洗濯物を干したり
、
家の中を片づけたりと、いつものようにせっせと働いていた。
区長の沼田さんが、回覧板と市の広報誌を丸めて持ってきた。佐伯さんは順番で町
内会の班長に当たっていたので、そうした物の配布をするのだった。
暑いですね、というお定まりの挨拶や近所のうわさ話をひとしきりした後、佐伯さ
んはあの市役所での写真展と中山という男の話を思いだし、3度火事にあったという
場所のことを区長さんに尋ねた。
沼田さんは狐につままれたような顔をして、首を傾げた。
「妙だなあ、その話は。あの堤防沿いの土地を宅地造成して分譲しようという計画は
確かにあるんだがね。まだ、計画立案の段階で、実際着工するのはずっと先になるは
ずなんだが。地主の話し合いもまとまっておらんし・・・・・草ばかりの荒れ地だよ
。
昔ならあんな所を買おうというやつもいないんだろうが、土地は高くなるばかりだし
なあ。あの川はわしがガキの頃に一度氾濫しているんだ。それで、堤防をもっと高く
土盛りした。それからはどんな台風や大雨でも決壊したことはないがね。わしは何度
も川の水が堤防ぎりぎりまで来るのを見たことがある。わしなら絶対買わんがねえ。
とにかく、そりゃあ、根も葉もないうそっぱちだな。」
佐伯さんは、あの時男からもらった名刺を必死で捜した。手提げバックの奥の方に
、
丸めたティッシュやよれよれになった割引券などに混じって、埃の付いた『R市写真
同好会 中山 道雄』の名刺が出てきた。電話をかけると、そこは小山さんという個
人の家で、確かに写真同好会の事務局の役をしているが、もともと形骸的な組織なの
で会員の集まりもないし、一定の活動もしていないということだった。名簿があると
いうので調べてもらったが、「中山 道雄」という名前はありません、という答えだ
った。
彼岸花・・・・・別名、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)、毒草・・・・・
国語辞典で調べて、佐伯さんにわかるのはこの程度のことだった。
バスには3,4人ほど、それも老人だけしか乗っていなかった。運転が乱暴なのか
道が悪いのか、バスは揺れがひどく、油断せずしっかり椅子の握り手に掴まっていな
ければならなかった。佐伯さんは、堤防の手前の停留所でブザーを押してバスを降り
た。中山という男の話と区長さんの話の食い違いが無性に気になった。行ってみよう
、
と思った。自分の目で実際に見てみなければ納得できなかった。
バス停には、佐伯さん一人残された。寂しい場所だった。道路沿いの家並みを横切
って、土手の方に向かう細い道に入ると、両側は雑草ばかりだった。5分ぐらい歩く
と堤防が見える広々とした土地に出た。南東の方角に橋桁が小さく見える。まちがい
なく、写真で見たあの場所だった。やはり、家など建っていた痕跡などない。
まだ人の手の入らない単なる荒れ地だった。赤い花が沢山咲いている様子だが、あれ
は彼岸花だろうか。彼岸花にしては季節が早すぎる。佐伯さんは不審に思いながら、
土手に近づいていった。
土手に近く、赤い色が群がって一層鮮やかな場所で、小さな女の子と茶色の犬がじ
ゃれあって遊んでいた。花は、彼岸花だった。
彼岸花は、まっすぐに伸びた長い茎に紅色の花弁を上に反り返らせて、燃えるよう
に咲き乱れていた。
女の子は真っ赤なワンピースを着ていた。裸足で、肌の色が浅黒く、肩まで無造作
に伸ばした髪は黒々としていた。子犬はやっと乳離れができたくらいの幼い犬で、佐
伯さんがそばに行くとさっと退いて、彼岸花の茎を意固地になって囓っていた。
少女は、子犬を抱き上げて出し抜けに言った。
「どうして、ここにきたの?ここで、あたしは遊んでいるの。ここは、あたしの場所
なの。」
茶色の子犬は少女の腕の中で、足をばたつかせてもがいていた。
「邪魔しちゃいやよ。そうでないと、あなたの家を彼岸花でいっぱいにしてあげる。
」
少女の歯は、鋭く白く、とがって見えた。
「でも、あの事をしゃべってもどうしようもないことよ。だって、ここが火事になる
のは、あなたが生きているうちじゃないんだもの。たとえ、もっとひどいことが起こ
っても。あなたにはどうしようもないのよ、お・ば・あ・さ・ん。」
・・・・・・・・・了 by ルー rjn08600