AWC 十三VS殺人鬼 2   陸野空也


        
#4020/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 7/30  17:40  (200)
十三VS殺人鬼 2   陸野空也
★内容
「父ちゃんこそ、歳なんだから、足が弱いだろ。気を付けてよ」
「こいつは」
 愛の父親は気取ったポーズで首をすくめ、左右に振った。
「社長、お急ぎになりませんと」
 助手席から降りた四人目の男は、腕時計で時刻を気にする風。
「分かっておる。おまえも矢口と一緒にここにいろ。家族が会うところの邪魔
をされたくない」
「お言葉ですが、不肖大塩、秘書として言わせてもらいます。スケジュール上、
どうしても外せない予定がこのあと、立て込んでおります。まず、FSグルー
プ会長との−−」
「分かった分かった。なら、着いて来い。タイマー代わりだ」
 結局、寺之本とその息子の愛、秘書の大塩は、運転手の矢口を置いて、建物
へと向かった。
 空には、西の方から、黒雲が垂れ込め始めていた。

「ラリーさんのお国では、殺人なんか、多いんでしょうねえ」
「その通りです」
 牛久賢也の問いかけに、ラリー=テイルは流暢な日本語で応じた。
「もちろん、この国と合衆国とを比較すると、そう思えるという意味です」
「ああ、そりゃそうですな。でも、日本も最近、物騒になってきたのか、残虐
な事件が増えています。思いませんか?」
「思います。私が初めて来日した頃は、もっと穏やかで、平和で、住み易かっ
たです。それが今は、残虐な殺人が増えてますね。極最近に限っても、ジュウ
ザ、エンプティ……。世情に合わせて、空気が殺伐となっている気がします」
「僕は最近、特に確信を深めているんですが、あれですよ。日本はアメリカの
足跡を忠実にたどっているっていう……」
「なるほど、分かります。残虐な殺人事件は合衆国には、星の数ほどもありま
すから。殺人犯人のブロマイドが売られているぐらいです。教育上、よくない
という声が上がるにも関わらず、子供達の人気を集めている」
「日本もそうなりますかねえ。いや、僕はきっとなると思うんですよ。実はね、
一つ驚いたことがありまして、経済で世界の頂点に立った国は、その時期、海
老の消費量も世界一になるんですよ」
「ほう」
「かつて栄華を誇ったイギリスしかり、最後の大国アメリカしかりです。だが、
経済が落ち込むと同時に、海老の消費量も一位の座から転落しています。で、
日本もね、一位になったんですよ、海老の消費量。ちょうど経済が絶好調の頃
と重なってまして−−」
「牛久さん」
 熱弁を振るう牛久にストップをかけたのは、この療養所で唯一人の看護婦、
下枝だった。
「そろそろ、リハビリテーションのお時間ですよ」
「ああ、どうもこれはすみません。ラリーさん、またあとで」
「どうもどうも」
 日本的な挨拶をするラリーに手を振りながら、牛久は、ロビーの横長ソファ
から立ち上がった。
 その手には松葉杖が握られている。
「お加減は、いかがですか?」
 専用の部屋へ向かう道すがら、看護婦が牛久に聞く。
「前と変わりません。痛みはないが、感覚もないっていう……」
「そうですか。傷は完治しているんですが、神経の方にわずかばかり、影響が
残っているようですね」
「それ、先生もおっしゃってたよ」
 苦笑混じりに指摘する牛久。
 光葉療養所に入っている患者は、全員が男性。故に、女性と会話できる機会
が少ない。どことなくうきうきしてしまうのは、牛久の若さだけであるまい。
「先生が独身なのも、信じられないな」
「アプローチしたって、無駄ですからね」
「どうして? 僕では若すぎるか」
「先生には、決まった相手がいるからです。さあ、お喋りはここまで」
 リハビリテーションルームに着くと、牛久は早くもげんなりした顔つきにな
り、頭を振った。

 越塚は眼前の風景を遮られ、絵筆を止めた。
「君ぃ。そこの君だよ!」
 神経質な手つきでバケツに筆を突っ込み、かき回しながら怒鳴る。
「俺のことですか」
 大きな背中を見せていた若者が、穏やかな物腰と共に振り返った。
「そうだよ、君だよ。吉河原君だっけか。でかい図体が、邪魔なんだ」
 越塚がまくし立てると、吉河原は、頼りなげな足取りで、ふらふらとその場
を去る。かと思いきや、越塚の方へ近付いた。
「絵をお描きですか」
「ああ、前にも言っただろ。私は絵描きなのだ。絵が人生なのだ。筆を持てな
い日が続くと、頭がおかしくなる。やっと先生から許可が出たのに、君に邪魔
され、気分が壊れた」
「はあ、どうも、すみません」
 頭をかいた吉河原が、茫洋とした物言いで、謝罪する。
「花がきれいだったもので、つい……。越塚さんがおられるのに気付きません
でした。すみません」
「私は君のことは嫌いじゃないが、こうして邪魔されると、不愉快だね。しば
らく、話しかけないでくれたまえ」
 越塚が申し渡すと、吉河原は律儀な性格なのか、いきなり口を閉ざし、足早
に立ち去った。
「実に素直だな。気は優しくて、力持ちの典型か」
 うなずく越塚。
 こうやって、大げさに感心することで、己の心を鎮め、絵に取り組む気持ち
を新たにしようという魂胆があるのだ。
 が、越塚が再び筆を手に取ったとき、別の邪魔が入った。
 車椅子に乗った初老の男。ここへ担ぎ込まれたとき、見事な角刈りだった髪
が、今はいくらか崩れている。料理人の念田恭範。
 彼を後ろから押してやっているのは、越塚の知らない女性だった。知らない
と言っても名前を聞いていないだけで、顔は何度か見かけている。
「すみません。前を失礼します」
 軽く会釈しながら行く女に、越塚は好感を持っていた。だから、さっきと異
なり、簡単に許せる。
「ええ、どうぞ。どうせ、中断していたところです。−−念田さん、その方は
どなたなのか、教えてくれませんかね」
 真っ直ぐ前を見据えていた念田は、越塚の声に反応し、かすかに身体を起こ
すと、どんぐり眼を向けてきた。
「わしの女だ」
「はは、それは承知してるよ。お名前と、ご関係ってところをね。奥さんじゃ
なさそうだし」
「福原多恵でございます」
 物静かな口調で、本人から答があった。
「ははあ、福原さん。私は越塚孝行と言います。本業でも絵描きだったんです
が、ご覧の通り、当分は商売上がったりですな」
「どうせ元から、画家一本で食っていた訳であるまいに」
 念田が憎まれ口を叩くと、福原がたしなめる。
「やめてください。失礼ですよ」
「なーに、九割方、当たっておるだろう。どうかな、絵描きさん?」
「これでも、絵に携わって、生活してたんですがね。つまり、自分でも筆を執
るし、画廊もやってるという訳です」
 むっとしたが、福原の顔を立て、越塚は極めて穏やかに応じる。
「その絵描きさんが、何でここに入られた?」
 言葉は丁寧さを帯びたが、語調は荒っぽいままの念田。
「おや、話しませんでしたか。まあいい。ちょっとばかり、行き詰まりを感じ
まして、少々、荒れた生活を。ガラスをぶん殴って、両手の筋がいかれたのと、
神経がすり切れそうになってたもんで。いやはや、お恥ずかしい」
 かいつまんで説明したあと、逆に念田に尋ねる越塚。
「あなたは何でしたかな? 確か、大立ち回りをやらかしたとか」
「大したことじゃねえな。わしの料理にけちをつけた客と口論してたのが、大
げさになっただけだ。警告の意味で包丁を振り回してやったのに、あいつら、
飛びかかって来やがって」
「あなた、それぐらいにしてください」
 静かだが、叱りつけるような福原に、念田は押し黙った。
 それから福原は越塚へ黙礼をし、車椅子を軽々と押していく。
 その様子を眺めやってから、越塚はふっとつぶやいた。
「あちらは、戦後、強くなった物の典型と来たか」
 そして新たに色を練ろうとした矢先、鼻の先に冷たさを感じた。
「ちっ、雨か。しょうがない」
 絵の道具を、越塚はそそくさと片付け始めた。

「雨だよ、雨」
 次男坊が窓の向こうを指差しながら、騒いでいるのを、寺之本真矢はうるさ
げにあしらう。
「愛、静かにしないか。ここは病院だ」
「なー、父ちゃん」
 財閥総帥である寺之本を、こんな風に呼ぶのは、愛だけである。
「早く、兄ちゃんに会おうよ」
「幸はちょうど、リハビリの時間だったとかでな……おまえにこんな言い方し
ても、始まらんな。もう少し、辛抱してくれ」
「つまんないよー」
「……おおい、大塩。おまえ、子供の相手はできるか」
 困り果てた顔つきで、秘書を呼びつけた寺之本。
 時間を気にする仕種を見せていた大塩は、居住まいを正すようにしながら、
振り向いた。
「いえ、私もそのようなことは、苦手でございまして……矢口なら、打って付
けでしょう。呼んで参りましょうか」
「いや、よい。もうじきだろう」
 寺之本の言葉を待っていたかのように、廊下の向こうから、車椅子に乗った
青年が現れた。電動タイプの物で、ゆっくりだが、力強く進む。
「親父か。よく暇があったもんだ」
 久しぶりの対面だと言うのに、幸はぶっきらぼうな挨拶である。
「おまえのために、時間を作ってやったんだ。感謝しろ」
 自らも歩み寄ってから、言い返す寺之本。
「一ヶ月ぶりに帰国したばかりで、仕事が山と溜まっている。息子の見舞いな
んぞ、早く切り上げたいぐらいだ。それで、どうなんだ、調子は?」
「あれえ? 聞いてないのか、先生から?」
「時間が長引くと思ったんだ。おまえの口から聞く方が早い」
「しょうがねえなあ。あと二ヶ月はかかるってよ。ぽっきり、やっちまったん
だから」
 足を指差しながら、幸は苦笑いした。
 その後、大塩が、廊下で話すのもあれだということで、四人とも幸の個室に
入った。
「ほう。なかなかいい部屋じゃないか。設備が整っている」
 療養所を初めて訪れた寺之本は、室内の様子に感心した風だ。テレビはもち
ろん、ちょっとしたオーディオセットやシステムキッチン、簡易式のシャワー
まである。無論、病室本来の機能として、ベッドも立派な物が鎮座している。
「それよか、何でこんな、変な病院に入れるんだよ。周りの人間の話をよく聞
いてみりゃ、心理カウンセリングとかもやってるんだって? 俺には必要ない
ぜ、そんなもん」
「ああ、確かに必要ないだろう。ここに入れたのは、私の計らいだ」
「何のために? 嬉しくねえ。こんなへんぴな場所じゃ、友達も誰も来れやし
ねえ。一人でゲームばっかじゃ、退屈で死にそうだ」
「バイクで転んで、死ぬ死ぬと言ってた奴が、何をほざくか」
 父親のきつい指摘に、幸は意気消沈したのか、うつむいてしまった。
「ここに入院させたのは、悪い友達を近付けさせんためだ。おまえは大事な跡
取りだからな。忘れるな」
「成績上位をキープしてりゃ、あとは自由だって約束じゃないか」
「いくら優秀な成績を維持していても、くだらん事故で死なれては、元も子も
ない。バイク仲間とは縁を切れ」
「……仕方ねえなあ。じゃあ、せめて、友達、ここに呼んでくれよ」
「いかん。縁を切れと言っただろう」
「違うってんだろ。馬鹿じゃねえよ、俺だって。クラスの友達だ」
「ほう。誰だ? 今度、矢口に送り迎えさせてやろうじゃないか。具体的に言
ってみろ。おい、大塩、メモっとけ」
 隅っこで気配をほとんど消していた秘書は、「はい」と返事して、手帳と万
年筆を取り出した。
「ったく、仰々しいなあ」
「早く言わんか。時間がないんだ」
「分かったよ。きらむらさおり」
「どんな字を書くんだ。そこまで説明するのは、人に伝えるときの常識だぞ」
「うるせえな。クラスに一人しかいねえよ、この名前は。まあいい。方角の北
に市町村の村、陸軍大佐の佐、織り姫の織で、北村佐織だよ」
「ん? 女か?」
 大塩の手元を覗き込みながら、やっと気付いた様子の寺之本。
 幸の方は、呆れたように伸びをした。
「あーあ、そうだよ」
「おまえ、この娘と深い仲なんだな」

−−続く




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