#3997/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 7/21 21:49 (184)
罪の図 3(再) 永山
★内容
※先にUPした『罪の図』の3で、看過できないミスの指摘を受けましたので、
その箇所を訂正の上、元のファイルは削除します。ご了解ください。
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インスタントコーヒーに缶詰め、パンという朝食だったが、ほとんど口を着
けずに終わった。
その一方で、議論はなかなか尽きない。
「麻原さんの事件でアリバイがないのは、力沢さんを含めた男の人全員です。
みんな、水汲みに行ったり、釣りに出たりで」
「女性の中にも、アリバイがないのはいただろう」
寺西の言葉に、力沢が反駁混じりの付け足しを行う。
「みんながみんな、料理の準備をしていたんじゃないはずだ」
「ええ。でも、私はずっと、一人にはなりませんでした。一人になったのは、
枝拾いに行った典子と絵里だわ」
「わ、私は、ずっと典子に着いて回ってたわ」
慌てた風に、柚木が主張する。
「それを証明できるのは? 典子はここにいないんだから」
「そ、そんなこと言うんだったら、沙江だって。証言してくれるの、保永先輩
しかいないじゃないの」
「そうよ。だけど、私と先輩が料理の準備をしていたのは、あなたも見たでし
ょ。完璧なアリバイじゃあないけど、よっぽど」
「やめろ」
力沢は二人を止めた。
「そんな言い合いは、無駄だ。可能性だけを論じれば、誰も除外できない。次
の検討に移るぞ。砂川が襲われたと見られる時間帯、アリバイがないのは誰だ」
「あのときは……全員、何となく暗く沈んでて、互いのことなんて、ほとんど
注意してなかったんじゃないですか?」
「そうよねぇ、雨だって降ってきて、鬱陶しかったし」
寺西、柚木とも、しかとは記憶していないようだ。
力沢自身、犯行時刻が確定できないだけに、断言出来るものは何も持ち合わ
せていない。しかし。
「生きてる砂川を見た最後の時刻から、遺体を見つけるまでの間、常に誰かと
一緒にいたのなら、アリバイは成立する」
「それなら……あ、保永先輩はずっとテントの中にいたと思います。あのとき、
テントを出なかったのは多分、先輩だけでした。私や絵里、典子は一度ずつ、
トイレに立ったから」
寺西の言を柚木に確かめると、間違いないという答。
「じゃあ、彼女にはアリバイがある、と」
生きていなければ無意味だが、という言葉は飲み込んだ力沢。
「力沢先輩のテントでは、どうだったんです? 雨の中、外に出た人がいるん
ですか」
「待ってくれよ……。うん、まず、俺と免田は麻原の遺体を河原から土のある
ところに移して、ビニールシートを被せてやったからな。免田も死んでしまっ
たが、このことは君らも知っているだろう?」
半ばすがるように力沢が尋ねると、寺西達はこくりとうなずいた。
みっともないほど大きく、力沢は安堵した。
「そのあと、砂川が連絡を試みようとして、テント内では調子が悪いからって、
傘と通信機器を抱えて外に出る訳だが……。俺はずっとテントにいた。免田は
一度、煙草を吹かしに出たな。野村は……印象にないな。あいつが部長だから、
麻原の死をどう知らせるか等の善後策を話し合っていたんだが、ずっといたか
どうかは分からん。神野の奴は、砂川に着いて行って、しばらく付き合ってた
ようだ。だが、十分もしない内に引き返してきたぜ、寒くてたまらないって」
「今ここにいない人の話は、とりあえずいいですから、先輩のアリバイを証言
してくれる人は?」
「……いないよ。麻原の遺体にシートを被せたまでしか、客観的なアリバイは
ない」
「だったら−−もしもの話ですけれど」
寺西はわずかばかり柚木へ身体を寄せ、探るような口調で始めた。
「保永先輩、神野先輩、典子の三人が殺されているとしたら、力沢先輩が一番
怪しいわ」
「な、何を言うんだ。君達、自分自身のことを忘れていないか? 自分達だっ
て、アリバイはないんだろう?」
「で、でも、男の人を殴り殺すなんて」
「女には無理だって言うのか? 分かるものか! 油断させてりゃ、どうにで
もなる」
三人は黙った。
が、テントの中には、はあはあと荒い息の音がする。
「……落ち着こう。まだ三つ目と四つ目の事件がある」
深呼吸をしてから、力沢は呼びかけた。
しかし、寺西と柚木は、反発を見せる。
「野村部長が死んだ真夜中のあの事件こそ、私達にはできません。私と絵里は、
テントの中で眠っていました。間違いありません。殺してから、すぐにテント
に戻るなんて、絶対に無理です」
「待て。落ち着けと言ってるだろう。俺は思い出したんだよ。免田が死んだの
は、俺達三人が揃って近辺を見回っていたときだ。誰が免田を殺したんだ?
少なくとも、俺達ではない」
力沢の言葉は、三人の間に秩序と信頼を回復した。
「すみませんでした、先輩。失礼なこと言っちゃって……」
並んで頭を下げる二人の後輩に、力沢は「もういい」と言って、事件の検討
を続けた。
「そうなるとだ。仲間内に犯人がいるとすれば、保永、神野、岸井の誰かだ」
「保永先輩には、アリバイがありますっ」
柚木が悲鳴のように言った。
「そうだったな。じゃあ、神野か岸井……。神野は砂川に付き合って出て行き、
帰ってきたんだから」
「待ってください。そのとき、神野先輩が砂川君を殺していたのかも……」
「そ、そうか。そうだな、ないとは言い切れん」
前言を翻し、男の神野なら犯人像に近いとまで言いそうになった力沢だが、
それは辛うじて踏みとどまった。
「神野、岸井のどちらが犯人にしても、動機は何だろう。死んだ部員は、犯人
から殺されるような恨みを買っていただろうか?」
「そんなの、知りませんよ。気が狂ったとしか思えません」
寺西の言い方は断定的である。
「典子がこんなことすると思えない……。きっと、神野先輩が犯人です!」
柚木の方は、誰が犯人かにまだこだわっているようだ。
「神野が犯人なら、何故、みんなを殺して行くんだ?」
「分かりませんけど、男の人ばっかり殺しているから、そこに何か、意味があ
るのかも……」
柚木の指摘には、力沢もぎょっとした。
(−−本当だ。遺体で見つかっているのは、麻原、砂川、野村、免田。ま、ま
さか、次は俺か?)
身震いした。腕をさする。
「う、うん、一理ある。だが、保永さんと岸井さんの姿が見当たらないのは、
何故なんだろう?」
「し、知りません、分かりません」
ぶんぶんと首を横に振る柚木。女性もターゲットになっているとは、認めた
くないのだろう。
「これからどうする?」
力沢は、他の二人を見ながら言った。
「当然……保永先輩と典子を助けたいです」
「私も」
「よし。じゃあ、武器になる物をかき集めよう。準備できたら、三人揃って出
発だ。できることなら、犯人を捕まえたいな」
力沢は、神野が犯人だとは断定しなかった。
ジャングルに踏み込む前に、新たな二遺体を運んで置こうということになっ
た。と言っても、女性二人に手伝う気はさらさらないらしく、力沢一人が骨を
折る結果となった。
「これでよし」
手をはたいた力沢は、違和感を急に覚えた。理由はない。直感で、何かがお
かしいと思った。
「どうしたんですか、先輩?」
「……シートの様子が、変だ」
寺西達にも分かるよう、指差した。
麻原と砂川、一人ずつに被せたシートが、奇妙な形に盛り上がっている。
「ひょっとして」
恐る恐る、力沢は近づき、問題のシートの端をつまみ上げた。
日光を通して、内部は青く色づけられていた。
その中で、見つけた。
「うっ」
悲鳴を上げそうなのを、必死でこらえる力沢。
「どうかしましたか?」
女性二人の声を背後に聞きながら、力沢は息を飲んだ。それから息を止め、
だがゆっくりと顔を上げる。
「やられた……。保永さんと岸井さんの遺体が……ある」
寺西達は信じられない顔をしていたが、力沢が改めてビニールシートをめく
ってみせると、悲鳴とともに現実を認識したらしかった。
(遺体を置いた場所に、新しく遺体を隠すなんて、ふざけてやがる)
歯ぎしりをした。
保永も岸井も、仰向けのまま置かれていた。故に見えにくかったが、やはり
後頭部を殴打されたのが致命傷なのは確かめられた。血の凝固具合から、保永
の方が先に殺されたようにも見えたが、素人の力沢らに傷の状態だけから断定
するのは無理があった。
助けるべき相手がすでに殺されていたと分かり、当然、ジャングルの捜索は
中止になった。
「神野が犯人に間違いない」
もはや、力沢も確信するに至った。
「じっとして、あいつが出て来るのを待てばいい。これまでは犯人の正体が分
からず、不意を衝かれてやられたんだろうが、形勢は逆転した。こっちは三人、
向こうは一人だ。絶対に負けない」
力沢の勇気づける言葉に、寺西と柚木も強くうなずく。ごくりと、唾を飲み
込む音がした。
その後、見えない犯人が相手の消耗戦そのものの時間が流れ、日が暮れた。
「これからだな」
力沢達は炎の周りに集まって、簡単な夕食を終えた。
「今夜も見張るべきだろう。問題は、三人で夜通し見張れるかどうか、だが」
「一人ずつ、交代で?」
柚木が不安そうに言った。力沢は頭を横方向に振った。
「一人だけ起きているのは、危険な気がする。眠る時間を少しずつずらして、
常時二人が見張れるようにしたい」
それから割り振りを考える。人数が激減しただけに、かなりきつい設定を覚
悟しなければならない。
〇時 〜 一時半 力沢・寺西
一時半 〜 三時 力沢・柚木
三時 〜 四時半 寺西・柚木
四時半 〜 六時 力沢・寺西
三人全員で起きている時間を延ばしてみたが、それでも心神耗弱しそうなタ
イムスケジュールだ。
「神野……先輩が犯人だとして、食糧や水はどうしてるんでしょう?」
「ん? 大した問題じゃないさ。午前三時頃からこれまでの間ぐらい、堪えや
しない。そもそも、神野が今度の殺人をあらかじめ計画していたのだとすれば、
食糧と水ぐらい、隠し持っていて不思議じゃない。あとは寝袋を用意しとけば、
充分だ」
「そうなんですか……。でも、神野先輩って、あんまりたくましそうに見えま
せんけれど」
殺人犯のイメージと合わないということか、柚木が首を傾げる。
「道具があって、使い方さえマスターしていれば、平気なんだよ。とにかく、
見張っているときに神野が現れたら、寝ている者も叩き起こして、三人で捕ま
えるんだ。できれば、奴の口から、理由を聞きたいしな」
力沢は眠気を払うため、濃いコーヒーを煽った。
−−続く