#3949/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 6/17 12:24 (176)
罪の図 1 永山
★内容
登場人物<五十音順。全員、T*大学の冒険サークルの部員>
麻原良雄(あさはらよしお) 哲学科二回生。一六〇センチ、七〇キロ
岸井典子(きしいのりこ) 国文科一回生。一五七センチ、五二キロ
神野あらた(じんのあらた) 国文科二回生。一七〇センチ、六三キロ
砂川功二郎(すながわこうじろう) 情報科一回生。一六九センチ、六〇キロ
寺西沙江(てらにしさえ) 英文科一回生。一五九センチ、五一キロ
野村隆康(のむらやすたか) 工学科二回生。部長。一八〇センチ、七五キロ
保永不由美(ほながふゆみ) 法学科三回生。一六一センチ、五三キロ
免田琢也(めんだたくや) 国文科三回生。一七一センチ、六四キロ
柚木絵里(ゆずきえり) 英文科一回生。一五四センチ、五〇キロ
力沢幸志(りきさわこうし) 工学科三回生。一八〇センチ、七六キロ
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砂川ご自慢のノートパソコンと携帯電話は、滅茶苦茶に壊された状態で見つ
かった。
「これじゃあ、とても無理だな。助けを呼ぶなんて」
前部長の力沢が片手を腰に当て、鼻をしごきながらうめくように言った。そ
れから顔を上げ、みんなを見渡す。
「他に携帯電話や、その他の通信機器を持っている者はいないな?」
返事はなかった。誰もそのような物を持ってはいないのだ。
「文明を捨てようなんて言うからだ」
忌々しそうに唾を吐いた免田。そぼ降る雨で長髪が、重たげに頭へ張り付い
ている。
「俺のせいだと言うのかな?」
力沢が身体を免田へと向ける。他の部員達、特に一、二回生は成り行きを見
守るしかできないように、じっとしている。
「そうじゃないさ。冒険サークルの伝統だからな。合宿の際、通信機器の類は
緊急用の一つを除き、持ち込まない」
「だったら、今さら嘆くな。現状を乗り切るために、知恵を絞るんだ」
「知恵? 殺人鬼を捕まえるためにか? この島のどこに潜んでいるいるか分
からない、恐ろしい奴を」
せせら笑うように言う免田へ、力沢は低い声で反駁した。
「違う。ジャングルの中に隠れられたら、俺達の手ではどうしようもない。そ
んなことを考えるんじゃなく、ここから脱出する方法、または外部と連絡を取
る方法を考えるんだ」
「……連絡は無理だろう」
免田も真面目に戻ったようだ。配線が剥き出しになり、そこかしこが欠けた
通信機器に一瞥をくれる仕種をする。
「ここまで壊されちゃあな。工学科の人間が二人いるが、修理できるのか?」
「いや、手の施しようがない。野村は?」
額に着いた雨粒を拭いつつ、現部長に尋ねる力沢。
野村は腕組みをし、しばらく考える様子を見せた。ポーズだけかもしれない。
その証拠に、首を横に振って、絶望的な表情を作った。
「だめでしょう。砂川本人なら、ウルトラCができたかもしれませんが……」
語尾を濁したのは、その砂川がすでに二人目の犠牲者となっている現実があ
るからだろう。
「連絡なら、火を起こすという手もあるんじゃないですか?」
ある意味で、実に冒険サークルの一員らしい意見を出したのは、神野あらた。
彼はパソコン通信を趣味と公言するほどだが、機械を修理する道は早々に捨て
た様子だ。
「近くを通った船が、見つけてくれるかもしれません」
「馬鹿か、おまえ」
免田が再び声を荒げる。彼は、神野に影響されてパソコン通信を始めており、
神野と仲がいいのだが、現在はそんなことはお構いなしのようだ。
「この天気で、船が出せるかよ。定期航路からも外れてるんだぞ、この島は」
「ですが、やってみる価値は……」
「ないね。貴重な燃料を使う方が、よほど問題だぜ」
吐き捨てた免田に、保永不由美が眉をしかめながら聞いた。
「免田君、まさか、三日間、辛抱し抜く覚悟なの?」
「あん? そうだぜ。それが最も現実的だろ。三日後には、迎えの船が来てく
れるんだ。まあ、海が荒れてなければだけどな。そのときまで生き残れば、助
かる。簡単な理屈じゃないか」
「そんな」
うつむく保永の表情を、長い黒髪が隠す。
「さ、殺人鬼がいる島で、三日も生き抜こうなんて、無茶ですっ」
彼女の気持ちを察したつもりか、柚木絵里が悲鳴のような調子で言った。お
よそテントで寝泊まりする格好とは思えない、フリルの着いたワンピース姿で、
両肩を抱いて震えている。
「脱出する方法を考えましょ、先輩? ね、ね?」
「……どうやって脱出するんだ」
力沢の口調は、言いたくないが仕方がないという響きがあった。
「えっと、たとえばですね、筏を作るとか」
「作れるんなら、作ってみろよ」
また免田が大声を上げた。身を縮こまらせる柚木。
「できねえんだろ? できねえんだったら、言うなって。俺だってな、道具と
材料さえ揃ってりゃ、筏を作るぜ。それぐらいの知識はあるしな。だが、島に
は材料だけ豊富で、道具が全然足りねえ。切る道具があるか? 包丁とナイフ
を合わせても数本きりだ。あとは……大工道具代わりにテント設営のハンマー
があったっけな。けっ」
「もう、よせ」
止まらない免田を、力沢が制する。
「当たり散らすのはよせよ。元をただせば、ここを目的地に選んだ俺達の責任
だろうが」
「俺達? 全員が喜んで賛成したじゃねえか。だいたいだなあ、責任なんてく
だらん話は、無事帰ってから持ち出せよ。今はシビアにやらねえと、死んじま
うかもしれねえ」
「おまえの言うことも分かるが、必要以上に不安を煽ったり、希望を断つよう
な言動はよせと言ってるんだ」
「……」
免田と力沢が、しばらくにらみ合う形になる。
十秒ほどして、免田の方から視線を逸らした。
「脱出する方法は、おまえらで話し合ってくれ。俺は除け者にしてくれていい。
三日間、頑張る覚悟を決めた」
「お、おい!」
力沢の声を無視して、きびすを返した免田は、テントのある方へ歩き出した。
「どうするつもりだっ?」
今度は免田も無視はしなかった。立ち止まり、だが振り返らずに答える。
「知れたことを! 寝袋と食糧を持って、別行動を取るまでだっ。甘ちゃん連
中に混じっていると、俺自身の身も守れなくなるからなっ」
再度、歩き始めた免田を、力沢が追う。他の学生達も見過ごせなくなったの
だろう。泥水を跳ね上げ、走り、追い付いた。
そして、全員で一人を取り囲む。
「免田先輩、それだけはよしてください。危険です」
野村が言った。
即座に反論する免田。指を突き付け、非常に強い口調である。
「だからぁ、俺は、おまえらと一緒にいる方が、足手まといを背負わされて、
危ないと考えたんだよ。一人の方がよほど安全だぜ」
「勝手な行動は許さん」
力沢は言って、免田の右腕を握りしめた。
「おまえのためを思って、言ってるんだ。一人になれば、狙われやすくなる。
絶対、みんなで一塊になっている方がいい」
「ご忠告、痛み入るぜ、力沢。だが、現実を見て、物を言えよな。麻原も砂川
も、みんなの輪から外れた訳じゃない。それなのに、あっさりと殺されてるん
だぞ。助けを求める間もなく」
「二人は……隙を見せたからだ。これからはそうは行かない。全員でずっと一
緒にいる。単独行動は厳禁だ」
「ふん、小便も仲よくやるのかい?」
「ああ、それでもいいぜ。男と女は分けるがな」
軽口の応酬となり、二人とも口をつぐんだ。
「少し、落ち着きましょう」
取りなすように野村。
「俺は落ち着いてるさ」
免田は相変わらずだったが、さすがに気疲れした響きを含んでもいた。
そこを絶妙のタイミングで、保永が主導権を取りに出た。
「いつまでも雨に濡れてもいられないわ。いいこと? まず、砂川君の遺体を
濡れないようにしてあげる。終わったら、テントに集まり、もう一度話し合い
ましょう」
彼女の話す対象は、特に免田に向けられているのは明白だった。
保永の視線に耐え切れなくなったかのごとく、免田は大きく鼻で息をすると、
「ああ、分かったさ」
と、肩をすくめてテントに向かった。麻原の遺体に被せたのと同じビニール
シートを取りに行ったに違いない。
風邪を引かないよう着替えてから、八人全員は、比較的大型の男性陣使用の
テントに集まった。
「状況を整理するわね」
保永が口を開く。このような状況下では、男がリーダーシップを取るよりも、
女性に任せる方が好転するかもしれない。
「最初に襲われたのは麻原君。水を汲みに行ったところを、大きな石で後頭部
を殴打され、殺されたと見られる。間違いないかしら?」
「ああ、そうだとも」
免田だけが声に出して反応し、あとのみんなは黙ってうなずいた。
「つまり、完全に隙をつかれた形。それなのに、私達は麻原君の遺体を見つけ
て、他殺だとは思わなかった。その可能性をかすかに疑ったものの、結局、麻
原君が河原で足を滑らせ、岩に後頭部を痛打した事故だと考えてしまった。こ
こに油断が生じる余地があったんじゃないかしら。だからこそ、砂川君もまた
一人きりになってしまい、襲われた」
「同じように、石でな」
力沢が付け足すのを、うなずいて受ける保永。
「通信機器を破壊しているところを見ると、殺人鬼の正体は、何らかの理由で
この島に逃げ込んだ犯罪者のような気がするのだけれど、どうかしら? 少な
くとも、言語を解さないような野蛮人ではないわ」
「仮にそれが正しいとすれば」
神野が、遠慮がちに挙手しつつ、何故か許可を得ぬ内に喋り始めた。どうし
ても意見を聞いてもらいたいらしい。
「テントで大人しくしていれば、恐れないんじゃないんですか? 犯人が恐れ
ているのは、目撃されることだと思うんです。麻原君も砂川も、不幸にして犯
人の姿を見たがために、殺されてしまった……」
「私もそう思っているわ」
保永が言うのに続いて、多くの者が首を縦に振った。
殺人発生来、ほとんど口を利かなくなっていた岸井と寺西の二人も、「そう
だよね」「決まっているわ」などと囁き合っている。
「免田、おまえはどう思う?」
力沢が話を振ると、体育座りをしていた免田は顔を膝から上げ、次いで腕組
みをした。
「だから俺の単独行動はだめだってか? まあ、いいさ。保永さん、矛盾して
るぜ、そもそもの仮定が」
「どこ? 言ってちょうだい」
「何故、犯人は通信機器を壊したんだって?」
「もちろん、私達に、外部へ連絡を取られたら困るからよ」
「犯人は、目撃されたから、二人を相次いで殺したと言ったよな。そして大人
しくしていれば、俺達は大丈夫だとも」
「言った。それが?」
いささかいらいらした口調になる保永。テントという空間の中でなかったな
ら、立ち上がっていたかもしれない。
−−続く