#3942/5495 長編
★タイトル (RAD ) 97/ 6/15 23:55 (188)
【迷昧】7 悠歩
★内容
「どうやって、って店を出る前に確認したんだよ、店の時計で。腕時計は校則で
禁止になってるから、当然だろう。まあ中には隠し持ってるヤツも多いけど。一
緒にラーメン屋に行った連中は持ってなかったなあ。八時から観たいバラエティ
番組が有ったから。店の中のテレビから判断しても、そんなもんだろう。どうだ?
これって立派なアリバイだろう」
仮に阿川たちが出ていった後に、元木がすぐに学校に向かったとして、掛かる
時間は急いでも三分以上。しかしその前から校門前で琴音を待っていた裕樹は、
誰の姿も見ていない。もし走って校門、またはその近くを通り過ぎていく者があ
れば気がついている。三丁目のラーメン屋から裏門を通ってプールに行ったとし
たら更に一、二分余計に時間を取るだろう。
と、なると元木は直接プールで被害者に会って、すぐに突き落とした事になる。
これには少々無理があるように思われる。まして校庭で更に一人を突き飛ばすと
なると、これはもう完全に無理だろう。
確かに阿川の証言通りなら、立派なアリバイになりそうだ。
たぶん、警察では一緒に店にいた生徒たちに確認を取っているだろうが、ここ
は阿川の話を信じることにする。しかしそうなると、元木の疑いはなくなり、ま
た犯人の見当がつかなくなってしまった。
「けど、元木先輩って、静音さんとつき合っていたって噂を訊いたんだけどさ。
あんな事件が有って、落ち込んでいるんじゃない?」
元木が犯人である可能性は薄れたが、それでもまだ事件に全く無関係と断言は
出来ない。静音との関係を確認しておく必要はある。
「それなんだけどさあ。言っちゃあナンだけど元木さんって、レギュラーになれ
るほどラグビーが上手い訳じゃないし。成績も並み以下、でもってお世辞にもい
い男って顔じゃねえだろ? そんな人と学校のアイドルとじゃ、釣り合いが取れ
なさすぎるって思わないか?」
同意を求められたが、元木の顔をまだ知らない裕樹には応えようがない。それ
に特に取り柄のない裕樹が、琴音とつき合っていた事を考えれば、曖昧な笑顔で
返すのも気が退けた。
「初めは一方的な元木さんの片思いだったんだよ。って言うか、ほとんどストー
カー状態だったらしい。元木さん、部活に顔を出す度に、俺らに自慢してたよ。
『静音のヤツも絶対俺に気がある。見てろよ、もうすぐに落としてやるから』な
んてさ。
けど、ハタから見ると、静音、迷惑そうにしてた。それが六月の初め………中
頃だったかなあ。元木さんが突然言ったんだ。『見ろ、俺はヤッタぜ。静音はも
う俺の物だ』って。いや、最初は信じなかったよ。そうだろう? よりによって
元木さんじゃ、俺だって納得出来ない。俺に限った事じゃないだろうけどさ。静
音に憧れてた連中は、みんなそうさ。でも、その後元木さんと静音が一緒に居る
ところをみたヤツが、何人かいて」
話の後半、阿川の表情には悔しさがありありと浮かんでいた。察するところ、
阿川は元木と言う先輩には、あまりいい感情は持っていないようだ。
それからは、役に立つとは思えない話を訊かされたが、適当な頃合を見て裕樹
は阿川の家を後にした。
途中空腹感を覚えた裕樹は、家に電話をして母親に「友達の家でご馳走になっ
た」と告げ、例のラーメン屋に向かった。念のため、阿川の証言を確認したかっ
たのだ。
ラーメンを食べながら店のおばさんに、事件当日、元木たちが店にいたかどう
かを訊いてみた。やはりこちらにも警察は来ていたらしく、事件のことを知って
いたおばさんは少しばかり大袈裟な言葉を交え、その日のことを教えてくれた。
阿川の話と、大きな食い違いはない。
裕樹は店を出る間際、店内の時計と自分の腕時計を比べてみたが、こちらもほ
ぼ一致していた。
家路を歩きながら、裕樹は考える。
元木と静音に関する二つの噂。これは初め、一方的に元木が付きまとっていた
のたが、後になって、静音の方も承諾をした。と言うことらしい。
それが六月初めから半ば頃、裕樹と琴音がつき合い始めた頃に近い。なにか皮
肉な気がする。
「見ろ、俺はヤッタぜ。静音はもう俺の物だ」と言う元木の言葉は気にならな
いでもない。当初元木はストーカーのようなことをしていたのが本当なら、静音
に対して暴力的な手段に出たのではないかとも、考えられる。
それにまだ解決できない疑問も残る。
琴音から訊いていた話では、静音はつき合っていた男性から別れ話をされて悩
んでいた。
その男性が元木であるとは考えにくい。裕樹がその話を訊いたのは六月の後半
頃。元木と静音がつき合い出して、それほどの時間は経っていない。そんな時期
に一方的に熱を上げていた元木の方から別れ話をするだろうか? それを拒むほ
ど、静音は元木を想っていたのだろうか?
しかしこれまでのところ、元木以外に静音の周りに男性の影は見えていない。
或いはあの話は、琴音の思い込みだったのか? いや、誰よりも静音に近い位置
にいた、琴音にそれはないだろう。
裕樹の得た証言からは、元木が犯人である可能性は薄い。
別の男性の存在は見えない。
やはりテレビドラマのようにはいかないものだ。これから先、どうしたものか
と思案がまとまらないまま、裕樹は家に着いた。
翌日、事件は急激に展開した。
二時限目、校内放送で全職員に呼び出しが掛かった。
何事かと、教師の居なくなった教室がざわめく。
板書された「自習」の文字に従う生徒など、一人もいない。緊急招集の理由に
ついて、あれこれと推測が飛び交う。
大方の予想は琴音たちの事件に関するものだった。もっともそれ以外、授業を
中断させてまで、全職員を集めるような問題はここ最近、生徒たちの知る範囲で
は起きていないのだから、当然だろう。そして、その推測が間違いでは無かった
と、すぐに知れた。
数クラスからの代表、と言っても自称ではあるが、偵察隊を名乗る生徒たちが
職員室での会議を立ち聞きして来たのだ。
彼の報告によって、教室内の騒ぎは一層大きいものになった。それはまた、裕
樹にとっても衝撃的な報告だった。
元木が自殺をした。
詳しい状況は分からないが、遺書も残されていたと言う事だった。
「じゃあ、やっぱりあの人が、琴音さんたちの事件の犯人だったの?」
誰かが言った。
みんなが口々に、それに続く自分の意見を言い出す。まだ詳細が知らせれてい
ないのにも拘わらず、元木が罪の意識に堪えきれず、自殺したのではないかと結
論づけられた。
納得がいかない。裕樹にはクラスメイトたちの意見が、どうにも納得がいかな
かった。自分の得た情報では、元木を犯人と確定する要素があまりにも少ない。
むしろ客観的に見れば、少なくとも彼が実行犯で無いことは、アリバイからも明
らかだ。
裕樹の調べが甘かったのだろうか?
いや、そもそも元木の自殺と琴音たちの事件が、関係あるのだろうか。無関係
と考えるには、タイミングが良すぎる。
ある女生徒が何者かに殺害され、数日後、その女生徒と関係のあった男子生徒
が自殺をした。やはりこの二つの死には、何らかの関係があると考えた方が自然
だ。
しかし………
いま結論を出すには早急過ぎる。少なくとも元木の自殺について、もっと仔細
が分かってからでないと。
しばらくして、担任が教室に戻って来た。
何か詳細が訊けるものと期待したが、担任は三年の男子生徒が自宅近くの川で、
遺体となって発見された事と、今日の授業はこれで打ち切りであると、それだけ
を簡単に述べるに留まった。
「寄り道はせず、真っ直ぐ家に帰ること。家の人に、ちゃんと説明をすること」
そう言って再び職員室に戻っていった担任の言葉に、従う者はあまり多くはな
さそうだった。クラスメイトのほとんどが、まだ元木の自殺について無意味な噂
のやり取りをするか、思いがけず出来た時間をどこで遊ぶかの相談をしている。
その中でも、裕樹だけは教科書を鞄に詰め込み、急いで家路についた。
「どうしたの? こんな時間に」
帰宅した裕樹を、訝しげな母親の言葉が迎えた。
裕樹は簡単に事情を説明すると、今度は事件について訊いてくる母親に曖昧な
返事をしながら朝刊を手に取り、テレビを着けた。
テレビでは何やら帯番組らしいペット紹介がされていた。これが終わるとすぐ、
ニュースが始まるはずだ。
その間を利用して、新聞にざっと目を通す。しかし元木の自殺に関する記事は
無かった。程なくして始まったニュースに集中する。
新法案の国会決議、テロ事件の裁判、外国での列車事故。なかなか元木の自殺
について、取り上げられない。もしかすると、全国放送で取り上げられる事件で
はないのだろうか、そう思い始めたとき。
「今日午前10時過ぎ、××市を流れる境川で若い男性が浮かんでいるのを、通
りがかりの人が発見………」
女性アナウンサーの声と共に、見覚えのある風景がテレビに映し出された。
一分に満たない短いニュースだったが、その内容は次の通りだった。
川から引き揚げられた男性は、既に死亡していたが、所持品から近くの市立中
学校に通う男子生徒、元木直敏である事が分かった。
元木は通っていた学校で起きた殺人事件につて、前日警察からの事情聴取を受
けた後から行方が分からなくなっていた。
遺体のズボンのポケットに、ワープロで打たれた手紙があり「自分が今中琴音
を殺した、警察の取り調べを受け、もう逃げられないと思った」との内容が記さ
れていたという。
そう、ニュースでは確かに「今中琴音を殺して」と言ったのだ。
それを訊いた裕樹にとって、元木の自殺などどうでもよくなってしまった。死
んだのは琴音だった。
目の前が白くなる………それが比喩的表現では無いことを、裕樹は初めて知っ
た。
瞬間、本当に目の前にある全ての物が色を失い、白く混じりあう。
力の入らない脚で、よろよろと立ち上がる。
「裕樹?」
事情を知らない母親が、心配そうに声を掛けたが、裕樹の耳には入らない。
「裕樹。ちょっと、どこに行くの」
着替えもせず、裕樹は家を出ていった。
気がつくと、裕樹は病院の前に居た。
白い建物を見上げながら、しばらくの間裕樹は中に入ろうかどうかと迷ってい
た。中に入って、何をするのかはっきりとした目的が有った訳ではない。ただ、
もう一度生き残りの少女が静音なのか、本当に琴音は死んでしまったのか、確認
したかった。
しかし改めて琴音の死を認識する事が恐く、中に入る決心がつかないでいた。
その時、病院から出てきた一団に気がつき、裕樹は咄嗟に建物の影に身を隠し
た。出てきたのは、裕樹の見知った顔。学校の教師たちだった。
校長と教頭、裕樹や琴音の担任、静音の担任、そして事件の発見者である美術
の高橋。
なぜ彼らが病院に?
裕樹は不思議に思う。
自分たちの生徒を見舞う事自体は、特に不自然ではない。しかし別の事件、元
木の自殺が発覚した直後、まとまって見舞いに来るのは何か不自然に思える。
考えられるのは、元木の自殺に関する報告。彼が自らを事件の犯人であると認
めた、遺書の内容を報告しに来たと言う事だ。
だが少女………元木の遺書を事実として認めるなら静音が、記憶を失ったまま
の状態で報告しても意味が無い。だとすれば、彼女の記憶が戻ったと言う事なの
だろうか。
教師たちが行き過ぎるのを待って、裕樹は病院の中に飛び込んで行った。
病室の前まで来て、裕樹は知った顔を発見して足を止めた。あの時の刑事が病
室の前に立ち、制服の警官に何やら指示を与えていたのだ。刑事の方もすぐに裕
樹に気づき、こちらに歩み寄って来た。
「やあ、お見舞い、かな? それとも………」
「あの…彼女、本当に静音さんなんですか」
元木の遺書の一部が、マスコミで報じられたのは刑事も分かっているだろう。
それだけで裕樹が病室を訪ねた理由は伝わったはずだ。
「うーん、彼の遺書を信じれば、そういう事になるんだけどねぇ」
頭を掻きながら、刑事は語尾を濁らせた。
「彼女に確認してないんですか? いま、表で先生たちを見掛けたんですけど、
もしかして彼女の記憶が戻ったんじゃないですか」
「へぇ、なかなか鋭いね! うん、まあいいだろう。君になら、なにか話してく
れるかも知れない。彼女に会ってくれ」