AWC 【迷昧】5              悠歩


        
#3940/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/ 6/15  23:54  (195)
【迷昧】5              悠歩
★内容
 少女は、たいした関心も無さそうに、裕樹を見ている。
 やはり琴音ではないのだろうか。
 けれど、静音であっても裕樹の事は、知っているはず。
「あ、あの………」
 このまま、無言で見つめ合っていても仕方ない。
 意を決して、裕樹は言葉を切り出そうとした。
 その時、少女の唇も動いた。
「あなたは、だれ? 私の………知っている人?」


 薄紫に暮れる街を、家に向かいながら裕樹は考えていた。
 あの少女は記憶を失っていた。
 記憶障害………と言うやつだそうだ。
 時間を掛ければ、徐々に回復するだろうと言う事だった。だが、それがどれほ
どの時間を要するものなのかは、見当がつかない。
 彼女が誰であるのか?
 それを知る手だては、また先送りにされてしまった。
 歯痒かった。
 ただ結果が示されるのを待つだけの自分が。
 裕樹は思う。
 あの日、琴音は自分を頼って来た。
 だが裕樹は、何もする事が出来なかった。
 琴音が、静音が、恐ろしい思いをしていたとき、その身に危機が及んでいたと
き、裕樹は何もする事が出来なかった。その危機を知ることさえなく。
 このままでいいのか。
 ただ待つだけでいいのか。
 あの少女の記憶が戻るのを待つだけで。
 警察の調べが進むのを待つだけで。
 それで、自分を頼ってきた琴音に、報いる事が出来るのか?
 出来ない、出来なかったのではないか。
 琴音たち姉妹は、一人は命を失い、一人は傷ついて発見された。
 裕樹は何一つ、琴音に応えてはいない。
「せめて………」
 せめて真相を、琴音たち姉妹の身に何があったのか。それを自分の手で探し出
したい。
 裕樹は、決意した。自分の手であの日、何が起こったのか調べ出そうと。

 まず琴音から訊いていた、少ない情報を推測を交えまとめてみる。
 静音は誰か交際していた相手から、別れ話を持ち出されていた。しかし静音は、
それを拒んでいた。
 事件の有った日の夜、静音は学校に行った。また琴音も裕樹に電話を掛けたの
ち、そのあとを追った。二人がそれぞれ学校のプール、校庭で発見されているこ
とから、これは間違いないだろう。
 静音が学校に行った目的は、その交際相手に会うためと考えるのが妥当だろう。
琴音は裕樹に電話をして、学校に向かった。学校までの距離を考えれば、電話の
あと同時に家を出たとしても、裕樹より先に琴音の方が着く。
 そこで裕樹が到着する前に、静音の姿を見つけたのではないだろうか。
 琴音は裕樹を待たず、静音を追った。もしかすると、その時点で裕樹を待って
いられないほど、切迫した状況が有ったのかも知れない。
 そこでどんなやり取りが有ったかは分からないが、姉妹は一人がプールに突き
落とされ、一人は校庭で突き倒された。
 琴音たち姉妹を襲ったは、静音の交際相手だろう。
 それ以外に、誰かに恨みを買うような姉妹でないと断言してもいい。
 静音、琴音、二人とも、それぞれ別の相手に襲われた可能性は少ないのではな
いだろうか。
 夜の学校を密会の場所に選んだ事から、静音の交際相手も学校に関係した人物
と考えていいだろう。
 そう言えば、裕樹が救急車を呼ぶためプールを離れ、再び戻った時に鍵は開い
ていた。その時はてっきり高橋が開けたのだろうと思っていたが、それにしては
時間的に早すぎる。職員室に管理されている鍵を取りに行き、プールに戻り中の
少女を助けあげる。電話を掛けて戻ってくる裕樹以上に、時間が掛かりそうだが、
実際は高橋の方が早かった。
 これは確認しておくべきだろう。
 とりあえず自分に出来ることから始めていこう。
 にわか探偵の裕樹に、どれだけの事が調べられるか分からない。
 だが裕樹には、自分が琴音に近いところにいたと言う自負が有った。それなの
に、何も出来なかったと言う負い目が有った。
 裕樹が何もしなくても、いずれ警察が真相を見つけるかも知れない。
 裕樹が動いても、何も分からないかも知れない。
 その公算の方が大きいだろう。
 しかし何もせず、結果を待っていたのでは、自分は完全に琴音を裏切ってしま
う事になる。
 そんな気がした。

 まずは、プールの鍵について調べる事にした。
 それが一番簡単に調べられそうに思えたし、他には何を調べるべきか見当がつ
かない、と言うのがその理由だった。
 二時限目の休み時間に、美術準備室に高橋を訪ねた。
 次の時間、授業を持っていない高橋は、準備室で煙草をふかしながら新聞を読
んでいるところだった。
「失礼します」
「ん、ああ橘くん」
 高橋は灰皿に煙草を押し付け、裕樹の方を見た。さすがに名前は覚えてくれた
ようだ。
 美術室という、学校内でもとくにゴタゴタした場所で見るせいか、どうにも高
橋は清潔感に欠けて見える。白衣のような物を来ているが、元が何色であったの
か分からないほど、様々な絵の具で汚れている。前の時間に授業があったのだろ
う。洗った後のようだが、まだ落としきれない絵の具が指先に残っていた。
 それでいてこの教師は生徒たち、特に女子に人気が高いのだから、理解に苦し
む。
「何かようかな」
「琴音………今中さんの事件の事で、訊きたい事が有るんですけど」
「ははっ、なんだい、探偵ごっこかい?」
 新聞紙をたたみ、高橋は笑った。
「あの時、ぼくが電話をしに行って戻って来たとき、先生はもうプールにいまし
たよね」
「ああ、うん、そうだったね」
「プールの鍵はどうしたんです?」
「鍵?」
「プールの入り口の鍵、ぼくが戻っていたときには開いていましたが、あれは先
生が?」
「いや、開いていたよ。初めから。君に救急車を呼びにやらせてから、彼女、あ、
まだ双子のどちらか分からないらしいね。彼女を助けるため、金網をよじ登ろう
としたんだよ。一刻を争う事態だったからね、職員室に鍵を取りに行く時間が惜
しい。確かにあの金網、高いけれど、登って行けないものでもないと思ったから
ね。金網に手を掛けて、その時ふと入り口の方を見たら、鍵が開いていたんだ」
「本当ですか?」
 裕樹は念をおす。
「嘘を言っても仕方ないだろう。これは、ちゃんと警察の人にも話したから、確
認がとれてるんじゃないかな。ははあ、まさかぼくを疑っている?」
「いえ、そう言う訳じゃないんです。あの、それからあの日、職員室に最後まで
いたのは、高橋先生ですか?」
「ん、ああ。と言っても美術室に居た時間の方が、長いけど。生徒たちの作品の
採点をしてたんだ。二、三回職員室にも戻ったかな。荷物も職員室に、置いたま
まだったからね。採点が終わって職員室に戻ると、高倉先生と水城先生が、帰る
ところだった。だからぼくが、一番最後ってことになるね」
「そうですか。どうも、ありがとうございました」
「あ、橘くん」
 一礼して、準備室を出ようとする裕樹を、高橋が呼び止めた。
「探偵の真似事なんて、関心しないな。実際、死人の出ている事件だ。遊び半分
で首を突っ込むのは、止めたほうがいいと思うよ」
 裕樹にしてみれば、遊びの気持ちなど全く無かったが、敢えて高橋に反論はし
なかった。高橋の忠告が、被害者に対する態度を差してか、裕樹の身を案じてか
は知らないが、
「はい、ほどほどにしておきますから」
 と、応えるだけにした。

 昼休みは給食もそこそこに終え、職員室に向かった。高橋の話の裏をとるため
である。
 静音のクラスメイトたちからも話を訊きたかったが、事件から朝と放課後には
ずっと職員会議が行われているため、この休み時間以外での生徒の出入りは難し
い。
 先にこちらを済ますべきだろう。
 裕樹の担任でもある数学教師に、今日の授業の質問をする。しかし、問題の解
き方を説明する教師の声を、裕樹はまともに訊いていなかった。
 数学教師の席は、職員室の出入り口近くにあった。だからこそ、その教師に質
問をしたのだ。
 教師がノートへ何やら書き込んでいる間に、出入り口脇に置かれたタイムカー
ドを見た。
 さすがに堂々とタイムカードを抜き取る訳にはいかなかったが、幸い当日の日
付は上の方にスタンプされていたため、なんとか時刻を見る事が出来た。
 高橋の退勤時刻が午後七時四十六分。高倉と水城が共に七時四十分。他の教師
は、だいたいが午後六時台の後半から、七時台の前半。ほとんどが当日部活動の
指導に当たっていたと思われる教師だ。
「おい、橘。訊いてるのか?」
 怪訝そうに、数学教師が裕樹を見上げた。
「はい、分かりました。どうもありがとうございます」
「お、おい」
 引ったくるように教科書とノートを掴むと、裕樹は職員室を後にした。

 事件について、無責任なうわさ話はしないように。
 校長や担任から箝口令が布かれていたが、それはほとんど意味を成していなかっ
た。
 生徒間でアイドル的存在だった姉妹が、一人はプールで水死体となり、もう一
人は校庭で何者かに襲われて倒れていた。学校内で起きた事件が、お喋りの話題
にならないはずがない。
 裕樹が事件の第一発見者の一人であることは、殆どの生徒が知らない筈である。
 校長からの説明でも、新聞発表でも、教師の一人と同校の生徒とされており、
また裕樹も自ら吹聴するような真似はしていない。
 裕樹と琴音がつき合っている事自体、周囲には隠していた。
 裕樹が事件について、琴音や静音の友だちに訊き回っても、同じように興味を
持って噂話に花を咲かせている生徒たちに、要らぬ勘ぐりをされる恐れは少ない。
 噂話でどれほどの事が分かるか、あまり期待は持てないが、他の手だてを知ら
ない裕樹は、静音と同じクラスの友人を訪ねた。
 昼休みとはいえ、クラスの半分以上の生徒は教室に残り、各々のグループを作っ
ては何かの話に興じていた。
 友人を探すふりをして、周囲の話題に耳を傾けてみると、その殆どが今回の事
件についであった。
 裕樹の友人もまた、四人ほどの集まりの中にいた。いずれも裕樹にとって顔見
知りだったため、さり気なくその輪に加わる事が出来た。
 都合良く、友人たちも事件の話をしていた。
 しばらくの間、裕樹は何か目新しい話が出てくるのを待った。だが彼らの話は、
死んだのが双子のどちらかであるのか、埒のあかない論争に終始していた。
「ところでさ、誰が今中さんたちを襲ったんだと思う?」
 裕樹は、なんとか事件の手がかりになりそうな噂でも引きだそうと、話題の方
向を導いてみる。
「それだよ、それ」
 ぱん、と手を叩き裕樹の友人である村岡という男子生徒が言った。
「妹とは、同じクラスになった事がないし、そっちの事情は知らねぇけど。橘に、
心あたりは?」
「いや、琴音………今中さんは人気者だから、憧れてる男子は多いだろうけど。
まあ、そんな奴の中に、変質者的ファンがいないとも限らないけどね」
「それは、姉貴のほうも一緒だよ。けどさ、静音にはしつこく付きまとってた奴
がいたの、知ってるか?」
「え、ホント?」
 裕樹は、如何にも興味本位だけで訊いている事を装う。
「あ、俺も知ってる。ラグビー部の元木先輩だろ」
「えーっ、マジ? あの元木先輩がかよ」
「あれ、俺の訊いた話じゃ、静音の方が元木先輩に熱心だったらしいぜ」
 所詮は口さがない噂話。四人のうち、三人が元木という先輩の事を知っていた
が、静音との関係が一致しない。
 元木が静音に対して一方的に付きまとっていた、と言う話。逆に静音の方が、
元木に対して熱心に迫っていた、と言う話。
 学校のアイドル的存在の静音だけに、些細な事でも尾ひれがついて、大袈裟に
伝わっているのかも知れない。




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