AWC 【OBORO】 =第2幕・会者定離=(3)  悠歩


        
#3914/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/ 6/13  23:14  (194)
【OBORO】 =第2幕・会者定離=(3)  悠歩
★内容
 軽い。
 振るった腕が、あまりにも軽かったのだ。
 瞬間、優一郎はその手から、刀が抜け落ちてしまったのだと思った。何も持た
ぬ手だけを振るってしまったのだと。
 だがそうではなかった。
 優一郎の手の中には、紫色の柄が、きっちりと握られていた。そして、その先
には銀色に輝く刀身が有った。
 まともに切っ先を上げられぬほどの重量を持っていた刀が、一瞬にして質量を
ゼロにしてしまったのだ。
 それは優一郎にとって、刀が振るいやすくなったと言うメリットをもたらす反
面、とんでもない計算違いを起こさせていた。
 それなりの重量を予想して、宙を迫る化け物に対し、優一郎は若干早めに剣を
振るっていた。しかし刀に重さが無くなったいま、それは早すぎる動きとなって
しまった。
 刀身は三日月形に銀色の軌道を、化け物の十数センチ手前に描いてしまう。
「しまった!」
 再度刀を振るい直す時間は無い。
 過ぎ去った刀の軌道の後を、化け物の緑色の巨躯が通過する。
 優一郎は、化け物の腕が自分の頭をなぎ払おうと振るわれるのを見た。が、予
想された衝撃が、優一郎に届くことは無かった。
 刀の軌道が残した、銀色の残像。そこに触れた化け物の巨体が、まるで同極に
押し充てられた磁石のように弾け跳んだ。
 一流の打者が真芯で捉えた打球のように、化け物の躯は低いライナーとなり、
優一郎に襲いかかった数倍の速度で後方へ飛んでいく。
 澱んだ沼の水面を二つに割り、滑るように飛ぶ化け物の躯。飛びながら、刀の
残像に触れた腹の傷は、銀色に輝き、広がって行く。
 そして対岸まで飛んで、優一郎からその姿がはっきり見えなくなる。ただ暗闇
の向こうから、激しい瞬きが沸き上がり、それが化け物がこの世から消失した証
と優一郎は感じ取った。

「伏せて!」
 姉の叫びを聞くまでもなく、美鳥は素早く地に伏した。直後、二人の上を巨大
な緑色の影が過ぎていく。
 美鳥は、伏している身体が浮きそうになる程の風を感じる。
 めきめきと、後方の潅木がなぎ倒される音がする。
 二人は同時に立ち上がり、異形の飛んでいった方に身構えた。
 異形は、凄さましい勢いで対岸から飛ばされて来たが、その程度で息絶える存
在ではない。
 今度は麗花と美鳥で、その緑色の異形を迎え討たなければならない。
 確かに二人の見据える先には、腹部に二つの傷を持つ異形がいた。
 たったいま、異形をここまで飛ばしてきた一撃によって与えられた傷は深く、
胴体の半分以上までに達している。そこから、緑色の体液と赤黒い臓物の汁の混
じった液を、大量に滴らせながら。
 並みの生物なら、脊椎まで達した傷に無事でいられるはずはない。だが異形は
己の二本の脚で、しっかりと立っている。
「お姉、私が時間を稼ぐから、早く準備を!」
 美鳥は両手に朧の力を集中させる。麗花の力に比べ、威力は弱いものの、素早
く集中させられるのが美鳥の力の特徴である。
「待って………その必要はなさそうだわ」
 落ち着き払った麗花の声。
 美鳥は異形の傷を見ると、力の集中を止めた。朧気に光を放っていた腕が、元
に戻る。
「なに? あれは」
 美鳥たちと対峙する異形。だがその目は、美鳥たちを捉えていない。
 異形の腹の傷が、輝いている。美鳥が力を集めた時の光に似ているが、光度は
もっと高い。光は傷口を中心に広がり、やがて異形の全身を包み込む。
「くっ!」
 その眩さに美鳥が目を細めた次の瞬間。
 異形は煙と化した。
 もわっ、とした煙となったのだ。煙となった異形の躯が、周囲に拡散していく。
 きらきらと輝く粒が、美鳥たちの頭上に降り注ぐ。
 美鳥はそれを、掌で受けとめる。
 硝子を粉末化したような小さな粒が手の中で光る。
「すごい………これが優一郎の力なの?」
「らしい、わね………でも」
「でも?」
 麗花はやや間をおいて、ごくりと唾を飲んだ。
「この力は日輪の【日龍】………」
「ええっ? そんな」
「あの子は、月の朧を剣として具象化させ、日輪を【日龍】を力として放出して
いるんだわ」
「じゃ、じゃあ、やっぱり優一郎は私たちの探していた、【日龍】使いなんだね」
「ええ、そうらしいわ。それも極めて特殊な。男には使えないはずの朧と、もう
一つの【日龍】を使いこなす………圧倒的な力だわ。異形を討つ事については、
私の力も遠く及ばない。けれど、まだ優一郎さんが完全体であるとは言えない」
「いいじゃない! あれだけの力が有れば、異形なんて敵じゃない。勝てるよ、
この戦い」
「あなたは分かっていないわ」
 はしゃぐ美鳥とは対照的に、麗花の表情は暗く曇った。
「完全体の恐ろしさを。やがて必ず現れる完全体と戦うには、私たちも完全体を
手に入れる必要があるの。月の朧は完全体になり得ない………だから盟友だった
【日龍】に期待するしかない」
「ごめん、お姉」
 深刻な姉を見て、美鳥は浮かれていた自分を反省する。
「だけど優一郎は【日龍】の力を持っていたんだ………もしかすると、完全体と
しての能力もあるかも知れないじゃない。麗花お姉だって、言ってたじゃない。
完全体を目覚めさせるには時間が掛かるって………それに、探せば日輪の【日龍】
ももっといる知れない」
「それは難しいわね」
 あっさりと否定する麗花。
「血を残す事に固執した、私たちの朧とは違う。優一郎さんほど血の濃い、【日
龍】は期待出来ない。まして完全体となるには、二つの朧の血が必要だと言うわ。
おじいさま………の代から探し続けて優一郎さんが、唯一見つけれた人物なのよ」
 「おじいさま」と言った時、麗花の顔は酷く辛そうだった。
 理由は分かっていたが、美鳥は気づかぬ振りをする。
「だったら、やっぱり?」
「ええ、それしか手はないわね………せめてあと二十年、いえ十五年でも時間が
あれば………ごめんね、美鳥」
 美鳥の肩に、優しく麗花の手が置かれる。
「お姉、お願いだから………謝らないで。そして、その事はもう言わないで」
 少し鼻声になる美鳥。
 認めたくは無いが、麗花に十五年と言う長い時間は残されていない以上、優一
郎が完全体では無い場合、新たな完全体を産み出す、その役目は次女である美鳥
が負う覚悟は出来ている。麗花がいままでそうしてくれたように、妹たちを守る
ためにも。
 しかしそれは改めて、姉に残されている時間が、僅かであることを思い知らさ
れる。美鳥には自分に課せられた役目より、それを思う方が辛かった。
「でも………どちらにしろ、そんな時間は無いかも知れない。もう明日にでも奴
等は動き出すかも知れないと言うのに」
 美鳥を意識してではない。独白するように麗花が呟いた。

 緑色の化け物は撃退する事が出来た。
 だが、突然その重さを失った刀を、あまりにも大きく振り回してしまったため、
優一郎はバランスを崩し、地面に倒れてしまう。
 すぐ近くにまで接近しているもう一匹の化け物が、その機会を逃すはずはない。
確実にその襲撃を受けるものと、優一郎は半ば覚悟を決め掛けていた。
 だが再び立ち上がって、刀を構え直すまで、化け物が優一郎に襲いかかってく
る事はなかった。
 優一郎の数歩手前で足を止め、胸の所に有る女の目でじっと睨んでいる。緑色
の化け物を消し去った力に警戒し、優一郎へ攻撃を加えることに踏鞴(たたら)
を踏んでいるらしい。
 一匹を仕留め、バランスを崩した間にもう一匹の襲撃も受けずに済んだ優一郎
の心には、余裕が生まれ始めていた。そして紙一枚ほどの重さも感じさせない武
器を手にしながら、ある事を理解した。
 この刀がどうやって、突然優一郎の手の中に現れたかは分からない。だがその
重さは優一郎のイメージそのままなのだと。
 刀とは非常に重い物で、実際にはテレビで観る時代劇のように自在に振るえる
ものではない。優一郎にはそんなイメージが有った。だから初めて刀を手にした
とき、それはイメージ通り、とても重たい物だった。
 だが緑色の化け物に対し、刀を振るったとき、これがもっと軽ければと強くイ
メージを抱いた。刀はそのイメージに呼応し、重量を失ったのだ。
 優一郎は試しに、新しいイメージを描いて見る。
 軽いのはいいが、これではどうにも頼りない。少年時代に習った剣道の竹刀。
それなら手に馴染んだ重さだ。自由に振るうことも可能である。
 中段に構えていた腕に、徐々に刀の重さが感じられて行く。それが手頃なとこ
ろで止まると、つい優一郎の口元に笑みがこぼれる。
 優一郎の頭の中に、もはや死の文字はない。浮かんだ笑みは勝利への自信だっ
た。
 この刀を手にしている限り、自分が敗北することは決して有り得ない。その自
信がどこから来る物か定かではないが、一片の迷いもない。
 化け物に対する恐怖は消えた。
 むしろ目の前にいる、女の姿を持つ肉塊に哀れみの情すら感じる。
 さきほど倒した化け物同様、この肉塊もまた、元は人であったのだろう。何の
理由でこのようなおぞましい姿になったのかは知らない。だが人に戻る術はない
だろう。少なくとも、優一郎はそれを知らない。
 ならばこのまま化け物として人を糧に生き続けるより、ひと思いにその命を断っ
てやるのが情けというものである。優一郎はそう思った。
 だがその実、目の前に立つ敵を倒すという行為に酷く興奮していた。全身の血
が、強くそれを欲していた。
「ぐうっ………」
 化け物が、低い唸りを上げる。
 優一郎を警戒しているようだが、退くつもりもないらしい。その場に留まった
まま、もの欲しそうに優一郎を見つめている。
 優一郎は中段の構えから、ゆっくりと切っ先を上げる。
 少年剣道では中段の構えしか習わなかったが、有段者を真似て上段の構えを練
習したことがあった。敵に対し身体の前面が空くが、攻撃には適した構えである。
 もっとも優一郎が上段の構えを取ったのは、実用性からではない。その方がこ
の場面では絵になるように思ったのだ。
 人外の化け物を前に、客観的に見た絵面を考えるほどの余裕が優一郎の中に生
まれていた。
 優一郎が構えを変えるのを待っていたかのように、厚い雲の隙間からコンパス
で描かれたような真円の月が姿を覗かす。優一郎は構えた刀を身体に対し、横に
する。射し込んだ月の光を受け、刀は白銀に輝く。
「こい、化け物め!」
 血が滾るのを抑えきれず、優一郎は化け物を挑発する。
「喰うんだろ、この俺を。どうした? 早く喰ってみろ。それとも俺が恐いのか、
この腑抜けめ」
 優一郎の言葉を解したのか、化け物の胸に磔された女が顔を歪める。
「クウ………オボロノ、チカラ……クウ」
 意を決した化け物は、だん、と地面を蹴り勢いをつけると、長い方の腕を優一
郎めがけ横殴りに振るって来た。
 弾丸のような化け物の動き。しかし優一郎には、それがビデオのコマ送りを見
るかのように、ゆっくりと感じられる。
 すっ、と降ろした刀が化け物の腕を斬り落とす。優一郎を目指していた腕は、
本体から斬り離されるとその勢いのまま、後ろの茂みへと飛んでいく。
 だがなおも、勢いのついた化け物の巨躯が、真っ直ぐ優一郎に迫っていた。優
一郎は慌てることなく、またその場から全く脚を動かすこともなく、降ろした刀
を今度は下から上へと振るう。
 優一郎のイメージをその質量に反映した刀は、化け物の躯を斬り裂いた。優一
郎の手に、その抵抗を微塵も伝えることもなく。
 二つに別れた化け物の胴体は、それぞれが優一郎の横を素通りしていく。
 優一郎は振り返らない。
 二度と化け物が立ち向かって来ることはないと、分かっていたから。
 その確信を肯定するかのように、背中から吹いてきた風が硝子の結晶となった
化け物の躯を優一郎の周囲に降り注がせた。
「足りない」
 ぽつりと呟く。
 化け物を倒し、死を免れたという安堵感はない。
 いまの優一郎を支配しているのは、昂揚感。抑えきれない興奮。
 二匹の化け物を倒しただけでは、納まらない。むしろ、あまりにも呆気無い戦
いは、火の着いた興奮に油を注いだだけだった。
「いないのか! 誰か。誰か、俺と戦うヤツはいないのか!!」
 優一郎の絶叫に応え、刀が激しく光を放つ。
 圧力を持った光は、木々を揺らし、水面に波を立てた。




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