AWC プレ・ステップ 〜 初めての相談 〜 1   名古山珠代


        
#3830/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 4/19  13:53  (200)
プレ・ステップ 〜 初めての相談 〜 1   名古山珠代
★内容
 周囲はスチール製の書架で埋め尽くされ、決して明るいとは言えない。蛍光
灯が、かえってうら寂しさを演出してさえいる。
「何を占います?」
 社会科準備室の中、目の前の席に座ったばかりの二年先輩の「お客」に、渡
部樹理は愛想よく言った。
「誰にも言わないでよ」
「信用してくださぁい。お喋りな私でも約束は守りまぁす」
「……その喋り方が、信用できない」
 疑るような目つきの先輩−−小牧聖子へ、樹理はにこっと笑った。
「では、お伺いしますが、これまで変な噂が流れて、その出所が私だったって
こと、あったでしょうか」
「それはなかったわね、確かに。だからこそ、私もこうして頼みに来たのだけ
れど」
 腕組みをし、小牧は一度、小さくうなずいた。
「でしたら、問題ないですよね? ここまで来たんだし」
「それもそうね。無駄足は嫌」
 息をつくと、小牧は語り始めた。
「同じこと、何人も占ってると思うけど、いわゆる恋愛ってやつをお願いする
わ」
「はぁい。いわゆる恋愛、ですね」
 はしゃぎ声の樹理は、机からカードを取り上げた。そしていつもと同様に始
める。
「具体的に思い描く人がいますか? それとも、真っ白な気持ちですか?」
「いるわよ。二年なんだけどさ、文哉って呼んでる。深川−−」
「あ、あの、別に名前を出してもらわなくて、よかったんですけどぉ」
 焦って告げると、小牧の方も顔を一層赤らめ、早口になった。
「そ、それを早く言えって! 余計なこと、口走っちゃったじゃないか」
「すみませんっ」
 頭を下げながら、樹理は思った。
 何人も占っていると、たまにはこういうときもある……。

 教室内に限らず、その人の周りはいつも華やいでいた。端から眺めていて羨
ましいぐらい、楽しげな笑い声が絶えない。
 じっと見つめることしか、僕にはできない。いや、実際は見つめるという行
為さえ、やっとなのだ。
 もしも目が合ってしまったらどうしよう……そう思うだけで、心拍が速まる
ような気がする。
「隆太、隆太−−伊津森隆太っ」
 名を呼ばれ、我に返る。見上げるまでもなく、横に突っ立っているのは寺木
の奴だった。
「何だよ」
 至福の時間を邪魔されたせいで、僕の声には刺々しさがあった。
 が、相手は気にしなかったのか気付かなかったのか、そのまま会話を続ける。
「メンバー、足りないんだ。帰り、時間空いてんだろ?」
「何でそんな、五人バスケしたがるんだよ。ストリートでいいじゃねえか」
「仕方ねえじゃん。十人揃ってないと、使用許可出ねえんだから」
「だったら、学校の体育館じゃなくても、公園の横にできたあそこがあるだろ
うが」
「知らねえのか? あそこは、めちゃうまなチームが独占状態。とてもかなわ
ねえよ」
「じゃ、練習して、そいつらに勝って、権利奪えよ」
「練習するためにも、体育館を借りねえとな」
 僕が口を滑らすのを待っていたかのごとく、寺木は素早く言った。
「−−しょうがねえなあ」
 気怠さが残っていたが、何とか立ち上がれた。
「やるか」
「何だかんだ言って、好きなくせして」
 寺木が肩をばんばんと叩くのを、手で払いながら、歩き始める。
「伊津森君、これからバスケ?」
 クラスの女子の一人が反応した。続いて、何人かが僕の周囲に群れ集まる。
「そう。こいつに頼まれ、嫌々さ」
「そうよねえ、相手にならないもんね」
「寺木君達、怪我しないようにね。あはははは」
 女子達が騒ぎ、寺木はうんざりした顔つきで肩をすくめた。
 僕にとって、その他大勢はどうでもいい。たった一人、あの人に振り向いて
もらえない限り、こうして騒がれたって、楽しくない。
「今日も格好いいとこ、見せてね」
 それでも僕は、気取りたがる。この性格、改善した方がいいかもしれないと
は感じているのだが。
「任せてろ」

 お遊びのような練習試合とは言え、圧倒的大差で勝利を収めた伊津森らを、
数名の女子が歓声で迎えた。
「ナイスプレーっ」
 その内の一人、船井不二子が厚手のタオルと缶飲料を手に、伊津森へ近付く。
「はい、これ。好きでしょ、レモンティ」
「サンキュ。覚えてもらえて、光栄」
「どういたしまして。幼なじみとしちゃ、当然でございます」
 ふざけ口調の不二子に、呆れたように首を振る伊津森。
「今日も一緒に帰るんだな?」
「そっちが嫌じゃなければ」
 笑みを返し、彼女は他の男子のところへ足を運んだ。
 伊津森が肩にタオルをかけ、缶紅茶を呷っていると、寺木−−敗戦チームの
メンバー−−が隣に座った。
「相変わらず、仲がいいのな」
「……俺と不二子、じゃない、船井のことか?」
「言い直さなくてもいいだろ。下の名前で呼んでやれよ」
 にやにや笑い、伊津森を小突く寺木。
「よせよ、暑苦しい」
「船井って、おまえの何なの?」
「……図々しい聞き方だな」
「教えてくれよ。誰にも言わん」
「別に隠すような話じゃない。さっきも言ってたろ。ただの幼なじみってやつ
さ。それだけだ」
 タオルに手をやり、伊津森はそれを頭からすっぽり被る。
「本当かよ」
「本当だよ」
「でもまあ、今は恋人……」
「違う」
 否定の言葉を短く吐いた伊津森。
「……信じられねえ。たいていの男ども、船井を上位にランクしているぜ」
「おまえもその一人ってか?」
「そうそう。って、何を言わせる? おまえこそ、どうなんだ、えー?」
「だから、幼なじみ。何遍も言わせるな」
「恋人じゃないのか」
「しつこいぜ、琢己」
 伊津森が声を荒げても、寺木は食い下がった。
「恋人じゃなくても、好きじゃないのか?」
「はは。嫌いじゃねえけどな。幼なじみの枠から一歩も外に出ないっていう状
況ができあがっちまってるよ。今さら」
「そうか。なら、俺にもチャンス、あるかな? あるってことにしとこう、う
ん。その方が幸せだな」
「勝手にしろ」
 右手にぶら下げるように缶を持つと、すっくと立った伊津森。
「俺には関係ない」

 渡部樹理は、学校が全日ある日は昼休みに一人、放課後に一人、合計二人ず
つを欠かすことなく占っている。それだけ繁盛しているという証でもある。
 只今、十八日の放課後。計算すると、これから迎える「お客」が今月ちょう
ど二十人目。
「あれれ」
 社会科準備室−−とは名ばかりの、社会科用教材の物置と化している小部屋
で待っていた樹理は、入ってきた生徒を見て、思わず声を上げた。
「何だよ」
「いえ……男子が占いを頼みに来るなんて、珍しいと思いまして。えへへ」
 今日二人目の「お客」である伊津森を前に、樹理はそう言った。だが、これ
には若干の嘘が含まれている。
(伊津森先輩が来るなんて、どうしよう!)
 そうなのである。この若き素人占い師は、バスケ青年にぞっこん。単に小学
校のときから家が近隣で、一学年違いとは言え並んで仲よく通学していたのが
高じて、気付いてみたら……というパターン。
「それに、伊津森先輩は悩みなんてなさそうに見えるし」
 口では適当に言いつくろい、どきどきを押さえ込む樹理。
「悩みのない人間がいたら、そいつは多分、馬鹿か赤ん坊だぜ」
 椅子に横向きに座り、断定口調の伊津森。
「言いますねえ。じゃ、早速、聞かせてもらいましょう」
「……おまえ、普段と喋り方、全然変わらないな。ちっとも、占い師らしくな
いじゃないか」
「この方が親しみあるじゃないですか。それに、年上の人を相手にするとき、
偉そうな占い師の口上なんて、できない。さ、悩み事の種類は何です? もて
もての伊津森先輩のことだから、まさか恋愛問題じゃないでしょうし」
「実は、それなんだよな」
「ええ?」
 つい、驚きの声を上げてしまってから、まじまじと見返す。
「外に聞こえないようにしてくれよ」
「あ、うん。でも……信じられない。選り取り見取り状態のくせして」
 気持ちを隠しつつ、樹理は言葉をつなげる。
「そりゃないぜ。好きな相手から振り向いてもらえない。人並みに苦しんでる
んだ。さあ、何を言えばいいんだ? 勝手が分からないな、こういうのって」
「あ、じゃあ、とりあえず……」
 逡巡する樹理。そして、閃いた。
(いつものやり方には反するけれど)
 後ろめたさよりも、好奇心が勝った。
「そうですねえ。最初に、イニシャルを伺えますか? 名前、名字の順番で」
「お安いご用。だが、きちんと頼むぜ」
「もちろん。さ、どうぞ」
 唾を飲み込む樹理。早く聞きたくて仕方がない。
「−−F・Fになるな」
「F・F? 名前も名字も、Fになるんですね?」
「そうだよ。他に何を言えばいいんだ? 相手との相性を知りたいんだ。打ち
明けるべきかどうか」
「なるほど。忍ぶ恋、してるわけですか」
 樹理は軽口を叩きながらも、頭の中ではイニシャルF・Fの女生徒を「検索」
していた。

「物好きだよな、おまえも」
 社会科準備室を出てきた伊津森に、寺木は気楽な調子で話しかけた。
「いくら何でも、占いに頼るなんて。しかも、下級生の」
「うるさい。俺がうまく行ったら、おまえも試そうと思ってんだろ、どうせ」
 肩をそびやかし、さっさと行く伊津森。寺木はすぐにあとを追った。
「怒るなよ。で、結果はどう出た?」
「複雑そうな事情が見え隠れするから、時間をかけて占いたい、だとさ。話が
違うぜ。一回ですむんじゃなかったのかよ、全く」
「てことは、何もお告げはなしか?」
「ああ。今日のところは。明後日ぐらいになるだろうってさ」
「ふむ。複雑そうな事情ってぇのは、当たってるのか? え、おい?」
「誰が教えてやるかよ」
 寺木は、伊津森の口から、相手の名前を聞かされてない。
 そろそろ人の行き来が多い場所に出るので、声を潜め、寺木は言った。
「いいよ。どうせ船井だろ?」
「な……」
「前、聞いたとき、幼なじみだの何だのって、態度おかしかったもんな」
「か、勝手に思ってろ」
 そっぽを向く伊津森。普段に比して、いくらか子供っぽくなってしまってい
るようだ。
「それで、どんなこと聞かれんだ?」
「何でおまえ、そんなこと気にする?」
「だから、俺も将来、渡部の占いに頼るかもしれねえしよ」
「……今日、聞かれたのは、相手のイニシャルと、知り合ってからどの程度時
間が経っているのか、その人を動物、色とか花とか、そういった色々な物にた
とえると何をイメージするかとかだ」
「誕生日や血液型ってのは?」
「聞かれなかった。そういう占いじゃないらしい。よく分からんが」
「そうか。で、せめてイニシャル、教えてくれよ」
 ヒントでも聞き出したい寺木であった。
「い、や、だ」
 伊津森はきっぱりと言った。
 と同時に、体育館に到着したため、この話は打ち切られた。

−−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE