#3764/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 2/28 18:39 (142)
長編作品UP作法 3 永山
★内容
オフの二次会からの帰り道、釘竹は駅までずっと、一人の女性と一緒だった。
「ほんと、驚いたですよ」
妙な言葉遣いになるのは、相手との上下関係が、把握できないからだ。
「私もです」
ハンドルネーム岸平しずおは、街灯の白い薄明かりの中、微笑んだようだ。
その身長は釘竹より低く、年齢も下。加えて、女性だった。
「いや、僕の驚きは、岸平さんの数倍ですよ」
ゆっくりした足取りで並んで歩きながら、釘竹ははしゃいでいた。思いもか
けず、岸平が女性だと知った。おまけに、自分の好みに合った、大人しい雰囲
気の美人だったせい。
「ちゃんと驚いてるんですよ、釘竹さんが大学の先輩になるんだなんて」
見上げてくる岸平は、不満そうに唇を尖らせていた。
岸平は、偶然にも釘竹の通う私立大学を志望し、二月頭の試験に合格。この
春から新大学生となる。大学に入ってからは東京で暮らし始める訳で、今日の
オフは待ちに待った好機だったのだ。
「僕の方は、それに加えて、岸平さんがてっきり、男性だと思っていたから…
…驚きも倍増ですよ」
「気を悪くしました?」
「そんなこと、ない」
大きく首を振る釘竹。
「他の皆さんも、歓迎してたじゃないですか。眼鏡かけた小太りのおやじかと
思いきや、女子大生だったとは−−って」
「うん、みんな、いい人で助かりました。騙すつもりはなかったんですよね」
「じゃあ、どうして、男のふりを?」
「男のふりをするつもりもなかったんです。本名そのままだと笑われそうだか
ら、アナグラムで並び替えて……あ、アナグラムって分かります?」
「穴……の重さ? 分からん」
本気半分、冗談半分に釘竹が応じると。岸平はくすりと笑った。
「アナグラムというのは、綴り換えのことです。推理小説ではよくあるんです
が、たとえば、きむらたくやをローマ字で書いて、ばらばらにして、またくみ
あわせるときたむらゆかっていう名前ができるの」
「? よく分からないんですが……」
すると岸平は街灯の真下に立ち止まり、手帳を取り出したかと思うと、さら
さらと何事か書き付けた。
「これ、見てください。分かると思います」
そのページには、
KIMURATAKUYA
125678341110912
と記してあるのが分かった。
「順番通りに、読んでみたら……」
「……ああ、なるほど。分かった。分かりました」
手帳を返しながら、小首を傾げる釘竹。
「でも、これと男のふりと、何の関係が?」
岸平は答とともに、歩き始めた。
「オフのときには聞かれなかったから言いませんでしたけど、私のハンドル、
本名じゃないんです。高一になってパソコン通信始めるとき、ハンドルを考え
る内に、アナグラムにしようと思い立って、本名を並び替えたら岸平しずおっ
てできたから」
「それだけですか?」
「うーん、最初はしずおって女の名前にもあるから、全然意識してなかったん
ですが、気が付いたら、いつの間にか男ってことにされてました」
小さな鈴の音のような軽やかな声で笑う岸平。
「最初は戸惑いましたけど、でも、自分からは、女だとも男だとも言ってない
から、まあいいかって思って。推理小説書く人っぽくいいかなと思えたし」
「はあ、なるほど、なるほど。−−ところで」
無闇に感心してから、釘竹は本題を切り出した。他のメンバーがいる場では、
聞けなかったのだ。
「−−てな訳で、僕、結構、いらいらしてたんですよねえ、あのとき」
「そうだったんですか?」
夜道で大声を上げる岸平。
「途中、UP速度が落ちたのは不可抗力でしたけど、そのあと、最後までUP
しなかったのは、私自身の責任でしたから……メールで言ってもらえれば、す
ぐ削除したのに」
「まあ、終わったことですから、いいんだけど……その、今まで、こんなこと
なかったでしょう、岸平さん? だから、変だなあって」
「あのときはですねえ」
目を伏せ、苦笑しながら喋り始めた岸平。
「入試終わってすぐ、書き始めたんですよね、あの作品。完成して、意気揚々
って感じでUPを始めました。でも、見直しを全くしてなかったのが間違いで、
UPする文章を斜め読みしていたとき、はっと気が付いたんです。ミスった!
−−てね」
頭を抱える大げさな身振りを交え、続ける岸平。
「何とか、今までUPした分をそのままにして、修正できないか、知恵を絞っ
たんです。だから、すぐには削除する決心ができなくて……すみませんでした」
「あ、いや、もういいです」
頭を下げられ、恐縮しながら片手を振る釘竹である。
「最初は腹立ったけど、今はもういい。許せます。それにしても凄いね、UP
中にミスを見つけるなんて」
「たまたまですよ」
「だけど、そのおかげで、あれだけ好評を博してる。よかったじゃないですか」
「それは、そうかもしれませんが……。あのぅ、それより、私、さっきから気
になってるんですけど、釘竹さんのお話を聞く限り、私のミスUPした分をダ
ウンロードされたんですよね」
「はあ、そうなりますね」
何が言いたいのだろうと思いつつ、うなずく釘竹。
「読まれました?」
「いや、新しくUPされた分しか読んでないです」
「そうですか。ああ、よかった。古い方は、帰ったら、すぐ消してください」
「どうして?」
「何故って、失敗作を他の人に残されてるのって、嫌じゃないですか。分かり
ますよね?」
懇願するように目を向けてくる岸平。駅に近付いたこともあって、明かりが
多くなっている。
「そりゃあ、そうだ。分かりました、消しましょう」
「よかった」
「その前に、一度だけ読ませてもらいますよ」
「え……」
ぎくりとしたのか、岸平は絶句してしまった。
単純な釘竹は、そんな様子をかわいいと感じながら、続ける。
「僕は推理小説はよく分からなかったんですが、今日、岸平さんと会って、興
味が出て来ました。だから、岸平さんの言うミスがどんな物か、知りたいんで
すよ。……だめ?」
「……いいです。迷惑かけたお詫びに。でもっ、他の人には、絶対に言わない
でくださいね。もし、感想をくださるんでしたら、メールでお願いします」
「はい、了解しました」
釘竹は、にやけ顔で敬礼のポーズを取った。
(悪くないなあ、こういうのって。同じ時間帯にUPしようとしたのも、同じ
大学に通うことになったのも、シンクロってやつじゃないかな)
お気楽にそんなことを考える。
「駅、やっとですよ」
「そうですね。……あの」
それなりに打ち解けながらも、言葉遣いはぎこちない会話を続けていたが、
釘竹は思い切って、尋ねることにした。
「本名、教えてくれませんか」
「……釘竹さんは、釘竹って、本名なんですか」
「そう。釘竹栄造。学生証、見せてもいいですよ」
「い、いえ、結構です。そうですね……先輩の言葉には従った方が、罰が当た
らなくて、いいかも」
「じゃあ、教えてくれるんだ? さっき、本名は笑われるとかって言ってたよ
うな気がしたけど」
「笑われるって言うか……冗談だと思われそうなんです。本名の方が、ハンド
ルネームっぽい。……ふじさきしおり、です」
「……どこかで聞いたことある」
頭を捻る釘竹。即座に思い当たった。
「あ、ゲームにあったな」
「そうなんです。あれ、有名になり過ぎちゃったから、私、困ってるんですぅ」
「そりゃ、大変だ。漢字まで同じ?」
「いいえ。こう書くんです」
再び手帳を取り出すと、岸平はペンを走らせた。
駅の直前までたどり着いていたから、その明かりでよく見える。
富士崎紫織−−。
「並び替えたら、ちゃんと岸平しずおになりますから」
そう言って自動券売機へ走る彼女の後ろ姿を見送りながら、釘竹は心の中で、
強く思った。
(俺、ハンドルを変えようかな。アナグラムで何か作ろう)
このとき、釘竹の脳裏から長編UP作法なんてものは、きれいさっぱり消え
失せていた。
−−終わり