AWC コード館の殺人 14   永山


        
#3701/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/12/31  16:52  (200)
コード館の殺人 14   永山
★内容
「あんな物、昨日はなかったはずだが……」
「あれは……怪人物の服装だ」
 目の焦点が合った瞬間、私には分かった。しかと認識できた訳ではない。だ
が、分かるのだ。
「本当か?」
「間違いないよ。忘れられない」
「よし、回収だ」
 出たばかりだったが、我々は屋敷に引き返し、幸道氏と戸井刑事にことの次
第を告げた。二人を連れ、再び外へ。
「本当だ。変な物が置いてあるな」
 刑事はまぶしそうにしながらも、どうにか見えたらしい。
「幸道さん、屋根に出るにはどうすれば?」
「梯子がある。こっちだ」
 きびきびとした動作で、屋敷に戻る幸道氏。私達もそれに倣う。
「ここだ、何年も使っておらんがな」
 老主人が示したのは、玄関のすぐ横にある物置部屋のようなところだった。
中を覗くと、とぐろを巻いたロープや大工道具、埃を被った踏み台に枝切鋏、
灯油缶などが目に入る。
 部屋の右手の壁に、また扉があった。古めかしい鉄製のそいつを開けると、
幸道氏の言う梯子が見えた。壁にコの字型の金属を取り付けただけの梯子であ
る。これもかなり錆が浮いていた。
「使われた形跡がない」
 法川が指摘した。その通り、梯子はおろか、扉が最近開けられた様子もない
ようだ。こすれたような痕跡は、どこにもない。
「犯人は、ここを使わなかったみたいだな」
「今はそんなことよりも、屋根の服を回収することだ。ここを使うしかない」
 刑事は一人、梯子に手をかけた。
「待った、戸井さん。鍵がいるぞ。天井の蓋を開けるには、鍵がいるんだよ」
 幸道氏は言い残すと、なかなか機敏な振る舞いで鍵を取りに行き、二分もせ
ぬ内に戻って来た。
 鍵を受け取るのももどかしげに、刑事は昇り始める。
「一人で大丈夫ですか?」
 法川の声が、梯子のある縦長の空間に響く。
「平気だ! それより、外に出て見ててくれ。服の位置が見えないということ
もある!」
 刑事の言葉に従い、またも外に出る。何とも、せわしない。
 屋根はほぼ水平のようで、歩くのに支障はないようだった。それでも服の在
処は見えにくかったらしく、私達の下からの指示でようやく服を手にしたとき
には、刑事はすっかり及び腰になっていた。
 回収された服を、広間で検証に当たる。現時点で触ることが許されたのは、
戸井刑事と私だけで、他は眺めるのみにしてもらった。私達にしたって、手袋
と帽子をして、慎重に取り扱う。
「うん、間違いない。こいつを着た奴に襲われたんだよ」
 私は改めて主張した。証拠の品が出て来て、安堵する思いだ。
「屋根の上に隠すなんて、考えたもんだ。いつか見付かるのは間違いないが、
昨晩の時点ではまず、見付けられん。うむ、仮面もあるな。仮面は金属製だが、
ゴム紐で着けるとは、安っぽい」
 刑事の言葉に、法川が応じる。
「ゴム紐故に、誰にでも装着可能ということですよ。これでは、犯人を絞り込
む手がかりになりそうにない」
「そうか、くそっ」
「それよりも、髪の毛……特に、頭に被っていたという布を、よく調べるべき
でしょう。髪の毛の一本でも見つかれば、あとで有力な証拠になる」
「言われなくても、そのつもりだ」
 目を皿のようにし、手袋をした手で衣類を調べ始める。程なく、三本の毛髪
らしき物が見つかった。
「それ……永峰さんの髪でないか」
 幸道氏が言った。それより以前、私自身、そんな気がしていたのだが、言い
出せないでいた。緩くウェーブのかかった、中途半端に長い髪の毛はどれも、
私のに似ている。
「一本、拝借できますか」
 刑事に言われ、私は自分の髪を一本、引き抜いた。それを手渡すと、戸井刑
事はじっくりと見比べる。
「……貴島さんを呼ぶまでもない。似ていますな」
「犯人はやりすぎましたよ」
 断定的に、法川。
「永峰を犯人に仕立てたい一心で、こんな小細工をしたんでしょうが、一歩引
いて眺めれば、無茶苦茶です。永峰が犯人だとすれば仮面の怪人物は想像の産
物になるのに、その衣装に永峰の髪の毛を付着させておくなんてね」
「そう思いたいところだが、犯人はどうやって永峰さんの髪の毛を入手したの
だろう?」
 刑事の疑問にも、法川は即答した。
「チャンスはいくらでもあったでしょう。極端な話をすれば、襲ったときに引
き抜けばいい。永峰本人はパニックになってるから、気づかない。そうだろ?」
「あ、ああ。恐らく」
 髪を抜かれた記憶はないから、認めざるを得ない。乱闘の拍子に抜け落ちる
場合もあるだろう。
「この服、えらく大きなサイズだな。誰でも着られそうだ。これじゃあ、顕微
鏡なしに、他に大きな発見は望めないようだな」
「いや、まだ検討を要する点があります」
「何だ?」
「衣服のあった位置。梯子は用いられていないようだけど、幸道さん、他に屋
根に出る手段はありますか?」
「む? いや、ないな。他に梯子はない。まあ、二階の部屋の窓から出るのも、
危険を覚悟すればできんことはなかろうが、さて」
「雨樋を伝えば、きっと行けるよ」
 無邪気な調子で、風見が言った。
「雨樋? ああ、外壁に着いていたな」
 思い出す風の刑事。
「しかし、相当に古いなあ。大の大人の体重を支えられるものかどうか」
「ありゃあ、無理だ。子供なら登れても、大人は無理」
 決めつけるように、幸道氏。意見を出した風見は、きょとんとしている。
「雨樋を伝ったかどうかぐらいは、実際に見れば分かるでしょう」
 馬鹿馬鹿しいと言いたげに、法川は肩をすくめた。
「僕が問題にしたいのは、この服があった位置そのもの。ちょうど、永峰の部
屋の真上辺りです」
「と言うことは、あれですな。永峰さん自身が服を窓から放り投げたと見せか
けたい。ここにも犯人の意図が見受けられる」
 法川も戸井刑事も、私を疑わないのが、救いだ。事件が本土で起きたのなら、
九分九厘、私は警察に引っ張られているだろう。
「逃げ出した怪人物はその直後、君の部屋−−もちろん、最初にあてがわれた
部屋だよ−−に入ったかい? 入ったとしたら、服を置くのも簡単なんだが」
「さあ……見ていない」
 頭を振る。
「見ていたとしても、認識はしていないのかもしれない。あのときは、とにか
く助かったという安心感から、周りに注意をやる余裕なんてなかったよ」
「そうか、仕方ないね。怪人物が君の部屋に入ったとして……服や仮面を脱ぎ
捨て、ひとまとめにし、窓を開け、屋根上にうまく放り投げ、また窓を閉め、
部屋を脱出、逃走。時間的には、そんなにかからない気がするが」
 法川は立ち上がると、二階に向かう。
「何をしに行く?」
「君の部屋で、実験をね。ああっと、みんな、下にいてください。音が聞こえ
るかどうか」
 駆け上がってから、ものの三分も経たない内に、彼は降りてきた。
「窓を開け閉めしたんだが、どうだった?」
「わずかに聞こえたようだが、聞き耳を立てていたからだな、これは。何も聞
こえなかったと言っていい」
 降りてきた法川に、我々はありのままを伝えた。このコード館は、よく防音
が施されている。
「そうなると、犯人は寄り道する危険を恐れなければ、楽に置けたことになる。
念には念を入れて、雨樋を調べてみてもいいが」
「待ってくれ。今、思い出した」
 私は法川の台詞を遮った。
「怪人物が逃げた直後に、神代さんが来てくれたんだ。そのあとすぐに、板倉
さんも。いくら犯人が素早く行動しても、彼女達に見られずにいたとは思えな
い。僕の部屋に寄る時間的余裕は、なかったはずだ」
「そうか」
 頭をかく法川に、戸井刑事が追い打ちをかける。
「だいたいだな、遺体のことがあるんだ。遺体をどうやって、永峰さんの部屋
に出現させたのか、分かっていない。その謎が解けない限り、部屋に入って窓
から衣服を投げ上げたかどうかなんて、些細な話だ」
「錦野さんの遺体を屋根伝いに、永峰の部屋に置いたのかもしれない」
 負けじと、法川は奇説を披露した。
「どういうことだね」
 興味深そうにしたのは、幸道氏。
「犯人は錦野さんを殺害後、窓を開け、屋根に押し上げる。そして永峰を襲っ
てあらかじめ部屋の窓の鍵を開けてから、逃走。自室に引っ込み、窓から急い
で屋根に出る。遺体を永峰の部屋の真上まで引きずり、窓を開け、投げ込む」
「体力と時間、どちらにも問題ありだな」
 否定の断を下す戸井刑事。
「我々が錦野さんの遺体を発見したのは、事件発生時からそんなに経っていな
かった。全員が広間に集まったのは、それよりもっと前だ。君が言うような行
動が取れるとは、到底思えない」
「……そのようですね」
 別段、悔しがる様子もなく、法川は自説の誤りを認めた。
 時間は十一時半を過ぎていた。

 正午ちょうどに、実道が戻って来て、全員−−生きている全員−−が屋敷内
に揃った。
「どうでしたか、無線機は?」
 食事の席に着くよりも先に、板倉が詰め寄るように実道に尋ねた。
「残念ですが……」
 実道が力なく首を振ると、板倉は傍目から見て気の毒に思えるぐらい、落胆
の色を露にした。
「気を落とさないでください。明日になれば、我々が帰らないのを変に思って、
動いてくれますよ」
「その間に殺されたら、どうするんですか! 絶対、嫌っ」
「大丈夫ですよ。注意していれば、絶対に助かります」
 実道がなだめようと努めるが、板倉は収まらない。その取り乱しようは、こ
れまでの彼女の冷静な態度とは対照的で、意外に感じる。
「参ったな。おーい」
 実道はメイドの江梨を呼んで、板倉のことを彼女に任せたようだ。メイドに
連れられ、板倉は広間の横長のソファに向かい、そこで横になった。
 彼女を置いて、昼食は始められた。
「永峰さんの言っていた怪人物の物と見られる服が、屋根の上に見付かったん
ですよ」
 食事の席で、刑事は皆に、この事実と考え得る推測を伝えた。
「永峰さんは、誰かから恨まれておるんじゃないのかね」
 きいきいとした声で、貴島。
「犯人がこうも、あんたに罪を着せたがるのは、何かしらの意味があるんじゃ
ないかな」
「そう言われましても……」
「犯人は、誰でもよかったのかもしれません」
 法川からの助け船だ。私は喜んで乗るとしよう。
「永峰を犯人に仕立てることで、何らかの利点が犯人にあったとも考えられま
す。もっと言えば、彼以外の者を犯人に仕立てられない状況だったかもしれな
い」
「仕立てられない……?」
「詳しくは、まだ不明です。ただ、犯人像を、永峰に恨みのある者に限定する
のは危険だと言いたかったので」
「ふむ、納得した」
「しかし、永峰さんが犯人でないと決まった訳でもあるまい?」
 貴島が引き下がったかと思えば、今度は幸道氏が言ってきた。これには抗し
きれず、法川もすんなり肯定する。
「裏の裏というものを想定すれば、そうなります」
「もし作家先生が犯人なら、尊敬してもいいね。きっと、作品の方も素晴らし
いに違いない」
 挑戦的に言ったのは、森田。刑事に同席するように求められ、渋々ながら従
っているのだ。
 私が何と応じていいのか迷っていると、先に刑事が口を開いた。
「殺人犯を尊敬とは、穏やかでないですな。どうして?」
 苦い顔をして、相手を促す。
「鈴木さんを殺した方法も、錦野さんの遺体を出現させた方法も分かってない
んでしょうが。こんなことをやり遂げた頭脳に、尊敬を惜しまないよ、俺は」
「本心から言ってるんで?」
「ま、半分以上は、刑事さんへの反発心てやつだね。あんたも立場ないでしょ
うが。目の前で二人も殺されてるのに、犯人を捕まえられんとは。明日までに
何とかしないと、首が危ないんじゃないですかねえ」

−−続く




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