AWC そばにいるだけで 2−4   寺嶋公香


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#3442/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 9/17  20:52  (200)
そばにいるだけで 2−4   寺嶋公香
★内容                                         04/04/25 02:31 修正 第2版
 練習を見守っていた純子は、大声でストップをかけた。裏方の彼女は、何故
か監督の立場に推されてしまっていた。
「どこか違ったっけ?」
 頭に手をやる相羽。その鼻先に、純子は台本を突きつけた。
「ほら、ここ。次に考えるのは『砂糖』じゃなくて、『スプーン』よ」
「そうだった。『次に考えるのは、スプーンのことです』か」
「自分で書いたくせに、推理の順番、間違えるんだから」
「意味は通じるんだけどな」
「他の人が混乱するでしょうが。ついでに言っておきますとね、砂糖のところ
の出だしは、『次に考えるのは、砂糖のことです』じゃなくて、『次に砂糖の
ことを考えてみましょう』だからね」
「そ、それぐらい、アドリブで……」
「そーゆーことは、ちゃんと台詞を覚えてから言ってよ」
 純子にやり込められ、肩をすくめる相羽。
「じゃ、スプーンからもう一度」
「はい、はい」
 純子は椅子に、相羽は教室中央に戻った。
「あそこまで厳しく言わなくても。演劇部じゃないんだからさ」
 座ったところで、富井がくすくす笑いながら、話しかけてきた。
「演劇部じゃないからこそ、他の人はアドリブが効かないと思うの。だから、
なるべく台詞通りにやった方がいいわ」
「それも一理ある」
 あっさり引き下がる富井。
「けど、相羽君にだけ、特に厳しくない?」
「そ、そんなこと」
 練習の様子を見守るのに集中できない。
「そうは見えないけどなあ。やっぱ、純ちゃんも」
「違う。そう見えるんだとしたら、厳しくしてるんだわ、きっと。でもそれは、
あいつが台本書いた本人だという意味からで」
「そういうことにしときましょ」
「あのね」
 後ろにいる富井へ振り向こうとして、止められる。
「ほらほら。ちゃんと練習、見てあげないと。涼原監督」
 純子はため息をついてから、再び練習に見入った。
『四つ目に考えるべき点−−それは、コーヒーカップを配った人です。城島(
きじま)さん、あなたがカップを配ったんでしたね?』
『はい、そうですが』
 城島役の井口が答えたところで、純子はだめを出した。
「ストップ! また相羽君。細かいけど、『カップを配った』じゃないわ。『
カップを運んだ』だから。テーブルまで運んだあと、井口さんと大谷君とでカ
ップをみんなに配るんだからね」
「分っかりましたぁ」
 相羽は自分のこめかみを、指先でこつこつと叩いていた。

 学芸会まであと二日。ここのところ秋雨前線が活発で、あいにくの空模様が
続いていた。
 劇の稽古を終えて、外を眺めていた相羽は、窓をぴしゃりと閉めた。
「当日が晴れればいいや」
 途端にせき込む相羽。
「まさか、風邪?」
 教室の椅子を後片付けしていた純子は、心配になって声をかけた。
 たまたま委員長と副委員長の二人が日番に当たっており、教室には今、純子
と相羽だけだ。
「いや……発声練習しすぎて、いがらっぽいだけ」
「何だ。よかった」
「心配してくれたの?」
 うれしそうに振り返る相羽。
 彼に甘い顔をしたくない純子は、慌てて理由を考え出す。
「−−それはもう、心配だわ。今になって、主役……と言うか探偵役が出られ
ないなんてなったら、大変だもの」
「ははっ、違いない」
 くじけた様子もなく、声を上げて笑う相羽。
 部屋の錠をかけ、職員室に鍵と当番日誌を返してから、児童用の通用口へ向
かった。一人でさっさと行くのも変なので、何となく並んで歩く。
「でも、よかったわ。みんなも台詞、覚えてくれたし、うまく行きそう」
「書いた甲斐があった。−−と、結局、面白いのかな、この話って?」
 ふと、不安げな表情を見せた相羽。
(へぇ? もっと自信満々なのかと思ってた)
 微笑ましくなって、つい、口元をほころばせてしまう。
「いいんじゃないかしら」
 外靴に替えながら、答えた。
「お世辞じゃなく?」
「うん。町田さんとか遠野さんとか、友達も面白いって言ってた。他のクラス
の子に話したいのを我慢するの、大変みたいよ」
 推理劇なので、話の筋はもちろん、誰が何の役をするのかについても、口外
無用とされている。
「ほっ。肩の荷が下りたって感じだ」
 まだ並んだまま、傘立てのある場所へ。
「……あれ?」
 純子は、自分の朱色の傘がないのに気付いた。
「どうしたの? ひょっとして」
「そうよ、傘が……。誰かが間違って持って行ったみたい……」
 今日は朝から強い雨足だったので、傘を持たずに来た子がいるとは思えない。
「確かに? もう一度、よく探したら」
「……ない」
 傘立てに残る傘は、全学年を合わせても二十本に満たない。六年生の分に限ると六本
だけだ。
「何色の傘?」
「色は、赤と言うか朱色だけど、それが?」
「じゃあ、その赤っぽい傘の子が間違えたんじゃないかな」
 相羽の言う通り、傘立てには純子の物とよく似た色合いの傘が残っている。
「それを使っちゃえば?」
「そんなこと、できない。本当にこの人が間違えて持って行ったかどうか、分
からないじゃないの」
「名前を見て、下駄箱にあるのがどっちの靴か確かめたら、分かるよ。傘があ
るのに、外靴がなかったら、間違えたってことだろ」
 まるで探偵のように言う相羽。純子も感心しかけた。が、首を振る。
「ううん、だめよ。何かの都合で、車で送ってもらったかもしれないじゃない」
「そこまで考える、普通?」
「とにかく、万が一にも人の物を盗っちゃう可能性がある内は、嫌」
「じゃ、どうすんだよ。濡れて帰る?」
「雨がやむまで待つわよ」
 口走ってから、しまったなと思う。空には雲がどんよりと居座っており、と
てもじゃないが、やみそうにない。
「学校に泊まる気かい?」
 相好を崩す相羽。悪気はないのだろうが、純子は素直に受け取れない。
「な、何よ、それ。いいでしょ、私の勝手。早く帰りなさいよ。台詞覚えるの
と宿題とで大変だって言ってたじゃない」
 また上履きに履き替えて、どこかで時間を潰そうとする純子。その背中に、
声がかけられた。
「傘、入れてやるよ」
 振り返ってみると、相羽は手元の青系統の傘を指さしていた。
「え、だって……確か、家の方向、全然違う」
「遠慮すんな。涼原さんの家まで、ちょっと寄り道するぐらいの時間はある」
 廊下に立ったまま、しばし考える純子。
(誰かに見られたら、相合い傘なんて言われるんだろうな。でも、この雨……)
 実際、少々待ったぐらいではやまないだろう。家に電話して、迎えに来ても
らうのもできなくはないだろうが、理由が理由だけに言い出しにくい。
「お願いするわ」
 再び靴を履き替える。顔を上げると、相羽が何やら顔をほころばせていた。
「どうしたのよ」
「やっと格好つけられると思って。涼原さんには、謝り通しだったから」
「そう言えばそうね。宿題、教えてもらったこともあったけど、あれはお互い
様だったし」
「あ、ずけずけと」
「いいじゃない。これからどんどん、格好つけてよ。私達も助かるから」
「ひどいなあ。やっぱり一人で帰ろうかな」
「ずるい! 一回言ったことを」
 にぎやかにやり取りしながら、二人は外に出た。
「風がないだけ、ましか」
 傘を手に、ガードレール側に立つ相羽がつぶやいた。
 水滴が、傘の縁から止めどなく流れ落ちている。
「やっぱり、悪い。私が持つ」
「僕の方が、ほんの少しだけど背が高い。濡れてないだろ?」
「え、ええ」
 傘の下は充分、広いのに、どことなく肩身の狭い思いをしてしまう。
(友達に見つかりませんように。絶対、何か言われるに決まってるんだから)
「どっち?」
 考えごとしていたら、急に聞かれた。意味が分からず、顔を上げる純子。相
羽が立ち止まったので、純子も足を止めたところだ。
 相羽はひょいと顎を前に出した。
「そこの角、右に曲がるのか、それとも真っ直ぐなのかってこと」
「……おかしいな。相羽君、私の家、知ってるんじゃなかったっけ?」
 質問の意図は理解できたけれど、新たな疑問が浮かぶ。
「一学期の……六月頃だっけ、謝りに来たでしょう? −−キスのことで」
「あのときは」
 相羽の声がうわずったようだ。
「住所だけ聞いて、闇雲に走ったから……最短距離かどうか、分からない」
「あは、凄い」
(あのとき、そんな必死になってたんだ)
 ちいさなことだけど、ちょっぴり、うれしくなってしまう。
「その道順で行ってみてよ」
「雨、降ってるんだぜ? 早く行った方がいい」
「そっか。じゃあ、右」
 いつもの通学路をたどる。進む内に、おかしくて吹き出してしまった純子。
「何で笑うの?」
「だって、おかしくて、おかしくて……」
 我慢を重ねた上で笑ったものだから、一層おかしい。涙が出そうなほどだ。
「さっきから、曲がる度に、『あ、こっちか』とか『こんな道あったんだ』な
んて言うんだもん」
「ほんとにそう思うんだから、仕方ないだろ」
 口を尖らせ答えると、相羽はせき払いした。
「あ、見えてきたね」
「あそこの電信柱に隠れてたんだっけ」
「隠れてたんじゃないっ。様子を見てたんだって」
 抗議しながら、問題の電信柱の横を通る相羽。
「あんなところにいて、変に思われたんじゃないかしら」
「そんなこと……考えてなかった」
 純子の家の前まで来た。
「傘、入れてくれて、ありがとう」
「困ったときはお互い様。じゃ、また明日な」
「あっ、あのさぁ」
 送ってもらっておきながら、そのまま、「はい、さよなら」は気が引けた。
「寒くない? 上がってもらって、何か飲み物、入れようかなあ、なんて」
 照れ隠しに、純子は笑い声を立てた。
 対照的に、相羽は目を見開いて、しばらく黙ったままでいたが、やがてふっ
と、抜けるように笑った。
「うれしいな。でも、気持ちだけでいいよ。上がったら、何だか長居しそう」
「長居なんか、私がさせないから」
 誘う方が「長居させない」と宣言するのはどこか奇妙だ。とにかくお礼を形
にしたくて、純子は勢いで喋っている。
「……ごめん。本当は、早く帰らなきゃいけないんだ、今日」
「え? だって、学校で、送るぐらいの暇はあるって。宿題のことなら、一緒
にやるのも手だわ」
「そうじゃなくて、今夜は親が仕事で遅いから、色々とね。家事をしないと」
「家事? 洗濯とか掃除とか?」
「まあ、そんなとこ」
「ど、どうして、嘘ついたのよっ。忙しいんなら、私のことなんか放っておい
て、さっさと帰ればよかったのに!」
「だから言ったろ。格好つけたかったんだ」
 純子を屋根のあるところまで送ると、相羽は向きを換えた。門の外に出て立
ち止まると、また純子を振り返る。
「これで少しは取り返せたかな?」
「……」
「んじゃまあ、そろそろ帰るとしますか。涼原さん、明日、傘、ちゃんと取り
返すのを忘れないように!」
「もう……。ありがとう!」
 雨の中、遠ざかっていく相羽に、純子は手を振った。

−−つづく





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