#3440/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 9/17 20:47 (151)
そばにいるだけで 2−2 寺嶋公香
★内容 04/04/25 01:41 修正 第3版
次に、ほーっというため息を、純子は聞いた。
目を開けると、清水が−−何故か−−相羽に肩をはたかれていた。
「ど、どうなったの? 無事だったみたいだけど……」
富井に尋ねる。
「見てなかったのー? 凄いんだよ、相羽君。落ちるの、ちゃんと予想してた
みたいで、立島君と二人して、落ちてきた清水君を受け止めた」
「受け止めた? ほんとに?」
信じられない気持ちで、純子はグラウンドに視線を戻す。
ちょうど勝負が着く瞬間だった。清水が落ちたことに、敵の紅組の方がびび
ってしまったらしく、比較的あっさりと白が勝利を収めた。
決着して、再び二手に分かれて並ぶ。
純子は相羽の姿を探した。
(あ、いた。まだ清水を怒ってる……)
清水の方はさすがにしゅんとしていた。
退場し、応援席に戻って来た二組の男子達に、女子が声をかける。
「何やってんのよ、清水君。下手したら死ぬかもよ」
「何もなかったからいいようなものの」
「相羽君と立島君に感謝しときなさいよ」
清水はこめかみの辺りをかきながら、二人に頭を下げている。
「いや、もういいけど。あんまり、無茶するなよ」
「そうだぜ。さっきはたまたま、うまく受け止められて、ほっとした」
前委員長と現委員長が、続けざまに言うものだから、清水もこりたらしい。
あとは大人しく席に着いていた。
(委員長の責任からやった……でもないか。本気で心配してないと、あんなこ
とできないかも)
感心して、相羽を見やっていた純子は、彼が怪我をしているのに気が付いた。
「あんた、怪我をしてるじゃないの!」
「え? どこ?」
本人は自覚がなかったらしい。立ったまま、自分の身体を見下ろしている。
「右腕の内側。細長く切れてる」
言われた相羽は、右腕の肘を曲げ、目の高さまで持ち上げた。純子の言った
通り、細く白い筋が十センチ近く走っており、血がかなりにじんでいる。どう
やら、爪か何かで引っかかれたようだ。
「あ、ほんとだ。何かひりひりするなと思わないでもなかったけど、分からな
かった」
それだけつぶやくと、そのまま席に行こうとする。
「ちょ、ちょっと。絆創膏ぐらい」
「これぐらい、放っといても治るさ。知ってるか? つまらない傷には、絆創
膏を貼るより、唾でも着けとく方が早く治るんだって」
「でも……ばい菌とか」
「平気だって。そんなに心配してくれるなら、傷、洗いに行ってもいいけど」
「だ、誰が心配なんか。あんたが委員長として頑張るのは分かるけど、自分の
こともちょっとは考えなさいよっ」
また口が悪くなってしまう純子。
「ふうん」
相羽はぼんやりとした目つきで、軽く笑った。
「じゃあ、涼原さんは副委員長として心配してくれた、と」
「……そ、そうよ」
「なるほど」
相羽はまた少し笑って、席に収まってしまった。
(何よ、心配してるのに……)
純子は、自分が唇を尖らせているのに気付き、慌ててかみしめた。
昼食の休憩を挟んで午後最初の競技は、四次元レースと借り物競走。これは
紅白の対抗種目ではなく、いわば息抜きのアトラクション。
(二学期の委員には、これがあるんだった……)
運動会の説明を聞くまですっかり失念していた純子は、今さらながらクラス
委員に選ばれたことを恨んだもの。
アトラクション故、出場するのは少人数。つまり、各クラス委員の男子が四
次元レースに、女子が借り物競走に出ると決められている。
それはまだ我慢できるのだが、問題は借り物の内容なのだ。受け狙いのとん
でもない注文ばかりで、悪名高い。
(去年は確か、『校長先生の眼鏡』とか『出店のアイスクリーム』とかがあっ
たっけ。まだましだわ。『ピアノ』なんてのもあったし)
こういう競技だから、参ったをしてもいいことになっている。
その代わり、それぞれの学年一位になった組には、クラス全員に賞品が出る
ので、それなりに責任も背負ってる訳だ。運がよくないと勝てないだけに、少
し厳しい。
先に男子のレースが行われる。
四次元レースとは、回転椅子に座って十五回転させられたあと、五十メート
ルを走るという単純なものだが、平衡感覚を失っているので、右ないしは左に
コースを外れ、中にはつんのめるように倒れて起きあがれなくなる者もいる。
そこが笑いを誘うのだ。
六年のクラス委員、男子六名がスタートラインならぬ椅子に着く。
(これにはきっと、まともではいられないはず)
相羽を見ると、珍しく緊張しているようだ。純子は自分の緊張感も忘れ、楽
しみになってきた。
スタートの合図と共に、椅子の脇に着いた係の者−−先生−−が椅子を回す。
全然、手加減なしに十五回転だ。
勢いよく飛び出した二人が、ラインダンスでも踊るように、同時にコースを
右に外れ、倒れてしまった。いきなり爆笑が起こる。
他の者に目を向ければ、相羽ともう一人がゆっくりと走り始め、一人がへた
り込んで這うように進み、最後の一人はスタートさえできない。
「あれ?」
純子は思わず、声を上げた。
派手にこけるに違いないと踏んでいたのに、相羽はほぼ真っ直ぐに進んでい
るではないか。ゆっくりではあるが、なかなかしっかりした足取りだ。
(どうやって……。まさかアイススケートかバレエでもやってた?)
純子が突飛な想像を巡らせる内に、相羽はするするとゴールイン。他を寄せ
付けない強さだった。
「どうだ、見たか」
まだ、どことなくふらふらしているものの、戻って来た相羽は、うれしそう
に純子の横に腰を下ろした。
「凄いわ。何で、あんなうまいこと行けたの?」
「前の学校で五年のときにやって、経験積んだんだ。回転させられた方向とは
逆回りに走るつもりで進めば、だいたい真っ直ぐに行ける」
「そんなもんなの?」
「疑うなら、試してみれば。椅子の回し役は任せなさいっ」
冗談めかして笑う相羽に、つられて純子も笑った。
しばらくして、今度は純子の番が回ってきた。相羽とお喋りしていたせいで、
しかとは観察していなかったが、これまでのところ登場した借り物は、「氷」
「担任の先生」「自分の上履き」「跳び箱」といったところ。夏に氷はなかな
か大変だし、上履きを校舎まで取りに行くには相当な距離を走らねばならない。
跳び箱なんて、論外だ。
(気が重くなってきた)
ため息をついて立ち上がる際に、相羽から声をかけられた。
「気楽に行こっ!」
「……あなたほど気楽にはなれそうにないけど」
帽子をかぶり直し、スタートラインへ。
<位置について。よーい>
ぱん。
乾いた音に、飛び出す。六人がほとんど横一線のまま、借り物を指示する封
筒が置いてある場所に殺到。
純子は特に選ぼうとはせず、手近の物を拾い上げた。
(−−何よ、これ!)
封筒の中の紙にある指示を読むなり、笑いそうになった。冗談みたいに、ぴ
ったりしている。
「ファーストキスの相手」とある。さらにご丁寧に、「まだしたことのない
人はしたい相手」と括弧付きで注意書きが付されていた。
(降参しちゃえば早いけど)
横目で他の五人を見る。困っているのは純子だけではない。皆、足を止めて、
おろおろしている。もしかすると、全員に同じ指示が出された可能性もある。
(ファーストキスの相手。形だけなら、相羽君がいるけど。ここは……したい
相手を連れて行くべき? でも、どうせみんなに知られちゃうもん、借り物の
内容。相羽君とのあれは数えないのか、なんて聞かれたら面倒だ)
短い時間にこれだけのことを考え、純子は決断した。
スタート地点近くまで戻ると、相羽を手招き。
「相羽君、来てよ!」
「え? 僕? 何の用?」
半分、腰を浮かしかけている相羽だが、まだ戸惑いの表情が露だ。
「借り物に決まってるでしょ! 黙って、来て!」
必死に叫ぶと、相羽も意を決したらしい。それからの動きは俊敏だった。
相羽が追いつくと、純子達は二人して封筒のあった場所まで行き、そこから
並んでグラウンド半周。純子の判断が早かったおかげか、見事に一着となった。
「で、何? 借り物、何だって?」
ゴールインしてから、相羽が聞いてきた。少しばかり、息を切らしている。
「こ、れ」
息を整えようと地面に腰を落としてから、封筒ごと紙を渡す純子。
『借り物』の相羽も純子の隣に座り、紙を見る。
「……は、はは。これは、いいなっ」
笑いがこらえきれないのか、相羽は顔を下に向け、苦しそうにしている。
「証拠を出せと言われたって、証人が何人でもいるから安心だわ」
半ば投げやりに、純子は言い捨てた。
(何でもいいや、もう。一着になったから、いい)
自分の内に残る、小さなわだかまりを忘れるため、純子はそう考えることに
決めた。
でも、簡単には忘れられないみたい。
(ファーストキスかあ……)
−−つづく