AWC そばにいるだけで 1−5   寺嶋公香


        
#3419/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 9/16  22:20  (190)
そばにいるだけで 1−5   寺嶋公香
★内容

 他の宿題はともかく、自由研究だけは自分独自の物でなければならないから、
他人の分を写させてもらうわけにはいかない。
 だから、というわけでもないのだが、純子も自由研究だけは計画的にやると
決めていた。実は、夏休みに入る前、これは行けると自負する題材を見つけて
いたのだ。
(やろうと思えば、三日でできるかな)
 朝早くから電車に揺られながら、スケジュールを考える純子。手元にはアニ
メキャラクターの絵が入った手帳とよくある使い捨てカメラ、それに巻き取り
式のビニール製スケール。図鑑も持って来ようかどうしようか迷ったけれど、
重たいのでやめた。
(今日中に全部を回って、調べるのに一日かかって、あとはまとめるのに一日。
ま、そんなにすいすいできるはずないけど)
 終点の駅に、車両が緩やかに滑り込んだ。
 駅の南出口を抜けると、街の中心、一番のにぎわいを見せる通りに出る。
 袖のないワンピースを着ている純子に、電車の冷房は強すぎた。だから、外
の空気に触れると一瞬は気持ちよさにとらわれる。しかしそれは錯覚で、次に
はもう暑さをじわりと感じさせられた。
「っと」
 手帳の最初の方を開く。あらかじめ調べて把握しておいた『場所』が、HB
の鉛筆で箇条書きされている。
(最初は……Tホテル。いきなり、緊張しちゃうなあ)
 グレーの制服をぴたりと着込んだドアボーイが、常に入口の前に背筋を伸ば
して立っているのだ。近寄りにくい雰囲気がある。
(邪魔扱いされたらやだな)
 Tホテルへと歩きながら、純子の頭の中を弱気な考えが駆け巡る。
 ホテルの建物全体が視界に入った。やはり、ドアボーイのおにいさんがいる。
恐そうには見えないが、冷たそうに見えてくる。
(きちんと言おうかしら?)
 低い塀の横で立ち止まり、迷う。幸い、出入りするお客さんの流れは極端に
少ない。
 純子は意を決して、ホテルの敷地の内側へ踏み出した。設けられた歩道は緩
やかなカ−ブを描き、建物の正面に続いている。
 見えるドアボーイの姿が大きくなった。
 重くなりかけた足取りを、無理に速め、彼の下へ走り寄った。
「あのっ」
 勇気を出して、話しかける。見上げた純子の視線に、ドアボーイが目を合わ
せてきた。
「何かな?」
 少しかすれているけど、優しげな口調。
「あ、あの、そこの壁の写真を撮りたいんですけど、いいですか?」
 純子は、ドアボーイが立つ位置とは反対側、建物の右手を、片腕をいっぱい
に伸ばして示した。そこの壁の一部を撮りたいのだ。
 ドアボーイはさすがに怪訝な表情を浮かべる。それでも口調は相変わらず、
優しく穏やか。
「どうしてだい、お嬢ちゃん?」
「えと、あそこに化石があるから」
「化石?」
 声のトーンが高くなる。
 純子は内心、驚いて、身体をびくっとさせてしまった。
 けれど、ドアボーイの彼は、別に怒ったわけではなく、信じられない話を聞
いてびっくりしている。そういう感じのよう。
「こんなところに化石があるのかい?」
「うん。いえ、はい、あります。時折、この前の道路を通りがかって、塀越し
に覗いて、気になっていたんです」
「ふうん。何のために、化石の写真を」
「夏休みの宿題で、自由研究の対象にしたくて」
「ああ、宿題かあ。なるほど」
 ドアボーイは、壁にちらりと視線をやった。
 が、タイミング悪く、新たなお客の到着である。すぐさま顔を作ると、車か
ら降り立った二人の大人を、手際よく案内する。
 純子は離れて、見守っていた。
 しばらくして、彼が戻ってきた。だが、すぐに定位置に着こうとはせず、壁
へと駆け寄る。そしてこれも忙しい足取りで、純子の前へ。
「確かに何かあるね。さっき、偉い人に聞いたんだけど、撮っていいって」
「本当ですか? ありがとうっ−−ありがとうございます」
「いや。ただし、邪魔にならないようにということと、あんまり長い間はだめ
だからね。分かった?」
「はい」
 顔をほころばせて、頭を下げる純子。
 そして面を上げると、すぐさま壁の前に飛んで行った。
 場所を変えて三度、シャッターを切る。天気はよく、太陽の位置も悪くない。
(ここまで近付いて見たの、初めてだけど……。ウミユリかしら?)
 スケールを使って手早く大きさを測り、簡単な記録を手帳に付けた。
「終わりましたっ。本当に、ありがとうございました」
 先のドアボーイに伝える。
 小さく手を振って応えてくれた。
 純子はそれからも、手帳にある場所を次々に回った。
 デパート、地下街、裏通りの電柱……探してみれば、街には化石が溢れてい
る。知らずに壁や柱に使われるぐらいだから、貴重な化石では決してないんだ
ろうけど、想像力をかき立てるに充分な宝物と言えた。
「おしまい、と」
 最後に、不動産か何かの会社の前にある床石を撮り終え、純子は思わずつぶ
やいていた。
「何だ、涼原さんじゃないか」
 知っている声に、純子は慌てて振り返った。
(相羽……君?)
 果たして、相羽が自転車に跨ったまま、止まっていた。ヘルメットをしてい
るので顔は半分がた隠れていても、すぐに分かる。大きめのTシャツはわざと
なのだろう。
「髪型、変えたの? いつも長いのを見慣れてるから、すぐには気付かなかっ
た」
 夏休みに入ってから純子は長い髪を三つ編みにし、さらに巻いておだんごを
二つにしていた。
「あんた……何してるのよ?」
「いきなり、それかあ。普通は『偶然ね』とか『久しぶり』とか、言ってほし
いところだけど」
 相羽は自転車から降り、ヘルメットを外すと、純子の側まで来た。
「本屋に用があってさ。大きな店じゃないとないらしくて」
 彼の言葉の通り、自転車の前篭には、何やら分厚い本が入っている。
「涼原さんは? カメラなんて持ってるけど」
 相手の視線に気付き、カメラを背中に隠す純子。もちろん、もう遅いのだが。
「何で隠すのさ」
「べ、別に」
「気になるなあ。ま、無理に聞こうとは思わないけど、君も僕に聞いたことを
お忘れなく」
「……自由研究の宿題、やってるところなのよ」
 仕方なしに純子は答えた。
 対して、相羽は「へえ」と感心したような声を上げた。
「だ、だから、他の子に知られたくなくて、言いたくなかったの。これでいい
でしょっ」
「うん、分かった。でも、僕はもうやること決めたから、いいじゃない。聞か
せてよ」
 にこにこしている相羽。
「笑うから嫌」
「笑うかどうかなんて、分からない」
「絶対、笑う」
「そ、そりゃ、笑わないって断言はできないけど、どうせ二学期になったらば
れるんだぜ?」
 物腰が呆れた風になる相羽。
(それもそうか。だけど、こいつに話すのも、何だか癪……)
 しかし純子は、結局、言うことに決めた。
「化石?」
 純子が話し終わると、相羽はさっきのドアボーイと似た反応を示した。
「ほら、笑った」
「笑ってなんかない」
「じゃ、ばかにしてるでしょ。女のくせして、化石だなんて……」
「そんなことないって。それよか、本当に化石、あるの? こんな町中に」
 興味深そうに、身を乗り出し加減の相羽。
「あるわよ。ちゃんと見てきたんだから」
「見たい、僕も」
 思わぬ申し出に、純子は相羽の顔をまじまじと見返してしまった。
「何で……」
「何でって、そういうの、好きだからさ」
「あんたが考えてるのって、恐竜でしょう? 恐竜の化石なんかはないわ」
「分かってるよ。アンモナイトとかテーブルサンゴとかだろ?」
(あ、ほんとに、化石に興味あるんだ)
 相羽の言葉に、純子は感心した。
「その場所に案内してくれない?」
「え? 何で私が……。メモをあげるから、一人で行きなさいよ」
「だって、転校してきたばっかりで、よく分からないんだよなあ、この辺。本
屋ぐらいしか知らない」
「も、もう……」
 図々しさに、呆れて物も言えない。純子は参ってしまった。
「しょうがないわ。代わりに、夏休みの終わり頃、宿題見せてもらおうかな」
「げっ」
「特に理科、得意なんでしょ? テスト、いっつも百点じゃない」
 にこりと笑ってみせる純子。
 相羽は片手を頭の後ろにやった。
「得意と言うか……好きなことは好きだけど。化石が好きなぐらいなら、涼原
さんだって理科、得意だろ?」
 今度は曖昧に笑う純子だった。
(どっちでもいい。あんたの困っている顔、見たくなっただけだもん)
 結局はそういうこと。
「でも、連れてってくれるんだったら、いいか。自転車に乗せてやるよ」
「二人乗り、危ないわよ」
「平気だって。安全運転には自信ある。恐いなら、ヘルメット、使っていい」
「そういうことじゃなくてねっ。学校で禁止されてるのよ」
「そりゃそうだろうね。法律でも確か、二人乗りは違法だから」
「だ、だったら、なおさら……」
 違法と聞いて、身震いしそうになる純子。それだけ強烈な言葉だ。
「じゃあ、涼原さんが自転車、こぐ? 僕は歩くから」
「何、気を遣ってるのよ。私だったら平気」
「そんなに言うなら……」
 ヘルメットを前の篭に丁寧に入れると、相羽はそのスタンドを上げ、自転車
を押し始めた。
「行こう」
「ええ、いいわ。結構、歩くわよ」
「かまわない。荷物、貸して。篭に」
 相羽は純子から荷物を受け取ると、篭のすき間にうまく収めた。
「あ、あの、ありがと」
 戸惑いながらも何とかお礼を口にすると、相羽はうれしそうに微笑んできた。
 気分が不思議に楽しくなるのを、純子は意識した。

 八月も、と言うより夏休みも残すところあと三日になって、純子は富井ら友
達三人と集まって、宿題を片付けにかかった。
 結果、ほとんど全部を埋めることはできた。埋められなかったのは、算数二
問に理科一問。どれも、出題の意味がとらえられないのだ。
(これだけ埋めれば、先生に怒られることはないだろうけど……心残りで、何
となく気になる)
 富井の家からの帰り道、純子はずっと、分からない問題の意味を考えていた。
 この辺りでも少なくなった空き地の横を行くとき、純子は草むらの中から白
い棒が伸びているのに気付いた。
「……網? 虫捕りの網だわ」
 つい、つぶやく。とても懐かしい光景のように感じた。
 がさがさっと音を立て、草むらから網を持った主が現れ−−。
「相羽……君」
 意外な印象を受ける。相羽が虫捕り網と虫かごを持って出て来たのだ。

−−つづく




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