#3417/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 9/16 22:16 (184)
そばにいるだけで 1−3 寺嶋公香
★内容
「何のことだ?」
清水らの前で立ち止まった相羽は、今度は、にっこりと笑った。
「おまえら……うらやましいんだろ?」
「な、何を」
「正直に言えってば」
相羽は二人の間に割って入ると、それぞれの肩に手をかけた。
「俺が涼原さんにキスしたの、悔しいんだろ。前々から好きだったのを、転校
してきた俺なんかにさらわれてさ」
「じょ、冗談言うなよ」
「そ、そうだぜ」
清水と大谷はうなずき合ったが、どこかしら顔が赤い。
「誰が好きなもんか。あんな……」
「その続き、言える?」
清水、大谷の順にその顔を覗き込む相羽。清水達は顔をそらした。
「言ったら、涼原さんにずーっと嫌われるぜ。この落書きと合わせて」
「−−ふん、うるさい。もう、放せよ」
「答える義務はないもんな。行こうぜ」
騒ぎの張本人二名は、尻尾を巻くように退散し、自分達の席に収まった。
その様子を見届けてから、相羽は次に、純子の側までやって来た。
全身が萎縮するのを感じる純子。
「な、何」
「顔も見たくないって言ってたけど、それは無理だから」
言って、相羽は不意に床に座り込んだ。正座だ。
「ちょ、ちょっと、相羽君」
純子の隣にいた町田まで慌ててしまっていた。純子はもちろん、他のみんな
も驚き、ざわざわしている。
「昨日はあんなことして、悪かったと反省しています。ごめん!」
床に手をつき、深く頭を下げてきた。
「や、やめてよ」
純子の声は、自分でもびっくりするぐらい小さかった。無理に振り絞るよう
にして、続ける。
「そんなことされたって、私、自分の中で、あなたのしたことを許せるように
なるまで、時間かかる。だから! 余計なことしないでっ」
「……分かった。でも、何度でも謝るから」
相羽は膝を立てながら、これも小さな声で言った。
やがて純子から相羽が離れていくと、ようやく教室の中の緊張感が解けたら
しく、いつもの話し声が戻って来た。
純子もどうにか落ち着いて、席にランドセルを下ろす。
と、ふと、人の気配を後ろに感じた。
「−−遠野(とおの)さん」
急いで振り返ると、クラスメートの遠野明奈(とおのあきな)が立っていた。
純子の席から見て、左斜め前の、もう二つ先に座ってる子。位置的に、授業
中、何かと後ろ姿が視界に入るのだけど、強い印象はない。無口な子なのだ。
「用でも?」
黙ったままの遠野に、純子は顔を覗き込むように尋ねた。
遠野はうつ向きがちの顔をさらに下げてしまい、弱々しく首を横に振った。
「う、ううん。何でもない」
そのまま席に戻っていく。
(? 何だったんだろ?)
純子は疑問に感じて、遠野の行動の意味を考えようとした。
が、ちょうど予鈴が鳴って、彼女の思考は遮られた。
「雨が降ったら、中止だったのにぃ」
恨めしげに空を見上げる純子達四人。雲一つないと表しては行き過ぎだが、
きつい陽射しとむっとする湿気に、早々と参ってしまいそう。帽子があっても、
かっかしてくる。
六月の蒸し暑い最中、彼女らは草むしりを割り当てられる運の悪さ。
「どこが梅雨なんだろ」
「むしむししてるとこなんじゃない」
手は機械的に動くばかりで、草を根っこから引き抜くことは数えるほどだ。
日当たりのよい場所は暑いわ肌が黒くなるわで、悪いこと尽くめ。作業を適当
に切り上げ、藤棚の下に逃げ込んだ。
「生き返るー」
ようやく活発に草をむしり出す。それでも口を休めることはない。
そこへ、手押しの一輪車に草やごみを満載して、相羽が通りかかった。純子
達と同じく、草むしりを割り当てられた男子四人の一人だ。
「日陰ばっかり、やってる」
暑さに参っているのか、彼の地なのか、ぼんやりとした口調の相羽。
純子はすぐに反発した。
「日なた、さっきやったわよ」
「どう見ても、適当だけど」
「……もう少ししたら、またそっちをやるつもりだったの!」
「それならいいけど」
言って、そのまま焼却炉の方向へ一輪車を押し始める相羽。
が、それを引き留めるかのように、女子の一人−−井口久仁香(いぐちくに
か)が甲高い声を上げた。
「きゃ!」
何事かと、純子達三人が集まる。が、彼女らも同様に悲鳴を上げる始末。
「何なんだよ」
気になったのか足を止めていた相羽が、一輪車から手を放し、藤棚の下に入
ってきた。
「ミミズ、気持ち悪い」
井口がいじっていた辺りの土の中から、ミミズが姿を覗かせていた。赤くて、
割と大きい。草の間をぬるぬるとはい回っている。
「何だ、ミミズか」
そのままきびすを返しかけた相羽に、純子が言った。
「どけてよ。これじゃあ、草、取れない」
「自分達でやればいいだろ?」
冷たい相羽に、今度は富井が言った。
「気持ち悪いもの。相羽君、やってよ」
「何で僕が……」
と、口では言いながら、相羽は大股に近寄ってくると、腰をかがめ、ひょい
とミミズを掴むや、すぐさま放ろうとする。
「あ、そっちに投げたらだめ」
注意したのは町田。ミミズを手のひらに乗せたまま、相羽の動きが止まる。
「どうしろと言うわけ?」
「そんな日当たりのいいところに投げたら、干からびて死んじゃう」
「あのなっ。−−ま、いいや」
辟易したような表情を浮かべつつも、相羽は頭を周囲に巡らせてから、日陰
の、草の生えてない土にミミズを落とした。
「これで文句ないだろ」
手をはたく相羽は、遅くなったとばかり、さっさと行こうとする。
「ありがとう! 手、洗いなさいよ」
「分かってるって!」
町田の声に、相羽は背中を向けたまま返事をよこし、それから一輪車を押し
て行った。
「助かったわ、たまたま男子が通ってくれて」
「うん。ミミズ触るの、恐い」
「けど、相羽君でよかった。他の男子なら、たいてい、聞いてくれないよ」
「そうよねえ。優しいから、相羽君」
「ふん。優しいかもしれないけど、私は嫌い」
友達みんなが相羽を誉めるのを聞いて、純子は反発した。
「そうかなあ。いいと思うけど」
そう言った富井に続いて、町田が口を開く。
「分かった。あれでしょ。キ、ス」
「もうっ。それは言わないでっ」
思い出すだけで腹が立つ上、恥ずかしい。
「あのときはびっくりしたよねー」
純子の意に反して、他の三人があのキスのことを話題にし始めた。
「キスもびっくりしたけど、相羽君、純子に告白したも同然だよ、あれって」
井口が面白がっている気持ちを隠そうともせず、純子に話を振る。
「どうなのよ?」
「どうって、冗談じゃないわよ。大嫌い! いくら謝ってきても、絶対に許さ
ないんだから」
「土下座までしたんだよ」
「そ、そりゃあ、あれには……ちょっぴり、感心しちゃったけど。あれぐらい
じゃ、まだ」
言いながら、自分の言葉が矛盾しているなと気付く純子。
(いつかは許すかもしれないわよ。わざわざ、住所まで調べて、私の家の前ま
で謝りに来るぐらいだし。でも、今はまだだめってことなんだから)
自分を納得させてから、話を再開する。
「他人のこと考えない、自分勝手なんだから、あいつは」
「そうかなあ。だいいち、よく考えたらさ、ああいう告白って、格好いいよ」
富井はさすがに相羽支持派だけに、全面的に弁護する。
「みんなのいる前で、『君があんまりかわいかったから』だって。いいよねえ。
クール、クール」
「それが迷惑だっての! 最低限、場所をわきまえてほしかったわ」
「あら?」
今度は町田が口を挟む。おかしそうに笑っている。
「だったら、涼原さん。二人きりのときならOKしてたとか?」
「と、とんでもない。何でそうなるのよ」
「そうとしか取れないけど、さっきの言葉」
「最低限の話をしただけだったら。いきなり−−キスしてくるような奴、誰が
好きになるもんですか」
「じゃ、私がもらってもいい?」
井口が冗談めかして言うと、すぐさま富井が反応を見せた。
「ずるい、私も」
「相羽君が涼原さんのこと、あきらめたかどうか分からないのに」
町田がぼそっと言ったところへ、当の相羽が引き返してきた。空になった一
輪車の車が、きゅるきゅる音を立てている。
口をつぐんだ女子四人。
「まだ日陰に入ってる。外をやらないと、終われないぜ」
言い残して、相羽は他の男子らのいる方に歩いて行った。
六月も後半になると、体育が水泳に切り替わる。二クラス合同で行われる授
業で、二組は一組と一緒。両クラスの男子は一組、女子は二組で着替えるよう
に指示されていた。
「何か、騒がしい」
服を脱いでいて、純子達は廊下が騒がしくなったのに気付いた。
「男子は着替えるの簡単だから、もうプールへ向かってるんだよ」
富井が水着の肩紐をかけ終わったときだった。
後ろの戸が、がらりと音を立てて開けられた。純子は水着に片足を通しなが
ら、そちらに目をやった。
「え?」
相羽が足を一歩踏み入れ、立ち止まっていた。
視線が合う。まだ服を着たままの彼は、表情が固まっている。
「きゃあ!」
最初に純子が悲鳴を上げ、それが次々と教室中の女子に伝染する。
「エッチ! 覗き魔! 痴漢! すけべ! 出てけっ!」
「い、いや、ぼ、僕は、日番で遅れてて、他の奴に聞いたら、こっちで着替え
ろって」
顔を赤くし、激しく両手を振る相羽。いつになく慌てている。
彼の一番手近にいた純子は、タオルを全身に巻き付けると、大声でわめき立
てた。
「いいから、荷物持って、さっさと出て! エッチ!」
言われるがまま、相羽は自分の席から水泳バッグを取り上げると、転がらん
ばかりに外へ出て行った。
「全く、何を考えてんのよっ」
ぶつぶつ言う内に、純子はさっき、相羽と目が合ったことを思い出した。さ
っきの場面を脳裏に描いた瞬間、顔から火が出そうなくらい、恥ずかしさがこ
み上げてくる。
(み、見られちゃった……)
−−つづく