AWC 「烏(からす)」 (1)  by ルー


        
#3379/5495 長編
★タイトル (RJN     )  96/ 8/25  17:30  (119)
「烏(からす)」 (1)  by ルー
★内容
「烏」


 私の子供時代の話ですかの?ほっほっほっ。こんな老婆の語り草など聞いてもおも
しろくござらんでしょうに。取るにも足らん思い出話しかできませんです。昔の話。
・・・・ほんに、私も年を取ったものでございます。お迎えが来るのを待つばかりで
すからねえ。お仏様には、ぽっくり死なせてくださいませと毎日お願いしとります。


 私はもう10年も前に連れ合いをなくしてずっとひとり暮らしをしていますが、誰
のお手間もお掛けしておりませんです。娘と息子に一人ずつ恵まれましたので、娘の
方に3人、息子の方に2人、孫がおります。もっとも、娘夫婦も息子夫婦も遠く離れ
て暮らしていますんで、めったに尋ねてはまいりません。ほれ、住宅ローンやら、子
供の受験やらで忙しいのでございましょうねえ。せちがらい世の中になったものすね
え。帰ってきたって、こんな田舎ですからねえ、孫達も退屈してしまうし、つっけん
どんな態度で、小言を言われ言われ、遠慮しいしい迎えるのも疲れてしまいます。

 ですから、一人で針仕事をしたり、私の口をまかなうぐらいの野菜をこしらえてみ
たり、たまに俳句でも作って遊び興じているのが一番、気を使わなくて良いのでござ
いますよ。今年は孫達に浴衣を縫って送ってやりましたが、いまどき浴衣なんか着て
もらえたんでしょうか。そのままタンスにしまい込まれたかもしれませんねえ。

 女学校時代は、・・・とかく若い頃というのは、そりゃあ、楽しゅうございました
よ。でも、時代がいけませんでした。戦争、戦争、我慢ばかりさせられました。胸と
きめかせた男の方もおりましたよ。女学校に行く道すがらすれ違う、凛々しい学生さ
んに私達は皆あこがれたものでございます。その方が特高に行くことが決まったとか
で、出征前にほんの二言、三言話したでしょうか。ふたりとも頬を赤らめて、どうし
たものやらとはにかむだけでお別れしてしまいました。それが、最後です。その方は
帰ってまいりませんでしたからねえ。昔のことですから、お国のためとしようがなか
ったんでございます。

 私は女学校を卒業してからお見合いをして、役場に勤めていた里の男と結婚しまし
た。私の家は昔からの旧家でしたんで、頼み込んで婿に入ってもらいました。夫はし
ばらく町役場に勤めてから町会議員に立候補して当選しました。4期ほど議員を務め
ましてね、町長選にも立候補しましたがこれは落選いたしました。町長になるほどの
技量が本当にあったかどうかはわかりませんねえ。年の若い方の候補者が当選しまし
たんですよ。選挙の時は、大変お金が入り用でした。私も選挙運動のために炊き出し
をしたり、票を入れてくれるように考えつく限りの人に頭を下げて回りました。当選
すれば、喉元すぎれば何とやらで、男なんて横柄になるものです。私に頭を下げた事
なんてこれっぽっちもありゃあしませんがな。落選すれば、酒を浴びるように飲んで
悪態つきます。毎晩毎晩、よくもこれだけ同じ悪態がつけると思いますわ。そのうち
脳卒中であっけなくあの世に行ってしまいました。

 私は死んでからも夫の世話をしなくちゃなりませんねえ。お墓の掃除やお盆の供養
や、暑いさなかに一人でお墓の草を抜くんは難儀なことで。自分のやりたいことだけ
やって、さっさと死んでしまった人ですに。おや、ずいぶんお話がそれてしまったこ
とで。ごめんなさいまし。


 今の子供達は、なんですか、ああ、「ふぁみこん」というのですか、そんなもので
ばかり遊んでいるようでございますね。テレビの前に釘付けになって、何時間も、目
を咎めてしまうのは当たり前ですねえ。昔は遊ぶものなんて何もなかったのですよ。
おもちゃなんてないんですねえ。たまにおみやげに買ってきてもらったブリキのおも
ちゃか、そうですね、道端の雑草の葉っぱでお面や人形を作ったり、野花を編んで首
飾りにしたり、竹を削って竹トンボを作ったり・・・・・全部自分で作るんです。粗
末なもんですが、楽しかったですよ。あとは、近所の子供達同士でよく集まって遊び
ましたね。今は子供達が大勢集まって遊んでいる姿など見かけなくなってしまいまし
たが、昔は年上の子供が頭になりまして、小さい子も混じって大勢で遊びました。

 集まる場所は、みな農家の子供ですから広い庭があるんです。私の家の庭もずいぶ
ん広い方でしたから、よく遊びました。庭が農作業で使われていて遊べなくなると、
神社で遊びました。はいな、この家の屋敷林の向こう側にある仲野神社です。あの神
社はなんでも私の祖母の代だったと聞きますが、洪水がありましてね、山手から稲荷
様が流れてきてな、稲荷様は米の豊作を持ってきてくださる神様だというんで、神社
を造って祀ったという話です。ですからな、そんなに由来の古い神社ではございませ
ん。家の苗字と同じですからね、稲荷様を祀ったのはたぶん私の家の者でございまし
ょう。行ってみなさった?どこにでもある平凡な神社ですわ。社殿もだいぶ古ぼけて
しまいましたなあ。手入れするもんもおらないのでねえ。

 私は仲野神社で近所の子供達と寄り合って、花いちもんめをやったときの事を今で
も頭の真ん中に張り付けたみたいに、覚えております。はあ、お若い人は花いちもん
めと言ってもわからんかもしれませんなあ。手をつないで2列になって向かい合って
、
花いちもんめ、花いちもんめ、歌いながら前へ進んだり後ろへ下がったり、足を蹴り
上げながらじゃんけんしてなあ、勝って嬉しい花いちもんめ、負けて口惜しい花いち
もんめ、あの子が欲しい、あの子じゃわからん、相談しましょ、と言ってじゃんけん
に勝った方は負けた方から人を取っていくのです。じゃんけんに負けて人が居なくな
った方が負け。でも、取られる方になったときは、相手側が、相談しましょ、と言っ
た後で誰を欲しがるんか、子供心に胸をわくわくさせているんですなあ。私はいつも
、
千鶴ちゃんが欲しい、と言われるのを待っておりましたよ。いっぱい、取られて欲し
かったんですわ。ところが、私はあんまり取られるほうじゃなかったです。千鶴ちゃ
んが欲しい、と言われるのはたまにしかありませんでした。なんだか、嫌われている
ようでねえ、寂しい気分がいたします。友達に悪いことでもしたんだろうか、と自分
を責めてみたりもしたのです。

 数えで9ツになっていましたかな、お盆の祭りが間近な頃でした。祭りは境内に櫓
を組んで盆踊りをします。どこでも似たようなものですがな。大人達は祭りの下準備
で忙しくて子供の相手などしてくれません。仕方がないので子供達は、ぶらぶらと神
社の境内に集まってきて、誰が言うともなく花いちもんめが始まったのです。いつに
なく大人数の花いちもんめでした。まだ櫓は組まれていなかったので境内は充分広々
としていました。 
 同級の菊ちゃん、サトちゃん、ノリオ君、弟のカズちゃん、小さい久美ちゃん、大
きい子は、春さん、コトさん、まこと君、20人くらい居たでしょうか。祭りを控え
て、私達ははしゃいでおりました。花いちもんめを飽きもせずに繰り返して遊んでい
ました。私は、いつも花いちもんめをやるとき思うように、千鶴ちゃんが欲しい、と
言われるのを待っていました。でも、一度も呼ばれません。さすがに気になり始めま
した。10ペンもやったかと思ったとき、私は列の真ん中に陣取りました。ここなら
、
目立つからきっと千鶴ちゃんが欲しい、と呼んでもらえるだろうと思いました。
 また、花いちもんめが始まりました。花いちもんめ、花いちもんめ、声を合わせて
歌いました。子供のことだから一生懸命にねえ。はたから見たらほほえましい光景だ
ったんでしょうな。私の居る組は、じゃんけんに続けざまに負けていたんで、人を取
られるばっかりでした。最初に呼ばれたのは、手をつないだ一番はじっこに居る菊ち
ゃんでした。菊ちゃんはおかっぱ頭の小柄な女の子で、姉さんのお下がりの赤い水玉
のワンピース着て、擦り切れた草履を履いとりました。つぎに呼ばれたのはクニ坊、
鼻を垂らしていたのを手で拭い拭い、向こうの組と手を繋ぎました。3番目に取られ
たのは、年上の春さん。私はとてもがっかりしました。春さんは大人びた分別をもう
身に備えた人で、物腰もしとやかであこがれていましたからねえ。春さんはオレンジ
色のブラウスと緑色のスカートといったいでだちで、ちぐはぐな気がしましたが、そ
の服も小さく体に合わなくなりかけていました。サンダルからのぞいた素足の親指が
妙に大きかったことを覚えています。4番目に取られたカズちゃんは、それでも一度
は取り返したんですよ。相談しましょ、と言ってから、なぜか私はカズちゃんに固執
したんです。カズちゃんはこれと言って特徴のない平々凡々とした男の子でした。目
立たないような子を取っておけば、自分が取られやすくなる、と素早く計算したのか
もしれません。私はずいぶん向きになっていたのですね、花いちもんめ、あの子が欲
しいって言われたくて。






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