#3338/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 7/31 15:25 (160)
補欠校 1 永山
★内容
ふらふらっと上がった打球は、風に左右されることなく、右翼手のグラブに
包まれた。
両腕を突き上げ、ガッツポーズの左翼手。
他の守備位置にいた選手達も、同様に喜びを表し、ピッチャーマウンドへ集
まっていく。
ゲームセット。
蒼誠学園が御榊大付属を六対二で下し、夏の地方大会優勝を決めた。
両チームの選手全員が向き合って整列、互いに礼をして、握手を交わす。
「甲子園じゃ、俺の分も頑張ってくれよ」
蒼誠のエースである桂城に、御榊の小西が声をかけてきた。
「ああ。−−同じ高校ならよかったのにな」
桂城は、小学生の頃からの親友に、そんな言葉を返した。
「残念だったね、兄さん」
小西朱利はねぎらいの言葉をかけた。兄・優輝の帰宅を知って、玄関口まで
走ったせいで、さくらんぼの形をした髪飾りが激しく上下した。
「おまえは桂城の応援をしてたんだろう?」
「……半分はそうだけど」
言い淀むも、やがて認めた朱利。
「半分どころじゃないだろ」
優輝は靴を投げ出すように脱ぐと、上がり框に足をかけた。汗のにおいがす
る。ほんの数刻前の熱闘の印だ。
「何しろ、おまえの愛しい彼氏なんだから」
「そんな言い方しなくたって……私はただ」
「分かってるって。ただ、今はなあ」
頭をかく優輝。彼は妹へ振り返ると、ぽつりとこぼした。
「敗者には何も声をかけるな、ってところだな」
時間を置いて、夕食後の夜、朱利は兄の部屋の戸をノックした。
「いい?」
「眠いんだ」
「んなこと言っても、心配だよ」
結局は勝手にドアを開ける。親の方針で、鍵は付いていないのだ。
優輝はベッドに横になって、天井を見つめていた。
「元気出して。ねえってば」
朱利はその脇に張り付いた。
「……元気さ」
上を向いたまま、返事する優輝。
「負けた相手が桂城でよかった。応援、行かなくちゃな」
「兄さん。……ねえ、こういうのだめかしら? 今すぐ蒼誠学園に転校するの」
「−−っぷ」
妹の言葉の意味するところを理解したらしく、優輝は急に吹き出した。
彼は上体だけ起こすと、朱利に視線を送った。
「ばーか」
「ひどい、まじめに考えてるのに」
むくれてやった。
「そうか? できるはずないだろが。仮にできたって意味ないしな。レギュラ
ーになれる訳がない」
「……どうして、一緒の高校に行かなかったのよ」
「それは……おまえを困らせるため」
指さしてきた兄に、朱利はがっくり来た。
「冗談なんか聞きたいんじゃないわよぉ」
「同じ投手やってたからな。一緒のところに行って、二枚看板なんて言われる
ぐらいなら、俺はあいつと勝負したかったし、あいつも同じ考えだった。それ
だけだ」
「んなこと言って、自分の実力が大したことなかったら、どうするつもりだっ
たのよ。レギュラーになれないとかさ」
「さあな。でも、実際はエース同士として戦えた。これで充分だろ」
「これで野球、やめちゃうんでしょ?」
「父さん母さんとの約束だからな」
「ドラフトって言うんだっけ。あれに選ばれるとかしたら……」
「夢だ。ま、ないな。俺みたいなちょっと投げられるだけの奴は、甲子園にで
も出ない限り、注目してもらえない。気付いてさえくれないだろうな、あーあ」
再び大の字になる優輝。ベッドのバネが、ぎし、ぎししっと音を立てた。
「栄吾は……桂城さんは、プロになるつもりは最初からないって」
「知ってる」
「だったら、甲子園に出るのは兄さんであってほしかったな、私……」
「かわいいこと言うね、おまえも」
「ば、ばか」
「けどな、そういうこと、あいつの前では口にするなよ。つまらないことで悩
ませるもんじゃない。分かってるとは思うが、一応、注意しとく」
「……うん」
うなずく朱利の横で、優輝は大きな伸びをした。
「大学行っても野球はできる。さあて! 勉強しないとな。いくらエスカレー
ター方式と言っても、試験がひどけりゃ落とされっからなあ」
甲子園へ出発を前にして、朱利は桂城に時間を作ってもらった。会っておき
たかった。
「調子、どうですか?」
朱利は、桂城に話しかける際、二年先輩であることと彼氏であることのどち
らを優先すべきか、よく迷う。
待合い場所の喫茶店。この程度の店なら入っても、二人の高校それぞれの校
則には触れない。
「予選でへろへろになったけど、どうにか回復ってところだね」
おどけるように桂城。それからやがて、こらえきれなくなったような口ぶり
で始めた。
「優輝の様子はどんな感じ?」
「え、っと……。ちょっとだけ落ち込んでたけど、今は平気、元通り」
「ふ。そういうことまで聞くつもりじゃなかったんだけどな。身体はどこも故
障していなかったかって意味。決勝、だいぶ疲れがたまってたみたいだったか
らなあ」
「あ……。それも大丈夫。勉強の合間にかるーく、ボールを投げてるぐらい」
「そうか」
一安心した風な桂城。一口、アイスコーヒーを飲んだ。
「勉強してるってことは、やっぱ、進学希望?」
「え、ええ。大学で野球続けるんだって」
話題を換えなくちゃ。朱利は思った。
「ねえ、大阪に行ったら、お土産、忘れないでくださいね」
「あらら。応援に来てくれないの?」
「いや、そうじゃないけど。向こうで買ってほしいなあって」
「個人的に会う時間なんてないぜ。それにな、甲子園は大阪じゃなくて、兵庫。
何度言ったら覚えるんだろう?」
「こっちから見れば、似たようなものでしょう?」
笑ってみせる朱利。
桂城は、しょうがないなと言わんばかりに、唇の端を曲げた。
「ああ、そうでしょうとも。向こうの人に怒られかねん」
短いデートを終えて、家まで送ってもらう途中だった。
わずかでも近道なので、人気のない公園を抜ける。
「いいことしてたのかい?」
ちょうど公園を出たところで、呼び止められた。見ると、多少、柄の悪い高
校生の男達がたむろしている。数えてみると四人いた。
桂城は無言で、朱利の手を強く引いてきた。
「よお、教えてくれたっていいじゃない」
「すましてんな。やることやってんだろ?」
などと品のない台詞をまくし立てながら、彼らは桂城と朱利の前方に回り、
行く手を塞いだ。
やむを得ないという風に息をつき、立ち止まる桂城。朱利も無論、足を止め
た。
「かわいい子だな。ちょっとだけ、貸してくんない、おにーさん?」
「よしてくれ」
苛立たしげに、桂城は言った。
「人を物みたいに言うのは、好きじゃない」
「へえ、ご立派!」
「どいてくれないか」
「どいてもいいが、一人しか通せないな。おまえだけ行けよ」
相手が薄ら笑いを浮かべるのが、暗い中でも見て取れた。
「一人しか通せないって言うのなら、彼女を通してやってくれ」
朱利は桂城の横顔を見上げた。視線に気付いたらしく、桂城は小さく首を振
った。もう覚悟を決めた様子さえある。
「だめよっ」
叫んでいた。
「桂城さん、あなたが問題起こしたら、甲子園」
「ばかっ」
桂城の鋭い声。朱利はびくっとして、口を閉ざした。
「黙ってろ。余計なこと、言うんじゃない」
しかし、相手はしっかりと反応してきた。
「へえ? 甲子園。……そうか、我が町期待の蒼誠学園エースだぜ、この方は
よう」
「ほんとか? そりゃいい。この大事な時期、何にもできねえよなあ」
嫌らしい笑みが、四人全員に広まった。
「高校野球がすぐ始まるってのに、エース様が女の子と遊んでるなんて、感心
しませんねえ。そんなことで、僕達の期待に応えてくれるんでしょうかねえ?」
「……」
唇を噛みしめる桂城。その視線が、やや下を向いた。迷いの浮かんだ、苦し
そうな表情。
朱利は、余計なことをしたのを、今さらながら後悔していた。
「さあさあ、エース様。お帰りはこちらですよ。早く帰って、たっぷり休養を
取ってくださいねぇ。あとは僕達が彼女のお相手しますから」
その男はこう言って、朱利を桂城から遠ざけようとした。そのとき。
「冗談はよせよ」
低い声がした。桂城のものだった。
朱利は、桂城のそこまで低音の声を聞いたことがない。震えが伝わってきそ
うだ。
「お?」
「帰ろう」
朱利の手を強く握り、桂城は進もうとした。
−−続