#3310/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 6/16 1: 4 (199)
疾走するダイヤ 1 名古山珠代
★内容
午後三時の宝石店は、閑散としていた。
「はーい」
名前を呼ばれて返事をしたら、その声が妙に甲高かった。顔が赤くなるのを
意識しながら、桐佳は手で口を押さえた。現在、「メモリイ」店内に客足はゼ
ロなのだが、それでも気恥ずかしくなってしまう。
「友浦さん? どうかした?」
店の奥から顔を出したのは、桐佳の先輩の村越だった。
「はいっ、ただいま」
小走りに行くと、A4サイズの印刷物を渡された。二枚綴りで、一枚目は何
かのチラシ、二枚目は応募用紙のようになっている。
「大した用事じゃないんだけど、『ムラサキ』本社からそのチラシが回ってき
たから。あなた、デザインの勉強、してるんだったわよね?」
「はあ」
説明がないので、チラシを覗き込む桐佳。
「ダイコンのお知らせよ」
「ダイコン?」
「知らない? ダイヤモンドリング・デザインコンテストの略よ。平たく言え
ば、ダイヤをメインに使ったリングのデザインを競う社内コンペ」
「あ、噂に聞いてます。毎年あるんですよね? 去年までは手の届かない領域
でしたから。うわぁ、そうそうたる顔ぶれ」
優秀な作品は商品化されるのだ。社内コンペと言っても、ジュエルデザイナ
ーとして独立する木島敏也や巽令子の名が入っている等、審査委員は内外から
そろえてあった。無論、会社と何らかの形でつながりのある人間ではある。木
島にいたっては本社ビルの一室を与えられているほどだ。
「今年はチャレンジするのね?」
「時間があれば、そのつもりです」
自信なく、曖昧に笑う。
(せめて、木島さんや巽さんに見てもらえるだけの物は、考えたいなあ……)
「いいわねえ。頑張ってね、影ながら応援するわ」
「じゃあ、仕事、代わってくださいよー」
「それは無理ねえ」
二人で笑っていると、小さなチャイムの音。お客の来た合図。
「いっけない!」
自宅のマンションに帰ってから、桐佳は改めてチラシに目を通した。
「ふうん。唯一課せられた条件はダイヤモンドを取り入れること、か。他にど
んな石や貴金属を使ってもかまわないけど、ダイヤを活かすデザインを優先的
に評価するって訳ね」
声に出して読んでみる。
「ダイヤが絶対条件なら、他の石を使うったって、無理難題よねえ」
愚痴がこぼれた。
(ダイヤは宝石の王様。他にどんな石を持ってきたって、普通はかなわない。
そりゃあ、ダイヤを取り巻きに使った真珠なんかもあるけど、それだと、ダイ
ヤを活かしたデザインとは言えない気がするし。やっぱり、ダイヤだけでデザ
インするのが賢明かしら。−−あ)
ケトルが鳴ったので、思考が中断される。今夜の食事は、出来合いの物を買
ってきて済ませる。コンペ用のデザインを考える時間がほしいから。
食卓に移り、一人で夕食。
(分かったけど、わびしい感じ。美弥子、うまくやってるんだろうな)
高校時代の友人の徳野美弥子を思い出す。最近になって桐佳は彼女と会い、
美弥子と今の彼氏との橋渡し役を図らずも演じている。
「あー、もうっ。今はコンペのこと、考えてるんだって」
しかし、一度空回りを始めた脳細胞は、よい発想をなかなか生んではくれな
いもの。根を詰めて知恵を絞ろうとしても、ちっともうまくいかない。
結果として、出来合いの惣菜を買ってきた甲斐は、ほとんどなかった。
昼休みの時間になるや否や、同期の西田沙都が声をかけてきた。
「いっしょに食べに行かない?」
「喜んで。でも、ちょっと待って」
アイディア帳のメモパッドを手に取る桐佳。中にはデザインの案がラフなタ
ッチで描き連ねてある。
「社内コンペに出すんだっけ」
往来に出たところで、桐佳に尋ねる沙都。陽射しがきつかった。
「その予定」
断言するのははばかれて、あとで変更可能な答にしておく。
「画力あるってだけで、うらやましいっ。あたしなんかやりたくてもできない」
「私だって、大したことない。デザインのひらめきも全然違うし、画の表現力
なんか、プロの人とは天と地の差」
「そんなに謙遜なさんな」
背中を叩いてくる沙都。桐佳は少し、バランスを崩しそうになった。
「痛いなあ、もう」
「謙遜が本当なら、応募なんて考えないでしょうが」
「そりゃまあ……。試してみたい気あるし」
「頑張ってよ。協力できないけど、応援する」
「それ、村越さんと同じ台詞だわ」
ひとしきり笑ったところで、お目当ての店に到着。味は合格点、行列せずと
も食べられる穴場。店の外装が蔦だらけで古めかしく、知らない人は敬遠する
からかもしれない。
「十三番目の星座って知ってる?」
「十三番目の星座?」
注文を終えてすぐ、沙都に聞かれ、戸惑う桐佳。
「星座って、もっとたくさんあるんじゃないの? 今さら十三個だなんて」
「違う。星占いの星座よ」
使ったおしぼりを丁寧に丸めると、沙都は空いた手の人差し指を立てて、何
度か振った。
「何だ、また占いか」
相手の占い好きを知る桐佳は、息をついた。
「何だ、じゃないよ。占星術にとって、大事件なんだから」
「はいはい」
「いい? これまでは十二星座しか定められてなかった。知ってるわよね?」
「ええ。だいたいのところは」
「黄道十二星座って言って、太陽が巡る軌道上にある星座を拾っていったもの
よ。十二だって信じられていたのが、最近になって、違うって分かったの。太
陽の軌道を厳密に計ったら、さそり座からいて座に移る間に、へびつかい座と
いう星座も通過していることが分かった。だから誕生日による分け方も、十二
ではなく十三通りに分ける必要が出てきて−−」
そのあとも、沙都の占い談義は延々続く。
しかし、桐佳は上の空になっていた。それは聞き飽きたからではない。
(星のイメージねえ。いいかも。リングの上でデザインしやすい星座、あるか
しら。今度、調べてみないと)
沙都の話を聞く内に、デザインに使えるのじゃないかと思い付いたのだ。
(ダイヤは一等星よね。二等星には何が……。それよりも、赤い星とか青い星
とかあるから、それに合わせて他の宝石)
「桐佳ったら!」
不意に自分の名を呼ばれ、目をぱちくりさせる。
「は、はい?」
「聞いてるの?」
「あ、え、聞いてる。十三番目の星座でしょう」
「違うって。スパゲッティ、来たわよ」
あきれた物言いの沙都が指さす先には、ウェイターが手持ちぶさたに立って
いた。手には桐佳の注文したシーフードスパゲッティ。
「す、すみません」
星、特に星座に詳しい本を買い込んで、桐佳は帰宅した。
落ち着いてから、使えそうな星座を探す。
「うーん」
全部を見終わって、桐佳は思わずうなってしまった。
(ないわ。一目見て、この星座だって分かるのなんて、ほとんどない。オリオ
ンとカシオペアとひしゃく星ぐらいよ。でも、この三つは、星の数が多すぎる。
指輪のデザインなんだから、ごたごたしたくないし、できない。二つ三つと組
み合わせてのデザインなら、ともかく……)
行けるかもと期待していただけに、落胆も大きかった。
ソファに横になりながら、桐佳は買ったばかりの本を、ぱらぱらとめくった。
と、目を引く絵があった。身体を起こし、改めてそのページを探す。案外、
簡単に見付かった。
「……行けるかも」
つい、声に出た。浮かんだ閃きに、何かしらわくわくしてしまう。
(これ、使えないかしら? なかなか幻想的な現象よね。赤はルビーでしょ。
黄色……トパーズ? で、光輝くダイヤモンドが青として。……でも、これだ
と一番小さくすべきトパーズが真ん中に来ちゃう。バランスよくないなあ)
ふと、隣のページに視線が行った。先とは別の天体現象の説明があった。
「あっ、何だ!」
手を打ちそうになる桐佳。実際は手を組み合わせただけで終わった。
(こっちでいいのよ。赤、青、黄。ちょうどダイヤが真ん中。これなら!)
いつものメモ程度ではすみそうにない。早速、スケッチブックを取り出し、
鉛筆を執る。
リングを描き、次に大中小、三つの球をそのリングに載せる。
「えーっと、リングはひとまずプラチナ。真ん中の青はダイヤモンドに決定。
赤もルビーにほぼ決まりだから、問題は黄色かぁ。トパーズの他に何か……」
考えを言葉にしながら、桐佳はあれこれと思索を始めた。
社用のため、「メモリイ」から「ムラサキ」本社ビルを訪れた際、三年先輩
の芹山理江に声をかけられた。そのとき、桐佳は意外な感じを受けた。
「少し時間、あるかしら」
「はい」
「友浦さん。あなた、コンペに出品するんですって」
「は、はい」
入社一年目、桐佳が配属された部署に芹山もいたというぐらいで、言葉を交
わしたことはさほどない。
(この人、いつも唇を固く結んだような表情してるから、何だか近付きがたい
印象だったけれど)
どぎまぎしながら、桐佳は尋ねた。
「それが何か……」
「教えてくれないかしら」
「は? 何をでしょう……」
「だから、宝飾品のデザインの勉強をよ。私もやってみたくなってね。今年は
無理だけど、来年に向けて今からやろうかと思った訳」
「そ、そんな。ご冗談ですよね?」
馬鹿馬鹿しくて、笑ってしまう。
(私なんかに! 悪い冗談だわ)
ところが、相手は真顔でうなずいた。
「本気よ。あなたに教えてもらいたいわ」
「そのぅ、芹山先輩……。どうして私なんかに? 社の案内でいくらでも講習
受ける機会がありますよ。私はまだあまり出ていませんけど。そうだわ、これ
からいっしょに講習を受けようという意味ですよね?」
「講習は受けてもいいけど。でも、あなたからも教えてもらいたいのよね。こ
の方面じゃ、あなたが先輩よ」
「無理ですっ。−−とか言う前に、私なんかの言葉を聞いてたら、伸びる物も
伸びなくなります」
「はっきり言うとね」
仕方ないという風に、芹山は始めた。
「私、殻に閉じこもりがちな質だから、できれば、よく知った人に教えてもら
いたいの」
それを聞いて、内心、首を傾げたくなる桐佳。
(殻に閉じこもりと言うよりも、影のある……悪く言えば陰気なイメージがあ
るんですけど)
「あなたが講習を受けるんだったら、私も受けるわ。それ以外の時間で、アド
バイスとかサポートがもらいたいのよ。もちろん、あなたの都合のいいときで
いいわ。だめかしら?」
「だめなことはありませんけど……本当に、私でいいんですか? 他にも社内
コンペに出している人、いっぱいいます。先輩の同期にだって」
「同期の人は嫌よ。上の人ももちろんね。それに、年を食ってるってことは、
それだけデザイナーとして芽が出ていないのと同じじゃないかしら」
同意を求められても、何とも返事のしようがない。どこで聞かれているか分
からないから。桐佳は、かすかに頭を動かすだけに反応をとどめた。
「私より下で、そこそこ親しい人って、あなたぐらいなのよ。今日、こうして
会ったのも偶然とは思えないわ」
(私は偶然だと思うんです)
とは言えない。意外と強い芹山の押しに、桐佳は最終的に折れた。
「分かりました。ただし、私が芹山先輩に教えるなんてとんでもないです。い
っしょに勉強していくという形でよろしければ……」
「ええ、結構よ。ただ、このこと、誰にも話しちゃ嫌よ。私の同期に、どこで
どう伝わるか知れたものじゃないから」
「分かりました」
その心情はよく理解できたから、桐佳は気軽に返事した。
「よかったわ。引き受けてくれて」
芹山は満面の笑みを見せた。
−−続く