#3253/5495 長編
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敗北者のサーガ 6 杠葉純涼
★内容
「シャヴィッドにやられていてメホハリー患者じゃない人の大多数が、農民で
したね? それも説明が着く。特定の形質を持ったドゥルーブを栽培していた
ら、何かの拍子に体内に入ることもありえる」
ダモスの顔つきが、難しいものになった。
「……つじつまは合うな。大胆だが、面白い仮説」
「まだそんなことを言うか? 素人の俺にこんな仮説、立てられるはずないで
しょうが。俺は見たんだ。セグラの研究所にあった会談の資料ってのを。くそ、
こんなことなら、書類を持ってくればよかった」
「会談ですか。セグラ先生の他に、どんな方の名前がありました?」
「しかと覚えてはいないが」
セナは数名の名前を挙げた。すると、ダモスの表情が硬くなった。何も言わ
ない相手に、セナは確認を取った。
「知ってるんですね?」
「あ、ああ……。みんな、有名な研究者や医師ばかりです……」
「じゃあ、信用してください。ラウの使用、今すぐにやめるって決めてくれ」
「だが、ラウ薬は、セグラ先生が推奨している−−」
「そのセグラがおかしいんだ。そんなことにかまうことないでしょう? え?
違いますか?」
セナが詰め寄ると、ダモスは目をそらした。
「ケインさん。ラウを使わないことにすると、メホハリー病の患者はどうなる
んだろう? 他に有効な薬はない……」
「待ってくれ。それも書類にあったぜ。確か、ヘアテン、という名前の薬だ。
ラウと違って、ドゥルーブの汁を特殊な熱処理して使うらしいな。ヘアテンに
は危険性がないと考えられる、そうあった」
「ヘアテンの名まで知っているということは、あなたの話は事実なのでしょう
……。だが、ヘアテンは国内では造られていない」
「輸入すればいい」
「輸入するには許可が必要なんですよ! 国の許可が。国の許可と言ってもね、
お役人に薬のことが分かるはずもないから、外部に委託して判断を任せるのが
通例です。メホハリー病の治療薬となると、当然、セグラ先生のいる研究所に
話が行くんですよ。この意味、分かりますか?」
初めて声を荒げたダモスに、セナはゆっくりとうなずいた。
(最悪じゃねえか)
「何故か知らないが、セグラ先生はラウだけを許可し、ヘアテンは認めていな
い。しかも、あなたの話によると、ラウには重大な欠陥があると分かっても、
隠している。恐らく、ヘアテンの輸入を国に進言することもないでしょう」
「と、とにかく、ラウを使うのはやめてください! 呼吸器に障害が出ている
患者以外は、多少放置していても、大丈夫じゃないんですか?」
「とんでもない。心筋を初めとして、臓器に関わる筋肉がやられると、危険な
状態に陥る。それに、その他の手足の筋肉にしたって、弱ったままにしておけ
ば、他の部位にも影響が出る傾向が多々ある」
「どうすればいいんだ、じゃあ!」
セナが怒声を張り上げたとき、部屋の外から大声で呼び出しがかかった。
「ダモス先生! 三階のサラサールさんの容態が!」
ダモスは黙って立ち上がり、部屋を出ていく。
「サラサール……三階だと?」
セナは、顔から血の気が引くのが、自分でも分かった。
考えるより先に、身体がダモスのあとを追っていた。
夜遅くになって、セナはダモスに打ち明けた。自分の本名と生い立ち、今は
盗賊をやっていることも。
「私に打ち明けて、どうするつもりですか?」
昼間よりさらに憔悴しきったダモスは、疲れから、かすれたような声しか出
せないでいる。髪は乱れ、目は血走っている。
「ヘアテンのあるところを、教えてほしい」
「……知って、どうしようというのだろう?」
「持って来る。だからダモス先生は、ラウを使わず、ヘアテンを患者に投与し
てくれ」
「……ラウ薬の中のドゥルーブには、発症までの潜伏期間があるように見受け
られる。今からメホハリー患者に与える薬を変えても、無意味かもしれない」
「やらないよりましだ。死の病気を運んでくるかもしれない薬を、何も知らさ
れないまま与えられるよりは、ましに決まっている」
「私のところだけで、ヘアテンを使っても、よそでたくさんの人が犠牲になっ
ていく……」
「一人でも救うんだ! 今の段階で、すべてのメホハリー患者にヘアテンを与
えるのが不可能だったら、少しでもいい、できる限りの人を助ける、医師が採
るべきはこれじゃないのか?」
セナの言葉に、ダモスは沈黙した。
「もしかして、ダモス。あんたは恐れているな? もしも認可されていない薬
を扱っていたと公に知られたら処罰されるって」
「そ、そうだ。セグラ先生の力は大きいのだよ」
「『先生』なんて付けるの、やめてくれ。気が悪い」
不愉快になって、セナは机の角を指でせわしなく叩いた。
「ダモス先生の立場も、分からなくはないぜ。だが、正しいことをやろうとし
てるんだ、俺達は。何もやましい点はない。そうだろう?」
「……」
「−−分かった」
業を煮やしたセナは、新たな提案を口にした。
「俺が責任を取る。いいかい? 俺はヘアテンを取ってくる。そしてあんたは
それを使ってくれ。もし国の方にばれたとき、こう言えばいい。『セナという
男がラウ薬だと言って持ち込んだから、それを信じて使っておりました。非認
可のヘアテンだと知っていたら、絶対に使わなかった』と」
「……そういうことなら」
ようやく承知したダモスだった。
「よし、話はまとまった。ヘアテンのある場所を、すぐに列挙してもらいたい。
明日の朝には出発したいんだ。それから」
セナはダモスの顔色をうかがった。
「マノ=セグラが死んだ場合、何か不都合は起きるだろうか?」
「何だって?」
紙にペンを走らせていたダモスの手が止まる。
「何も聞くな。答えてくれさえすればいい」
「あの人が死んだら、騒ぎにはなるだろう。医学界への影響力が大きい。まあ、
戦争中だから、大事に発展することはないだろうな……」
「そういう意味じゃない。メホハリーやシャヴィッドの治療に当たるあんた達
に、悪い影響は出ないのかと聞いているんだよ」
セナは薄笑いを浮かべ、ダモスの顔を覗き見るようにした。
「……何も変わらない可能性が大きいと思う。マノ=セグラの名がいくら大き
くても、彼がいなくなれば他の人とすげ替えるだけだ、恐らくね」
「それなら決めた」
セナは一言、つぶやいた。
何を決めたのかは、セナは言わなかったし、ダモスも問わなかった。
「これでいいだろう」
書き終わったダモスから、セナへと紙片が手渡される。
セナはそれを一瞥し、小さくうなずいた。
「気をつけてくれよ」
ダモスが声をかける。
「うまくやるさ」
セナは親指を突き立てて応じた。
「ジュリのような目に遭う子は、もう出したくない」
* *
ダモス先生、元気か? 俺が姿を見せないので、もしかすると心配してくれ
たかもしれないが、俺の方はまったく問題なしにやっている。丈夫なのが取り
柄だ。
手短にこちらの状況を伝えておく。
俺は今、先生に教えられたとおり、エヴェン国にいる。ルズウェルからの出
国自体は、偽造旅券を用いて楽にできたんだが、いざ戻る時点になって、途方
に暮れちまってね。最初は、ヘアテンを手に入れたら、検問のない国境線を強
行突破するつもりでいたんだが、戦時下であるためなのかねえ。国境の警備は
予想以上に厳しかった。国力を保つためには一人の領民も外に出せないし、逆
に敵国からの侵入者を防がねばならない。そんな意識の表れなのかもしれない
な。
どうしても検問を通るしか、ルズウェルに戻る方法はなさそうだ。仕方がな
いから、ヘアテンを他の薬に見せかけることに決めた。輸入が許されている物
品に見せかければ、問題なく帰れるだろう。
そのつもりで、俺はヘアテンを他の薬に見せかける準備をするため、奔走し
たわけ。瓶やラベルを変えて、木箱も調達したんだ。どうやって? そこはそ
れ、盗賊にも仲間がいるっていうことだ。
その準備の途中で、いい仲間に巡り会えた。カタンという男で、彼は大きな
組織を持っている。貿易に手を出せるほどの組織だ。こいつを利用させてもら
おうと思ったんだ、俺は。ヘアテンをいちいちルズウェルに手で持ち込んでい
ても、その量はたかが知れている。どうせ違う品に偽装するのなら、貿易品と
して発送すれば、大量に、しかも継続的に送り出せる。利用しない手はないぜ。
この手を使って、これからどんどん、ヘアテンを送るから、一人でも多くの
メホハリー患者を救ってくれ。改めてお願いしておく。
、俺は当分、ルズウェルには帰らない。ヘアテンを手に入れるため、もうしば
らく、こちらで動き回らねばならないんでね。そうだな、半年から一年経てば、
戻るかもしれない。そのときはよろしく。
あとな、もう知っているだろうけど、マノ=セグラは死んだ。
こんな奴の話題は口にするのも嫌だが、伝えておくことが一つだけある。セ
グラの家をひっくり返して調べたところ、あいつがラウ薬ばかり認めて、ヘア
テンを無視していた理由がようやく分かった。大まかに分けて二つの理由があ
る。どれも腐っているが。
一つは、強欲な貴族共と同様、ラウ薬で利ざやを得ていた。購入径路を押さ
えているラウ薬に代わり、ヘアテンが市場に流れ出るのは、セグラにとって困
った事態だったってことさ。
もう一つは名誉のため。シャヴィッドの原因がラウ薬内のドルゥーブにある
のではという説を唱えたのは、比較的若い医師だったそうだね。対して、メホ
ハリー病の権威であるセグラは気づいていなかった。セグラは若僧の功績を認
めたくなかった。ただそれだけの理由で、ドゥルーブの調査・研究の開始を故
意に遅れさせた。
セグラの他にも、ラウ薬の危険性を承知しながら知らぬ振りをしていた輩は、
大勢いるみたいだ。まあ、ぼちぼち、セグラのいるところへ送ってやるつもり
だ。彼らには、俺のことを感謝してもらいたいね。生きていたって、どうせい
つか、隠蔽工作は明らかになるものだぜ。そうなってからじゃ、生きたまま責
め続けられる。その点、俺の手にかかれば、死んで、その苦しみから解放され
るのだから、ありがたいと思ってもらいたいね。
セグラの野郎については、以上だ。ダモス先生、あんたはこうならないよう
祈っているぜ。
短く済ますつもりが、長くなった。こんなくだらない文章を読んで時間を潰
すぐらいなら、ダモス先生。一人でもたくさんの命を救ってくれ。平気で貴族
連中の命を奪ってきた俺が言うと、おかしいかもしれないが。
では、また逢える日を心待ちに。 セナより
* *
(ルズウェル敗戦、か)
異境の地で、セナはその報を耳にした。
(せん滅させられる前に降伏したのが、せめてもの救いか……。ダモス先生、
無事かな? 聞けば、ウィンネルはとっくにヘアテンを認可しているそうじゃ
ないか。ダモス先生、あんたならすぐにも病院を持てるだろうよ。だから−−
無事でいてくれ)
セナは、エヴェンでも盗賊に身をやつしていた。
ヘアテンの密輸は、ルズウェル敗戦によって、すでに用なしと化したせいも
ある。それ以上に、仲間とつるむのが、性に合わなかったのかもしれない。
(親父達はどうなったか……。生きているのなら、逆に、俺のことを心配して
いるかもしれないな。会いに行ってもいいんだが、もう少し、落ち着いてから
が無難だろう)
草原のただ中に寝転がり、青い空を眺め上げていると、故郷が恋しくなる。
が、沸き起こる感情を、敢えて押しとどめた。
夜の仕事のために、一寝入りしようかと目を閉じかける。
ジュリによく似た子が、草原横の道を行くのが、視界の隅で捉えられた。
(ひとまず、眠りたい。死んだように眠ろう……)
−−終わり