AWC 敗北者のサーガ 4   杠葉純涼


        
#3251/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 4/16   0:46  (186)
敗北者のサーガ 4   杠葉純涼
★内容
 戦時下とは言っても、ここらは前線から遥か遠いだけに、負傷兵の姿はおろ
か、一般の領民で負傷した者さえ、ほとんどいないようだった。
「負傷者の中に、知り合いがいるかもしれないから、探したい」
 そんな理由を考えていたセナは、入り口のところで少し慌てた。
「あー、自分は薬を手に入れたんだ」
 セナは、とっさに思い出していた。薬とは、オルテガ宛の荷馬車から奪った
四つの瓶のことだ。
「何の薬か分からないんだが、役に立つんじゃないかと思ってね。自分が持っ
ていても仕方ないし、ここで引き取ってもらおうと」
「拝見しましょう」
 受け付けの、年齢のよく分からない女性が、にこやかな表情を向けてきた。
 セナは黙って、袋から一つだけ、例の薬瓶を取り出した。
「あ、これは」
 すぐに女性の表情が明るくなる。
「ラウですね」
 その名前は、セナも聞いたことがあった。
(あの強欲貴族のオルテガも言っていたが……何の薬だ?)
 内心、首をひねるセナに対し、女性はさらに言った。
「数はどのぐらいお持ち?」
「あ、四つです」
「全部、出してくださいます?」
 言われた通りにするセナ。カウンターの上に、同じ型の瓶が四つ、横に並ぶ。
 相手の女性は、それらを開栓し、中の粉末を少量ずつ、別々に取り分けた。
「念のため、中身を検査させてもらいますけど、よろしいですね?」
「もちろん。それより、どういう病気に効くのですか?」
 相手は四つに分けた粉末を、白衣を着た人物に手渡すと、セナに向き直り、
説明を始めた。
「メホハリーという病気、ご存知かしら?」
「さあ……聞いたことあるような、ないような」
 語尾を濁すセナ。
「現在、流行してしまっている、厄介な病気ですの。筋肉が弱ってしまうとい
う……。どこの筋肉が弱くなるかによって違いますが、特に呼吸を司る筋が働
かなくなると、息ができなくなり命に関わります」
「そんな……恐ろしい病気が」
「はい。でも、このラウ薬があれば、ずいぶんと救われるんですのよ」
 またにっこりと笑う女性。
「患者さんによって違いますが、五日から十日おきぐらいの間隔で、ラウ薬を
飲むことで、筋肉の回復がなされます。完治するわけではないのですが、非常
に有効な薬ですわ」
「ははあ」
 表面では感心しながら、別のことを考えるセナ。
(患者からすれば命の源である大事な薬で、不当なまでに儲けるとはな。あの
男、死んで当然だった)
「戦争が始まって、とても高価になってしまって」
 そこまで言って、女性ははっとして、口をつぐんだ。
「高く売れるんですか」
 セナは、多少の意地の悪さを込めて、表情を作った。
「え、ええ。まあ、ある程度は」
 狼狽する相手を様子を楽しんでから、セナは言った。
「別に買い取ってもらおうというんじゃない。実は、寝床の確保に苦労してい
ましてね。一晩、泊めていただけたら、それでいいんですよ、自分としちゃあ」
 安心したような顔が、目の前にはあった。

 セナは、三階の端の部屋をあてがわれた。最上階である。二階までは全部屋、
入院患者で埋まっているらしい。三階の部屋にもちらほら、患者が入っている。
(予定と違ったが、潜入はできた。しかも、身を隠す必要もない)
 鎧戸のすき間から、夜の景色を眺めながら、セナは考えていた。夜景と言っ
ても、見える灯りは数えるほどしかない。夜空も、戦火に煙っているのだろう
か、お世辞にも満天の星とは表し難い。
(ともかく、病院の中の構造を知っておかないと)
 ベッドから腰を上げ、部屋を出るセナ。さすがに荷物は置いたままだ。
 廊下に出ると、まずは冷え冷えとした印象を受ける。病院が持つ独特の雰囲
気に、石むき出しの壁が拍車をかけている。かろうじて、絨毯を敷いた床が寒
寒しさをわずかでも救っている。
(それにしても……活気がまるでない)
 気になって仕方がなかった。
 病院内の雰囲気が元気はつらつであるのは異常だろうが、逆にこうまで陰々
滅々とされるのも不思議な気分だ。治ろう、治そうという意志に乏しく、ただ
死を待つのみ。そんな風情が漂っている。
(そうか……これは葬式だ。葬式の『匂い』に似ている)
 そう思って改めて見回すと、見舞客らしき姿は一人も認められない。時間帯
のせいかもしれないし、この階の患者が少ないせいかもしれない。だが、あま
りにもうら寂しい。行き交うのは、看護婦ばかりだ。医者さえ、姿がない。
「あ、ちょっと」
 一人、呼び止めてみた。
「何でしょう、ケインさん?」
 セナ−−病院内ではカルロス=ケインと名乗っている−−のことは伝わって
いるらしく、看護婦は何の不信感も持っていないようだ。
「この階にいる患者は、どういう病気の方で? 何となく、他の階と様子が違
う気がする」
「それは……お答えできません」
 そそくさと立ち去ろうとする看護婦の前に、セナは立ちはだかった。
「それはないでしょう。同じ階に泊まる者からすれば、どんな病気の人がいる
のか、気になるもんです。もしも伝染するような類だと」
「それはありませんわ。安心してお休みください」
 看護婦の表情は、精一杯の笑顔に見えた。
「うつらないのは信じますよ。だけど、どういう病気なのか、教えてくれても
いいでしょう?」
「私の口からは申し上げられません」
 相手の言い方がきつくなった。
「どうしてもと言うんでしたら、ダモス先生にお尋ねください」
「ダモス?」
「一階におられるはずです。ケビアン=ダモス先生が、この階を担当されてい
るんです。先生が何もお話にならないようでしたら、あきらめてください」
「……分かりました。ありがとう。忙しいのに呼び止めて、すみません」
 看護婦は黙礼をして去って行った。
(一人の医者先生が三階を丸ごと担当している? ここの患者はやはり、何か
特別な病気にかかっているようだな)
 セナは早速、階段に向かった。

 ケビアン=ダモスは、事前にセナが漠然と想像していたのと違い、とても若
かった。やせ気味で血色はあまりよくないが、才気走った目を持っている。ま
だ学者気質が抜けきれないまま、戦争のためやむを得ず、医者になったという
感じさえある。
「隠すようなことじゃないですから、お話ししてもいいんですが」
 セナの質問に、ダモスは椅子に座ったまま、難しい顔で応じてきた。
「とにかく、お座りください」
 セナが腰を下ろしたところで、ダモスは言った。
「どういう病気かを知ってから、患者さんを興味本位で見ないでください」
「? そんなことはしませんよ」
 どういう意味か分からなかったが、セナは請け負った。彼にとって現在、興
味があるのは、三階患者の病気を知ることで、何かの尻尾をつかまえられない
ものかということだけである。
「あの階の皆さんの病名は、シャヴィッドと命名されています」
「命名されているとは、まだ新しい病気だと?」
「そうです。初めて報告されたのは、三年ぐらい前でしょうか。徐々に症例が
増えていき、今では驚異となっていると言っていい。戦争さえなければ、大騒
ぎしているかもしれません」
「そんなに大変な病気なんですか?」
 にわかには信じられず、疑う口ぶりで聞き返すセナ。
「ええ。現段階では治療法不明の……死の病なのです」
 声を落とすダモス。
「シャヴィッドにかかれば、病原体が細胞を食い荒らし、肉体が内部から崩壊
してしまう。肉がすかすかになる。恐ろしい奇病です」
「治し方が分かっていないことも、大問題でしょうが」
 不安を覚えたセナ。
「どうしてそのシャヴィッドにかかるのかは、分かっているのですか? 同じ
階にいると、恐くなってきますよ」
「遺憾ながら、感染経路も分かっていません。仮説はあるのですが……」
「それは先生個人のお考えで? それとも学界で唱えられている?」
「私個人の想像です。と言っても、シャヴィッド病に携わる医師の大部分が、
同じ考えだと思いますよ。この考えが的を射ていれば、普通に暮らしている分
には、感染する心配は無用なのですが……」
「拝聴したいですね。いや、私は医学には素人ですが、何しろ同じ三階に一晩、
寝泊まりするとなると、気になってしょうがありません」
 セナはもはや、本心からそう言った。病院の経理状態を調べるのは、後回し
になっている。
「私も確信を持ってお話しするんじゃない。誤解のなきようお願いします」
「分かりました」
「まず……シャヴィッド病患者のおよそ半数が、メホハリーという病気の患者
さんなのです。メホハリー病はご存知でしょうか?」
「あ、ああ、ここの受け付けで聞きました」
「そうか、ケインさんはここにラウ薬を持ち込んだんでしたっけ。まあ、それ
はいいです。メホハリー病は先天的なもの。対して、シャヴィッド病は病原体
が人間の体内に入ることで引き起こされているようなのです。これらから、シ
ャヴィッド病の病原体の原形みたいな物が存在し、そいつがメホハリー病患者
の体内に侵入した際、メホハリー病の何らかの影響で変異し、シャヴィッドを
引き起こす。こういうことが、真っ先に考えられますね」
「でも、メホハリー病患者じゃない人も、シャヴィッドにやられているんでし
ょう?」
「はい。健常者から突然、シャヴィッド病にかかった人達の感染経路について
は、謎が多い。傾向を見ても、農業に従事している人が多いというぐらいでし
て……我が国の農民の割合を考えれば、ほとんど無意味です」
「シャヴィッド病患者の持つ病原体が、何らかの形で健常者の体内に入ったと」
「それしかないと思うんですが……時勢が時勢ですから、研究も進まないので
す。できることなら、メホハリー病の研究に関しては随一の、マノ=セグラ先
生に意見をうかがってみたいところなんですがねえ」
「セグラって人は、メホハリー病の、何て言うか、権威みたいな?」
「そうですよ。先生がラウ薬の有効性を立証されたこともあって、今、メホハ
リー病患者の皆さんは助かっているのです」
「現在、ラウ薬が正当な価格以上につり上げられて、一般に売られているよう
ですが……失礼ながら、セグラ先生が関与しているなどということは」
 本来の目的を思い出したセナは、念のためにと、質問をぶつけた。
「とんでもない!」
 すぐさま反駁が返ってくる。
「セグラ先生が我が国でのラウ薬の許認可に関わっているのは事実ですが、そ
れと価格とは別問題です。値の高騰は、やはり戦争のためでしょう」
「これは失礼なことを言ってしまったようだ。謝ります。実は、ラウ薬を手に
入れた行きがかり上、知ったのですが、薬を仕入れて不当に儲けている貴族連
中がいるのです」
 必要な事項を伝えるため、適当に話を作るセナ。
「こんなときに、金儲けを考えるなんて、どうかしている」
「それが本当だとしたら、大変な問題だ」
 同意を示すダモス。
 不意に、セナの背中方向で、扉が勢いよく開いた。と同時に、一歩、足を部
屋に踏み入れた看護婦が叫ぶ。
「先生! 三階のギルモアさんの容態急変です!」
「分かった。すぐ行く。失礼」
 セナに言い置いて、ダモスは飛び出していった。
(やれやれ。まじに恐ろしい病のようだな。ほんとに大丈夫のなのかね、同じ
階に泊まっても?)
 セナは立ち上がると、部屋には自分の他に誰もいないのを確かめた。
(ちょっとだけ、調べさせてもらうか)
 棚に立てかけてある書類を取り出し、セナはその中身をざっと調べ始めた。

−−続く




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