AWC 敗北者のサーガ 2   杠葉純涼


        
#3249/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 4/16   0:41  (197)
敗北者のサーガ 2   杠葉純涼
★内容
 ホウソン=セナは、真昼の太陽の下、明確な目的なしに、居並ぶ商店の間を
ぶらついていた。もちろん、黒装束は解いてある。肩から下げた革の袋に、そ
の装束を含めて、持ち物の一切合切を詰めてある。
 店先に品数は少ない。食料品を扱うところなどは、多くがすでに店じまいを
始めている。この辺はまだ戦火にさらされていない土地とは言え、物不足の波
は確実に押し寄せている。
「荷が届かない。盗賊にやられたに違いない」
「畑を荒らされて、根こそぎ持って行かれた」
「倉庫にしまっておいた来年用の種穀物がやられた」
「自衛を強化せねばならん」
 店の主や客の会話に耳を傾けると、そんな話題ばかりが飛び込んでくる。
(もうこの国はだめなんだ。それが分かっていない)
 心の中、嘲笑しながら、店を見て回る。
(国境の辺りはずたずた。野獣に食いちぎられたみたいに、領土は侵されてる。
今もその被害は大きくなってる。これだけ物が足りなくなっているのに、まだ
気づかないとは、平和に慣れっこになって、ぼけてるに違いない。あきれるぜ。
 国もどうかしてる。嘘の勝ち戦を報せて、ごまかし続けている。どうにもな
らねえ。偉いさんの中には、山奥に穴を掘って、地下に住居を造った連中もい
るって聞くぜ。どじな連中は、作ってる途中で生き埋めになったらしいが。
 ウィンネルの連中だって馬鹿じゃない。そんな土の中の生活をして逃げ延び
ている輩がいると知れば、山を焼き払うだろうな。そうなりゃ、あっという間
にいぶり出されて、はい、終わりよ)
 ひとくさり、悪態をついても、気分はすっきりしない。セナは雑踏に嫌気が
差し、通りから外れた。久しぶりにまともな寝床で横になるのもいいと、頭の
片隅で考えていたのだが、その気も失せた。
 そもそもセナにとって、宿など取らずとも、野宿にいささかの不都合もない。
彼はルズウェルの兵士だったのだから。
(今夜も一人だな)
 セナは、一人の戦友のことを思い出していた。
(あれから……ふた月になるか)

           *           *

 黒い線が頭上を通過する。
 敵はかなり至近距離にいるらしく、矢の勢いはいささかも衰えずに飛んで行
く。
「他は?」
 ざん壕に転がり込んできた仲間に、セナは叫んだ。
 顔を黒くした仲間は、力無く首を振った。
「知らん、散り散りだ」
「敵の数、敵までの距離はどうなんだ?」
 左腕と右足を止血してやりながら、セナは続けざまに聞いた。
「逃げるので……精一杯だ。逆光だったしな……迫ってるのは間違いない」
「ここも危ない、か」
 ざん壕の左右を見通すセナ。戦えそうな仲間は数えるほどしかいない。その
上、とうの昔に、隊長が行方知れずになっていた。統率の取れぬまま、何とか
戦ってきたが、いよいよ部隊全滅のときが迫っていた。
「全員で応戦しても、たかが知れている。今現在、あいつらの方が数は上だか
ら、弓矢での抵抗は誤りだ。後退しても、ここらは地形が悪い。すぐに追い詰
められる」
 セナは腰の剣の柄に触れた。
「姿勢を低くし、切り込んで行く方がましだな」
「打って出るのなら、もっと引き付けないとだめじゃないのか」
 飛び出そうとしたセナを止め、相手は聞いてきた。
「敵にはこのざん壕が見えてるんだろう? だった待ちかまえてたって無意味。
さっさと出て、敵を切り倒して血路を開くのが利口だぜ」
「−−分かった。俺も付き合う」
 隣の男は地に剣を突き立て、身を起こした。止血したはずの左腕から、血が
滴り落ちる。
「大丈夫か?」
「死ぬよりは」
 男の言葉を聞いて、セナは頼もしくなった。
「名前は? 俺は」
「聞かないでおこう。敵陣を破ったあとのお楽しみだ」
 セナは久しぶりに、かすかではあるが笑えた。
「結構。では、いざ」
 目での合図を皮切りに、二人同時にざん壕を抜ける。

 川べりに、セナとその相棒は仰向けに倒れ込んでいた。夜空に月はなく、い
くつかの明るい星が、血と汗と泥で汚れた目でも捉えられた。
「生きてるな」
 セナの隣で声が上がった。
「ああ、どうやら。−−そろそろ名前、教えてくれ」
「そうだっけな」
 相手はセナへ顔を向けた。疲れたような笑みを浮かべていた。
「ジェンナーだ。ヨフ=ジェンナー」
「俺はホウソン=セナ。よろしくな」
 横になったまま手を差し出す。ジェンナーは、しっかりと握り返してきた。
「規律違反になるのかね、俺達?」
「このままルズウェルの本隊に戻らないと、そうなるかもな。だけどな、誰が
逃げ延びて、誰が死んだかを知るなんて、俺達の部隊に関しては無理だぜ」
「それもそうだ」
 ジェンナーは上体を起こした。
「君は戻るのか?」
「……正直、戻りたくない。でも、家族がいる。まして、今の自分は兵士だか
らな。守る」
「そうか」
 考え込む仕種を見せたジェンナー。気になって、セナも起き上がった。
「ジェンナー、君はどうするつもりだ?」
「俺はどっちでもいいんだ。天涯孤独ってやつなもんでね。守るべきは自分の
身一つだけ。ただ、君がよければ、一緒に行動したい」
「そう思っていたところだよ」
 腰を下ろしたまま、二人は再び握手を交わした。
「さあて! 故郷への第一歩と行くか」
「待てよ、セナ」
 立ち上がったセナを呼び止めたジェンナー。
 何ごとかと振り返ると、ジェンナーは川面を指さしながら続けた。
「顔ぐらい、さっぱりさせていこうぜ」

 夕闇の中、二人はさまよっていた。
 ジェンナーに肩を貸しながら、セナは灯りを求めて歩き回る。
「痛むか?」
「……痛いと言うより」
 うめくような返事。ジェンナーは、己の右足ふくらはぎに視線を落とした。
「熱っぽい」
 頭のことを言っているのか、傷口のことを言っているのか、セナには判断で
きなかった。
「こんなにひどくなるとは」
 セナも、ジェンナーのふくらはぎの傷へ目を向けた。
 出血自体は、左腕の方がひどかったのに、腕の傷はもうすっかり治っている。
それに対し、右足の傷は雑菌が入ったらしく、紫のような黄色のような、奇妙
な色に肌が変色していた。今や、ジェンナーは歩くのも困難な状態である。
「すまない、迷惑かけて」
「気にするな。辛かったら、喋らなくていいんだぜ」
「敵が現れたら……おまえだけ逃げろ」
「いい加減にしろっ。ここはもう、完全に俺達の陣だ。万が一、敵が現れたっ
てな、絶対に見捨てない。絶対にな!」
「そりゃどうも」
 ふざけた口ぶりだったが、ジェンナーはうれしそうにうなずいた。
 それからしばらく、足をもつれさせそうになりながらも、どうにか野道を進
んでいくと、ようやく村らしき灯りの群れに遭遇した。
 疲れ切っていた二人に、歓声を上げる元気はまるでなかったが、足下に最後
の力が沸いてきた。最後は転がるような勢いで民家の前にたどり着くと、戸を
とにかく叩き続けた。
「……」
 おびえたように、そっと戸が引かれた。家の者は、何も言わない。
 セナは声を振り絞った。
「す、すまない。助けてくれ」
「あんたら……兵士かい?」
 恐る恐る。そんな口調で、白い口髭を生やした家長らしき男は聞いてきた。
戦争に駆り出されていないだけに、相当の年輩者らしいと分かった。
「そうだ。ルズウェルの兵だ。この通り、けが人がいる」
 歩き疲れたのか、ジェンナーはぐったりしていた。
「今夜だけでいい。休む場所を」
「分かりました」
 男は淡々と言った。
「ただ、うちは手狭なので、村長の家に行ってもらいたいのですが」
「いいとも。案内してくれれば、そちらへ厄介になる」
 民家からは、初老の男が出てきた。彼はセナとは反対側から、ジェンナーを
支えに回った。
 口髭の男はたいまつを灯すと、先頭に立ち、暗い村内の案内に当たる。
 さして広くない路地を抜けると、村の中心部に大きな家があった。
「村長に話してきます」
 男が言った。
 一つ二つ、やり取りがあって、セナとジェンナーは中に招き入れられた。名
乗ってから、食事と治療を求めた。
「これはひどい。医者を呼びにやらせましょう」
 傷を見るなり、村長は口髭の男に合図した。かけ出す男。
 ジェンナーは奥の部屋に運ばれ、横にされた。
「セナさんはこちらへ」
 女の声があった。村長の妻らしい。
「世話になります」
 いつになく殊勝に受け答えするセナ。戦争という非常事態を離れ、久しぶり
に日常−−これとて真の日常ではないが−−に触れたため、心が和んでいるの
かもしれない。
「たいした物は出せませんが」
 確かにその通りで、テーブルに並んでいるのは、皿一杯のスープ、かさかさ
に乾いたパン一切れ、そして貧弱な果物一個であった。
「いえ、助かります。ごちそうになります」
 食べ始めたところへ、村長が尋ねてきた。
「戦況はどうなのでしょう?」
「……嘘はつきたくないので、本当のところを話します。ご覧になれば分かる
でしょうが、我々は敗走の身。私が所属する部隊は壊滅状態の目に」
 村長は静かに耳を傾けている。その妻は、口に手を当てた。
「距離から言って、この村はまだ大丈夫のはずです。ジェンナーをここに置い
てもらえさえすれば、明日の朝一番に私が発って、援軍を呼んで来るつもりで
す」
「そうしてください」
 きっぱりと村長。
「村長という立場からも、村を危険にさらすのは忍びない」
「よろしかったら、馬をお貸ししますわ」
 村長の妻が思い付いたように申し出た。
「馬があるのですか?」
 意外な感じを受けたセナ。戦のために食糧難になれば、馬に手を出すのは常
識だからだ。
「この村には、幸い、野菜や果物が残っていますから」
「そうですか」
 とりあえず納得してから、友のことが気にかかった。
「あの、ジェンナーの様子は……」
「今、先生に診てもらっておりますが」
 村長が奥を見やると、白衣を着た医者が、ちょうど出てきたところだった。
「どうですか?」
「芳しくないですよ。動かすのはよくない。かと言って、この村では充分な治
療ができない。まあ、足の切断だけはまぬがれましたが、あと一日遅れていた
ら、危なかった」
「そんなにひどくなっていたんですか……」
 あ然とするセナ。と同時に、ジェンナーの精神力に驚かされる。
「この村で治療するには、最低限、薬が必要です」
「それなら自分がもらって来よう。明日の朝、馬で発つから」
 それがいいとばかり、大きくうなずく医者。
 見通しが立って安心できたのか、セナは眠気を覚えた。考えてみれば、戦場
をさまよっている間、ほとんど眠っていない。
「お休みになりますか」
「あ、ああ。頼みます」
 セナは軽く頭を振って、立ち上がった。疲れを感じていた。

−−続く




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