AWC 夢みるあこや貝 2   名古山珠代


        
#3246/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 4/16   0:33  (196)
夢みるあこや貝 2   名古山珠代
★内容
「なくなった、って……」
 話のつながりは見えなかったが、ともかく、桐佳は相槌を打つ。
「火事とかで?」
「洪水なのよ。小学校三年生の夏休みだったわ。お母さんの実家へ家族で帰省
していたから、みんな無事だったんだけど、家の方はすっかり流されちゃって。
ニュースで危ないって知って、急いで帰ったんだけど、遅かった。高台から、
自分の家が流されていくのを、呆然と眺めているしかなかった。悲しかったな、
あのときは」
「そんなことがあったの……」
 あまりの意外な話に、どう応じていいのか、桐佳は戸惑ってしまう。
「生活の方は、何とか見通しが立ったんだけど、なくした物がね、ちょっと大
きすぎて……。私、子供だったし、なかなか立ち直れなかった。大事にしてい
たおもちゃとか人形、ぬいぐるみ、漫画。それだけじゃないわ。アルバムなん
かもみんな、流されてしまって」
 大人にはその価値が理解できなくても、子供にとっては宝物。そういう物は、
どんな子にも、一つや二つ、あるだろう。それが一瞬の内に押し流されて、二
度と手にできないとなったら、どんなに悲しいか。桐佳は容易に想像できた。
「そんなときに、その男の子が現れたんだ」
 にこっと笑った美弥子。
「短い間だったけど、洪水の影響で、私達家族、避難所で暮らしていたのよね。
その避難所−−市民会館か何かだったと思うけど、元々、私達の家があったと
ころとは学区が違ってて、言わば、私にとっては遠い場所だった。友達もあま
りいなくて、一人でいることが多かったんだけど、その子は私に話かけてきて、
一緒に遊んだの」
「それで、問題の真珠はいつ登場するのよ」
 待ちきれなくなって、桐佳は質問を挟んだ。質問と言うよりも、相手を急か
したのだ。
「その子に二度目に会ったとき、くれたの。『これ、君の新しい宝物にならな
いかな』って。初めて会ったときに、私が『大事な宝物をなくしちゃった』っ
て泣いてばかりいたから、気にして持って来てくれたのね、きっと」
「優しい子だったのねえ。ひょっとして、美弥子の初恋とか?」
「……そうかもしれない」
 美弥子は案外、しおらしい反応を見せた。
「実際に、長い間、この真珠が私の宝物になったわ。お守りみたいな感じかな。
これを身に着けていると、元気が出るような気がしてさ。そうそう、私が今み
たいな性格になったのも、この真珠のおかげって思ってるわ」
ウ 桐佳は、多少、気抜けしたような思いを抱きつつも、続けて聞いた。
「それで、その男の子、今はどこでどうしているのかしら」
「分からないのよ、全然」
 残念そうな美弥子。
「名前は覚えているのよ。ゆうき君って呼んでいたから。それで……避難所の
中では見かけなかったから、どこに住んでいるのって聞いてみたの。そしたら
さあ、『遠いとこ。夏休みだから、おばあちゃんの家に遊びに来てたら、こう
なっちゃって』という答だったかな。はっきりとは記憶していないんだけど、
詳しい住所を聞き出していないのは確か」
「それじゃあ、探し出すのは無理か……」
「やだ、桐佳が残念がってどうするのよ。ほらほら、仕事の話は?」
 お客から発破を掛けられ、桐佳は気持ちを切り替えた。
「−−そうね、バロック真珠なら指輪より、ペンダント、ブローチの方がお勧
めよ。もし二つあれば、イヤリングかピアスが最適なんだけど」
 桐佳は、星形の真珠を指さした。
「でも、こういう形はあまりないから、常識にとらわれなくてもいいと思う。
美弥子がどうしてもって言うなら、リングにしましょ」
「どうしようかな」
「それから、一つだけ忠告。真珠は硬度がせいぜい四ぐらいしかないから、指
輪にした場合、それだけ傷が付く機会が増えるかもしれないわ。まして、この
真珠、細くなっている部分もあるから。もし指輪にするのなら、充分、注意し
て扱って」
 この忠告は、かなり効いたらしい。美弥子はそれからもしばらく悩んでいた
が、最終的には……。
「ブローチにするわ」
「それでいいのね? 念のために聞くけど、どうしてブローチ?」
「一番、目立つかなと思って。指輪も目立つだろうけど、それがだめなら、次
はブローチ」
「なるほどね」
 いかにも美弥子らしいと、微笑ましくなってしまう桐佳。
 それから、美弥子の希望と予算に合わせて、ブローチのデザインが固まった。
「絵、上手ね」
 感想をこぼしたのは美弥子。何のことかと言えば、桐佳が鉛筆を使って、ブ
ローチのデザインを描いたのだ。宝飾デザイナーを目指している桐佳にとって、
これぐらいは初歩。
「そんなことないって」
「でも、私のイメージ通り。あとは職人さんの腕次第かぁ」
「うふふっ。出来上がりは、二週間後ぐらいになると思うわ」
 デザイン画をしまってから、桐佳は言った。
「手渡しの正式な日時が決まれば、後日、連絡するから、楽しみにしていて」
「ええ。待ってるわ。夜の七時以降なら、たいてい、いるはずだから」
 『商談』が終わってからも、高校のときの友人同士のお喋りが、簡単に終わ
ることはなかった。いつか、ゆっくり話そうねと約して、ようやく話は切り上
げられた。

 春の六時は、微妙に薄暗い。
「あっ」
 家路を急いでいた桐佳は、角を曲がったところで、向こうから来た人とぶつ
かりそうになった。
 危ういところで衝突は避けられたものの、お互い、手にしていた物を派手に
ばらまいてしまった。
「すみません」
 相手が先に謝ってきた。若い男の声だった。
「あ、あの、こちらこそ」
 謝辞を返しながら、桐佳は地面に散った紙を拾い集める。店での休み時間に、
デザインの練習のつもりで描き散らした物を、クリアケースに挟んで持ち歩い
ているのだ。前々から描いているが、近頃は、美弥子がこの間持って来た星形
真珠にインスピレーションを受けた絵が増えている。
「手伝います」
 男の方は、落とした物は少なかったらしい。
「いえ、お急ぎでしょう? 自分一人で」
 桐佳がそう言ったものの、相手は紙を丁寧に拾い集め始めた。
「どうもすみません」
「いえ、お互い様で……す……」
 台詞が途切れた。
 不思議に思って、桐佳は男の方を見やった。男は、桐佳のデザイン画をぼう
っと見つめていた。
「あの、その紙……」
「あ、失礼」
 片手を頭に持って行きながら、男は紙の束を差し出してきた。
「どうもありがとうございました。失礼しました」
 桐佳が立ち去ろうとすると、その背中に声をかけられた。
「あの! すみませんが、お名前を聞かせてもらえませんか」
「はい?」
 どういうこと?と、怪訝な色をなして振り返る桐佳。もっとも、この夕闇の
中、桐佳の表情が相手に見えていたかどうかは、はなはだ疑わしい。
「僕はこういう者です」
 男は、スーツの上から忙しなく自分の身体をまさぐって、ようやく名刺の束
を取り出した。その一枚が、桐佳に手渡される。
「亜藤冬樹さん、ですか」
 目を凝らし、名刺にある名を読み上げる。
「はあ。保険関係の調査員をしています。それで、あなたのお名前は……」
「……友浦、ですが」
 答えようかどうしようか、迷った桐佳だったが、結局は名字だけ教えた。と
言うのも、よくよく見れば、亜藤が悪い人には見えなかったし、非力そうだっ
たから。その上、何と言っても、まずまずの二枚目だと分かったのが大きい。
「友浦さんとおっしゃるんですか。初めまして。あ、あの、い、いきなり、変
なことを言う奴とお思いでしょうが、そのぅ……お時間をもらえないでしょう
か」
「と言いますと?」
「ええっと、ゆっくり、お話ししたいと思いまして……」
「今日は無理ですわ」
 返事してから、しまったなと悔やむ桐佳。
(これじゃあ、都合がよければ会うと言ってるみたいだわ)
 直後、その不安は的中した。
「では、友浦さんのご都合に合わせます。いつならいいのでしょう?」
「それは……」
「今度の日曜日はいかがですか?」
「すみませんが、予定が立っていないものですから、何ともお答えしようがあ
りません。私、もう帰りませんと」
 桐佳は身体の向きを換え、そそくさと歩き出した。
「あ、ちょっと、ま」
 亜藤が何か言っていたが、桐佳は無視して、そのまま立ち去った。

 店内の壁に掛かる時計を、桐佳は見上げた。勤務時間終了まで、あと少し。
(美弥子の仕事って、不規則なのねえ)
 五日前、電話で、ブローチの完成を伝えると、時間がないから今日まで待っ
てほしいと言われた。そして今朝、今度は美弥子から桐佳へ電話があり、取り
に行けなくなったから、夜、持って来てほしいと告げられたのだ。
 普通なら、リフォーム担当の桐佳が品物をお客に届けるなんて、あり得ない。
だから、今回の美弥子相手の場合は特別。
 六時になった。
 桐佳は真っ先に細川のところへ顔を出した。美弥子の注文したブローチを預
かると、取って返し、着替えを急いだ。美弥子が指定した時間は八時三十分で、
桐佳は急ぐ必要はないように見える。が、中途半端な時間だから、一旦自宅に
帰り、夕食を摂ってから改めて出かけようと考えていたので、なるべく急ぐに
越したことはない。
 自宅のマンションまで、歩いて十分ほど。部屋の玄関を通った時点で、六時
二十分頃であった。
 食卓の電灯を点けるなり、電話のベルが鳴った。
 忙しいのにと不平を言う間もなく、送受器を取り上げる。
「はい、友浦ですが」
「その声−−やっと見つけられた」
 向こうの声が言ったきり、しばし間ができた。
「あの」
 桐佳が言おうとしたら、相手の男も同時に「あの」と言った。仕方なしに、
口をつぐむ桐佳。
 相手も黙っていたが、しばらく経ってから、喋り始めた。
「あの、僕、亜藤です。この間、道端でお会いしましたよね……」
 電話の声だけでは自信がないのか、語尾が小さい声になる。
「あ、あのときの」
 すぐに思い出した。
「私の電話番号、どうやって調べたんですか」
「電話帳を片端から調べたんです。『友浦』という名字は少なかったから、助
かりました」
 うれしそうな声が届いた。
「それで、何かご用でしょうか?」
「前も言いましたが、ぜひ、きちんとお話がしたいのです」
 亜藤の執着が、ちょっと気味悪く思えてきた。一目惚れされるのは悪い気は
しないが、ここまでとなると、敬遠したくなる。
「もう待てないんです。**通りの『カイネ』という喫茶店、ご存知ですか?」
「え、ま、まあ」
「そこで待っています。えっと、六時半から、ずっと待ちます」
「あの、これから用事があるので、お約束できません」
「どうしても話したいことがあるんです。何時になってもかまいません。待っ
ていますから」
「失礼しますっ」
 きつく言い放って、桐佳は電話を切った。
(何なの、あの人……)
 身震いを覚えた。考えるのも嫌な気がして、さっさと着替えると、すぐに台
所に向かう。釜に米を入れ、蛇口の下に持って行く。カランをひねり、先ほど
のことを忘れようと、勢いよく水を出した。
 黙々と夕食の準備をしたためか、気が滅入ってきた。桐佳はテレビのスイッ
チを入れ、音量を大きくしてから、テーブルに着いた。一人、ご飯を済ませた
のは、七時四十分ぐらいになっていた。
(美弥子の家までは、三十分ぐらいか)
 いい時間だと思い、再び着替えに取りかかった。


−−続く




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