AWC ヴェーゼ 第4章  ネイガーベン 13 リーベルG


        
#3210/5495 長編
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ヴェーゼ 第4章  ネイガーベン 13    リーベルG
★内容

                                   13

 セレランティム・コーンは、ネイガーベンには珍しい三階建てで、上品な装飾が
施された大理石と、希少なレーデンの木材が惜しげもなく使われていた。レーデン
は、ネイガーベンの北西に広がるハルウェル山脈の西側で、氷雪に耐えて生育する
樹である。その幹は石より硬く、研磨すると内側から滲み出るような淡い光を放つ。
数が少ない上、ネイガーベンから生育場所へ直行する方法がないので、ハルウェル
山脈の反対側の小さな村ハリュシャから西のアナサン港まで陸路で輸送し、そこか
ら大陸の北側を船でぐるりと回り、ネイガーベンの北にあるキャレン港に陸揚げし、
街道を南下してネイガーベンに到達するという手間をかけなければならない。レー
デンの木片の細工物でも、普通の市民にとっては一財産である。
 自警団騎兵たちに先導されてミリュドフの館に到着したパウレンは、セレランテ
ィム・コーンを一目見て、何たる浪費だ、とでも言いたそうな顔で苦笑した。もっ
ともミリュドフの趣味のよさは、パウレンも認めざるを得なかった。その気になっ
て観察しなければ、それほど金がかかっているようには見えない。ネイガーベンの
成功した商人の屋敷には、宝石やら彫刻やらが美術館を開けそうなぐらい散りばめ
られているのもある。ミリュドフの館は、おそらくネイガーベンで二番目か三番目
ぐらいに金がかかっているが、それは分かる人にだけ分かるようになっているのだ。
 一行が人目を避けて、セレランティム・コーンの裏口に到着すると同時に、中か
ら一人の夜の鳥が出てきた。人間とネコとの混血なのが一目で分かる。鮮やかに発
散する色気に、規律に厳しい自警団員たちの間に動揺が走った。
 「パウレンさんですね?」その女性は澄んだ黄色の瞳で微笑みかけた。「お待ち
していましたわ。わたくしはクランと申します」
 「ああ、よろしく、クラン」パウレンは頷いて、連れを紹介した。「こっちがリ
エで、こっちが魔法監視官のティクラムだ」
 「お名前は存じてますわ、ティクラム監視官」クランは軽くティクラムに頭を下
げた。「そちらの方はお休みのようですね」
 「ああ、少し疲れることがあった」パウレンがそう言うと、ミリュドフが軽蔑す
るように鼻を鳴らした。
 「どうぞ、中へ。お部屋が用意してあります。自警団の方たちも、冷たい飲み物
でもいかがですか?」
 先頭にいた指揮官は、いかにも残念そうに首を横に振った。
 「せっかくだが任務中なので」口調まで残念そうだった。
 「そうですか、それは残念ですね」クランの口調も残念そうだったが、こちらは
半ば社交辞令のようだった。「では、またいらして下さい。ご苦労様」
 自警団員たちは、敬礼すると、未練たらしく振り返りながら大通りの方へ去って
いった。
 「他の連れはもう着いたか?」パウレンはカダロル、トート、イーズのことを訊
いてみた。
 「いいえ。でも、トートには先ほど会いましたわ」クランは微笑みながら、気を
失ったままのリエをちらりと見た。「そちらのお嬢さんと一緒に歩いていました」
 「そうか」とりあえずカダロルたちのことを心配するのは後回しにしよう、とパ
ウレンは思った。彼らはいずれも子供ではない。「では、案内を頼む」
 「どうぞ、こちらへ」

 パウレンもティクラムも、ミリュドフの館に入るのは初めてだった。パウレンが
知り合った当時、ミリュドフは一介の娼婦にすぎなかったし、ミリュドフが大成功
して、ついに評議会委員にまでなったときには、パウレンは自分の研究に熱中して
いて、ネイガーベンを訪れる機会は少なくなっていた。
 セレランティム・コーンの中には、普通の娼館にありがちな派手な装飾や、欲情
をそそるような絵などは一切存在していなかった。夜の鳥たちは、充分な広さを持
った個室を与えられていた。もちろんその部屋は仕事場にもなるのだが、部屋と部
屋の間隔は充分に離れていて、間違っても隣の部屋の声が漏れ聞こえてきたりする
ことなどないように設計されている。
 パウレン達が、とりあえず通されたのは、長く広い廊下をいくつか曲がった先に
ある、応接間らしい部屋だった。かなり大きな部屋で、天井も壁も白く、細かな模
様が織り込まれた毛の長い絨毯が敷かれている。壁には小さな絵画がいくつかかか
っている。窓は一つもなく、ランプも点されていないにもかかわらず、部屋は明る
かった。天井を見上げて、パウレンはその理由を知った。採光のための窓が7つあ
って、そこから淡い光が部屋を満たしている。ここは一階だから、直接空から光が
届くはずはない。どうやって、外の光を導いているのか、パウレンには見当もつか
なかった。
 「これが噂のセレランティム・コーンなのね」ティクラムがため息をつくような
声で囁いた。「あのご婦人がただ者じゃないってことが、よく分かったわ」
 パウレンは何も言わずに頷いた。そっとリエの様子を窺う。呼吸は穏やかで、脈
も激しくない。表情も穏やかである。何も知らなければ、健康的に熟睡していると
しか見えないだろう。
 ドアがノックされ、クランが入ってきた。手に飲み物を入れたグラスを持ってい
る。
 「お飲物をどうぞ」クランはグラスを、パウレンとティクラムに手渡した。「そ
れから、パウレンさんのお連れと仰るかたが見えてます。一人はトートで、もう一
人はイーズと言う方です。お通ししてよろしいですか?」
 「無事についたか」パウレンは安堵の息をついた。「通してくれ」
 ほどなく、トートとイーズが案内されてきた。トートは比較的落ち着いていたが
娼館など入ったこともないイーズは、クラン一人を見ただけで、すっかり興奮して
しまったらしく、普段赤い目を真っ赤にしながら入ってきた。
 「二人とも無事でよかったな」パウレンはそう言った後、眉をひそめた。「カダ
ロルはどうした?一緒ではなかったか?」
 「それがですね……」トートは説明しようと口を開いたが、ティクラムの姿を見
ると口ごもった。「……どうして、魔法監視官がここに」
 ティクラムはその態度を見とがめた。
 「何か、私がここにいると不都合でもあるって言うの?あんた、誰?私の知って
いるトートという名前のネコは、盗賊のトートンアードだけだけど、あんたまさか
当人じゃないでしょうね」
 「だったら、どうなんだよ」トートは開き直って、ティクラムに対した。「あん
たが干渉できるのは、魔法だけだろうが。盗賊を捕まえるのは自警団の仕事だぜ」
 「確かにそうよ」ティクラムもトートを睨みつけた。「でも、自警団に通報する
ことはできるのよ」
 「何もしてないのに、どういう罪状で捕まえるんだよ」トートはせせら笑った。
 「何とでもでっちあげられるのよ、そんなもの」ティクラムも好意の含まれない
笑いを返した。「どっちを信じると思う?魔法監視官と盗賊と」
 「それぐらいにしておけ」パウレンが口を出した。顔はおもしろそうにほころん
でいる。「ティクラムは我々の敵ではない。今のところはだが。それで?カダロル
はどうしたのだ?」
 トートは事情を説明した。パウレンは眉をひそめて、イーズにも話を確認すると
つぶやいた。
 「あの夜の奴らが?」
 「誰です?あの夜の奴らとは?」早速ティクラムが質問してきた。
 「後で話す」パウレンはティクラムを見もしなかった。「お前達は見たのか?」
 「いえ」
 「見えませんでした。あのヤブ医者の見間違いか、思いこみだったのかも」
 「そうかもしれんが気になるな」パウレンは考え込んだ。「リエの意識が戻った
ら、一緒に行って確認してもらうことにしよう」
 「リエは大丈夫ですか?」トートはソファに横たえられているリエを、心配そう
に見やった。
 「わからんな。まだ、自分の力を完全に制御できていないらしい」
 「この人もマシャの出身なんですか?」ティクラムが訊いた。「リエという名前
は寡聞にして聞いたことがないんですけどね。マシャの名のある魔法使いなら大抵
知っているし、自由魔法使いでも私の耳に入ってくるはずなのに」
 「つまり、それだけ物知らずってことだろうよ」トートが嘲笑った。
 「うるさいわね、チビ!」
 「まあ、長い話なのだ」パウレンが答えた。「そのうちゆっくり話そう」
 「ぜひ、そうしてもらいたいですね」
 そのとき、ドアが開き、再びクランが顔を出した。
 「パウレンさん、ティクラムさん。たった今、評議会から伝令が届きました。委
員たちがお目にかかりたいそうです」



 カダロルは広大なロキスティ大森林の上を、ガーディアックの方へ向かって、ゆ
っくりと飛んでいた。もし、あの夜の襲撃者たちが再び現れるなら、そちらの方向
からに決まっている。
 変身して飛び立った後、カダロルは真っ先にネイガーベンの外壁の近くを念入り
に見て回った。だが、怪しい人影は発見できなかった。何人かの商人や、香草を摘
みに出た女中などはいたが、カダロルが目撃した異世界の兵士たちの姿は見あたら
なかった。
 もっとも、リエの話から推測すると、十分に訓練を受けた兵士ならば、森の中で
身を隠すぐらい容易であるらしいから、空からではよく分からなかったかも知れな
い。カダロルは、よほど人間の姿で森の中に降りて、探そうと思ったものの、先に
相手に発見されることを考えて躊躇した。
 とはいえ、このまま戻るのも残念だった。そこで、ガーディアックの方へ向かっ
てみることにしたのである。
 あの夜、パウレンの家に逃げ込んで以来、カダロルはガーディアックへ戻ってい
なかった。生まれ育った村に対する望郷もあったし、取ってきたい本や道具なども
あった。たとえ、敵が発見できなくても無駄にはならないだろう、と考えていた。
 森は平和だった。商売や魔法などとは無縁の生と死が満ちあふれている。政治や
陰謀は、森の外の出来事だった。森の中で、静かに研究生活を送っていたパウレン
の気持ちがわかるような気がした。
 不意に何かが空気を切り裂き、圧倒的な速度でカダロルに向かってきた。
 真下だ!そう思った途端、カダロルは右の翼を、何かが貫いていくのを感じた。
ぐらりと態勢が崩れ、落下しそうになるのを、必死でこらえてぐるりと旋回した。
鈍い痛みが翼に広がりつつある。すぐに、それは激痛へ変わっていくだろう。
 あの夜と同じだ!カダロルは叫びだしそうになった。あのときも、これと同じ物
が、おれの身体を通って行ったんだ!
 続いて、2発目がやってきた。今度は狙いが外れ、左の翼をかすめた。カダロル
は反射的に急降下した。恐怖感がじわじわと忍び寄ってくる。広々とした大空に浮
かんでいるのが、たまらなく無防備に感じられた。
 降下するカダロルを追って、さらに何発かが飛んできたが、いずれも狙いは外れ
た。カダロルは何とか森の中に逃げ込むことに成功した。
 だが、傷の痛みは耐えきれないほどになりつつあった。ネイガーベンまで飛び続
けることはできそうにない。それにタカの姿のままでは、手当もできない。カダロ
ルは大きな樹を選ぶと、その影に降り立ち、人間の姿に戻った。
 「ちくしょう」カダロルは呻いた。
 右の上腕にぎざぎざの傷口が開いていた。変身の仮定で筋肉の配置が変わったた
め、傷口はまっすぐになっていなかった。傷の手当をしようと腰に手をやって、道
具の入った袋をトートに渡してしまったことに気付いた。カダロルは罵りの声を上
げたが、すぐに口を閉じた。周囲に敵がいないとは限らないのだ。
 「くそ、やっぱり見間違いじゃなかった」服の一部を切り取って、包帯がわりに
しながらカダロルは呟いた。「早く戻らないと」
 そのとき、少し離れた場所で、茂みがガサガサと鳴った。カダロルは飛び上がる
ほど驚き、近くにあった拳大の石をつかんで身構えた。
 茂みから何かが飛び出した。カダロルは石を投げようとして、相手が一頭のキツ
ネであることに気付いた。カダロルは思わずため息をつき、ついで笑い出したくな
った。
 まだ若そうなキツネは不思議そうな顔でカダロルを見ていたが、やがて興味を失
ったのか、別の茂みに飛び込んでいった。その姿を追いながら、カダロルは苦笑し
ながら、何気なく振り返った。
 そこに異世界の兵士の姿があった。





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