AWC ヴェーゼ 第4章  ネイガーベン 8 リーベルG


        
#3010/5495 長編
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ヴェーゼ 第4章  ネイガーベン 8    リーベルG
★内容

                  8

 赤毛の自由魔法使いパウレンは、ネイガーベンに入るにあたって彼女なりの用心
をした。つまり、目立つ赤毛を一時的に濃い茶色に変え、さらにできるだけ小さく
編み上げたのである。パウレンを探そうとする者なら、地面まで届く長い赤毛を目
印にするであろうことは間違いない。もっとも、パウレン自身の発案ではなく、カ
ダロルが言い出したのだった。
 「気にいらん」パウレンは大通りを歩きながら、ぶつぶつ文句を言っていた。「
断じて気にいらん。気休めにすぎん」
 「ぶつぶつ言うな、人目を引くぞ」カダロルが注意した。とりあえず顔を隠す必
要のないカダロルは、ネイガーベンの住人の大抵がそうしているように、ゆったり
と風通しのいい袖なしの上着と、ひざまでのズボンに草で編んだサンダルという涼
しげな服装だった。これはネイガーベンに入って最初の店で買い求めたものである。
 それに対してパウレンはというと、苦行中の魔法使いが着るようなフードつきの
厚いローブをまとって、フードをしっかり下ろしていた。
 「うう」パウレンは呻いた。「私は暑いのは苦手なのだ」
 「涼風の魔法でも使えばいいじゃないか」
 「うっかり魔法など使えるものか」苛立たしそうにパウレンは怒鳴った。もっと
も周囲の注意を引くほど大きな声ではない。「それぐらいなら、最初から堂々と自
由魔法使いのマントをつけて入る」
 「そうか、それは気の毒にな」カダロルは涼しそうな顔で評すると、竹筒に詰め
た冷やしたビールをぐびりと飲んで幸せそうにため息をつくと口を拭った。「飲む
か?」
 「いらぬ。私の口はうまいワインのために取ってあるのだ」
 「そうだったな」カダロルは笑うと、二人の後ろを歩いているウサギに声をかけ
た。「イーズ、お前はどうだ」
 「喜んで……」言いかけたイーズは、主人が冷たい視線を向けているのに気付く
と、慌てて首を振った。「い、いや。おれは喉が乾いていないから結構だよ」
 「そうか?まあ、そう言うならまあ無理には勧めないが」カダロルは再びビール
をあおった。
 「飲んだくれのヤブ医者め」パウレンが小声で毒づいた。イーズにも聞こえたぐ
らいだから、カダロルの耳にも届いたに違いないが、言われた本人は聞こえないふ
りをしていた。
 「しかし、こんな苦労をする必要が本当にあったのかね」カダロルは話題を変え
た。「5人で一緒にネイガーベンに入ってもよかったのじゃないか?大体、この街
の中じゃ、大きな魔法は使えないんだろ?リエを捕まえようと思ったら、並大抵の
魔法じゃ足りないだろうに」
 「リエの潜在的な価値をマシャが正しく認識していたら、盟約を破ることを躊躇
したりせぬだろう」パウレンは答えた。「実際、あれほどの魔法の力を持つ者は、
マシャの中でも数人とおるまい。リエの力があれば、マシャの支配体制を一気に崩
壊せしめることも不可能ではない。となればマシャの取る手は……」
 「反マシャの手に落ちる前に、自分たちで身柄を確保するか、または殺してしま
うか、か」カダロルが続けた。「あの夜、おれでさえ、ものすごい魔法的衝撃を受
けたからな。魔法使いなら誰でも好奇心ぐらいは抱くだろうな」
 「その中の何人かは好奇心を抱く以上のことをするだろう」パウレンは汗を拭っ
た。「マシャの支配は表面上はどうあれ、決して絶対的なものではない。すでにい
くつかの綻びが現れはじめており、魔法使いもそうでない者も少しずつ、それに気
づき始めている。自分がアンストゥル・セヴァルティの王になろうとする者が、リ
エに目をつけるのは必然だ」
 「ふむ」カダロルは竹筒を傾けた。「くそ、もう終わりか。また買わないといか
んな。リエとトートは、もう着いた頃かな?ミリュドフ評議会委員の店に」
 「そうだな」パウレンは太陽を見た。「そろそろ……」
 その瞬間、パウレンの顔色が変わった。パウレンが巨人に殴りつけられたように
くらっとよろめくのを見て、カダロルは立ちくらみか?と思った。だが、少し遅れ
てカダロルもその原因が分かった。
 「巨大な……」パウレンは呆然と呟いた。「とてつもなく巨大な魔法を、誰かが
使っている。次第に大きくなっている」
 「お、おい」カダロルは震えながら、パウレンの背後の空を指さした。「まさか
あれは……」
 パウレンは振り向いた。かなり離れた空の上に、不自然なほど真っ黒な雲がシミ
のように沸き起こっていた。パウレンの鋭い視力は、その中心部にいる全裸の人間
を捉えることができた。顔まで確認できたわけではないが、パウレンは直感的にそ
れが誰であるかを知った。
 「リエだ!」パウレンは叫んだ。「間違いない、リエだ!」
 「ど、どうして、あんなところで……」カダロルは理解できないまま訊こうとし
たが、パウレンはそれを遮った。
 「事情は後回した。急げ、あそこに行くぞ!」
 言いながらパウレンは邪魔なローブを脱ぎ捨て、ゆったりとした軽装になった。
 「私は飛ぶ」パウレンはカダロルとイーズに指示した。「おぬしらは、ウマでも
盗んで後を追ってこい」
 「ま、待てよ」カダロルは慌てて呼び止めた。「おれだって飛べるぞ」
 パウレンは薄く笑った。
 「おぬしにはわからんだろうが、あの辺りの空には、魔法が嵐のように荒れ狂っ
ているのだ。魔法使いでなければ、たちどころに地面に叩きつけられるのがオチだ
ろうよ」
 「……」カダロルは沈黙した。
 「どうせ、すぐ大混乱になる。おぬしらは先にミリュドフのもとへ向かっておれ。
私もリエを連れてすぐ行く」
 そう言い捨てると、パウレンは呪文を唱えながら、自分の頭に何かをふりかける
ような仕草をした。たちまち、パウレンの髪は炎の色彩を取り戻した。
 「後でな」
 「パウレン様、お気をつけて!」
 カダロルとイーズの言葉を背に、パウレンは素早く印を切った。突風が吹き抜け
たかのようにパウレンの豊かな髪が放射状に広がり、次の瞬間、パウレンの長身は
消え失せていた。

 それは錯覚に違いなかった。周囲には轟音とともに光球が落下し、建物や街路を
灼け焦がしているし、逃げまどう人々の悲鳴や叫び声、物の壊れる音などが、星の
ように散りばめられていた。にもかかわらず、ティクラムは確かに笑い声を耳にし
た。
 数分前、自分が放った100を超える竜の使い魔が、リエの腕の一振りで蒸発し
たのを目にして以来、ティクラムはほとんど放心状態で宙に浮かんでいた。本能が
かろうじて荒れ狂う光球と稲妻を回避してはいたが、そのままであれば遠からず、
虫のように叩き落とされてしまったに違いない。もっともリエは、積極的にティク
ラムを攻撃しようとはせず、眼下の街を破壊することの方を楽しんでいるようだっ
た。
 そして今、ティクラムは地獄の冷たい風のような嘲笑を聞いていた。身体が震え
おかげでティクラムは、多少冷静に考える余裕を取り戻した。
 ----この魔法は一体?白でも赤でも黒でもない。全てに似ているようで、どれに
も似ていない。いえ、全てを含んでいるような……まさか灰色の?
 その考えにティクラムは慄然となった。だが、すぐに考え直した。灰色の魔法が
成されるとき、シャリキーンは常に血の代償を要求する。これほど大きな力を出そ
うとすれば、その代償は人間一人の肉体では払いきれないほどになるだろう。
 ----それでは、この魔法は?ティクラムはリエから少しずつ距離を置きながら、
考えた。マシャの3つの魔法流派のどれでもなく、禁じられた灰色魔法でもない。
第三の魔法……まさか!
 「そこの竜使い」
 突然、空から声が投げかけられ、ティクラムは危うく墜落しそうになった。
 「おぬしは魔法監視官か?」
 ティクラムは振り向いた。おそろしく長く豊かな赤毛の女性が、腕組みをして宙
に浮いていた。一目で魔法使いだとわかる。それも、かなり高度な技を持った魔法
使いである。人間が飛ぶには、翼を持つ動物の形態に変身するか、今ティクラムが
そうしているように翼を生み出すのが普通である。どちらも魔法の焦点を合わせる
のを楽にするためだった。自分の身体だけで飛ぶのは、並大抵の力では困難である
し危険でもあった。
 「あなたは誰です?」ティクラムは警戒しながら訊いた。
 「ただの通りすがりだ」パウレンは真実にはほど遠い言葉を返した。「どうなっ
ているのだ?」
 「私のほうが問いたいぐらいです!」ティクラムは思わず大声で叫び返してから
ふと疑問を感じた。「本当にただの通りすがりなんですか?」
 「今はそんなことを言っている場合ではないだろう」パウレンは素っ気なく相手
の質問を退けた。「あの女をどうするつもりだ?」
 リエはもはや完全に正気を失っているようだった。夏の大気まで凍りつきそうな
哄笑とともに稲妻や光球を無差別に四方八方に発射している。ろくろく狙いを定め
ていないので、半分以上は何の害も及ぼさず空の彼方へ消えて行くが、それでもパ
ウレンが見ている間に、雷撃が高い建物の一つに命中し、その上部を粉々に吹き飛
ばしてしまった。
 「ああ」ティクラムは顔をしかめた。「また壊れた」
 「あの娘を何とかしなければならん」パウレンは次の光球を呼び集めているリエ
を指した。「おぬし、何の魔法が使えるのだ?」
 「竜と花です。あなたは?」
 「では、それで行こう」パウレンはティクラムの問いを無視した。「私がおぬし
に合わせるから、竜でも花でも派手にまき散らせ。出し惜しみをするなよ」
 「できれば生け捕りにしたいんですけど……」
 「心配はいらん」パウレンはおもしろくもなさそうに笑った。「ちょっとやそっ
とで、あの娘は死んだりしない」
 「へえ。あなた、通りすがりにしては事情に通じているようですね。そういえば
お名前を伺ってませんが?」
 「私の名前などどうでもよかろう」じろりとパウレンに睨まれて、ティクラムは
気圧された。「そら、次の稲妻が街を壊す前にやるぞ」
 「わかりました」ティクラムは渋々頷いた。主導権を取られるのが少し癪に触っ
たが、相手の力が上であることは歴然としている。「でも、後で必ず詳しい事情を
伺いますからね」
 「生きていればな」パウレンは平静な顔で答えた。「さあ、やれ」
 ティクラムはまばたきして呪文を唱えた。ただし、先ほどより慎重に自分の力を
制御していた。獲物に襲いかかる直前の肉食獣のように、ぎりぎりまで力を溜めて
一気に放出するのだ。
 「いきます」うつろな声でティクラムが呟いた。
 次の瞬間、見渡す限りの空に一斉に無数の花が開いた。まるで空に彩色したよう
な光景である。さすがのリエも驚いたというよりは、好奇心から電撃を放つのを中
断して周囲を見回した。
 「タ・フ・ロー!」すかさずティクラムが命令を発した。無数の花々は驚くほど
のスピードで、食虫植物のようにリエを包み込んだ。
 「よし、いいぞ」パウレンが感嘆の叫びを発した。「その調子だ」
 球形にリエを包み込んだ花が、小さな破裂音とともに光を発して弾け始めた。殺
傷力は少ないが、相手の精神集中力を削ぎ、魔法の力を減少させるの意図を持って
いた。だが、リエの身体は強力なシールドで覆われていて、美しく散る花々の光が
与える効果は少なかった。リエはとまどってこそいたが、無力化されてはいなかっ
た。いずれ驚きから醒めれば、ティクラムの花々など難なく吹き飛ばしてしまうに
違いない。それを悟ったティクラムの額から汗が流れ落ちた。
 その時パウレンが叫んだ。
 「リエ!」
 名前は全ての魔法使いにとって最も重要な要素であり、魔法の力の根元を成す象
徴である。リエも、リエを支配している影の存在も等しく影響を受け、一瞬だがそ
の強大な魔力に疎の部分が生まれた。そこを狙って、言葉が魔法で固められた一本
の矢となってリエを包むシールドを突破し……リエに命中した。
 シールドが揺らぎ、ふっと消滅した。途端にティクラムの花たちが殺到し、一斉
にリエを包み込み、同時に炸裂した。
 「やったわ!」ティクラムは嬉しそうに叫んだ。「効いてる!」
 「リエの力が未発達で助かった」パウレンも安堵の表情を隠しきれなかった。「
完全に制御された力だったら、こう簡単にはいかないところだった」
 唐突に、周囲に満ちていた圧倒的な魔法の力が消えた。パウレンとティクラムは
同時にそれを感じ取り、リエが無力化されたことを----少なくとも今は、だが----
知った。リエの周囲にあった黒雲も、吹き飛ばされたようになくなっている。
 「あ」ティクラムは驚いたような声を出した。「ちょ、ちょっと」
 パウレンはすでに動いていた。滑るように飛んでリエに近づくと、右手の一振り
で残っているティクラムの花たちを退け、今まさに落下しようとしていたリエの身
体をしっかりと抱きとめた。
 リエは完全に意識を失っていた。その顔には悪夢に襲われているような苦悶が深
く刻まれていて、冷たい汗が浮かんでいる。額に手を当てると、燃えるような熱が
伝わってきた。
 「いかん」パウレンは呟いた。
 そのまま急降下しようとしたパウレンの前方に、ティクラムの花たちが回り込ん
で行く手を塞いだ。続いて、ティクラム本人が追いついた。
 「どこへ行くんですか?」魔法監視官は詰問した。「その魔女の身柄は、魔法監
視委員会に引き渡していただきます。ついでに、あなたからも訊きたいことがあり
ますよ」
 パウレンはため息をついた。
 「では、受け取るがいい。落とすなよ」
 言うなり、リエのぐったりした身体を持ち上げてティクラムの方に差し出した。
ティクラムは慌てて、両手を差し出してリエの身体を受け止めようとした。
 「悪く思うな」
 「は?」パウレンの言葉に顔を上げた時には遅かった。
 ドスッ!
 パウレンの目にも止まらぬ一撃が、見事にティクラムの腹部に叩き込まれた。ひ
とたまりもなく気絶したティクラムの身体を支えながら、パウレンは急いで地上に
向かった。




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