#3007/5495 長編
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ヴェーゼ 第4章 ネイガーベン 5 リーベルG
★内容
5
ザルパニエがミリュドフに伝えた情報を知っている者は、おそらくネイガーベン
中を探しても数人もいなかったに違いない。ミリュドフが、その件について何らか
の手を打つことが可能ならば、夜までの時間が与えられたことになる。
ミリュドフも、情報を得たザルパニエもそう信じていた。
二人が知り得なかったのは、魔法使い協会のリエに対する異常な執着心だった。
協会はネイガーベン評議会に協力を要請したものの、その決定をおとなしく待って
いるつもりなど全くなかった。
キキューロが全権を掌握していれば、協力の要請などというまだるっこいことを
せず、魔法使いの一団をネイガーベンに投入したことだろう。だが、現在のところ
リエ----キキューロは、すでにその名を知っていた----探索に関する主な権限は、
ガーディアック・キャビーンを構成する6人の魔法使いに握られている。キキュー
ロとしては、今のところ性急な行動は控えねばならなかった。
「見ろよ、ブルー」キキューロはネイガーベンの中央通りから離れた、薄汚れた
裏道をゆっくりと歩きながら、連れに話しかけた。バカにしたような声だが、声量
は小さい。「魔法のなんたるかを知らぬバカどもの街だ、ここは。ここを治める評
議会委員どもは、下らない紙切れに押した印と紋章だけで、マシャの魔法から逃れ
たつもりでいるらしいぜ」
今はブルーと呼ばれている、地球のシンジケート最高の暗殺者であるB・Vは、
汚れたフードに包まれた頭を動かして、忙しい街の光景を眺めた。右の眼球はなく、
うつろな眼窩がぼっかりと口を開けている。
「傷が痛むか、ブルー」キキューロは似つかわしくないいたわりの声をかけた。
「痛みを恐れることはない。お前は大いなるシャリキーンに守護されているのだか
らな」
「……」
B・Vは無言で頷いた。
「さて、リエとパウレンが、この街に入ったのは間違いない。だが、ネイガーベ
ンは巨大な街だ。ここから特定の誰かを捜すのは一苦労だ。相手が発見されること
を望んでいない場合はなおさらだ」キキューロはB・Vにというより、自分の考え
をまとめるかのように話した。「そいつらを探し出すにはどうすればいいんだろう
な、え?」
「……知ってるやつに訊けばいい……」B・Vはポツンと呟いた。
「その通り、その通りだ。知ってるやつに訊くのが一番だ」キキューロは嬉しそ
うに同意した。「それでは、どこの誰が2人の行方を知っているのか?または、2
人は誰のところに行くのか。その答えを知っているやつを、まず探さねばならん」
「……どうやって?」B・Vは訊いた。
「おれ達が何のために、こんな裏町を歩いていると思うんだ?」
その言葉が終わらないうちに、二人の前方の建物の角から数人の男が現れ、行く
手を遮った。B・Vは足を止め、ちらりと後ろを振り向いた。思ったとおり、背後
も何人かが塞いでいる。
一人の男が進み出た。身なりは汚いが、身体つきは屈強そのものである。両手に
ヌンチャクに似た武器をぶら下げている。重そうな円錐型の分銅を鎖で連結してあ
る武器で、先端は鋭利な刃になっていた。
「ここに何の用だ、魔法使い」にやにや笑いながら、男が口を開いた。「ここは
魔法使いは立入禁止だ」
「ほう、そりゃ知らなかった」キキューロはバカにしたように答えた。「もっと
も、こんなゴミ溜めみたいな場所は、お前にふさわしいかもな」
「おれは魔法使いは嫌いだが、へらず口を叩く魔法使いはもっと嫌いだ」男は言
いながら前進した。「口を閉じて出すもの出しな。そうすりゃ、命だけは助けてお
いてやる」
「出すものって何なんだ?屁でも出せばいいのか?」
男の顔に怒りがよぎった。それでもまだ、男は余裕を見せた。
「お前はバカなのか、魔法使い。命まで落としたいのか?」
「やれやれ」キキューロはわざとらしく嘆息した。「もう少し、手間取るかと思
っていたが、愚者が多くて助かった。ほんの数分歩いただけで、誰かが見つかると
は思わなかったぜ」
「何だと?」
「やれ、ブルー」キキューロはB・Vの肩を叩いた。「一人だけは口をきける程
度に生かしておけよ」
幽霊のようにB・Vは進み出た。手には何も持っていない。それを見て相手はバ
カにしたように嘲笑した。
「なんだ、こいつ。素手でおれたちとやる気らしいぞ」
同調する笑いがわき起こった時、B・Vの身体が消失した。
「お!」
武器を持った男が笑いを顔にへばりつかせたまま驚きの声を上げた。その瞬間、
男の首が炸裂した。B・Vの右手が延髄から突き刺さり、気管をぶちやぶって飛び
出したのである。
ずぼっ!B・Vは手を引き抜き、したたり落ちる鮮血をひゅっと払った。
「この!」
同時に2人の男が剣を抜いて飛びかかってきた。相当な場数を踏んでいるらしく
恐怖に立ちすくんだりはしていない。攻撃のタイミングも最適で、スピードも申し
分なかった。
にもかかわらず、B・Vの敵ではなかった。B・Vは最初に倒した男の眼窩に指
を引っかけると、そのまま持ち上げて放り投げた。死体はB・Vの右側から突進し
てくる男にもたれかかるようにぶつかった。死体を抱きかかえる格好となった男は
罵りとともに身体をひねろうとする。その瞬間、B・Vの手刀が死体の背中に突き
刺さった。一撃で死体の肋骨を粉々に砕き、心臓を破壊して突き抜けた手刀は、つ
いに男の胸郭の下部に炸裂した。拳一つ分突き入れられた手刀は、そこで方向を変
え、横隔膜と片方の肺を引き裂き、最後に大きく肉と骨をえぐり取った。血まみれ
の肉塊と砕けた骨は、そのまま左側の男の顔面に浴びせかけられた。
「!」
生臭い血と肉が目に飛び込み一時的に視力が遮られた男に、B・Vは一歩で接近
すると、剣を持った腕を一ひねりでへし折りざま男の頭髪をつかんで、勢いよく壁
に叩きつけた。頭蓋骨と頸骨が砕ける鈍い音が響いたが、B・Vはそのまま男の顔
面で壁に大きく円を描く。肉と骨がガリガリと削られ、汚れた壁面にどす黒いシミ
を残した。
流血には慣れた男達も、さすがに息を呑んだ。血塗れのB・Vがゆらりと向き直
った時、何人かはかろうじて剣を抜いた。だが、自分から斬ってかかろうとする者
はいない。彼らが目の当たりにしているのは、殺人に何の禁忌も持たない男なのだ。
それに気付いた時には、彼らの運命は決まっていた。
B・Vが跳んだ。
男達はわっと叫んで飛び退いたが、B・Vの動きと比べると鈍重なカバのようだ
った。B・Vは空中にいる間に一人の頭蓋を蹴り砕き、一人の顔面を粉砕した。そ
して、闇雲に振り回される剣の軌跡をほとんど見もせずにかわすと、指で一人の眼
球をえぐり出した。続いて逃げ出そうとする一人に追いすがると、足を引っかけて
地面に転倒させ、その背骨を躊躇なく踏み砕く。
「ひいぃっ!」
残った一人は腰を抜かし、這って逃げようとした。B・Vは悠然と近づくと、靴
の先で男の顎を軽く蹴り上げた。男の上半身が宙に泳ぐ。翻ったB・Vの足が、男
の片腕を捕らえ、ものすごい勢いで建物の壁に叩きつけた。手の指が粉砕される鈍
い音が響き、戦意を完全に喪失した男が、片手を壁に打ち留められた格好で弱々し
く呻いた。
「大したものだ」凄惨な流血を顔色一つ変えず見守っていたキキューロが近寄っ
てきた。「お前が灰色の魔法を身につける日が楽しみだよ、ブルー。地上に破壊神
が誕生したかと思うだろう」
B・Vはかすかに頷いた。唇の端が少しだけ吊り上がった。喜びを表現したらし
い。
「さてと、お前」キキューロは蒼白になっている男を見た。「名前は?」
「た、頼む、手当してくれ!」男は苦痛で顔を歪ませながら訴えた。「頼む!」
「ブルー、足をどけてやれ」キキューロはB・Vに言った。
B・Vは足を離した。壁にめり込んでいた男の手がぼろりと落ちかけ、キキュー
ロがそれを優しくつかんだ。
「これはひどい傷だな。痛むか?」
「治療呪文を唱えてくれよお!」男は叫んだ。「頼むよ!」
キキューロは男の手を放り投げるように離し、目にも止まらぬスピードでそれを
殴りつけた。男の手が再び壁に叩きつけられ、めり込む。
「うぎゃああああ!」男は半狂乱になった。「うぐああああ!」
「名前を訊かれたら、素直に答えた方がいいぞ」キキューロは拳で男の手を壁に
押しつけたまま言った。「もう一度、訊いてやる。名前は?」
「ザベインカベイ」脂汗を流しながら、男は絞り出すように言った。「頼む、助
けてくれ……」
「よし、ザベインカベイ。訊かれたことに正直に答えれば、命は助けてやるし、
その手も治療してやろう。だが、もしウソでもつこうものなら、手どころか、全身
の骨をずたずたにへし折ってやるからな。わかったか?」
「わ、わかった……」
「この街の裏情報を握っているのは誰だ?」
「裏情報?」ザベインカベイは顔を歪めた。「な、何のことだ?」
「お前たちが誰か知らないヤツを見たりしたときに、親分に報告するだろうが。
その親分たちも誰かに報告するだろう。最終的に情報が集まるのはどこの誰なんだ」
「そ、それなら」ザベインカベイは呻くように答えた。「イヌ男のドーガレンか
も知れない」
「イヌ男?」キキューロは笑った。「何者だ、そいつは?」
「ここら一帯を締めてる大親分だ。顔を見たことはないが、半分イヌの血が混じ
っているそうだ」ザベインカベイは苦しそうに喘いだ。「頼む、痛くて死にそうだ」
「そのドーガレンに会うにはどうしたらいい?」
「会えない」ザベインカベイはおそるおそる答えた。「居場所は誰も知らない」
「だが、誰かは知っているわけだろう?」キキューロはぐりぐりと拳にかける力
を増しながら訊いた。「誰が知っているんだ?」
「お、おいらの親分のカジョドカジョドなら……」
「ふむ。よかろう、そいつの居場所は?」
「昼は知らない。夜は大抵、グブラットの酒場で女と飲んでるはずだ」
「なるほど。では、そいつに訊くとしよう」キキューロがそう言うと、ザベイン
カベイは慌てて叫んだ。
「た、頼む。おれが喋ったってことは言わないでくれ。殺されちまう!」
「心配いらないさ、ザベインカベイ」キキューロは優しい声で請け合った。「お
前はそんなことを気にする必要はないんだ。永久にな」
ザベインカベイが最後の言葉の意味を理解する前に、キキューロの片手が燃え上
がった。早口で呪文を唱えながらキキューロは燃える手をザベインカベイの口に叩
き込んだ。悲鳴ひとつ上げる暇もなく、ザベインカベイの頭部が炎に包まれた。
「手間取らせやがって」キキューロは生きながら炎に身体を食い尽くされていく
ザベインカベイを見下ろしながら立ち上がった。「仕方がない。夜までどこかで時
間を潰すとするか。来い、ブルー。メシでも食って、女でも探すとしよう」